【完結】ひかりのそばで、またあした

香澄京耶

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ep25 はじまりのひかり

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 じわじわと暗くなっていく空を、セリアスと共に眺めた。
 各国の合意のもとに整えられた休戦期間の初日。

「今日は世界でも、後世にまで語られる記念すべき日になる。……ヒナタのおかげだ。」
「違うよ。整えた王様と、合意してくれたこの世界の人たちのおかげだよ。」
 
 王様も、各国の王も、誰か一人でも柔軟性に欠ければ、この短い期間で制定されなかったのだろうと思う。
 それはなかなかに難しいことのように思えた。
 でも、そこは自分が抱えるものでもない。結果がこうなったのだから、きっといまはこれが最善だ。
 肩に添えられた手に、手のひらを重ねた。
 
「あ。」
 
 暗がりの空にぽわぽわと瞬く光が灯っていく。
 女神は、ヒナタの記憶にあったイルミネーションをいたく気に入ったようで、休戦期間中は象徴として空に灯すと約束してくれた。
 あたたかみを感じる優しい光は、本来の女神の優しさそのもののように見えた。

 今この瞬間に、世界中で戦場にいる兵士はなにを思うのだろうか。
 休戦期間はたった三ヶ月――されど、三ヶ月だ。
 
 こんなことで争いがなくなるとは思っていない。
 すべてを無くすことは土台無理な話だ。
 それでも、その期間だけは安心して家族と、友人と過ごせる――その安らぎが少しでも今後の心に届けばいいと思う。
 
 人は習慣に敏感だ。
 明日には、来月には、再来月には。そういった休戦期間の前提があれば、長期間争って民が疲弊することも減るのでは、という安直な考えだった。
 安直でも、自分で考えられるだけのことを提案したに過ぎない。残りのことを考えるのは、現実と向き合っているすべての人々だ。
 
 ヒナタにしてみれば、ダルモン神官長も、ミューイも、争いの多い世界が生んだ歪みの被害者に思えた。

 ダルモン神官長は、エルミトの支えでゆっくりと日常を取り戻しているらしい。
 各国の神殿には、試験をクリアした特定の人物だけが触れられる魔道具が設置される予定だ。
 ダルモンも元々は真面目な性格のようだから、彼にもいつか女神の声が届くだろう。

 ミューイはあのあと抵抗もなく捕縛されたとセリアスが言っていた。
 戦争で父を失い、母は先代に見初められて辺境伯領に迎えられた。だが、その扱いは妾としてのそれより酷く、数年後に母は心労から亡くなったという。
 葬儀すら行われなかった――だから先代は毒で殺し、今代はこの手で殺した。もう満足だ、と。
 正直同情はする。それでも、殺人と他国の兵を手引きした罪は重い。このエアリアでの法に則って裁かれるだろう。もはや自分が関与できる部分ではない。

 そういった重い感情も、なにもかも。
 この世界で生きていくと決めたからには、今後も向き合っていくのかもしれない。
  
 深くなる空の色に、瞬くひかりがいっそう煌めいて美しい。
 
 この“ひかり”は戦争の炎の代わりであり、亡くなった者への弔いでもあり、生きている者への寄り添いでもあった。
 この期間にだけ輝く美しさが、平和の象徴としてすべての人々の記憶に残ればと願わずにはいられない。

「やるじゃん、女神。」
「ヒナタ相手では女神様も形無しだな。」
 セリアスの口付けが頭にふってくる。
 
「きっと、いい領主になる。」
 言われて、はて、と頭をかしげた。
 
「領主はセリアスでしょ。」
「言っただろう、“誓約”は結婚と同じようなものだ。
 私たち二人ともがあの領地の領主になる。王も共に統治しろと言っていただろう。」
 
「そういえば……。」
 一般人が領主。それで大丈夫かと思わないでもなかったが、きっとセリアスがいればなんとかなる。なんせ元王子だ。土台が違う。
 
「豊かな土地だが、国境が近いゆえに警戒も必要だ。今までの帳簿にも不可解な点があるようだから、暫くは忙しくなるだろう。」
「え、俺たちの平和はないの……」
 休戦期間なのに、とため息をついてセリアスに身を預ければ、ぎゅっと抱え込まれた。あたたかい。
 
「まあ、領主不在の状態だが、臨時の対応者を送っている。
 私の手続きもあるから、どれだけ急いでも一ヶ月後の出発になる。それまではのんびりしよう。」
 
「助かるよ……流石にゆっくりしたい。
 ……こうやって、ぬくぬくと抱き合ったりとかね。」
 
 いたずらっぽく見上げると蕩けそうな顔を向けられた。
 美形の破壊力がすごい。

「ヒナが望むとおりに。」

 甘い口付けを受け入れる。
 
「辺境伯領はご飯も美味しいし、景色もいいから正直ちょっと楽しみなんだよね。」
「そう言うと思って、そこにした。」

 え、とセリアスを見上げると、おかしそうな瞳とぶつかる。

「そうだったんだ。ありがとう。」
 抱き止める手に力を込めた。
 いつも押し付けがましくもなく与えられる優しさが好きだ。慣れてしまって、傲慢になったらどうしてくれようかと思う。
 
「俺も、セリアスの力になれるよう頑張るね。」
 セリアスが声を出して笑って、ひょいと抱きかかえてくる。
 
 初めは恥ずかしかったこれももう慣れた。セリアスの癖のようなものだと受け入れていた。
 こちらから口付ければ、嬉しそうに破顔する。
 夜明け色の髪と、紫がかった瞳がひかりに反射してきらきらと光っていた。

 
「ソラネ。」

 
 心臓がはねる。
 いきなりそれはずるい。

 そう思ったのが伝わったのか、灰紫の瞳に悪戯が成功した子供のような色が宿った。

「はじめはうまく言えなかったからな。練習した。」

「なにそれ。」
 練習している姿を想像して吹き出した。

「日に向かう、空の音。」

 静かな声とは違って、瞳は熱を帯びていた。

「ソラネらしい、優しい名前だ。」

 慈愛に満ちたような声に泣きたくなる。

 何か言いたいのに、なんとも声がでない。ただセリアスを抱きしめて、余韻をたしかめた。
 遠くで聞こえる喧騒は、街の喜びだろうか。
 象徴のような柔らかいひかりと、熱くなるような鼓動が、たしかにこの世界の“今”を作っていた。

 何度も口付けながら――あいまに、ふっと声をだした。

「ね。こんど、紙ヒコーキ作って飛ばしてみようよ。」

「カミヒコーキ?」

 やっぱりこの世界にはないらしい。
 これなら無双できそうな気がする――たぶん。

「紙を折って、空に飛ばすんだよ。」

 理解ができないように、きょとんとした顔がおかしい。
 それでも曖昧に頷くのは、きっと彼の優しさだ。

「セリアス。俺、この世界にきて良かったよ。」

 初めは戸惑いばかりだったそれが、明らかに変わったのは、セリアスの存在があったからだ。

「セリアスに会えて良かった。」

「私も――私こそ、ソラネに会えて、」

 言葉は続かなかった。
 触れ合うぬくもりの分だけ、互いの気持ちが伝わってくる気がした。
 
 
「私の人生は、ソラネと出会うためにあった。」
 
 
 伝えられる愛情はいつも真っ直ぐで心地いい。
 おおげさな、とは思わない。
 この世界に残っている自分も、きっと似たようなものだ。
 
 密やかに笑って、頭を抱きしめる。

 共にあって、初めて未来が見える。
 愛おしいからこそ、想いあえる。

 このぬくもりが消えないように。

 だから。

「あした、紙ヒコーキ作ってみよ。」

 なんでもない青空に、なんでもないものを飛ばして。
 なんでもない日常を楽しめばいい。

 これからも大切な人たちと、一緒に生きて、喜びも苦しみも、なにもかも。
 笑いながら、泣きながら、それでも歩き続けるために。

 
 ひかりのそばで、またあした。


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