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ep24.5 チキュウのこと
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はっと目が醒める。
激しく鳴っている心臓が、今見た光景を反芻させる。
夕食後の勉強のあいまに、少し仮眠をとっていただけだった。それなのに。
『悪いんだけどさ。繋ぐ時期間違えちゃったから、俺に上着持って行ってやって。
さすがにあの制服で凍死とかしたら洒落になんないし。』
たったその言葉だけ。
真っ黒な長い髪の日向が夢に出てきて、唐突にそう言った。
それは一瞬で、質問さえさせてくれなかった。
ただの夢かもしれない。
だが、場所も告げないおざなり過ぎるお願いに、確かに日向の気配を感じてクローゼットのダウンジャケットを引っ掴む。
気に入って揃いで買ったジャケットだった。
日向の両親に頼んで譲ってもらったそれは、今のためにあるようにしか思えなかった。
五月に忽然と姿を消した日向は、冬となった今もいまだに見つかっていない。
本当に散々だ。
高三だというのに、連日探し回っても見つからず、手掛かりもなければ解決策もない。
初めは一緒に探し回っていた学校の生徒達も、あまりの手応えのなさと、受験モードになったことで散り散りとなった。クラスも、ムードメーカーのクラスメイトが落ち込んでいるせいで、どこかお通夜のような雰囲気が漂っていてどうにも居心地が悪い。
日向は滅茶苦茶な部分はあっても、誰にも何も言わずふらっとどこかに行くような責任感のないタイプでもなかった。
犯罪に巻き込まれたのではないか、という思いは、確実に自分の一生について回ると、そう思った。
日向と親しくしていた友人達もきっと皆そうだろう。
それなのに、少し前に夢で声を聞いた時の日向はあっけらかんとしていて――最後はどうでもいいゲームの返却について話してくる始末だ。
あれも妄想だったのか夢だったのか分からない。
だが、今と同じく妙にリアルさを感じたのは事実だった。
「ちょっと出てくる!」
リビングに少しだけ顔を出して、母親に声をかける。
驚いたような顔から声が出る前に玄関に走った。今は静止の声を聞きたくない。
時刻は二十一時すぎ。
住宅街は昼間より静まり返っていて、十二月特有の冷たい風が頬を刺した。
駆け出せば、さらに冷たく頬を流れるそれを気にする余裕もなかった。
目的地は走って15分ほど。
それでも、焦燥に駆られた身体は十分に息があがって汗が滲んでいた。
息が痛い。喉が張り付く思いがして、自販機で水と、少し迷って暖かいお茶を一本買う。
不思議と向かう先はここだと決まっていた。
この時期限定でライトアップされた公園。
小さな公園だが、自治体が気合いを入れているから見た目は華やかだ。
地元民しか見かけないそここは、あまり人が来ないこともあって日向のお気に入りだった。
よく寒い中暖かい飲み物を片手に話したことを思い出す。
記憶と共にあたりを見渡した。
日向がいなくなってから立ち寄らなくなった公園だが、今日は懐かしむ気分にもなれない。
ざっと見てもライトアップされた光の中には見当たらない。
暗がりのなか探し回ると、木が生い茂った先、もぞりと動く気配がした。
「ひなた……!」
近づいて、抱き起こす――日向だ。
髪が伸びて別人のようになっていたが、間違いなく、日向だった。
「ぅ……めっちゃ、気持ちわる……」
眉を顰めたことに命を感じてほっとする。
ひんやりとした手で身体が冷え切っていることに気づいて、ジャケットをどうにか着せた。
別れたあの日のままの格好だ――何ヶ月も経っているのに制服は綺麗で、今ついたであろう土汚れくらいしかない。
「おい、日向、大丈夫か?答えられないなら救急車呼ぶぞ。」
相当真剣に聞いたのに、日向の頬がゆるりと笑んだ。
「あったけー……」
どこまでも緊張感のない言葉に、こちらの気も緩む。
「おまえ、今までどこにいたんだよ。」
「んー…、たぶん、とおく。」
おぼつかない声と瞳は本当に遠くを見ているようで、焦って声を出した。
「帰ってこい。」
少し間があいて、日向がこちらに焦点をあてて笑って――切なさに似た痛みが心臓に走った。
「うん、かえってきたよ。」
どうしようもなく泣きたくなる気持ちを必死で堪えた。
今ここで泣けば関係性が変わってしまう気がした。
だから、喉を抑えていつもの軽口をひねりだした。
「いつも遅いんだよ、おまえは。」
ふへへ、と笑う声にやはり緊張感はない。
手に暖かいペットボトルを持たせれば、嬉しそうな顔をしてゆっくりと手を離れた。
「あー、やっぱ、あのふわっとした感じ無理だわ。お茶、ありがとな。」
いうやいなや、ごくごくと一気に飲んで、「うめー!日本さいこー!」とはしゃいでいる様子に、あっけにとられる。
あの夢で聞いた“日本のない世界”にいると言っていたことが真実味を帯びはじめた。
色々と聞きたいことがある。それでも。続いた言葉に言葉が奪われた。
「やっぱここのイルミ最高だよなあ。ちょうどよくて。
あ。なあ、今度紙飛行機でもとばさねえ?」
なぜ紙飛行機。
まるで、昨日の会話の続きのような雰囲気の日向に言葉を飲み込んだ。
思わず顔をじっと見つめる。
「久々に会った会話がそれか。……お前、マジで何ともないのか?」
「そういえば寒いけど、どれくらい経ってんの?」
「半年以上だ、馬鹿野郎。」
「げ。」
嫌そうな顔をして、「おおごとじゃん…かんべんして。恨むぞ俺。」と頭を抱えた日向に色々問い詰める気も起きなくなっていた。
「まー、お前のおかげで今年もイルミ見れたわ。
紙飛行機はよく分からんけど。そもそも、お前折るのド下手だろ。」
毎年見ていたのに、今年のイルミネーションの光は忘れられそうにない。
そんなこちらの心情など露知らずの日向は「上手くなってるかもしれんし。」などと軽口を言う。
立ち上がって身体をはたいて、「尻つめてー」と言いながら背伸びをする。
その言動に、仕草に、本当に戻ってきたのだと実感して、心底安堵した。
髪が長くなっただけで、いつもどおりの日向だ。
「あ、でも俺探し物があるから、もしかしたら来年はイルミ見るのも無理かもね。」
「なんだそれ。」
唐突に差し込まれた言葉に眉を寄せる。
「夜明け色の大型犬探すの。――たぶん、色は違うけどこっちにも居るんだよなあ。忘れるまえに探さないと。」
「……ほんとになんだそれ。」
意味が分からないと再度表情込みで訴えれば、日向が笑って――それが、今まで知っていたものより大人びていて一瞬息がとまった。
「ないしょ。」
聞きたい気持ちはあるが、きっと碌なことじゃない。
いつもフォローしていただけに、日向がトラブルの天才なのは知っている。
だから、あえて現実をつきつけた。
「戻ってきたなら、何でもいいけど。でも、お前家族とか皆に今からどう説明すんのか、ちゃんと考えとけよ。」
「それはほんとにどうしよう。」
途端に絶望した表情になって嘆く日向に声を出して笑った。
いつもこうだ。
でもなぜかうまく着地してしまうのが、日向の不思議なところではあった。
自分は、その隣にいる傍観者――他人に言わせれば“保護者”――を続けるだけだった。
きっと何かがあったのだろう、少しだけ様子の変わった彼は、それでも間違いなく“日向”だ。
無事に戻ってきたなら、いつか、聞ける時もあるかもしれない。
帰ってきたという事実だけで、今日ここに来た意味は十分すぎるほどだった。
あたりを照らすクリスマスのイルミネーションが、今日はやけに輝いてみえた。
「おかえり、日向。」
うんうんと唸っていた顔が、ぱっとこちらを向いた。
「ただいま。晃大。」
ひかりの下で満面の笑みを浮かべる顔に、ようやく日常が戻る気配を感じて――親友の背をぱしん、と叩いた。
激しく鳴っている心臓が、今見た光景を反芻させる。
夕食後の勉強のあいまに、少し仮眠をとっていただけだった。それなのに。
『悪いんだけどさ。繋ぐ時期間違えちゃったから、俺に上着持って行ってやって。
さすがにあの制服で凍死とかしたら洒落になんないし。』
たったその言葉だけ。
真っ黒な長い髪の日向が夢に出てきて、唐突にそう言った。
それは一瞬で、質問さえさせてくれなかった。
ただの夢かもしれない。
だが、場所も告げないおざなり過ぎるお願いに、確かに日向の気配を感じてクローゼットのダウンジャケットを引っ掴む。
気に入って揃いで買ったジャケットだった。
日向の両親に頼んで譲ってもらったそれは、今のためにあるようにしか思えなかった。
五月に忽然と姿を消した日向は、冬となった今もいまだに見つかっていない。
本当に散々だ。
高三だというのに、連日探し回っても見つからず、手掛かりもなければ解決策もない。
初めは一緒に探し回っていた学校の生徒達も、あまりの手応えのなさと、受験モードになったことで散り散りとなった。クラスも、ムードメーカーのクラスメイトが落ち込んでいるせいで、どこかお通夜のような雰囲気が漂っていてどうにも居心地が悪い。
日向は滅茶苦茶な部分はあっても、誰にも何も言わずふらっとどこかに行くような責任感のないタイプでもなかった。
犯罪に巻き込まれたのではないか、という思いは、確実に自分の一生について回ると、そう思った。
日向と親しくしていた友人達もきっと皆そうだろう。
それなのに、少し前に夢で声を聞いた時の日向はあっけらかんとしていて――最後はどうでもいいゲームの返却について話してくる始末だ。
あれも妄想だったのか夢だったのか分からない。
だが、今と同じく妙にリアルさを感じたのは事実だった。
「ちょっと出てくる!」
リビングに少しだけ顔を出して、母親に声をかける。
驚いたような顔から声が出る前に玄関に走った。今は静止の声を聞きたくない。
時刻は二十一時すぎ。
住宅街は昼間より静まり返っていて、十二月特有の冷たい風が頬を刺した。
駆け出せば、さらに冷たく頬を流れるそれを気にする余裕もなかった。
目的地は走って15分ほど。
それでも、焦燥に駆られた身体は十分に息があがって汗が滲んでいた。
息が痛い。喉が張り付く思いがして、自販機で水と、少し迷って暖かいお茶を一本買う。
不思議と向かう先はここだと決まっていた。
この時期限定でライトアップされた公園。
小さな公園だが、自治体が気合いを入れているから見た目は華やかだ。
地元民しか見かけないそここは、あまり人が来ないこともあって日向のお気に入りだった。
よく寒い中暖かい飲み物を片手に話したことを思い出す。
記憶と共にあたりを見渡した。
日向がいなくなってから立ち寄らなくなった公園だが、今日は懐かしむ気分にもなれない。
ざっと見てもライトアップされた光の中には見当たらない。
暗がりのなか探し回ると、木が生い茂った先、もぞりと動く気配がした。
「ひなた……!」
近づいて、抱き起こす――日向だ。
髪が伸びて別人のようになっていたが、間違いなく、日向だった。
「ぅ……めっちゃ、気持ちわる……」
眉を顰めたことに命を感じてほっとする。
ひんやりとした手で身体が冷え切っていることに気づいて、ジャケットをどうにか着せた。
別れたあの日のままの格好だ――何ヶ月も経っているのに制服は綺麗で、今ついたであろう土汚れくらいしかない。
「おい、日向、大丈夫か?答えられないなら救急車呼ぶぞ。」
相当真剣に聞いたのに、日向の頬がゆるりと笑んだ。
「あったけー……」
どこまでも緊張感のない言葉に、こちらの気も緩む。
「おまえ、今までどこにいたんだよ。」
「んー…、たぶん、とおく。」
おぼつかない声と瞳は本当に遠くを見ているようで、焦って声を出した。
「帰ってこい。」
少し間があいて、日向がこちらに焦点をあてて笑って――切なさに似た痛みが心臓に走った。
「うん、かえってきたよ。」
どうしようもなく泣きたくなる気持ちを必死で堪えた。
今ここで泣けば関係性が変わってしまう気がした。
だから、喉を抑えていつもの軽口をひねりだした。
「いつも遅いんだよ、おまえは。」
ふへへ、と笑う声にやはり緊張感はない。
手に暖かいペットボトルを持たせれば、嬉しそうな顔をしてゆっくりと手を離れた。
「あー、やっぱ、あのふわっとした感じ無理だわ。お茶、ありがとな。」
いうやいなや、ごくごくと一気に飲んで、「うめー!日本さいこー!」とはしゃいでいる様子に、あっけにとられる。
あの夢で聞いた“日本のない世界”にいると言っていたことが真実味を帯びはじめた。
色々と聞きたいことがある。それでも。続いた言葉に言葉が奪われた。
「やっぱここのイルミ最高だよなあ。ちょうどよくて。
あ。なあ、今度紙飛行機でもとばさねえ?」
なぜ紙飛行機。
まるで、昨日の会話の続きのような雰囲気の日向に言葉を飲み込んだ。
思わず顔をじっと見つめる。
「久々に会った会話がそれか。……お前、マジで何ともないのか?」
「そういえば寒いけど、どれくらい経ってんの?」
「半年以上だ、馬鹿野郎。」
「げ。」
嫌そうな顔をして、「おおごとじゃん…かんべんして。恨むぞ俺。」と頭を抱えた日向に色々問い詰める気も起きなくなっていた。
「まー、お前のおかげで今年もイルミ見れたわ。
紙飛行機はよく分からんけど。そもそも、お前折るのド下手だろ。」
毎年見ていたのに、今年のイルミネーションの光は忘れられそうにない。
そんなこちらの心情など露知らずの日向は「上手くなってるかもしれんし。」などと軽口を言う。
立ち上がって身体をはたいて、「尻つめてー」と言いながら背伸びをする。
その言動に、仕草に、本当に戻ってきたのだと実感して、心底安堵した。
髪が長くなっただけで、いつもどおりの日向だ。
「あ、でも俺探し物があるから、もしかしたら来年はイルミ見るのも無理かもね。」
「なんだそれ。」
唐突に差し込まれた言葉に眉を寄せる。
「夜明け色の大型犬探すの。――たぶん、色は違うけどこっちにも居るんだよなあ。忘れるまえに探さないと。」
「……ほんとになんだそれ。」
意味が分からないと再度表情込みで訴えれば、日向が笑って――それが、今まで知っていたものより大人びていて一瞬息がとまった。
「ないしょ。」
聞きたい気持ちはあるが、きっと碌なことじゃない。
いつもフォローしていただけに、日向がトラブルの天才なのは知っている。
だから、あえて現実をつきつけた。
「戻ってきたなら、何でもいいけど。でも、お前家族とか皆に今からどう説明すんのか、ちゃんと考えとけよ。」
「それはほんとにどうしよう。」
途端に絶望した表情になって嘆く日向に声を出して笑った。
いつもこうだ。
でもなぜかうまく着地してしまうのが、日向の不思議なところではあった。
自分は、その隣にいる傍観者――他人に言わせれば“保護者”――を続けるだけだった。
きっと何かがあったのだろう、少しだけ様子の変わった彼は、それでも間違いなく“日向”だ。
無事に戻ってきたなら、いつか、聞ける時もあるかもしれない。
帰ってきたという事実だけで、今日ここに来た意味は十分すぎるほどだった。
あたりを照らすクリスマスのイルミネーションが、今日はやけに輝いてみえた。
「おかえり、日向。」
うんうんと唸っていた顔が、ぱっとこちらを向いた。
「ただいま。晃大。」
ひかりの下で満面の笑みを浮かべる顔に、ようやく日常が戻る気配を感じて――親友の背をぱしん、と叩いた。
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