【完結】獅子は鬼を喰らうか

香澄京耶

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ep1 獅子と鬼の邂逅(2)

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「――ごめん、気配漏れてたあ? 消してたつもりなんだけど。」
 
「お前はいつも漏れてると言っているだろうが。」
「それ言うの、だんちょーだけなんだよねえ……」
 
 そう言いながらも嬉しそうに笑うのは、リオという男だ。
 今は布に覆われていない砂色の髪が揺れる。
 器用で中々に使い勝手のよい男なので、手駒として傍に置いている。
 体躯は細いがその分柔軟で、あらゆるところに忍び込める上、下手に正義感などがない分、何でも器用に依頼をこなす。
 
「阿呆。レグナード卿は気づいていた。――そうだろう?」
 伺えば、ルシオンの眉が僅かに上がった。
 
「……意図が分からなかったので見逃していたが。」
「え、バケモノが二人に増えたってこと?」
「おい。俺には良いが、言葉遣いに気をつけろ。レグナード卿は身分が高い。」
 どの口が言うのかと団員達の視線が一瞬揺れた気がしたが、それには敢えて気づかないふりをした。
 
「いや、俺は大丈夫だが。……この者は?」
 ルシオンがやや困惑した表情を浮かべながら言う。
 
「リオと言いますー。
 カイルだんちょーの暗殺に失敗してそのまま飼われましたぁ。
 だんちょーの言う事以外は聞かないし、だんちょーの奴隷なんでー、よろしくです。」
 
 “暗殺”の一言に、室内の空気がざらりと揺れた。
 この場でそれを言う事に悪意を感じて口の端がひくつく。
 論点がずれるので煩い口を閉じさせたかったが、もう遅い。
 
「先に言うが。暗殺については、解決している。……で、お前はどう思う。」
 全てを無視して地図を指せば、リオは面白そうにカイルの指先をなぞった。わざとそうするのが腹立たしい。
 
「だんちょーの言う通り、最終的には地下通路に逃げ込むと思うなあ。それの先のここが、奴らの本拠地だ。」
 ぴたりと指を止めたその横顔は冷徹な嗤いを含んでいた。
 この男は軽薄に喋る一方で、どこにでも忍び込めるだけの顔を持っている。――カイルですらどれが本質か分からないほどのそれは、重宝するに値する能力だった。
 
「まあ、そうだろうな。把握したか?レグナード卿。」
 黙っている男の様子が気になって声をかける。わざとらしいそれは、嫌味に聞こえたかもしれなかった。
 
「……色々と予想外ではあるが、問題なく勅命をこなせるなら、俺から言う事はない。
 その想定で進もう。ただ、後で構わないが、その男が関わる旨の承認証を見せてくれ。」
 多くは話さないタイプのようで好感が持てる。要望は至極当然の事なので頷いた。
 
「――さて。実際どう動くかという話についてだが。」
 
「信用のおけない輩を作戦に参加させるのですか!」
 
 声をあげたのは予想通り第一騎士団だった。
 先ほどの魔力に当てられてなお言葉を言い募るのは感心する。第三の団員と違うのは、貴族としての矜持を先に立てる文化ゆえだろう。
 ルシオンが眉を寄せる。
 
「今までの任務と違って、うちの団員も困惑している。多少は容赦してほしい。」
 言う通り、こういった例外的な任務が第一騎士団にはない事は、日頃の様子からも明らかだった。
 それに、リオの件もある。抗議に対して不満はないが納得してもらう必要はある。
 
「第三騎士団は、文字通り“何でも”こなす部隊だ。
 その為にこういった輩とも縁がある。そういった事は都度陛下に承諾をもらって動いているから安心しろ。
 承認証も見せよう。問題ないな?」
 
「陛下が承認されているのであれば、問題ない。」
「犯罪者と共に動けとおっしゃるのですか!」
 頷いたルシオンに納得がいかない、と騎士が噛み付いた。

「いい加減にしろと言わねば分からないか。」

 ルシオンから放たれた威圧が、部屋の空気を震わせた。
 
「勅命の達成よりも、勝手に抱いている矜持が大切という者がいるなら声を上げろ。
 ――もっとも。第一騎士団として、今まで適当な仕事をやってきた覚えはないが?」
 
 どうにも話が進まず、苛立ちを募らせているのはルシオンも同じだったようだ。
 静かに部下を見つめるルシオンには有無を言わせない迫力がある。
 彼らの前提が違うようだ、と思ったカイルが続けて口を開いた。
 
「分からないようだからはっきり言うが。
 矜持だなんだと信用のおけないお前達より、こいつの方が役に立つ。元暗殺者のこいつの腕も、情報網も確かだ。
 そうでないと思うなら、働きによって俺に見せてみろ。選り好みなどしている暇はない。現場ではそれを無謀と呼ぶ。
 お前らは邪推や邪念で命を落としたいのか。
 信じられないなら、自分で調べるといい。――俺は、責任を取らないがな。」
 
「カイル団長の意見に、俺も異論はない。何か意見がある者は今この場で言え。」
 しんと静まり返った室内にカイルは鼻を鳴らした。
 
「文句がある者はいないようだな、レグナード卿。そう判断して良いか?」
 これ以上話を遮られるのは時間の無駄だ。そう思って見やると、殊の外面白そうにルシオンが笑っていた。
 
「ああ、いいとも。カイル団長。」
 余裕じみた笑みが、どこか癇に障る。
 ついでに第一への牽制も兼ねて、口を開く。
 
「――言っておくが。リオは俺の駒としての隷属契約は結んでいるが、お前らの奴隷ではない。」
 リオに付けられた隷属の首輪に指をなぞらせれば、うっとりと目を細める。
 リオの変態性のような仕草は今更なので気にしても仕方がない。こういう感情には深く関わらないと決めている。
 
「褒美だ。」
 
 代わりに魔力を固めた飴を放れば、目を輝かせて口に含んだ。
 半魔のリオは、どうやらカイルの魔力と相性がいいらしい。
 組み替えた足元に、勝手に口付けるのを目の端に捉えたが、無視をした。この状況を面白がってわざとやっているに違いない。
 第一騎士団員達を見やる。
 
「こいつは俺より弱い人間の指示は聞かない。意味は、分かるな?」
 お前ら程度では些細な文句すらこの男には届かないと言外に伝えれば、第一騎士団員が若干気色ばんで、少しは腹の虫が収まった。
 
「レグナード卿。そろそろ本題に移ろう。時間を割きすぎた。」
 
 目の端で、ルシオンがずっと愉快げにこちらを見遣っているのは分かっていた。
 悪い奴ではなさそうだが、団長を務めあげているくらいだ。一筋縄ではいかないタイプだろう。
 
「もちろん。うちの団員が失礼した。カイル団長となら、有益な話が出来そうだ。」
「友好はありがたい。――だが、深入りは無用だ。」
 ふと胸の奥が微かに波立って、言葉がついて出た。
 ルシオンに対して思うところがあるわけではない。ただ、面白そうにこちらを見つめるその目が、“あの男”と重なっただけだ。
 だが、こちらの無遠慮な牽制を投げてもなお、楽しげにしているのだから、どうにも心地が悪い。
 
「第一騎士団も忙しいだろう。さっさと詰めよう。」
 そう言った言葉通り、その後は余計な口出しもなく、淡々と会議が進んだ。
 それはいいのだが、ルシオンの興味深そうな視線が始終付き纏って内心で疲れ果てていた。
 まるで、珍獣のように檻の向こうから静かに覗かれているようで、どうにも落ち着かない。
 
 それだけに、任務についての話が終わるや否や、早々に言葉がついて出た。
「あいにく平民ゆえ、雑務が多くてな。……そろそろ失礼してもいいか?」
 半分嫌味を加えて言っても、ルシオンは気にした風もなく頷く。
 
「こちらで手伝える事があれば連絡してくれ。せっかくの機会だ。今日の内容を精査して、また明日伺わせてもらう。」
 明日?早すぎる。面倒だ。とは、心の中で留め置いた。
 ついこの間、陛下にも同じような事を言って諌められたからだ。
 
「――任務完了まで、よろしく頼む。」

 何もかも飲み込んだ結果、一般的な言葉しか返せなかった。
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