【完結】獅子は鬼を喰らうか

香澄京耶

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ep6 地下組織の脅威(2)

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「取引しませんか。」

 この場にそぐわぬ穏やかな声。
 相手が一斉に引く。間違いなく、重要人物だ。
 
 肩で息をして、顔の血を拭った。相手を見る――強い。
 これは、本能の警告だ。
 青の髪に、赤い瞳。生粋の魔族。
 魔力が心もとない今は、相性が悪すぎる。
 
 それでも、団長として培ってきた矜持が、僅かな怯えさえ許さなかった。
 
「……取引?得意先に持った覚えはないが。」
 
「これから得意先に加えていただければ光栄ですよ。
 正直あなたはお強い――こちらとしても、これ以上時間も手も割きたくない。
 どうでしょう、今回は手打ちというところで。」
 
「聞くと思うか。」
 
 完全に舐められている。
 こちらが消耗している事は分かった上で、優位に立とうとしているのが見てとれた。
 
「交渉のつもりなら、お前は見る目がないな。商売に向いてない。」
「おや、手厳しい。これでも人を見る目はありましてね――あなたのような人間は“高値”がつきそうです。」
 
 値踏みするような視線に、生理的に虫唾が走る。
 加えて、組織のやり口を思えば、胸糞が悪くて到底許す事はできなかった。
 人身売買――それが、この組織の主たる罪状だ。
 
 こういう手合いは、場の有利不利すら娯楽にする。
 余裕があるなら、わざわざ姿を現して取引を持ちかけたりはしないだろうが、単なる気まぐれと言われても納得できるほどに、他人の命に価値がないのだ。
 僅かでも気を許した瞬間、首と胴体が離れる羽目になる。
 
「まず攫った人間を解放しろ。――話はそれからだ。」
 
「“アレ”は商品ですので……困りましたね。
 多少なりともあなたを気に入ったので、善意で見逃してあげようかと思ったのですが。」

 頭に血がのぼる。
 
 ――どの口が、善意などと。
 
 家族を唐突に奪われた証言の報告書が脳裏をかすめた。
 
「クソ喰らえ。」
 
「……残念です。」
 
 刹那、バリバリと空気が震えた。
 足元から床の湿気が冷え上がる。骨の髄が警鐘を鳴らす。
 
 ――まさか。
 この封鎖空間で“大物”を放つ気か。
 
 第二は今までの消耗が激しすぎて当てにできない。魔法専門に特化している彼らは、魔封じの後の影響が特に大きい。
 咄嗟に大きく展開した結界は、それでも何とか間に合った。
 
 百メートル四方の地下区画全体に、雷撃が降る。
 
 空間そのものを裂くような雷撃が、壁も床も等しく焼き抜いた。
 視界が奪われて、焦げた肉の臭いが鼻をつく。
 
「敵味方……かんけーねーのかよっ……ほっんと……勘弁しろ……」
 
 ぎりぎりで騎士団全員を庇えたことは、運がいいとしか言えなかった。
 しかし、もう一発来ると流石に守り切れる自信がない。無理やり放出した魔力に脂汗が滲んで視界がぐらつく。
 
「どこまで耐えられますかね。」
 余裕そうに呟く相手には心底殺意が湧くが、状況が悪い。
 予定通りであれば、問題なく対処できたと何度思っても仕方がない事が頭をよぎる。
 
「第二……ぜってー許さねえ。」
 死ぬにしても、せめて怨嗟の言葉が背後の奴らに届けと願ってしまう。
 
 銀色の獅子のような男が恋しかった。
 
「くそ、なんでいねーんだよ…っ!」
 
 怒りを込めて相手に斬りかかれば、合わせたように展開した魔法でいなされた。
 
「驚いた。まだそんなに動けるんですね。――では。」
 
 男の指は変わらずへたり込んでいる第二団長に向いていた。
 
「あああああ!もう!勘弁しろ!」
 
 何をやるのか分かって、そちらに駆ける。
 咄嗟に結界を張るだけの余力もなければ、団員達も何も動けていない。
 普段どんな訓練をしているのか知らなかったが、事前に心の準備さえさせて貰えなかっただろうそれが、ここに来て足枷になっている。それだけは理解できた。
 偉そうにするなら、それだけの仕事をしやがれ、と心中で毒づいた。
 
「てめえら!ぜってー明日から死ぬほど訓練しろ!」
 
 思わず絶叫したのは、痛みに悲鳴など上げたくなかったからかもしれない。
 剣によるガードも出来ず、肩口から背中に焼けつくような痛みが走って、口から容赦なく血液が溢れ出た。
 
 ――あ、死ぬわ。
 
 思考が一瞬白く飛んで、そう思うと同時、死んでたまるものかという強い意志が、身体をささえて再度男と向き合わせた。
 
「……まだ頑張りますか。」
 
「はっ……てめぇになんか、命、くれてやるかよ。」
 
「なるほど――感心しますが、そんなに瀕死では気を遣ってしまいそうです。」
 
 憐れむような視線を向ける男は、ひどく愉悦を感じていそうだが――残念だ。

 
「……ばーか。上を見ろ。」
 
 
 先ほどまで気配を消していた男が、踊るように前に出た。
 
 落ちる影に助かった、と心底思った。
 見た目こそ荒々しいが、感情を露わにする姿は一度も見たことがない。
 銀の髪が、ふわりと漏れ出た魔力を纏って揺れ動くのがもはや神々しく感じた。
 
 
「頼んだ──ルシオン。」
 
 
 ルシオンは聞いたこともないような唸り声をあげて、魔族に飛びかかった。
 
 少し遅れて、リオの背が駆けていくのが見えて、思わず笑う。
 「お前、団員じゃねーだろ……」
 危険な場所に来る義務などないのに、心強い存在だった。もう団員になっちまえ、と内心で思う。
 
 後方から複数人の足音も聞こえて、間に合ったか、と完全に力が抜けた。
 無事第二の連中も回収されるだろう。
 地味にグリム達に張ったままだった結界が負担だったので助かった。あそこまで強固にする必要もなかったかもしれない。
 
「団長!」
 
「……お前ら、まず第二を回収しろ。」
 
「でも団長、怪我が。」
「俺が安心できねーんだよ、早くやれ。」
 いつもの余裕はなかった。
 
「あとな、回復魔法浴びすぎてバッドトリップ寸前なんだわ。下手に回復かけんな。」
 無事運び出されていく人間を見ながら思う。
 
「全員出勤できてねぇじゃねーか……」
 酔い潰れてこの事態に気づけていない者達を責めるつもりはない。
 特例で休みが出たせいだ。誰を責めるかといえば、それは第二と陛下に矛先が向くべきだ。
 情報が漏れるような環境にあっただとか、第二の動きを悟れなかっただとか、絶対に言わせてやるものか。
 
 魔族を追い込んでいるルシオンの姿が目の端に映る。制圧も時間の問題だろう。
 最後の力を振り絞って、せめて足手まといにならないように、壁に倒れるように座り込む。
 なけなしの魔力でも、なんとか一人分の結界を張ることには成功した。
 
 ごぷりと再度口から出る血を拭う気力もなかった。途切れそうになる意識を意地で繋ぐ。
 団員達が第二の避難や他の賊を屠ったのと、ルシオンが誇らしげに咆哮したのは、ほぼ同時だった。
 
「カイル!」
 
 誰よりも早く駆け寄って来たルシオンにようやく息をついた。

「無事か、すまない……!伝達の手違いで遅くなった」
 
 ――やりやがったな。
 
 アルセインの曖昧な笑みが脳裏をよぎる。
 だが、今は恨み言を言う気力もない。
 
「もう、いいな……? 俺は、気絶する、からな。
 第二の、聴取を……副団長は……まとも、そうだ……
 ……それから、グリムってやつも……さからえなかったやつらも……ゆるしてやれ……」
 
 結界を解いて身体が求めるままに床に倒れ込んだ。
 
 視界が血の色で滲むのをぼんやり眺める。
 正直ここで死ぬと言われても納得出来そうなほど息も絶え絶えだ。
 
 危ない橋は何度か渡ったが、ここまで瀕死になったのは初めてだった。
 流石に初動とはいえ一人で動いたのは無茶が過ぎた。
 思ったよりも冷静でなかったのかもしれないが、遅れた分だけ人が死ぬのはどの現場でも同じだ。
 早く駆けつけるに越した事はない。恐らくは少しでも遅ければ第二が全滅していた。
 
 やった事に対して後悔はない。
 こんなざまでも、満足はしていた。
 
 
 意識が、騒音の向こうへゆっくりと遠のいて――
 

「カイル!死ぬなんて許さねえぞ……!」 
「団長!鬼の団長でしょ!しっかりしてください!」
「カイル団長!俺、今は団長も、第三の奴らも尊敬してます!だから…!」
「ばっか、お前今そんなこと言うなよ!泣く!」
「だんちょー!だめだよ……!置いてかないでぇ!」

 
「うるせえ!!」
 
 
 死にかけなのに、心底腹から声が出た。
 同時に喋られると本当にうるさい。気絶もさせてくれないのかこいつらは。
 
「回収!撤退!報告!」
 
 びくりと第三の連中の肩が揺れる。ルシオンと第一は予想外すぎたのか呆気にとられたようだった。
 
 そこで息がきれる。――流石に、限界だ。
 
「……とにかく、仕事を、完了させろ。頼むから……俺を、眠らせてくれ。守れなければ、分かるな?」
 
 血だらけになりながら、なぜ最後の気力を振り絞ってまでこんな事を言わないとならないのか。
 それでも、第三の団員は慣れたもので、ひい、と声をあげた。
 
「……いいか、絶対、起こすな。……静かに、速やかに、実行しろ」
 
 区切って言えば団員達がこくこくと頷く。
 
 ようやく安心して気絶できる──落ちる意識の中で抱きかかえられるのを感じた。
 体格的にもそんな事が出来る奴なんて一人しかいない。いや担架で運べよ汚れるぞ、と声に出せたかは分からなかった。
 
「………お前だけは。絶対に、死なせんぞ。」
 
 まるで獣が唸るような声だ。
 
 お前に言われなくとも絶対に死んでなんかやるものか。
 死んだら最後、あの男にどう扱われるか分かったものじゃない。
 もし死んだら速攻で川にでも投げ捨ててくれ――そう言いたかったが、流石にもう声が出なかった。
 
 血の匂いの中で、寒気を感じる身体を気遣うような気配に安堵を覚えて、完全に意識を手放した。
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