【完結】獅子は鬼を喰らうか

香澄京耶

文字の大きさ
14 / 27

ep10 獅子との安息(2)

しおりを挟む
 そんな思いは、翌朝の頭痛と共に思い出された。
 完全な二日酔いだ。しかも、しっかり記憶が残っているのが、なお悪い。
 
 鍛錬に影響しそうなので回復魔法をかけるが、無論、精神的なものは癒やされない。
 思わず枕に頬を埋めて、どう扱っていいか分からない感情を処理しようと試みて――やめた。とても無理だ。
 諦めて起き上がると、そこはルシオンに連れ込まれた部屋だった。
 
 テーブルに置かれたままの杯を見て、また記憶が蘇る。
 すでにルシオンの姿はない。地下組織の残党の処理に追われているのだろう。
 第二の暴走で、組織の実力ある者達を一網打尽に出来なかった分、後処理が面倒になっているに違いなかった。
 そこに参加出来ていない事に罪悪感と、苛立ちを覚えるが、現状を解決しない事には、騎士団の邪魔にしかならないこの身が呪わしい。

 自室に戻ろうと部屋を出れば、給仕係の赤髪の少女と鉢合わせた。なぜだか若干気まずい。
 少女はいつものように、にこりと笑った。
 
「おはようございます!今日は少し遅いですね。また、鍛錬ですか?」
「ああ、おはよう。今日は鍛錬の前にスープをもらえるか?――実は昨日少し、飲みすぎてな。胃に何か入れたい。」
 
「シオンさんでもそうなるなんて、お酒ってやっぱり怖いですね。いつも飲まないからかな。」
 茶化すようにくすくす笑う少女は、普段酔っ払いの相手ばかりしているせいか、こういうことには慣れているのだろう。
 お部屋にお持ちしますね、と言って歩き出したが、ふいに思い出したように足を止めた。

「あ、そういえば!昨日泊まってた“イルさん”から、伝言がありました。」
 
 言われた名前に、寝起きの感情が戻ってくる。
 思わず息が止まった――意地の悪いそれは、わざとに違いない。
 もし意趣返しでなければ、それはそれで余計に悪い。
 
「『いい名だな』って。イルさんからと言えば伝わるからって。そう言われてました。」

「……そうか――ありがとう。」
 
 感情を押し込めて簡単に礼を言えば、幸い、少女に動揺は伝わらなかったようだった。
 
「いいえ!スープ、すぐお持ちしますね。」
 ぱたぱたと足早に去った彼女を見つめ、自室に戻ってしゃがみ込んだ。
 
 くそ、と声が漏れる。
 
 ――卑怯だ。
 
 昨夜のそれを忘れさせてくれない、仕掛けのような言葉遊びに心臓がうるさい。
 次にどのような顔で会えばいいのかと思っていた自分が、ひどく馬鹿らしくなった。
 言葉ひとつで、その感情を軽く超えてくる男が憎らしい。それなのに、嫌悪すら湧かない自分に気づいて、余計に心が騒いだ。
 
「鍛錬だ。」

 自分に言い聞かせるように独りごちる。
 器用な術など持ち合わせていない。
 逃げ場のない胸のざわつきを、剣の重さで押し返す事しか思いつかなかった。
 精神は、健全な肉体と正しい鍛錬から。普段団員へ言い聞かせているそれを、自身に言い聞かせる日がくるなど思ってもみなかった。
 
 運ばれたスープを飲み干して、足早に裏庭に繰り出した。
 いつもより足取りに勢いがあったからか、赤毛の少女が視界の端で目を丸くしているのが映った。
 
 それに声をかける余裕もない。
 それでも、朝露の残る裏庭でいつものように剣を振るえば、雑念は剣の音と一緒に消えていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

聖獣召喚に巻き込まれた俺、モフモフの通訳をしてたら冷徹騎士団長に外堀を埋められました

たら昆布
BL
完璧っぽいエリート騎士×無自覚な愛され系

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

炎の精霊王の愛に満ちて

陽花紫
BL
異世界転移してしまったミヤは、森の中で寒さに震えていた。暖をとるために焚火をすれば、そこから精霊王フレアが姿を現す。 悪しき魔術師によって封印されていたフレアはその礼として「願いをひとつ叶えてやろう」とミヤ告げる。しかし無欲なミヤには、願いなど浮かばなかった。フレアはミヤに欲望を与え、いまいちど願いを尋ねる。 ミヤは答えた。「俺を、愛して」 小説家になろうにも掲載中です。

アプリで元カノを気にしなくなるくらい魅力的になろうとした結果、彼氏がフリーズしました

あと
BL
「目指せ!!魅力的な彼氏!!」 誰にでも優しいように見えて重い…?攻め×天然な受け ⚠️攻めの元カノが出て来ます。 ⚠️強い執着・ストーカー的表現があります。 ⚠️細かいことが気になる人には向いてません。 合わないと感じた方は自衛をお願いします。 受けは、恋人が元カノと同級生と過去の付き合いについて話している場面に出くわしてしまう。失意の中、人生相談アプリの存在を知る。実は、なぜか苗字呼び、家に入れてもらえない、手を出さないといった不思議がある。こうして、元カノなんか気にしなくなるほど魅力的になろうとするための受けの戦いが始まった…。 攻め:進藤郁也 受け:天野翔 ※誤字脱字・表現の修正はサイレントで行う場合があります。 ※タグは定期的に整理します。 ※批判・中傷コメントはご遠慮ください。

【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。

明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。 新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。 しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…? 冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。

処理中です...