【完結】獅子は鬼を喰らうか

香澄京耶

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ep11 獅子の暴走(1)

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 静かな空間は、昼過ぎに一人の人物によって破られた。
 
 「だんちょー、大変!」
 
 昼食を食べ終えて、情報屋から仕入れた資料を読んでいるところに、馴染んだ気配が背中に降りてきた。
 何度、身体に落ちてくるなと言っても聞かない。いつか腰をやりそうだと本気で伝えた方がいいかもしれなかった。
 
「たいへんだよ!」
 焦った声が重ねられて、それでもリオの姿を見れば、先に突っ込まずにはいられなかった。
 
「お前の方が大変だ。……酷くなってないか。」
 明らかに噛み跡が増えていて痛々しい。
 
「ありがと。でも、それは俺が決めるからだいじょーぶ。跡を残してるだけで、痛くないしね。」
 笑う顔は、以前よりずっと大人びて見えた。
 どこか子供のようだと接してきた彼への認識を、改めなければならないかもしれない。言う通り、リオの人生は、リオが決めるものだ。――だが、それでも。
 
「何かあれば――必ず言え。俺に隠すな。」
 真剣に視線を向ければ、くすぐったそうにリオが笑う。
「だいじょーぶ。楽しんでるし。この前なんてさ――」
 嫌な予感がして、すぐに言葉を被せた。
 
「それはいい。報告を簡潔に言え。」
 リオは、「もう」と頬を膨らませて、とんでもない事を言った。

「第一の団長が、王様を軟禁してる。」
 
「どうしてそうなる。」
 
 頭が混乱した。
 意味が分からずリオを見た。冗談の気配は一切ない。
 何が起きたのか想像もつかずに、頭を抱えて息を吐いた。
 
「……悪かった。詳細に――教えてくれ。」
 
 起きた経緯を聞いて、納得いくどころか、さらに混乱した。
 元第二騎士団団長が、役職を降ろされた事を根に持って、反アルセイン派の貴族などを纏めてクーデターを起こそうとした。
 それを未然に防いで捕縛したルシオンが、何故かそいつらを引き連れたまま王の執務室に向かい、王を軟禁している。

「どんな状況だ……。」
 
「分からない?」
 
 リオの顔は愉快そうだ。
 窮地に立たされているアルセインは、お前の想い人ではないのか、という言葉は、ややこしくなりそうで敢えて言わなかった。
 
「だんちょーのためだよ。」

「は、」
 息がもれた。
 
「だんちょーを戻すためにね、今後関わらないって約束しないと、反逆者と一緒に刃向かうか、だんちょーと国外に行くって、そう言ってた。
 反乱の奴らは脅し程度に連れて行っただけだよ。んー、三人で国外も楽しそうだよね。」
 
 のほほんと言うリオが恨めしい。
 
 思考が追いつかない。
 あんなに冷静な男が何故こんな無茶を――そう思って、昨夜の指の、口付けの、言葉の熱さを思い出す。

 ――敵わない。
 
 思わず笑い声が出た。
 呆れているはずなのに、胸の奥が無条件に温かみを帯びて笑ってしまう。
 普段、声をあげて笑う機会など殆どないのに、あの男は簡単にそれをさせてくれる。

 昨夜久しぶりに会った男は、一瞬で世界を変えていく。
 そんな男に認められていると思えば、心は軽かった。あの男の傍では、俺は、俺で居られる。
 それは、今確かに思った紛れも無い真実だった。

「だんちょー。行くよね?」
 どこか嬉しそうに、笑みを湛えたリオに頷く。
 
「――ああ。行かなければ、収まりそうもないしな。」
 急ぐぞ、と言えば、リオは嬉々として荷物を纏めだした。
 
「あ、」
 思い出したかのように、リオが付け加える。
「だんちょーには言うなって、言ってたよ。王様に会わせたくないみたい。」
「……あいつ。」
 そこまで弱いと思われているのは癪だが、昨日の事を思えばあの男なりの気遣いとも理解できる。
 それでも、そのままでいるのは許せなかった。
 
「行って速攻で解決してやる。」
「だんちょー、復活だね。」
 リオがおかしそうに笑って言った言葉は、今の心境に心地よく落ちた。
 
 
 手早く支度したあと、宿屋の店主に急な出発となる事を謝罪して料金を払おうとすると、「いらん」と突っぱねられた。
 「……しかし。」
 後払いでいいと言われた時から、料金を払っていない。結構な金額になるだろう。
 困って赤髪の少女に目を向けると、にこりと微笑まれた。
 
「私の、ひとりごとなんですけど。」
 どこか悪戯げに、少女が笑う。
 
「数年前、第三騎士団が、カイル団長っていう方に変わってから、治安の悪いこの町も、とても過ごしやすくなったんですよ。」

 はっとして少女を見れば、寡黙な店主と同じ茶色の瞳がまっすぐこちらを見上げていた。
 
「三年前、質の悪い地上げ屋に狙われて困った時も、嘆願書なんて集めなくても助けてくれました。
 一年前、母さんが攫われて……母さんは助からなかったけど。それでも最近、悪い奴らは捕まったんです。
 噂では、他の人を助けるためにひとりで乗り込んで、無茶をして……でもほとんど倒しちゃったらしくて。
 ……すごいですよね。私には、想像もつきません。」
 
 静かに涙をこぼす少女に、言葉をなくす。彼女の心に起きた事を思えば、胸が痛んで何も言えなかった。
 
「私たちだけじゃなくて……この町の人、みんな感謝してます。
 団長さんだけじゃなくて、第三騎士団のみなさんに。
 ……ほんとに、関係ないんですけど。最近、この町のみんなから、毎日いい食材が届くんです。……なぜでしょうね。」
 
 かっと目頭が熱くなる思いだった。
 それでも、店主と少女の気遣いを思えば、何も言えずに、ただ、手巾で涙を拭いてやる事しかできなかった。
 いったい、いつから気付いていたのだろうか。
 その心遣いに、ただ感謝した。
 
「世話になったな。……この恩は、忘れない。」
 せっかくの好意を無碍にする事はできず、ただ手巾だけを少女に握らせた。
 そのまま背を向けると、少女は鼻声で、「あ、そうそう。」とわざとらしく付け加えた。

「これは、噂話ですけど。
 黒い髪と、金の瞳を持った男を探しているっていう、怪しい男達が最近うろついてたんです。
 ……不審な男達だったから、この辺りのみんな、そんな男は知らないって追い返したんですよ。
 “シオン”さんも、気をつけてくださいね。」
 
 その言葉で、勝手に守ってきたつもりの者達に、いつの間にか自分が守られていたのだと知った。

「……それは、その男も……感謝しただろうな――心から。」
 
 目深に被ったフードを思わず握りしめたのは、自分の立つべき場所を再認識したからに他ならなかった。
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