愛洲の愛

滝沼昇

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6. お役者吉次と音羽

➁ 宮の宿

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 宮の宿には既に、殺気をちらつかせる風魔ふうまの下忍が網を張っていた。
 おそらく風魔再興に気が逸っているのだろう、隠し様の無い褒美への欲望が殺気となって宿場に燻り、痛い程であった。

 燦蔵は視界を妨げる笠を取り、道中合羽どうちゅうがっぱの下に隠している柄物の装備を確かめた。

 まともに渡り合えば、まず未熟な志免が確実に命を落とす。使命ならばそれも致し方ないとしても、精神的に未熟な鶴丸が志免の死に逆上して手が付けられなくなる可能性もあり、そうなれば数に於いて劣勢の燦蔵一人の手には余る。せめて仁介でもいれば、鶴丸一人を仁介に預けて行かせ、志免と二人、ここで命を張って敵を食い止める事も出来るのだが……肝心の仁介と繋ぎが取れない。
「あの馬鹿……」
 つい、仁介に対して吐いて出てしまった悪態に、女が首を傾げた。燦蔵は唐突に、その女の腕を引き寄せて、背中から抱きすくめた。
「あ、いやですよ、こんな往来の真ん中で」
 まんざらでもなさそうに甘えた声を上げる女の耳元で、燦蔵はニヤリと笑った。
「鶴丸、見たか」
 背後を歩いていた鶴丸が、思わず答えようとしたのを志免が制した。
「見たよ」
 志免が言ったのは、燦蔵が女を抱きすくめた途端、思わず動きを止めた者達の事である。

 右の飲み屋に男が三人、向かいの旅籠の呼び込み女と隣の飯盛り女、二階からこっちを見てる客……女が燦蔵に人質にされたかと焦って地金を出した者達の立ち位置を、志免は歩きながら、常に自分達を見守っている燦蔵配下の下忍に指文字と唇とで伝えた。
 望月流独特の読唇術で、下忍達は志免の微かな唇の動きだけで言葉を受け取る事が出来る。

「嫌だわ、坊やにも見られちゃって」
 女は燦蔵の腕の中で体の向きを変え、腕を伸ばして燦蔵の首筋に絡み付いた。向かい合う二人の唇が触れそうになる所まで近寄ったとき、燦蔵は笠を女の顔に押し当てた。同時に、鶴丸達の背後の横合いの辻から馬が飛び出して来た。
「乗れ、志免! 」
 それは志免ではなく、志免を名乗らせてある鶴丸への指示であった。
 流石に鶴丸は心得、駆け抜けようとする馬に追い縋り、ひらりと飛び乗った。
 そして一歩遅れて追い縋る志免へと腕を伸ばし、掴んだその手を一息で引き上げた。
 二人はまんまと馬で一気に宿場を駆け抜けたのであった。志免の合図によって敵方の配置の隙をついた配下が、手薄な背後の辻合いに馬を放ったのであった。
「男に懸想けそうする程飢えちゃおらんわ」
 女の鼻先で、燦蔵が笑った。笠で顔を押さえつけられた間に鶴丸らをまんまと取り逃がした女は忌々し気に笠を投げ捨て、殺気を露にしていた。その顔が憤怒に歪む。吹き上がるような気炎と共に、燦蔵の前で女の体つきが変化を見せていった。
 燦蔵は見せ物でも楽しむように、余裕の笑みを浮かべてその変化を見つめていた。
「愛洲の燦蔵、一人で何が出来る」
 女物の着物を脱ぎ捨てた体は、既に枯草色の忍装束に包まれていた。
 長身の、紛れも無い若い男の肉体である。化粧の施された美貌がそのままであるのが、却って異様であった。

「一番鑓、御役者吉次おやくしゃきちじ。まんまと我が色香に迷って策に嵌はまりおった愚か者め」

「御伽衆おとぎしゅうか。なるほど、男にも女にも自在に化ける美貌だな。しかし、些か下品だ」 
 気迫を見せる吉次の前で、燦蔵は肩を竦めておどけた。
 志免が伝えた敵の居所の辺りで、激しい剣戟けんげきが始まっていた。燦蔵の配下が敵の位置を的確かつ一斉に襲撃したのである。
 燦蔵配下の下忍は、望月衆いや甲賀衆でもその名を知られた手練ればかりである。燦蔵は部下の戦いに気を削ぐ事は無く、真直ぐに吉次を捉えていた。

「別嬪べっぴんには事欠かん、むしろ食傷気味だ」
「ほざけ。今頃は仲間が鶴丸を追って血祭りに上げていよう。貴様はここで死ね」
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