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6. お役者吉次と音羽
➂ この世にただ一人の男
しおりを挟む「別嬪べっぴんには事欠かん、むしろ食傷気味だ」
「ほざけ。今頃は仲間が鶴丸を追って血祭りに上げていよう。貴様はここで死ね」
「だそうだ。遅参だぞ、仁」
嘯く燦蔵に、吉次が奇声を上げて踏み込んだ。が、対峙する筈の燦蔵の体が瞬時に消え、吉次の切っ先を撥ね除けたのは、別の人物の刀であった。
「き、貴様ッ」
吉次の刀を跳ね上げたのは、墨色の忍装束に身を包んだ仁介であった。空かさず二合三合と刀を交え激しく火花を散らせ、仁介は吉次の胸元を蹴って後方に飛び退き、一端間合いを取り直した。そしてゆっくりと、口元を覆っていた覆面を下ろし、仁介は吉次に勝る美貌で微笑んだ。その間に、当の燦蔵は旅籠に繋いであった馬に跨がり、猛煙を上げて鶴丸らの後を追って行った。
気を散らす吉次の前で、仁介は左腰に手を当て、右手で吉次の口元を指差しながら小馬鹿にするように鼻を鳴らした。
「紅の色も合ってないし。とにかく化粧が田舎臭いんだよねぇ」
燦蔵の背中を見送り、仁介が哀れむように呟いた。屍が増えていく町辻の中で、美貌の二人だけが向かい合っていた。
「残りは引き受けた、行け」
仁介が空へ向かって叫んだ。すると、鼠が引くようにして、燦蔵配下の下忍の気配が宿場から消え失せた。その下忍に向かって飛礫を放とうとした吉次の右手首を、仁介が断とうと刀を一閃するが、察した吉次が後方にトンボを切り、続けざまに仁介に向かって飛礫を放った。その飛礫を躱す仁介の横合いから、生き残っていた敵の下忍が斬り掛かって来た。
往来の両脇に並ぶ旅籠の屋根から、蝙蝠のように下忍が刃先を掲げて飛びかかって来たのを、仁介は足場を崩す事無いままに右に左にと斬り捨てた。
瞬間、がら空きになった心臓めがけて、吉次が棒手裏剣を放つが、見切っていた仁介は頭が地面につく程体を弓なりに反らせてその飛来から身を躱し、起き上がり様跳躍して、鋭く踏み込んで来た吉次の頭上を飛んだ。そしてまんまと吉次の後ろを取った。
其処にあった筈の仁介の残像めがけて真直ぐに切っ先を伸ばしたまま、吉次は虚しく固まった。首筋に、仁介愛刀の刃先が触れていたのであった。
「柳沢様の色子とは貴様の事か、成る程な」
「黙れ。仲間は何処だ」
「教えると思うか」
「次は何処に仕掛けを敷いている」
「そんなもの知りやしねぇよ」
刀を宙に伸ばした一撃必殺の態勢のまま、吉次は伝法に言い放った。
「二度とは言わんぞ」
仁介は素早く刀を薙ぎ下ろし、刀を突き出したままの吉次の右腕を、肩口から断った。
「うぎゃああああッ」
血飛沫を上げて、刀を握りしめたままの吉次の右腕がドサリと地面に落ちた。
「無様な。風魔忍が片腕を切り落とされたくらいで断末魔の声を上げるとは。さぁ言え、御伽衆の他の奴らは」
忍としての生き方から遠く離れ、盗賊働きで多くの人々の血を啜って来た吉次に、痛みに耐える性根は最早残ってはいなかった。
「お、音羽、紅丸、た、辰姫……」
「ほう、あと三人だけか」
右腕の傷口を仁介が掴み上げると、吉次は血を吹き出しながら悶絶した。
「さっさと答えろ」
「お、思い上がるな。この三人は到底お前らの手に負える者ではない。必ず貴様が斬られる事を確信して、あ、敢えて言うのだ」
「そうか。せめてもの情けだ。愛しい男に伝言あらば、伝えてやろう」
血の気の引いた顔で、吉次は妖艶に笑った。
「い、愛しい男か……そうさね、多くの男達に磨かれた色子って点じゃ、俺とあんたは、同類さ」
「一緒にされたく無いなぁ」
「何だと」
「私が肌を許す男は、この世にただ一人だけだからさ」
それ以上の言葉を紡がせるには及ばず、仁介は吉次の首元で刀を一閃した。
屍ばかりが転がる宿場町から、仁介は猛然と駆け出したのだった。
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