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5.暗闘
➀ 名古屋城下 2
しおりを挟むあんな風に堂々と潜れたらと思いあぐねつつ、道に面した二階の窓を見上げていると、突然、女郎屋の二階からギャアという野太い悲鳴が轟いた。
志免が踏み出すべき一歩を躊躇する間に、その窓から鶴丸が転げ落ちて来たのであった。
「鶴丸、これを! 」
流石にまともに背中を打ち付ける様な無様は晒さないが、下帯一枚の鶴丸は護身の寸鉄一つ身につけていなかった。志免は短刀を鶴丸に持たせ、自分は荷物を結びつけて担いでいた棒を手にした。見た目はただの棒だが、実は細身の仕込み刀であった。
だが、その刀を抜く前に、鶴丸と志免は中から次々に飛び出て来た男女に取り囲まれていた。女郎も、旅人風情の男も、手にしているのは苦無や忍刀である。明らかに、待ち伏せされていたのだ。
「さっきのババアは何とか仕留めたが、こりゃどうすんだい」
「鶴丸が人の言う事聞かないからだろッ」
背中合わせに囲みの中で間合いを計りつつ、志免は女郎屋の暖簾の方へ視線を送った。
と、中から血反吐を吐いた若い男が転がり出て、道上で事切れた。
その男を追うように出て来たのは、例の大男であった。大男は合羽を肩に跳ね上げ、助走を付けて跳躍するなり、志免達を封じていた囲みの一角を崩した。両刃の短刀を握る熊の様に大きな両手を旋回させる度に、男や女の喉元から血飛沫が上がった。
それまで志免達を囲んでいた生き残りの刺客らは、その大男の勢いに呑まれて態勢を崩し、やがて四散していった。
「野郎ッ」
「追うな」
やっと覇気を取り戻した鶴丸が、今更に意気込んで追おうとしたのを、大男が止めた。
「ったく、大たわけが」
笠の下から聞こえた悪口は、二人共聞き覚えのあるものだった。志免は驚いて、笠の下を覗き込んだ。
燦蔵の鬼の形相があった。
「燦ちゃん! 」
「ここからはどこもかしこも敵の網の中だと思え。何しろ、尾張家子飼いの忍衆・御土居下衆の頭目が殺られて組織は混迷、不逞忍の掃除も立ちゆかない。今やこういう連中が大手を振って悪さしていやがる」
「んだよ、また女はお預けか」
命を救ってもらいながら、礼も言わずに不服を口にした鶴丸を、燦蔵は容赦なく殴り倒した。鍛え抜かれた大男の拳は、鶴丸の体を二間以上吹き飛ばしたのだった。
「燦ちゃん、待って」
「うるさい、何が女だ、このアホ餓鬼が! 溜まるもん溜まってんだったら、てめぇの手で一生シコシコ擦ってりゃいいんだよっ」
恥ずかし気も無く大声を張り上げる燦蔵の横で、思わず志免が顔を赤らめて俯いた。
「ほ、ほら、燦ちゃん、役人が来ると不味いから……」
「おまえは黙ってろ! いいかっ、暫くはこの俺様が同行してやる、覚悟しくされ」
「わかった、わかったから……」
志免は尚も殴り掛かろうとする燦蔵の腕にぶら下がるようにして宥め、仏頂面の鶴丸と燦蔵と、二人の手を引いてその場を離れた。
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