ドロイドベル

ふりかけ大王

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第1章~レグヌム王国~

助太刀

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エバンの嫌な予感は的中し、レギナの執務室に続く廊下も敵が侵入していた。この様子では敵は正面からだけではなく至ることろから侵入したのだろう。余計にたちが悪い。エバンは眉間にしわを寄せて小さく舌打ちをする。エバンは途中で何人もの敵に遭遇したが、敵が気づかれることなく一方的にエバンが攻撃できたので幸いにも大きな足止めを食らうことはなかった。エバンの左手にある剣からは何人分もの敵の血が滴る。

遠くの敵がエバンに対し何かを投げつけてきた。それに気づきエバンも足を止める。

「!?」

敵の撹乱だろう、エバンの足元に転がってきたのは煙幕玉だった。口元を腕で押さえつけて低い姿勢でエバンは走る。

(このタイミングで!?)

通常、煙幕は敵から逃れるために使用するものだ。だが現段階では敵の襲撃に対してレグヌム王国騎士団は圧されていた局面であった。悔しいが敵からして有利な戦況を変える必要は感じられない。しかし、それを知らぬ経験不足な騎士たちは混乱をしていた。

「なんだこれは!?」

「敵の姿が見えないぞ!」

いきなりの交戦の上、視界が悪く剣先を見るのがやっとの世界に急に落とされた騎士たちは戸惑う。どこから飛んでくるか分からない敵の刃がその恐怖を助長させる。

「聞け、エバンだ!敵の姿が見えないのは相手と手同じだ!まずは、この場を走り抜けよ!!」

「エバン分隊長!?・・・。」

エバンは自分の存在を知らせることで味方を安心させ鼓舞する。この思惑は見事に当たり浮足立っていた騎士たちは落ち着きを取り戻した。煙のない空間に飛び出してきた騎士の顔を見てエバンは言った。

「私はレギナ姫のもとに行く!ここは任せたぞ!」

「ここはお任せを!」

士気を取り戻した雰囲気を感じ取ってから、再びエバンは煙の向こうへと消えていった。

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(ーーそうであっては欲しくなかったが・・・。)

レギナの執務室に向かう途中でレギナの護衛を務めている騎士が倒れていた。交戦したのだろう、彼らのものだろう剣と敵の屍が転がっていた。彼らはと言えば、幸いなことに傷は深いが急所を外れていた。

「大丈夫か?」

エバンは彼らの肩に手を置いて尋ねた。

「エバン殿、申し、訳ない。レギナ様を・・・。」

剣を離したその手でぐっとエバンの袖を掴み、痛みに耐えながら騎士は謝罪をする。

「貴方たちはよくやった。それに動くと傷が広がる。」

職務に対する責任感からか、無理にでも体を起こそうとする騎士を宥めるようにエバンは言った。

「私がレギナ姫のもとに行く。」

その言葉に小さくうなずき、騎士は硬く握り締めていた手を離した。

そこからレギナの執務室までは先程までとは大きく違い、奇妙なほど静かであった。エバンの脳裏には最悪の事態がよぎっていた。それを振り払うかのように走る。

「レギナ!」

エバンは鍵のかかっている執務室の扉を乱暴に叩く。

「エバン・・・?」

数秒遅れで扉の奥からレギナの声が返ってきた。そしてカチャっと扉の鍵が外れる音がした。エバンは後ろを振り返り敵の姿がないことを確認してから扉を開け中に入る。

「無事で何よりです・・・。」

「ええ、エバンも・・・!」

ここで味方の助けを一人心細く待っていたのだろうレギナがエバンの胸に飛び込む。エバンは乱れる呼吸を落ち着かせながらレギナの無事を確かめるように強く抱きしめる。見たところ執務室には荒らされている形跡もなく敵の侵入はなさそうだ。

「ここは危険です。城の奥に移動しましょう。」

「はい。」

このままここにいては袋の鼠だ。一番安全な城奥に身を移すのが得策だろう。レギナはそっとエバンの体から離れる。

「レギナ様!エバン分隊長!」

執務室の扉を出た瞬間、前方から頼もしい援軍であるモーリアが現れた。血の付いた剣や息が上がっていることから自分と同じように駆け付けたのだろう。

「モーリア、よく来てくれた!」

「モーリアさん!」

「こちらのルートは危険です迂回しましょう!私が先導します!」

モーリアは大声でエバンたちに指示をする。その優秀さにエバンは感謝しつつ彼女の案内に従った。道中で何人かの敵と遭遇したが、エバンやモーリアの敵ではなかった。といっても、エバンは専らレギナの護衛をしており、敵と交戦していたのはモーリアだったのだが。

(ーーこの感じではモーリアは今回の騒動とは無関係か・・・。)

実のところエバンは今回の騒動の一端にモーリアが噛んでいると疑っていた。モーリアが来てから数か月後に今回の襲撃――。エバンが疑うのも無理はないだろう。

「エバン分隊長、もう少しです!」

「・・・あぁ!」

だが、今彼女は敵兵をためらうことなくその刃で切り裂いている。もしも彼女が敵側の人間だったら、このレギナの護衛が自分だけという理想的な状況下、今頃自分と交戦しているはずだ。何にせよ、この不安の大きさは彼女がそれだけ優秀である証明でもあるから今ではありがたい。

「ーー!!」

明かりの消えた廊下を先に走るモーリアの足が止まった。何事かと前方を確認すると敵が待ち構えていた。

「エバン分隊長・・・。」

「・・・分かっている。」

エバンの後ろにも敵の姿が現れる。それをお互い把握するようにモーリアとエバンは顔を見ないでやり取りをする。

「レギナ姫、もう少しだけご辛抱を。」

隣で心配そうにエバンを見るレギナを安心させるようにエバンは声をかけた。

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手練れの二人とはいえ、レギナに気をまわしながら何十という敵兵を相手にするのは中々過酷だった。

「――っ!!」

エバンの剣の前に敵が崩れ落ちる。

「とりあえずこれで――。」

モーリアがエバンのもとに来た瞬間、敵の屍の向こうからさらに増援がやってきた。それを見てエバンはふーっと長い息を吐いて剣を握りなおす。

「ふぅ、もう少しかかるな。」

「そうですね。」

背中越しにエバンはモーリアに声をかける。彼女もまた気を引き締めているのが雰囲気で伝わった。

「モーリアはそちらは任せ――。」

――任せるぞ。エバンの口元からその言葉が出るより早く、ドスッという鈍い音が鳴り響いた。そしてその直後にエバンが前のめりに崩れる。

(モーリア?貴様っ――!)

薄れゆく意識の中でエバンが最期に見たのは、口元を手で覆った今にも泣きだしそうなレギナの顔と仮面のように無表情のモーリアだった。
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