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騎士は守るべき姫と出会う(ノエル視点)

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「俺の婚約者候補のビアンカが、とても可愛いんだ…」

フィリップ様はそう言って、長い金色の睫毛を伏せ、紅茶を口にしてから溜め息を吐いた。
その色香に当てられメイドがぐらついたのが目の端に止まる。
…王子の側付きの条件は彼の色香に惑わされない事。
彼女はそろそろ側仕えから外されるのかな…そんな事を俺…ノエル・ダウストリアは思った。
すごいよねぇ、年上のお姉さんにまで正気を無くさせる美貌って。
たまーに襲われて大変な目に遭う時もあるみたいだし。大人が子供に何やってるんだろうねぇ。
フィリップ様も誰にも言えず最初は泣きながら過ごしていたらしいけど、最近は工夫して上手くいなす(いなすってなんだろ?)ようにしてるそうだ。
そういう事があるから、彼は女性に対し馬鹿にする気持ちと、手のひらで転がせる?(手のひらに女の人は乗らないよね?どういう事?)みたいな、変な自信を持っていた。
…婚約者候補の女の子と出会うまでは。

その女の子は、彼の自信を打ち砕いたらしい。
なにそれ、なにしたのさ!

フィリップ様が人を褒めちぎるのがそもそも珍しいけれど、彼女に関しては褒めちぎった上で恋する男の表情を浮かべ、あがめるみたいな言葉さえ口にする。
しかも彼女は自ら、このフィリップ様の婚約者になるのを嫌がり候補に留まったらしい。そんな女の子が居るんだ!と話を聞いた時かなり驚いた。

「そんなに、素敵な子なの?」
「当たり前だろう!!」

いつになく食い気味にフィリップ様が言う。

「俺も、会ってみたいなぁ」

呟いたその言葉は、数日後に実現する事となった。



ビアンカ嬢と初めて会った時の印象は。
思っていたイメージと違う…だった。
フィリップ様から聞いた印象から、もっと快活な子をイメージしていたんだ。
だけどビアンカ嬢は俺が声を掛けたら、ビクッとして従僕の後ろに隠れてしまった。
彼女はその従僕に相当懐いているらしく、彼に撫でられると安心したように頬を緩める。
その柔らかな表情に俺は思わず見惚れてしまう。
フィリップ様が惚れ込むだけあって、彼女も人並外れて美しい。
フィリップ様の美しさが他を圧倒する輝きを放つ美しさだとすると、彼女は触ると消えてしまいそうな、見る人に守りたいと思わせる、物語の姫のような美貌だ。

この、物語の姫君を守る騎士になりたいな。

そんな事を思いながら思わず釘付けになってしまう。
うん、フィリップ様が夢中になるのも分かる。俺も彼女と友達になりたい。
でも……俺、なんだか嫌われてるよね?
ちょっと……いや、かなりしょんぼりしてしまう。
大きな声を出しすぎだってフィリップ様に言われたけど…しんそーのご令嬢って繊細なんだなぁ。
うん、好かれるように、今度からはちゃんと紳士な態度を心がけよう。

「ご…ごめんなさい…少し驚いてしまっただけですの。わたくしはビアンカ・シュラットよ、仲良くしてくださいまし、ノエル様」

ビアンカ嬢がおずおずと声を掛けて来る。
その声は、見た目と同じで澄んでいて、とっても綺麗だ。

「君は、物語の中のお姫様みたいだね」

思わず、先程まで考えていた事が口から出てしまった。

「わたくし、そんな素敵な人じゃございませんのよ」

そう言って彼女は、戸惑ったように目を逸らした。
やっぱり俺の事は、あまり好きじゃなみたい。
どうやったら仲良くしてくれるんだろう。
何か、何かきっかけを作らないと。
その後、彼女にあれこれ話しかけてみたけどはにかんですぐあの侍従…マクシミリアンの後ろに隠れてしまうので、なかなか打ち解けられず、日々だけが過ぎて行った。



夏らしく太陽が照り付ける、暑い日々が続いている。
その日は夏祭りで、俺はビアンカ嬢を連れて行こうと意気込んでシュラット家を訪れた。
ビアンカ嬢を祭りに連れて行きたい、なんて言ったら護衛に反対されると思ったから、今日はこっそり邸を抜け出し一人で来た。
シュラット家とダウストリア家が貴族街の近い区画にあって本当に良かった。
まぁ…うちの護衛が反対しなくても、彼女の過保護な従僕…マクシミリアンに止められそうだけど。
どうやったら彼の目を掻い潜れるかなぁ…。
そんな事を思いつつ偶然を装って彼女に話しかけると、目を丸くされた。
今日の彼女は、ワンピースと麦わら帽子…まるで町娘のような恰好をしている。
そのせいかいつもより快活で、明るい雰囲気に見えた。

「ちょっと身軽な格好をしたかったもので。変ですか?」

おずおずと言う彼女はとても可愛らしい。
スカートから覗く足がとても白くて、見ちゃいけないものを見てしまった気分になった。
今日はマクシミリアンが何故か側に居ない。
こんなチャンス滅多にない…!俺の心は浮き立った。

「身軽な格好してるついでに、お出かけしない?」
「お出かけ…でございますの?」

戸惑っているビアンカ嬢の手を引っ張って強引に邸の外に連れ出した。
ビアンカ嬢の手を引いてどんどん市街の方へ行くと、不安になったのか彼女が俺の手をぎゅっと強く握ってきた。
小さくてか細い手。大人になったらこの小さな手を守れるんだろうか。
今はきゅっと握り返して、彼女が安心するように微笑む事しか出来ないけれど。

「今日はね、夏祭りがあるんだよ」

そう告げると、意外な事にビアンカ嬢はかなりの勢いで食いついて来た。
良かった、彼女の興味に触れるもので。内心かなりドキドキしてたんだ。
今までみた事ないくらいはしゃぐ彼女がとても可愛くて、そんな姿を俺に見せてくれてすごく嬉しかった。
俺は怖がらせないように細心の注意を払い、なるべく紳士に見えるように頑張って背伸びして、ビアンカ嬢に接した。
ちゃんと出来ていた自信は無いけど…これで少しは俺の事友達だと思ってくれるといいな。

「ノエル様。失礼な態度を…最初の時から取ってしまってごめんなさい。改めて…わたくしと、仲良くして下さいませ?」

……この彼女の言葉を聞いた時、俺がどれだけ嬉しかったか。



屋台を見ていた時。

「わたくし、あの飴細工が見たいですわ」

そう言って、彼女は飴細工の屋台を指した。
色々な動物の形に細工された飴が棒に刺した状態で沢山立てて並べられ、陽光を受けてキラキラと光っていて綺麗だ。
へぇ、飴の周囲の空気は魔石で冷やしてるのか。そうだよな、じゃないと溶けちゃうもんね。

「どれが欲しい?」
「狼、この緑色の狼が欲しいですわ!」

俺が訊くとビアンカ嬢は迷いなく緑色の狼を指差した。
狼は俺の家の家紋に使われている動物だ。俺はちょっぴり誇らしい気持ちになった。

「この狼、少しノエル様に似てますわ」

ふふっと笑って彼女が言う。
狼に似てるって…かっこいいと言う事でいいんだろうか?だったら嬉しい。

「うちの家紋も、狼なんだ。似てると言われるなんて光栄だな」

俺がそう言うと、

「騎士の家系に相応しい、素敵な家紋ですのね。素敵な狼に守って貰えるフィリップ様が羨ましいですわ」

そう言って彼女が…………緑の狼にキスをした。

(う…わぁ…)

ビアンカ嬢の紅い唇に触れられたような気持ちになって。俺は思わず赤くなる。
だめだだめだ。この人はフィリップ様の想い人なんだ。
友達になりたい、騎士として守りたい、そこまではいい。
だけど好きになるのは、良くない。
だって俺とフィリップ様は友達なんだから。友達は裏切っちゃダメなんだ。

にこにこし、ビアンカ嬢は狼を見つめながら歩く。
彼女のその楽しそうな表情に俺の頬も弛んだ。

その時、誰かがビアンカ嬢にぶつかった。
倒れそうになる彼女を慌てて支える。
ぶつかって来た男は、平民っぽい服を着ていても明らかに良家の子女に見えるビアンカ嬢から、金を巻き上げようとしているのが見え見えだ。
俺は彼女と男の間に立って、男を睨みつけた。

「なんだオラ、坊主殴られてぇのか」

男がずかずかと大股にこちらへ歩いて来る。
男は、成人としてはごく普通の体型なのだろう。
だけれど7つの俺よりは、格段にでかい。

―――怖い。

けれど、守らなきゃ。ビアンカ嬢を。
子供が殴られていたら、流石に周囲の大人が衛兵を呼んでくれる。
衛兵が来るまで、それまで、耐えるのが俺の役目だ。

「ウォータボール!!」

凛としたビアンカ嬢の声が響き、男の頭が水の膜に包まれた。

「ノエル様、今のうちに!」

ビアンカ嬢に手を引っ張られ、その場から引き剥がされる。

(ビアンカ嬢はもう、魔法を使えるのか)

彼女が魔法を使ったのだと、そして俺は、守りたかった彼女から守られたのだと。
そう理解した瞬間、頭の奥がぐらぐらと沸騰したように熱くなり、目の前が真っ赤に染まった。

――騎士は人を守る為に存在する。

父は口癖のようにそう言う。
じゃあ彼女を守れなかった俺は……彼女に守られた俺は。

叩きのめされ、泥の中に顔を付け、立ち上がっては引き倒される。
父に何の意地も見せられない。
それは、俺の日常。父に、認められたいのに。力不足な俺の。

――逃げる者は、騎士失格だ。

いつも父に言われる言葉が、頭の中をぐるぐる回った。

「もう…大丈夫かしら…」

路地裏に逃げ込んで、ビアンカ嬢と俺は荒い息を吐いた。

「ごめんね、ビアンカ嬢」

自分が情けなくて謝ると、彼女はきょとんとした顔をした。

「俺が無理に連れ出さなきゃ危ない目に遭わなかった。それに…俺は将来は騎士になるのに…。ビアンカ嬢に助けて貰って…情けない」

こんな気持ちを彼女に吐いてしまう事が、情けない気持ちに拍車をかける。
悔しくて、悔しくて。食いしばった歯からは擦れるような音が漏れた。

「なにを言ってるんですの。負ける戦はするべきではありませんわ。あんな男のせいでケガでもして、騎士になれなかったらどうしますの」

盾となり人を守るのが騎士だ。それが負ける戦いだとしても、逃げる事は許されない。
そう、父は俺に言う。
その父の言葉を。彼女はあっけらかんと否定した。

「でも…!」

俺が更に食い下がると、ビアンカ嬢からぺちん、と頬を叩かれた。

「もっと強くなって。次は守って下さいませ」

そう言って彼女は。
猫のような目を悪戯っぽく煌めかせ、大輪の花のように笑った。
その笑顔に、ぎゅうっと、胸の奥が掴まれた気がした。

最初、ビアンカ嬢を見て『守りたい』と思ったのは物語のような姫を守る事で、俺が物語の騎士に…父に認められるような騎士になれる気がしたからだ。

――でも今はそんな幼稚な動機じゃなくて。
物語の姫君ではなく、ちゃんと彼女を知り、彼女を守りたいと。
心の底から、そんな気持ちが湧き立った。

「…もっと強くなって…ビアンカ嬢を必ず守るよ」

ビアンカ嬢の目をしっかり見つめ、固い決意を込めて俺は誓った。
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