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令嬢10歳・わたくしと周囲と

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「ウォーターシャワー!」

詠唱して、えいやっと畑に手を振ると、畑に水の雫が舞い降りる。
トマトに、きゅうりに、オクラに。優しく水が掛かり、雫を弾いてキラキラと光った。
魔法で畑に水を撒くのにも、すっかり慣れたものだ。
最初は加減を間違ってびしょびしょにしてしまい、マクシミリアンに火魔法で慌てて乾かして貰ったりと苦心したものだった。

わたくしはもう10歳。
7歳のわたくしとは、訳が違うのだ。

「人間努力すれば…きちんと上達するものなのよ」

ただし、料理は別として。
ジョアンナに料理をずっと教わっているのだけど、わたくしの料理の腕はなかなか上達しない。
食べられない事はないのよ。ただ、美味しいと言う訳でもないの。
料理が下手なお父さんが休日にだけする料理みたいな感じと言うか。
『お嬢様には味付けのセンスが無いようですね』とジョアンナには苦笑された。酷い、けど事実だ。
そう言えば、マクシミリアンに強請って2~3度川釣りに連れて行って貰ったのだけど、前世で培った釣り場での魚の処理の腕は生きていたのでほっとした。
夢中になって黙々と釣れた魚の血を抜き、内臓を取り出し、魔法で氷を出して保存して行くわたくしを見て、マクシミリアンが目を丸くしていた。
魚を黙々と捌く侯爵令嬢、うん、シュールよね。ごめんなさい。
捕った魚をを上手く料理出来ないのが本当に残念…まぁ、新鮮な魚って塩振って焼けば大抵美味しいわよね。スキル要らずで美味しいなんて素晴らしい。

そんな思い出に浸りながら屋敷の玄関に戻ると、執事のミハイルからフィリップ王子とノエル様の来訪が告げられた。

「やぁ、ビアンカ」
「ビアンカ嬢久しぶり~」

応接間のソファーに腰掛けた二人に声を掛けられる。
我が家みたいにくつろぎおってからに…。

「久しぶりじゃないですわよ」

わたくしは呆れてそう言ってしまう。
相変わらずフィリップ王子とノエル様は週1ペースで我が家へ訪ねて来る。
『よく飽きないですわね』、と思わず口にした事もあったが『お前が居るのに飽きる訳ないだろう?』と王子に輝く笑顔で言われた。
そう言う問題じゃない。人にはもう少し遠慮とか、そう言うものが必要でしょ?
わたくしだって畑の為の魔法の精度を上げる訓練をしたりとか……色々ね、したい事があるのよ。
……まぁ、2人共もう友達……だから。来なかったら来なかったで寂しいんだろうなとは、思うけど。

王子は婚約者の件を諦めていないらしく、未だにわたくしを口説いて来る。
最初は薔薇や宝石等のプレゼントを持って来たりもされたんだけど……婚約者でもないのに高価なものは頂けませんわって毎回返していたら、プレゼント攻勢は止めてくれた。
その分、口がね。いっぱい出るようになったけど。

「今日も綺麗だな、ビアンカ」

ニコニコと言いながら席から立ち上がり、ハグして来ようとする王子をスッと躱す。
おやめになって、わたくし淑女ですのよ??
すると王子は残念そうに口を尖らせた。くそぅ、可愛いな。

「フィリップ様。お茶を楽しみましょう?」

わたくしは2人の正面の席に腰を掛け、ミハイルが用意してくれたお茶を口にした。
王子もノエル様も、この数年間でどんどん成長している。
背は伸びて、体つきや顔立ちがしっかりとして行き…見た目はゲームの中の彼らに少しずつ近付いていた。

(なんだか…変な感じね)

ゲームの見た目に近付く彼ら。しかしゲームと現実の状況は乖離して行っている。
わたくしが我儘を言わず、極力いい子にしている甲斐があったのか。
皆とは良好な関係を築いている…と思う。
今の所、強制力のようなもので彼らと仲違いすると言う事が起きる気配も無い。
そして関係性が変わったからか彼らの性格もゲームと誤差がある気がする。
フィリップ王子はゲーム内よりも子供らしい…と言うかゲーム中のようにニコニコと笑顔を貼り付けてはおらず、心から笑ったり怒ったり、感情をよく表に出す。
ノエル様はゲーム内のように心を折られる気配も無く、騎士訓練に邁進しており父親との関係も実に良好だ。
そしてもう一人の攻略対象マクシミリアンは……。

「マクシミリアンが居ないと静かでいいな」

フィリップ王子が、ふふん、と鼻を鳴らして言うので、わたくしはちょっとムッとした。
王子とマクシミリアンは数年経った今も、仲が悪い。
犬猿の仲ってヤツかしら…まぁ何にでも相性はあるわよね。
一方ノエル様はマクシミリアンと仲がいいようで、たまに2人で楽しそうに話したりしている。
マクシミリアンがノエル様に魔法を教えて、ノエル様がマクシミリアンを騎士訓練に連れて行ったりと持ちつ持たれつな所もあるみたい。
ダウストリア家の騎士訓練は、レベルが頭3つ分くらい抜けている、と聞くからマクシミリアンも気になるんだろう。

マクシミリアンは2年と数か月前、魔法学園に入学した。
今は寮生活で長期休暇の時くらいしか、邸へ姿を見せていない。
彼は最初執事見習いの仕事を続けながら邸から通おうとしていたのだけれど、勉学の機会は貴重なものなのだから集中出来る環境で頑張りなさい、と父様が彼を説得し長期休暇以外の帰邸を許さなかった。
あっ、お兄様もマクシミリアンと同じ年度に入学・入寮をしたの。
お兄様が居ないのも、静かで寂しいけれど…。
過保護に後ろをついて回られる事が長期休暇の時だけになり少しだけほっとしたのは内緒よ?

来年度の春になったら、マクシミリアンが卒業して邸へ戻り以前通りの生活になる。
…あと少しの辛抱なのだけれど…。

(あと少しが、長いなぁ……)

自然に寄り添ってくれて、嬉しい時は一緒に笑ってくれて、悲しい時には慰めてくれて、過剰なくらいに優しくしてくれて、……すごくスキンシップが激しくて。
そんな彼が急に生活から消えて…。
いつも側に居る人がいないのはこんなに寂しい事なんだって、初めて気づいた。
いつの間にか、わたくしの生活の大半はマクシミリアンと分かち合ってばかりになっていたのだ。
長期休暇で戻ってくる度に大人びて行く彼を見て、自分が知らない所で彼が成長して行く事に…自分だけ置いて行かれたみたいで、なんだかもやもやしてしまう。

「マクシミリアンに…会いたいですわ…」

思わずそんな声が漏れてしまう。
――だめだ、わたくし彼に依存しすぎだ。

「なんて顔してるんだ…。そんな寂しそうな顔、するな」

王子が、そう言いながら近付いて来て、わたくしの頭をくしゃくしゃっと撫でた。
うー。そんなに力強くわしゃわしゃしないで、犬の子じゃないのよ?
マクシミリアンだったらもっと上手に撫でてくれるわよ?彼は撫で撫でのテクニシャンなのだ。
……まぁ……これは純粋に慰めてくれてるんだろうなぁ。
フィリップ王子の表情は、気遣わし気なものだ。

「フィリップ様、ありがとうございます」

わたくしは王子に言った。
頭を撫でられつつなので自然と上目遣いになってしまう。
すると彼は少しうっ…と言葉に詰まって、

「お…俺が居るだろう!だからお前は、寂しくなんて無いはずだ!」

と真っ赤になった顔で、少し目線を逸らしながら言った。

「いえ…フィリップ様が居ても寂しいものは寂しいですわ」

だってフィリップ王子はマクシミリアンとは違うもの。
マクシミリアンが居ない寂しさをフィリップ王子で埋める事は出来ない。
それを聞いてフィリップ王子は目を見開いたまま固まってしまった。

「ビアンカ嬢、それは流石に残酷だよ~。まぁフィリップ様は調子に乗りやすいから、いいお灸だと思うけどさー」

とノエル様がショートケーキを頬張りながら、笑って言う。
最後の方は不敬な発言な気もするけど、王子と親友同士と言っていい彼なら許されるのだろう。
それにしても、わたくしそんなに変な事言った?
逆にマクシミリアンもフィリップ王子の代わりは出来ないでしょ?

「ビアンカ嬢、もうすぐ学園の夏休暇でしょ?マクシミリアン、しばらくこっちに居るんだよね?また彼に魔法教えて欲しいんだよね。どうにも苦手でさぁ」

ノエル様が言いながらテーブルに頬杖をついた。
そう、そうなのだ。
魔法学園の長期休暇は夏と冬。
そして今は夏…!
もうすぐマクシミリアンが帰ってくるのだ。

また、大人っぽくなってるのかなぁ。

(身長は伸びたのかしら!前の休暇の時は髪の毛、かなり長くなってたのよね。あれもかなり似合ってたわぁ~。あああースクショ、スクショ機能が欲しい!!!)

そんな事を考えながらにやにやしているわたくしを、王子とノエル様がなんだか残念なものを見る表情で見ていた。
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