36 / 36
もののけ執事とお座敷少女19
しおりを挟む
目の前で年端も行かない少女……の見た目をしたもののけが、許しを乞うように畳にぐりぐりと額を擦りつけている。
悲壮感溢れる光景に一瞬あっけに取られたけれど、我に返った私は慌てて座敷ちゃんの側に行くと、肩にそっと手を添えた。すると華奢な肩が、怯えたようにびくりと跳ねる。
「座敷ちゃん、私はなにも怒ってないよ。他の誰も怒ったりしていないから。だから顔を上げて?」
「で、でも……」
座敷ちゃんが顔を上げると、額に畳で擦れた赤い痕がくっきりとついている。どれだけ強い力で、額を擦りつけていたんだろう。その黒の瞳は潤み、肌は青ざめていて痛々しい様子だ。
手を伸ばして赤くなった額を撫でると、ためらいがちな仕草で彼女はそれを享受する。落ち着くように何度も繰り返して撫でると、長いまつ毛に囲まれた瞳からぽろりと涙が零れた。
『毎日こんな無茶をしていれば、いずれ壊れてしまいますが』
夜音さんの言葉がふと蘇り、背筋にぞくりと寒気を感じた。
彼女が『壊れて』しまう。それがどんな状態を示唆するものか、『人』である私には想像がつかないけれど……。きっと、取り返しがつかない状態になってしまうのだろうということだけはわかる。
――そんなことには、絶対にさせない。
想いを胸に、私は口を開いた。
「……座敷ちゃん。私のために倒れるような無茶はしなくていいんだよ」
しっかりと目を見つめて、座敷ちゃんに想いを伝える。
そもそも私は、小さな幸せで満足できる性質なのだ。人に無茶をさせてまで大きな利益を享受しようなんてことは、そしてそれが嬉しいとは毛頭思わない。
「でも、でも……」
「お仕事が増えるのは嬉しいけれど、たくさんありすぎても私一人じゃ回せないし。無理せず、すこーしだけお仕事が増えるくらいで本当にじゅうぶんなの」
言い募ろうとする座敷ちゃんに、辛抱強く言葉を重ねていく。
『大丈夫』、『無理はしないで』、『私は多くものはいらないから』、『座敷ちゃんの体の方が大事』。
言葉に耳を傾ける座敷ちゃんの表情は、困惑から、安堵含みのものへと少しずつ変わっていく。その表情の変化を見て、私は少しほっとした。
「そうですよ! そもそもここは家賃がかかっていないのですし。あちらの台所からどんどん食材も持ち出しますので、食費もほとんどかからないと思います。座敷わらしが無茶をしなくったって、芽衣様の生活はどうにかなるのです!」
佐助君も胸を張りつつ、妙に現実味のある言葉を連ねた援護をしてくれる。
……どんどん食材を持ち出すって、それは大丈夫なのかな。
持ち出しすぎて、お祖母ちゃんに怒られないといいんだけれど。
胸を張る佐助君を見て、座敷ちゃんがくすりと笑う。
そして――
「……役立たずでも、本当に捨てないの?」
すがるような目で私を見つめながら、ぽつりとそう言った。
悲壮感溢れる光景に一瞬あっけに取られたけれど、我に返った私は慌てて座敷ちゃんの側に行くと、肩にそっと手を添えた。すると華奢な肩が、怯えたようにびくりと跳ねる。
「座敷ちゃん、私はなにも怒ってないよ。他の誰も怒ったりしていないから。だから顔を上げて?」
「で、でも……」
座敷ちゃんが顔を上げると、額に畳で擦れた赤い痕がくっきりとついている。どれだけ強い力で、額を擦りつけていたんだろう。その黒の瞳は潤み、肌は青ざめていて痛々しい様子だ。
手を伸ばして赤くなった額を撫でると、ためらいがちな仕草で彼女はそれを享受する。落ち着くように何度も繰り返して撫でると、長いまつ毛に囲まれた瞳からぽろりと涙が零れた。
『毎日こんな無茶をしていれば、いずれ壊れてしまいますが』
夜音さんの言葉がふと蘇り、背筋にぞくりと寒気を感じた。
彼女が『壊れて』しまう。それがどんな状態を示唆するものか、『人』である私には想像がつかないけれど……。きっと、取り返しがつかない状態になってしまうのだろうということだけはわかる。
――そんなことには、絶対にさせない。
想いを胸に、私は口を開いた。
「……座敷ちゃん。私のために倒れるような無茶はしなくていいんだよ」
しっかりと目を見つめて、座敷ちゃんに想いを伝える。
そもそも私は、小さな幸せで満足できる性質なのだ。人に無茶をさせてまで大きな利益を享受しようなんてことは、そしてそれが嬉しいとは毛頭思わない。
「でも、でも……」
「お仕事が増えるのは嬉しいけれど、たくさんありすぎても私一人じゃ回せないし。無理せず、すこーしだけお仕事が増えるくらいで本当にじゅうぶんなの」
言い募ろうとする座敷ちゃんに、辛抱強く言葉を重ねていく。
『大丈夫』、『無理はしないで』、『私は多くものはいらないから』、『座敷ちゃんの体の方が大事』。
言葉に耳を傾ける座敷ちゃんの表情は、困惑から、安堵含みのものへと少しずつ変わっていく。その表情の変化を見て、私は少しほっとした。
「そうですよ! そもそもここは家賃がかかっていないのですし。あちらの台所からどんどん食材も持ち出しますので、食費もほとんどかからないと思います。座敷わらしが無茶をしなくったって、芽衣様の生活はどうにかなるのです!」
佐助君も胸を張りつつ、妙に現実味のある言葉を連ねた援護をしてくれる。
……どんどん食材を持ち出すって、それは大丈夫なのかな。
持ち出しすぎて、お祖母ちゃんに怒られないといいんだけれど。
胸を張る佐助君を見て、座敷ちゃんがくすりと笑う。
そして――
「……役立たずでも、本当に捨てないの?」
すがるような目で私を見つめながら、ぽつりとそう言った。
1
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(6件)
あなたにおすすめの小説
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
『後宮薬師は名を持たない』
由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。
帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。
救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。
後宮が燃え、名を失ってもなお――
彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
ほっこりするお話。狸布団で癒されたい(///ω///)♪ 更新楽しみにしています。
狐とか妖怪がすっごく好きだから読んでいてとても楽しい!
狸布団で私も寝てみたい
座敷ちゃん可愛!!
名前つけたげて!?とか思うくらいに愛らしい。そして無理しなくていいんだよ!?とも伝えたい御人ですね。