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本編2
モブ令嬢は不安を抱える1
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私アリエル・アーデルベルグ十三歳は、乙女ゲームの世界に転生した完全なるモブである。
……スチルの端にだけ存在したモブの、はずだ。
私はなんの因果か、前世の推しでありメインヒーローのフィリップ王子の弟君である、シャルル王子の婚約者になってしまった。
「アリエル、綺麗だ……」
今日も婚約者様は私室の長椅子の上で私の大きな胸に埋もれ、うっとりと甘い声を漏らしている。
シャルル王子は現在十一歳……ショタである。しかもメインヒーローであるお兄様によく似た、絶世の美ショタである。
そして……おっぱいフェチである。
だけどおっぱいフェチって言うと怒るんだよなぁ。『アリエルの胸にしか興味がないんだから、アリエルの胸フェチだ!』って。
「アリエル……」
彼は甘えた声を出しながら私のドレスの前を釦を外してくつろげる。油断も隙もないなぁ!? このドレスは彼がプレゼントしてくれたものだ。後ろ釦ではなく前を釦で留めるこれを見た時点で、嫌な予感はしてたんですけどね……。
「シャルル様、お昼からはダメですよ」
「昼から性交してはならないという法律は記憶にないのだが」
それはそうかもしれないけれど。常識の問題である。
彼はその美しいかんばせでじっと私を見つめる。長くけぶる金色の睫毛。甘い蜂蜜のような色の金の瞳。ふわりと柔らかな質感の、輝く金髪。白い肌、驚くほどに整った美貌。
……私のなんの特徴もないモブフェイスとは大違いである。どうしてこの人が私に執着しているのか。
「アリエル、私は可愛い君としたい」
ピンク色の唇から漏れる声は、とろりと甘い。逆らえるわけがないのだ……こんな誘惑に。
「シャルル様。少し待ってくださいね」
私はため息をついて持ってきていた小さなバッグの中から小瓶を取り出した。
……王妃様から頂いた、体に影響がない避妊のお薬だ。
性交の直前に女性が飲むと、百パーセントに近い確率で避妊ができるらしい。……便利なものがあるものだ。
『ほら、万が一があった時に子供がいたら困るわよねぇ。万が一の時には新しい婚約者をこちらで用意するから、それは安心してね』
これは、最初に避妊薬を頂いた時の王妃様の言である。
王妃様は豪奢な金髪を揺らしながら絶世の美貌におっとりとした笑みを浮かべて、その美しさに圧倒されるモブの私にこれを渡した。
……そりゃね、可愛い末の息子が二歳上の……しかも今は身分を侯爵家に移しているとはいえ元々はそこらの子爵家の……女にたぶらかされたら、いい気持ちはしないわよね。母親としては。
それにしてもあからさまだよなぁ。暗にどころか包み隠すことなく『シャルル様にとって私は一時の気の迷いなのだ』と彼女は言ったのだ。
「飲むな」
「けれど王妃様に叱られてしまいますので」
「……飲んじゃ、嫌だ」
子供のような口調で……いや、実際子供なのだけど……拗ねたようにシャルル王子が言う。
それを無視して小瓶の中身を飲もうとすると、彼は手を伸ばし小瓶を奪った。
「シャルル様!」
「君は、私の想いを信用していないのか?」
シャルル王子はそう言いながら毛足の長い絨毯に瓶の中の薬を零す。あああ……そのお薬めちゃくちゃ高いのよ!
……王妃様にまた頂かないとなぁ。うう、彼女には会いたくないんだけど仕方ない。
「……その、ですね。シャルル様の想いは信じていますよ? でも王妃様が言うことにも一理あると思うんです」
シャルル王子がじっとこちらを見つめるので語尾がどんどん小さくなってしまう。
彼は、本当に綺麗な人だと思う。
大人になればさらに美しくなり、世のどんな女性でも彼を一目見た瞬間に愛を乞うような美青年になるだろう。
見た目だけじゃない。シャルル王子は聡明で、賢い人だ。
加えて大国の第二王子という高い身分まである。完璧か。神は彼に与えられるだけのすべてを与えたのか。
……そんな彼が私のような身分が低く、見た目も中身も冴えないモブを選んでしまった。
そのことで私は王妃様だけではなく、シャルル王子の婚約者候補であった身分の高い令嬢たちとその親にも恨まれ、体が先の関係だったので『可憐な第二王子を体で篭絡した女』との陰口を色々な人たちから叩かれている。
真実は私が彼に襲われたのだけれど、そんなことを信じる人は誰一人いない。
……私が今立っているのは、細い糸の上だ。
彼の母親に疎まれ、世間からの評判も悪く、後ろ盾もない私は……なにかがあればすぐにシャルル王子の婚約者の立場から転がり落ちてしまうだろう。
その時に子供がいたら……何番目かの王位継承権を持つだろう子供はどうなってしまうのだろう。母子ともども暗殺をされたり、権力争いのためにどこかの高位貴族に子供だけ引き取られたりしてしまうんだろうか。
そのことを考えると思考が螺旋のようにぐるぐると巡ってしまう。
だから『避妊をする』という選択肢は正しいようにも思うのだ。
「好きだ、アリエル。私には君しかいない……これから先もずっとだ」
「シャルル様……」
彼は悲しそうに眉を下げて、私の頬を撫でる。そして近頃少しずつ大きくなっている体で、私を抱きしめた。
シャルル王子のことは、信じている。王宮で陰口を言われる私をできる限りの力で庇ってくださってるのも知っている。
「私も好きです、シャルル様」
微笑みながら彼の頬を撫でると、安心したように微笑まれた。
その笑顔に胸苦しくなるくらいに胸がしめつけられた。
……スチルの端にだけ存在したモブの、はずだ。
私はなんの因果か、前世の推しでありメインヒーローのフィリップ王子の弟君である、シャルル王子の婚約者になってしまった。
「アリエル、綺麗だ……」
今日も婚約者様は私室の長椅子の上で私の大きな胸に埋もれ、うっとりと甘い声を漏らしている。
シャルル王子は現在十一歳……ショタである。しかもメインヒーローであるお兄様によく似た、絶世の美ショタである。
そして……おっぱいフェチである。
だけどおっぱいフェチって言うと怒るんだよなぁ。『アリエルの胸にしか興味がないんだから、アリエルの胸フェチだ!』って。
「アリエル……」
彼は甘えた声を出しながら私のドレスの前を釦を外してくつろげる。油断も隙もないなぁ!? このドレスは彼がプレゼントしてくれたものだ。後ろ釦ではなく前を釦で留めるこれを見た時点で、嫌な予感はしてたんですけどね……。
「シャルル様、お昼からはダメですよ」
「昼から性交してはならないという法律は記憶にないのだが」
それはそうかもしれないけれど。常識の問題である。
彼はその美しいかんばせでじっと私を見つめる。長くけぶる金色の睫毛。甘い蜂蜜のような色の金の瞳。ふわりと柔らかな質感の、輝く金髪。白い肌、驚くほどに整った美貌。
……私のなんの特徴もないモブフェイスとは大違いである。どうしてこの人が私に執着しているのか。
「アリエル、私は可愛い君としたい」
ピンク色の唇から漏れる声は、とろりと甘い。逆らえるわけがないのだ……こんな誘惑に。
「シャルル様。少し待ってくださいね」
私はため息をついて持ってきていた小さなバッグの中から小瓶を取り出した。
……王妃様から頂いた、体に影響がない避妊のお薬だ。
性交の直前に女性が飲むと、百パーセントに近い確率で避妊ができるらしい。……便利なものがあるものだ。
『ほら、万が一があった時に子供がいたら困るわよねぇ。万が一の時には新しい婚約者をこちらで用意するから、それは安心してね』
これは、最初に避妊薬を頂いた時の王妃様の言である。
王妃様は豪奢な金髪を揺らしながら絶世の美貌におっとりとした笑みを浮かべて、その美しさに圧倒されるモブの私にこれを渡した。
……そりゃね、可愛い末の息子が二歳上の……しかも今は身分を侯爵家に移しているとはいえ元々はそこらの子爵家の……女にたぶらかされたら、いい気持ちはしないわよね。母親としては。
それにしてもあからさまだよなぁ。暗にどころか包み隠すことなく『シャルル様にとって私は一時の気の迷いなのだ』と彼女は言ったのだ。
「飲むな」
「けれど王妃様に叱られてしまいますので」
「……飲んじゃ、嫌だ」
子供のような口調で……いや、実際子供なのだけど……拗ねたようにシャルル王子が言う。
それを無視して小瓶の中身を飲もうとすると、彼は手を伸ばし小瓶を奪った。
「シャルル様!」
「君は、私の想いを信用していないのか?」
シャルル王子はそう言いながら毛足の長い絨毯に瓶の中の薬を零す。あああ……そのお薬めちゃくちゃ高いのよ!
……王妃様にまた頂かないとなぁ。うう、彼女には会いたくないんだけど仕方ない。
「……その、ですね。シャルル様の想いは信じていますよ? でも王妃様が言うことにも一理あると思うんです」
シャルル王子がじっとこちらを見つめるので語尾がどんどん小さくなってしまう。
彼は、本当に綺麗な人だと思う。
大人になればさらに美しくなり、世のどんな女性でも彼を一目見た瞬間に愛を乞うような美青年になるだろう。
見た目だけじゃない。シャルル王子は聡明で、賢い人だ。
加えて大国の第二王子という高い身分まである。完璧か。神は彼に与えられるだけのすべてを与えたのか。
……そんな彼が私のような身分が低く、見た目も中身も冴えないモブを選んでしまった。
そのことで私は王妃様だけではなく、シャルル王子の婚約者候補であった身分の高い令嬢たちとその親にも恨まれ、体が先の関係だったので『可憐な第二王子を体で篭絡した女』との陰口を色々な人たちから叩かれている。
真実は私が彼に襲われたのだけれど、そんなことを信じる人は誰一人いない。
……私が今立っているのは、細い糸の上だ。
彼の母親に疎まれ、世間からの評判も悪く、後ろ盾もない私は……なにかがあればすぐにシャルル王子の婚約者の立場から転がり落ちてしまうだろう。
その時に子供がいたら……何番目かの王位継承権を持つだろう子供はどうなってしまうのだろう。母子ともども暗殺をされたり、権力争いのためにどこかの高位貴族に子供だけ引き取られたりしてしまうんだろうか。
そのことを考えると思考が螺旋のようにぐるぐると巡ってしまう。
だから『避妊をする』という選択肢は正しいようにも思うのだ。
「好きだ、アリエル。私には君しかいない……これから先もずっとだ」
「シャルル様……」
彼は悲しそうに眉を下げて、私の頬を撫でる。そして近頃少しずつ大きくなっている体で、私を抱きしめた。
シャルル王子のことは、信じている。王宮で陰口を言われる私をできる限りの力で庇ってくださってるのも知っている。
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