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番外編
月と獣を見た人々2(ノエル視点)
隣国から舞踏会の参加者リストが送られてきた日からフィリップ様は上の空だった。
理由はわかってるよ。俺……ノエル・ダウストリアも参加者リストに目を通したもの。
『ビアンカ・セルバンデス』――それがフィリップ様を上の空にしたその名前だ。
以前は『ビアンカ・シュラット』という名前だった少女……いや、今はもう立派な大人の女性だね。彼女はフィリップ様の、『元』婚約者である。
美しいかんばせに似合わぬ苛烈な性格でフィリップ様や周囲に忌み嫌われていたあの少女は、時を経て清廉で美しい妖精に変じていた。
そしてそれは……フィリップ様の理想の女性そのものだったらしい。
マクシミリアンと婚姻を結んだビアンカ嬢に再会した後のフィリップ様の荒れようは、今思い出しても頭が痛くなるものだった。毎日沈んだ顔をし、時折涙まで流す始末でね。
当時はその理由が欠片も理解できなかったけれど、更に数年後。俺も彼女と再会しなるほどと思ったものだった。
苛烈で醜い性格の少女は姿を消し、そこには清廉で美しい妖精しかいなかったんだから。
昔からそんな風だったら国外追放なんてされずに済んだのだろうに……いや、国外追放の経験があったからこそ今のビアンカ嬢になったのかな。
フィリップ様とビアンカ嬢の再会から結構な年数が経ちフィリップ様もさすがに落ち着いて。二十代中盤なのに婚約者がいないのはさすがに……と重い腰を上げ婚約者を作るかという話が出ていた矢先に、またビアンカ嬢の登場である。
これではまるで、フィリップ様への呪いのようだ。
まぁ……侯爵家なのにも関わらず国内で大きな力を持つシュラット侯爵家ご令嬢の男爵家令嬢殺害未遂の罪なんて、王子が彼女を庇えば本当はもっと軽い罰で……場合によっては無いことにすらできたんだ。それを婚約者だったのにも関わらず庇わず嬉々として国外追放にしたのだから、呪われても仕方ないといえばそうなのかもしれない。
「彼女と……話せるだろうか」
フィリップ様は金色の髪を手でくしゃりとしながらその豪奢な美貌に苦悩するような表情を浮かべた。
この会話は何度目なんだろうか……今は執務中なのだけど。俺は内心ため息をつく。
「話してどうするの? 彼女はもう人妻なんだよ」
彼女と浮気をしたい、なら相談に乗るところだけれど……。フィリップ様は残念なことに人妻に本気なのだ。
俺の言葉にフィリップ様は苦い顔をしてから机に突っ伏した。
「……なぜ俺は。あの時国外追放なんかに……」
仕方ないじゃない、その時のフィリップ様はシュミナ・パピヨンに夢中だったんだし。それは俺もだけどね。あの頃は皆、あの美しい少女に惑わされていた。
さらに言うとビアンカ嬢が精神的に成長して今の彼女になるなんて、誰も想像してなかったんだから……不可抗力でしょう?
「フィリップ様、いい加減諦めなよ。いまさら後悔してどうするの」
「ノエル。お前は自国の王子に対して慰めるとかそんな配慮はないのか……」
何年も配慮し尽くしたからこそのこの態度なんだよ。どうにもならないことはどうにもならないのだからそろそろ諦めて欲しい。
それに彼女を億が一振り向かせられたとしても、正妃には据えられないから婚約者問題は残るわけだし。
「彼女に恨まれても仕方ないことをしたんだから。もうどうにもならないよ」
いくらビアンカ嬢が苛烈だったとはいえ、あの頃の彼女はまだ十五。しかも見目は絶世の美少女である。
そんな彼女を一人で放り出すということは、悲惨な運命が確定的に降りかかることを意味していた。
フィリップ様は世間知らずなところがあるからそんなこと考えもしなかったんだろうけど。
ビアンカ嬢をあそこまで変えるほどの悲劇的な何かは……確実に起きたのだろう。彼女にどんなことがあって今の彼女が形成されたかのは、正直気になるところだ。
そして彼女を放り出した後……国内の有力貴族であるシュラット侯爵家と王家との軋轢が当然生まれた。
シュラット侯爵家との事前のすり合わせもなく、こちらの一存でビアンカ嬢の処遇を決めてしまったからね。
シュラット侯爵は清廉潔白な人物なので、すり合わせをしたとしても罪は罪としてビアンカ嬢に受け入れさせたのだろうけど。
だけどその頃のフィリップ様は愛するシュミナ・パピヨンのために確実にビアンカ嬢を排除したがっていたから独断で全てを進めてしまった……今考えると若さって恐ろしい。
王宮の中立派の中心であったシュラット侯爵家はその件により、王家筋であり国内で二番目の権勢を誇るカーウェル公爵家の派閥に傾き、王宮の勢力図はすっかり緊張感のあるものとなってしまったのだ。
「せめて彼女に償いをしたい……」
机からようやく顔を上げ、フィリップ様は絞りだすようにそう言った。
「……彼女は本当は潔白だったのかもしれないしな」
いやいや、それはないと思うけどね。あの頃のビアンカ嬢の様子を思い返し、俺は内心ツッコミを入れる。
しかしこのままだとフィリップ様は一生結婚をしない気がする……。第二王子のシャルル様がいるとはいえ、それはさすがにまずいのでビアンカ嬢と話をすることで気持ちの整理をさせるのはいいかもな、と俺は考えた。
新生活を楽しく送っているビアンカ嬢に俺たちが話しかけることは彼女にとって迷惑でしかない……だけど、どうにかして舞踏会でビアンカ嬢を捕まえねば。
そして俺たちは舞踏会で、短いながらも彼女と会談する機会を得た。
……マクシミリアンはともかくアルフォンス様までついてきたのは予想外だったけど。
彼の顔はいつもの通り柔和な笑顔だけど内心怒りに満ちているのは空気から伝わってくる……これ以上のシュラット侯爵家との確執は避けたいんだけどなぁ。
ビアンカ嬢は変わらず美しい。というか二十代も半ばに差し掛かりその魅力はさらに増している。
一晩お相手願いたい、なんて思うけど恐ろしい番犬がそれを許さないだろうね。俺はそんなことを思いながら、ずっと怖い顔をしているマクシミリアンを盗み見た。
彼女との間になにがあったかは知らないけど、彼はうまくやったものだ。
予想の範疇とはいえショックな事実もあったけれど……彼女との会談はまずまず無事に終わった。
これでフィリップ様が吹っ切れてくれればいいなと俺は思っていたのだけど。
「綺麗に……なっていたな」
今日も執務室で窓の外を見ながらため息をつくフィリップ様を見て、俺は頭を抱えるのであった。
理由はわかってるよ。俺……ノエル・ダウストリアも参加者リストに目を通したもの。
『ビアンカ・セルバンデス』――それがフィリップ様を上の空にしたその名前だ。
以前は『ビアンカ・シュラット』という名前だった少女……いや、今はもう立派な大人の女性だね。彼女はフィリップ様の、『元』婚約者である。
美しいかんばせに似合わぬ苛烈な性格でフィリップ様や周囲に忌み嫌われていたあの少女は、時を経て清廉で美しい妖精に変じていた。
そしてそれは……フィリップ様の理想の女性そのものだったらしい。
マクシミリアンと婚姻を結んだビアンカ嬢に再会した後のフィリップ様の荒れようは、今思い出しても頭が痛くなるものだった。毎日沈んだ顔をし、時折涙まで流す始末でね。
当時はその理由が欠片も理解できなかったけれど、更に数年後。俺も彼女と再会しなるほどと思ったものだった。
苛烈で醜い性格の少女は姿を消し、そこには清廉で美しい妖精しかいなかったんだから。
昔からそんな風だったら国外追放なんてされずに済んだのだろうに……いや、国外追放の経験があったからこそ今のビアンカ嬢になったのかな。
フィリップ様とビアンカ嬢の再会から結構な年数が経ちフィリップ様もさすがに落ち着いて。二十代中盤なのに婚約者がいないのはさすがに……と重い腰を上げ婚約者を作るかという話が出ていた矢先に、またビアンカ嬢の登場である。
これではまるで、フィリップ様への呪いのようだ。
まぁ……侯爵家なのにも関わらず国内で大きな力を持つシュラット侯爵家ご令嬢の男爵家令嬢殺害未遂の罪なんて、王子が彼女を庇えば本当はもっと軽い罰で……場合によっては無いことにすらできたんだ。それを婚約者だったのにも関わらず庇わず嬉々として国外追放にしたのだから、呪われても仕方ないといえばそうなのかもしれない。
「彼女と……話せるだろうか」
フィリップ様は金色の髪を手でくしゃりとしながらその豪奢な美貌に苦悩するような表情を浮かべた。
この会話は何度目なんだろうか……今は執務中なのだけど。俺は内心ため息をつく。
「話してどうするの? 彼女はもう人妻なんだよ」
彼女と浮気をしたい、なら相談に乗るところだけれど……。フィリップ様は残念なことに人妻に本気なのだ。
俺の言葉にフィリップ様は苦い顔をしてから机に突っ伏した。
「……なぜ俺は。あの時国外追放なんかに……」
仕方ないじゃない、その時のフィリップ様はシュミナ・パピヨンに夢中だったんだし。それは俺もだけどね。あの頃は皆、あの美しい少女に惑わされていた。
さらに言うとビアンカ嬢が精神的に成長して今の彼女になるなんて、誰も想像してなかったんだから……不可抗力でしょう?
「フィリップ様、いい加減諦めなよ。いまさら後悔してどうするの」
「ノエル。お前は自国の王子に対して慰めるとかそんな配慮はないのか……」
何年も配慮し尽くしたからこそのこの態度なんだよ。どうにもならないことはどうにもならないのだからそろそろ諦めて欲しい。
それに彼女を億が一振り向かせられたとしても、正妃には据えられないから婚約者問題は残るわけだし。
「彼女に恨まれても仕方ないことをしたんだから。もうどうにもならないよ」
いくらビアンカ嬢が苛烈だったとはいえ、あの頃の彼女はまだ十五。しかも見目は絶世の美少女である。
そんな彼女を一人で放り出すということは、悲惨な運命が確定的に降りかかることを意味していた。
フィリップ様は世間知らずなところがあるからそんなこと考えもしなかったんだろうけど。
ビアンカ嬢をあそこまで変えるほどの悲劇的な何かは……確実に起きたのだろう。彼女にどんなことがあって今の彼女が形成されたかのは、正直気になるところだ。
そして彼女を放り出した後……国内の有力貴族であるシュラット侯爵家と王家との軋轢が当然生まれた。
シュラット侯爵家との事前のすり合わせもなく、こちらの一存でビアンカ嬢の処遇を決めてしまったからね。
シュラット侯爵は清廉潔白な人物なので、すり合わせをしたとしても罪は罪としてビアンカ嬢に受け入れさせたのだろうけど。
だけどその頃のフィリップ様は愛するシュミナ・パピヨンのために確実にビアンカ嬢を排除したがっていたから独断で全てを進めてしまった……今考えると若さって恐ろしい。
王宮の中立派の中心であったシュラット侯爵家はその件により、王家筋であり国内で二番目の権勢を誇るカーウェル公爵家の派閥に傾き、王宮の勢力図はすっかり緊張感のあるものとなってしまったのだ。
「せめて彼女に償いをしたい……」
机からようやく顔を上げ、フィリップ様は絞りだすようにそう言った。
「……彼女は本当は潔白だったのかもしれないしな」
いやいや、それはないと思うけどね。あの頃のビアンカ嬢の様子を思い返し、俺は内心ツッコミを入れる。
しかしこのままだとフィリップ様は一生結婚をしない気がする……。第二王子のシャルル様がいるとはいえ、それはさすがにまずいのでビアンカ嬢と話をすることで気持ちの整理をさせるのはいいかもな、と俺は考えた。
新生活を楽しく送っているビアンカ嬢に俺たちが話しかけることは彼女にとって迷惑でしかない……だけど、どうにかして舞踏会でビアンカ嬢を捕まえねば。
そして俺たちは舞踏会で、短いながらも彼女と会談する機会を得た。
……マクシミリアンはともかくアルフォンス様までついてきたのは予想外だったけど。
彼の顔はいつもの通り柔和な笑顔だけど内心怒りに満ちているのは空気から伝わってくる……これ以上のシュラット侯爵家との確執は避けたいんだけどなぁ。
ビアンカ嬢は変わらず美しい。というか二十代も半ばに差し掛かりその魅力はさらに増している。
一晩お相手願いたい、なんて思うけど恐ろしい番犬がそれを許さないだろうね。俺はそんなことを思いながら、ずっと怖い顔をしているマクシミリアンを盗み見た。
彼女との間になにがあったかは知らないけど、彼はうまくやったものだ。
予想の範疇とはいえショックな事実もあったけれど……彼女との会談はまずまず無事に終わった。
これでフィリップ様が吹っ切れてくれればいいなと俺は思っていたのだけど。
「綺麗に……なっていたな」
今日も執務室で窓の外を見ながらため息をつくフィリップ様を見て、俺は頭を抱えるのであった。
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