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番外編
月と獣のバレンタイン
ふわりと屋敷中にショコラの香りが漂う。
ショコラを作っているのは私……マクシミリアン・セルバンデスだ。
ビアンカも手を出したがるのだが、彼女の料理のセンスは壊滅的だ。特に菓子は酷い。なので子供たちと大人しく待ってもらっている。
『毎年二の月の十四日をショコラの日にしない?』
一緒に住み始めて二、三年が経った頃だっただろうか。冬のある日、彼女がそんなことを言いだした。
ビアンカがどうしてそんなことを言いだしたのかはわからないが。私は屋敷の中に閉じ込めるようにして彼女を囲っている。それくらいの可愛らしい願いはいくらでも叶えてあげなければ……当時の私はそう思ったものだ。
だからセルバンデス家では毎年二の月の十四日は『ショコラの日』なのだ。
今年のショコラは、チョコレートフォンデュ、ザッハトルテ、トリュフチョコレート、チョコレートビスコッティを出すのだが。量は足りるのだろうか……私は眉間に皺を寄せて考える。
ビアンカも子供たちもショコラはかなり食べるし、今年はアルフォンス様とシュラット侯爵もいらっしゃる。少し多めに作ってもいいかもしれないな。余ったら使用人たちにふるまえばいいのだ。
自分が納得できないものを提供できないこの性格のせいで、私のショコラ作りはかなりの腕前になってしまった。
ビアンカが『素敵ね、旦那様がショコラティエだなんて!』と喜んでくれるのでそれはまぁいいのだが。……かなりの量を食べた後に『マクシミリアンのショコラが美味しいせいで太ったわ!』と毎年苦情を申し立てるのは勘弁して欲しい。
それに肉付きがよくなってもビアンカはとても可愛いと思う。抱きしめ心地がまた違うものになるだろうし、それはそれで魅力的だ。
それを言うと彼女は怒るが……女心は複雑というやつだろうか。
そんなことを考えながらオーブンからビスコッティを取り出す。うん、いい感じに焼けている。
私はその仕上がりに笑みを浮かべながら、ビスコッティに塗るチョコレートのテンパリングを始めた。チョコレートをまずは湯煎で溶かし、温度を確認した後にボウルを水に漬けて適温まで冷ます。そして再び湯煎……よし。これでビスコッティをコーティングして……チョコレートが固まるまで放置したらこれは完成だ。
ザッハトルテは昨日のうちに作ってある。次はトリュフチョコレートだな……と作業に取り掛かろうとした時。ふと気配を感じて台所の入り口を見ると、子供たちの愛らしい顔がこちらを覗いていた。
「ローラ、ユール。どうしたんです?」
「お父様……お腹が空きましたわ」
「おなかすいた」
ローラとユールがじっとりとした目でこちらを見つめる。
……昼食は先ほど済ませたはずなのだが。香りに釣られて空腹になってしまったのだろう。
「先に食べたと知ったら怒るでしょうから。ビアンカには内緒ですよ?」
私は微笑みながら二人に軽くウインクをし、魔石式の冷蔵庫からザッハトルテを1ピース取り出した。それをさらにもう半分に切ってフォークと共に差し出すと、二人はその場に立ったままで食べ始める。行儀は悪いが今日くらいはいいだろう。
……ローラ、あっという間にドレスも口元もチョコレートで汚れているぞ。これではビアンカにすぐバレてしまうな。せめて口元だけでもと拭ってやるとローラはそのビアンカにそっくりなかんばせで悪戯っぽくにししと笑った。
ユールの方はケーキをフォークで切り分け、上品に口に運んでいる。この子はきっと将来いい貴公子になるな。令嬢にもきっとモテるだろう、うん。親の欲目かもしれないが。
「お父様、なくなっちゃった!」
ケーキを食べ終わったローラが両手を差し出してさらに催促をする。
仕方なくチョコレートフォンデュ用に用意していた苺をいくつか皿に入れて手渡すと、二人は嬉しそうに笑いながらそれを持ってビアンカの待つリビングへと走って行った。
……ビアンカには内緒と言ったんだがなぁ。まぁ、いいか。
気を取り直してトリュフチョコレートの製作を進めていると……。厨房の入り口にまた気配を感じた。
「……マクシミリアン、子供たちにお父様のチョコケーキを食べたって自慢されたのだけど」
「……ビアンカ」
そんな予感はしていたが。厨房の入り口には私の美しい妻が、恨みがましい視線をこちらに向けながら貼りついていた。
「ビアンカは大人なんですから、もう少し我慢してください」
「マクシミリアン、わたくしも食べたい!」
ビアンカは子供のような口調で言って唇を尖らせる。
……可愛いから甘やかしてあげたいのは山々なのだが。ビアンカにあげるとまた子供たちがずるいだなんだと言いながらやって来て、さらにまたビアンカが来るという流れが目に見えている。
これを繰り返すとショコラの量がかなり目減りしてしまうから、ここで流れを止めておかないとな。
「ビアンカ……ダメです」
「どうしても、ダメ?」
可愛い妻に大きな潤んだ瞳で言われてしまうと……私には逆らうことはできないのだ。
チョコレートが固まりかけているビスコッティを口に咥えて私はビアンカを手招きした。
ビアンカは明るい笑顔になってこちらへ駆け寄ってくる。そしてかぷり、と私の咥えているビスコッティにかぶりついた。
「……美味しい!」
ハムスターのように頬を膨らませてにこにこ笑うビアンカはとても可愛い。
……今年の『ショコラの日』も大切な家族と過ごせるなんて。本当によい人生だな。
ショコラを作っているのは私……マクシミリアン・セルバンデスだ。
ビアンカも手を出したがるのだが、彼女の料理のセンスは壊滅的だ。特に菓子は酷い。なので子供たちと大人しく待ってもらっている。
『毎年二の月の十四日をショコラの日にしない?』
一緒に住み始めて二、三年が経った頃だっただろうか。冬のある日、彼女がそんなことを言いだした。
ビアンカがどうしてそんなことを言いだしたのかはわからないが。私は屋敷の中に閉じ込めるようにして彼女を囲っている。それくらいの可愛らしい願いはいくらでも叶えてあげなければ……当時の私はそう思ったものだ。
だからセルバンデス家では毎年二の月の十四日は『ショコラの日』なのだ。
今年のショコラは、チョコレートフォンデュ、ザッハトルテ、トリュフチョコレート、チョコレートビスコッティを出すのだが。量は足りるのだろうか……私は眉間に皺を寄せて考える。
ビアンカも子供たちもショコラはかなり食べるし、今年はアルフォンス様とシュラット侯爵もいらっしゃる。少し多めに作ってもいいかもしれないな。余ったら使用人たちにふるまえばいいのだ。
自分が納得できないものを提供できないこの性格のせいで、私のショコラ作りはかなりの腕前になってしまった。
ビアンカが『素敵ね、旦那様がショコラティエだなんて!』と喜んでくれるのでそれはまぁいいのだが。……かなりの量を食べた後に『マクシミリアンのショコラが美味しいせいで太ったわ!』と毎年苦情を申し立てるのは勘弁して欲しい。
それに肉付きがよくなってもビアンカはとても可愛いと思う。抱きしめ心地がまた違うものになるだろうし、それはそれで魅力的だ。
それを言うと彼女は怒るが……女心は複雑というやつだろうか。
そんなことを考えながらオーブンからビスコッティを取り出す。うん、いい感じに焼けている。
私はその仕上がりに笑みを浮かべながら、ビスコッティに塗るチョコレートのテンパリングを始めた。チョコレートをまずは湯煎で溶かし、温度を確認した後にボウルを水に漬けて適温まで冷ます。そして再び湯煎……よし。これでビスコッティをコーティングして……チョコレートが固まるまで放置したらこれは完成だ。
ザッハトルテは昨日のうちに作ってある。次はトリュフチョコレートだな……と作業に取り掛かろうとした時。ふと気配を感じて台所の入り口を見ると、子供たちの愛らしい顔がこちらを覗いていた。
「ローラ、ユール。どうしたんです?」
「お父様……お腹が空きましたわ」
「おなかすいた」
ローラとユールがじっとりとした目でこちらを見つめる。
……昼食は先ほど済ませたはずなのだが。香りに釣られて空腹になってしまったのだろう。
「先に食べたと知ったら怒るでしょうから。ビアンカには内緒ですよ?」
私は微笑みながら二人に軽くウインクをし、魔石式の冷蔵庫からザッハトルテを1ピース取り出した。それをさらにもう半分に切ってフォークと共に差し出すと、二人はその場に立ったままで食べ始める。行儀は悪いが今日くらいはいいだろう。
……ローラ、あっという間にドレスも口元もチョコレートで汚れているぞ。これではビアンカにすぐバレてしまうな。せめて口元だけでもと拭ってやるとローラはそのビアンカにそっくりなかんばせで悪戯っぽくにししと笑った。
ユールの方はケーキをフォークで切り分け、上品に口に運んでいる。この子はきっと将来いい貴公子になるな。令嬢にもきっとモテるだろう、うん。親の欲目かもしれないが。
「お父様、なくなっちゃった!」
ケーキを食べ終わったローラが両手を差し出してさらに催促をする。
仕方なくチョコレートフォンデュ用に用意していた苺をいくつか皿に入れて手渡すと、二人は嬉しそうに笑いながらそれを持ってビアンカの待つリビングへと走って行った。
……ビアンカには内緒と言ったんだがなぁ。まぁ、いいか。
気を取り直してトリュフチョコレートの製作を進めていると……。厨房の入り口にまた気配を感じた。
「……マクシミリアン、子供たちにお父様のチョコケーキを食べたって自慢されたのだけど」
「……ビアンカ」
そんな予感はしていたが。厨房の入り口には私の美しい妻が、恨みがましい視線をこちらに向けながら貼りついていた。
「ビアンカは大人なんですから、もう少し我慢してください」
「マクシミリアン、わたくしも食べたい!」
ビアンカは子供のような口調で言って唇を尖らせる。
……可愛いから甘やかしてあげたいのは山々なのだが。ビアンカにあげるとまた子供たちがずるいだなんだと言いながらやって来て、さらにまたビアンカが来るという流れが目に見えている。
これを繰り返すとショコラの量がかなり目減りしてしまうから、ここで流れを止めておかないとな。
「ビアンカ……ダメです」
「どうしても、ダメ?」
可愛い妻に大きな潤んだ瞳で言われてしまうと……私には逆らうことはできないのだ。
チョコレートが固まりかけているビスコッティを口に咥えて私はビアンカを手招きした。
ビアンカは明るい笑顔になってこちらへ駆け寄ってくる。そしてかぷり、と私の咥えているビスコッティにかぶりついた。
「……美味しい!」
ハムスターのように頬を膨らませてにこにこ笑うビアンカはとても可愛い。
……今年の『ショコラの日』も大切な家族と過ごせるなんて。本当によい人生だな。
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