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番外編
月と獣の蜜月11
マクシミリアンが作ってくれた軽食を、彼に抱きかかえられながら寝台の上で食べる。
「ビアンカ、お口に合いますか?」
わたくしの機嫌を窺うように恐る恐る彼が訊ねてきた。……実はもうそれほど怒ってはいないのだけれど。簡単に許してしまうとこの人はすぐに同じことをやるのだ。
あと少しだけお灸をすえておかないと。
「……知らないわ」
だからわたくしは、ツンとしながら素っ気ない口調でそう言った。
「ビアンカ……!」
背後から彼の震えが伝わってくる。お腹に回された手にぎゅっと力が入って少し苦しいけれど、わたくしはそれに知らんぷりをしながらリゾットを口に運んだ。
彼が作ってくれたのは、トマトベースの魚介のリゾットだ。海老、ホタテの貝柱、これはムール貝かしら……。我が家のどこにこんな材料があったのだろうと感心してしまう。
マクシミリアンが作ってくれるご飯はいつも通りとても美味しい。
なにも食べずに繋がり合い疲弊した体に、その優しい味は深く染み渡った。
……そう、わたくしは疲れている。そしてお腹は満たされつつある。マクシミリアンが背後から抱きしめているので、背中もとてもあったかい。
……つまりは睡魔に、襲われているのだ。
「ん……」
うつらうつらと思わず舟を漕ぐわたくしに、マクシミリアンは動揺しているようだった。
「ああ、ビアンカ! ドレスは私が用意しますので、オペラに行く時間まで寝ていてください」
「ん……」
マクシミリアンが慌てながら皿を取り上げ、寝台にわたくしを寝かせる。
疲労感でいっぱいの体は欲望に素直で。わたくしの意識はとろとろと睡魔に負けて溶けていった。
「ビアンカ、本当に……申し訳ありません」
大きな手にぎゅっと手を握られる。そして不安がる子供のような、泣きだしそうな旦那様の声が耳に届いた。
――もう、怒っていないわ。
そう言おうとしたけれど、言葉は口から上手く出なくて。小さく不明瞭な音だけが唇から零れた。
――頬に、ぽたりと雫が落ちる。
嫌だわ、天井が雨漏りしているのかしら。業者、業者を呼ばないと。こういう時はどこに電話をかければ……。雨漏り110番みたいな業者はこの国にはあったっけ。それとも家主への報告が先……?
前世の記憶と現世の記憶が曖昧に混じる。雫は相変わらず頬に落ちてきていて。
わたくしはその正体を確かめようと目を開けた。
「……ビアンカ」
見上げると、旦那様が綺麗な褐色の頬を濡らしながら泣いていた。
それに驚いてわたくしは目を丸くしてしまう。
「……マクシミリアン。どうしたの?」
急いで身を起こすと、彼にぎゅっと抱きしめられる。
その体は、小さく震えていた。
彼に許しを与えないままわたくし、寝入ってしまったものね。一人でぐるぐると色々考えて、マクシミリアンは不安になってしまったのだろう。
ぎゅっとその体を抱きしめ返し、背中をポンポンと優しく叩く。すると彼のわたくしを抱きしめる力が、一層強くなった。
「もう、痛いわ。マクシミリアン」
「申し訳ありません!」
マクシミリアンは慌ててわたくしから身を離す。そして不安そうな顔でこちらを見つめた。
――可愛い。可愛いわ、マクシミリアン。
今の彼はお耳がぺたりと下がった黒い大型犬のようだ。ご主人様の許しをずっと待っていたのね。
わたくしはそっと手を伸ばすと彼の濡れた頬を何度も撫でた。すると彼は目を閉じて、手のひらに頬をすり寄せる。
マクシミリアンは体の繋がりを求めすぎるきらいがあるけれど、それは深い愛情ゆえだ。それがわかっているから、わたくしもいつも許してしまうのだ。
「……もう怒ってないわよ。マクシミリアン。けれど……その」
「ビアンカ……?」
黒曜石の瞳が、不安げに揺れる。わたくしは伸びをすると、彼の頬にそっと口づけた。
「わたくし、貴方ほどの体力はないの。……外にも出ずに屋敷にずっといるから、昔よりも体力は落ちていると思うわ」
「本当に申し訳ありません、ビアンカ。久しぶりに貴女とずっと二人きりなので……その」
彼はそう言うととまたぽろりと瞳から涙を零した。
……二人きりだから箍が外れてしまったのね。わたくしも貴方と二人きりは嬉しいから、気持はわからなくはないのだけど。
「泣かないで、大好きな旦那様。もう怒ってないと言っているでしょう。オペラに行く準備をしましょう?」
「……ビアンカ。嫌いに……」
「ならないから!」
ちょっとだけすえるつもりだったお灸は、寝入ってしまったことによって効きすぎてしまったようだ。
たくさん軽いキスしながら何度も『好きよ』と繰り返すと、彼はようやく笑ってくれた。
この可愛い大きな黒いわんこは、また懲りずに粗相をするのだろうけど。
わたくしもそんな彼が大好きだから、仕方ないわね。
「ではお出かけの準備をしましょう、お嬢様」
ようやく本調子に戻ったマクシミリアンは、微笑みながら昔の呼び名でわたくしを呼ぶ。
「どんなドレスを用意したの? 趣味に合わないものは、わたくし着ないわよ」
わたくしも昔のように切り返して、彼と微笑み合った。
「ビアンカ、お口に合いますか?」
わたくしの機嫌を窺うように恐る恐る彼が訊ねてきた。……実はもうそれほど怒ってはいないのだけれど。簡単に許してしまうとこの人はすぐに同じことをやるのだ。
あと少しだけお灸をすえておかないと。
「……知らないわ」
だからわたくしは、ツンとしながら素っ気ない口調でそう言った。
「ビアンカ……!」
背後から彼の震えが伝わってくる。お腹に回された手にぎゅっと力が入って少し苦しいけれど、わたくしはそれに知らんぷりをしながらリゾットを口に運んだ。
彼が作ってくれたのは、トマトベースの魚介のリゾットだ。海老、ホタテの貝柱、これはムール貝かしら……。我が家のどこにこんな材料があったのだろうと感心してしまう。
マクシミリアンが作ってくれるご飯はいつも通りとても美味しい。
なにも食べずに繋がり合い疲弊した体に、その優しい味は深く染み渡った。
……そう、わたくしは疲れている。そしてお腹は満たされつつある。マクシミリアンが背後から抱きしめているので、背中もとてもあったかい。
……つまりは睡魔に、襲われているのだ。
「ん……」
うつらうつらと思わず舟を漕ぐわたくしに、マクシミリアンは動揺しているようだった。
「ああ、ビアンカ! ドレスは私が用意しますので、オペラに行く時間まで寝ていてください」
「ん……」
マクシミリアンが慌てながら皿を取り上げ、寝台にわたくしを寝かせる。
疲労感でいっぱいの体は欲望に素直で。わたくしの意識はとろとろと睡魔に負けて溶けていった。
「ビアンカ、本当に……申し訳ありません」
大きな手にぎゅっと手を握られる。そして不安がる子供のような、泣きだしそうな旦那様の声が耳に届いた。
――もう、怒っていないわ。
そう言おうとしたけれど、言葉は口から上手く出なくて。小さく不明瞭な音だけが唇から零れた。
――頬に、ぽたりと雫が落ちる。
嫌だわ、天井が雨漏りしているのかしら。業者、業者を呼ばないと。こういう時はどこに電話をかければ……。雨漏り110番みたいな業者はこの国にはあったっけ。それとも家主への報告が先……?
前世の記憶と現世の記憶が曖昧に混じる。雫は相変わらず頬に落ちてきていて。
わたくしはその正体を確かめようと目を開けた。
「……ビアンカ」
見上げると、旦那様が綺麗な褐色の頬を濡らしながら泣いていた。
それに驚いてわたくしは目を丸くしてしまう。
「……マクシミリアン。どうしたの?」
急いで身を起こすと、彼にぎゅっと抱きしめられる。
その体は、小さく震えていた。
彼に許しを与えないままわたくし、寝入ってしまったものね。一人でぐるぐると色々考えて、マクシミリアンは不安になってしまったのだろう。
ぎゅっとその体を抱きしめ返し、背中をポンポンと優しく叩く。すると彼のわたくしを抱きしめる力が、一層強くなった。
「もう、痛いわ。マクシミリアン」
「申し訳ありません!」
マクシミリアンは慌ててわたくしから身を離す。そして不安そうな顔でこちらを見つめた。
――可愛い。可愛いわ、マクシミリアン。
今の彼はお耳がぺたりと下がった黒い大型犬のようだ。ご主人様の許しをずっと待っていたのね。
わたくしはそっと手を伸ばすと彼の濡れた頬を何度も撫でた。すると彼は目を閉じて、手のひらに頬をすり寄せる。
マクシミリアンは体の繋がりを求めすぎるきらいがあるけれど、それは深い愛情ゆえだ。それがわかっているから、わたくしもいつも許してしまうのだ。
「……もう怒ってないわよ。マクシミリアン。けれど……その」
「ビアンカ……?」
黒曜石の瞳が、不安げに揺れる。わたくしは伸びをすると、彼の頬にそっと口づけた。
「わたくし、貴方ほどの体力はないの。……外にも出ずに屋敷にずっといるから、昔よりも体力は落ちていると思うわ」
「本当に申し訳ありません、ビアンカ。久しぶりに貴女とずっと二人きりなので……その」
彼はそう言うととまたぽろりと瞳から涙を零した。
……二人きりだから箍が外れてしまったのね。わたくしも貴方と二人きりは嬉しいから、気持はわからなくはないのだけど。
「泣かないで、大好きな旦那様。もう怒ってないと言っているでしょう。オペラに行く準備をしましょう?」
「……ビアンカ。嫌いに……」
「ならないから!」
ちょっとだけすえるつもりだったお灸は、寝入ってしまったことによって効きすぎてしまったようだ。
たくさん軽いキスしながら何度も『好きよ』と繰り返すと、彼はようやく笑ってくれた。
この可愛い大きな黒いわんこは、また懲りずに粗相をするのだろうけど。
わたくしもそんな彼が大好きだから、仕方ないわね。
「ではお出かけの準備をしましょう、お嬢様」
ようやく本調子に戻ったマクシミリアンは、微笑みながら昔の呼び名でわたくしを呼ぶ。
「どんなドレスを用意したの? 趣味に合わないものは、わたくし着ないわよ」
わたくしも昔のように切り返して、彼と微笑み合った。
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