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番外編
月と獣の蜜月15
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マクシミリアンに抱えられつつ軽食を食べていると、なんだか雛鳥になったような気持ちになる。むぐむぐと口に入れられたオマール海老を蒸したものを咀嚼しながら、ちらりと彼を見ると『よく食べましたね』と言わんばかりに優しく微笑まれた。
「ああ……私の手から食事をとる貴女は小鳥のようですね。籠に閉じ込めて貴女の世話を私の手ですべて行いたい……。貴女の食事をお手伝いし、貴女を抱えて歩き、貴女のお風呂のお世話もし……。いや、しかしそれをやると嫌われてしまう……」
……旦那様になんだかすごいことを言われている気がする。けれどいちいち気にしていては彼の妻なんてやってられないのだ。わたくしは笑顔のマクシミリアンが差し出す細かく切ったローストビーフを口にした。
「……美味しい!」
この劇場のビュッフェは本当にクオリティが高い。しかもこの劇場では殺菌のための光魔法を込められた魔石も配置されているそうだ。食中毒の心配がなく美味しいものを食べられる素晴らしさったら! 魔法社会万歳である。
マクシミリアンはシャンパンを一口、優美な仕草で口に含んだ。
「――ッ!」
そしてわたくしに口移しでそれを流し込む。そしてついでのように舌を入れられ、口内を舐め回されてしまう。この人は……公共の場でなにをしているの!
「……本当に、美味しいですね」
長い口づけの後に、彼は妖艶に笑った。……わたくしは息も絶え絶えである。荒い息を吐きながらマクシミリアンの胸に寄り掛かると、優しく頭を撫でられた。その手の感触はとても気持ちいいけれど……。
「公共の場でこんなことをするなんて!」
真っ赤な顔で抗議すると悪戯っぽく微笑む彼に額に何度か口づけられる。
「先ほどダスティンとお話している貴女を見て、とても妬けました。ビアンカ、溜飲を下げるために可愛い妻に少しだけ構わせてはくれませんか? 口づけまでしか……しませんから」
旦那様はそう言うと可愛らしい甘え顔をした。はい、可愛い! ずるいわ、そのお顔!
……こんなの恥ずかしいけれど、閨でお仕置きって言われるよりも何倍もマシだ。でも公共の場なのよ……。
周囲の様子は怖くて確認できない。ロビーの端の椅子ですもの。たぶん目立ってはいないわよね。困り果てて眉を下げながら彼を見つめると、嬉しそうに抱きしめられた。
「そんなに困った顔をしないでください、ビアンカ。可愛すぎて、ついいじめてしまいたくなるでしょう」
「いじめはよくないと思う……」
「そうですね。いじめるのではなく、たくさん可愛がらないと。ああ、本当はすぐにでも帰って貴女と抱き合いたいのですが。私は我慢ができる犬なので。貴女のお許しが出るまでちゃんと待ちますね」
そう言いながら彼は触れるだけの口づけを何度もする。続けて愛おしげに柔らかな力で抱きしめられ、今度は頬に何度も口づけされた。
マクシミリアンが『待て』をできる瞬間はとても少ない。今日はわたくしを怒らせたから『待て』をしているだけでしょう? そう思いつつもツッコミを入れる気力もなくわたくしは彼のなすがままになっていた。
「……マクシミリアンってほんとに。その……接触が好きね」
処女を奪ったあの日から、マクシミリアンは飽きずにわたくしに触れたがる。わたくしが止めなければ、三百六十五日この人は抱き合おうとするんじゃないだろうか。
愛情ゆえだとはわかっているのだけれど、わたくしの体力は有限なのだ。
「可愛くて愛おしいビアンカにはいつでも触れていたいのです。それに……隙間が埋まるようで安心するんです。愛おしい人に触れてもいいというのは、素晴らしいことですね」
マクシミリアンはしみじみと言うと唇に軽い口づけをした。貴方の心にはどんな隙間があるのかしら。そんなことを思いながら彼をじっと見つめる。
時々就寝中の彼が、苦しそうにうなされているのをわたくしは知っている。
悲しそうな顔をして話してくれないマクシミリアンの『家族』のことが、きっと原因なのだろう。マクシミリアンの心には……ぽっかりと黒い穴が開いている。
……その隙間を埋めるための行為を拒絶するなんて、彼にひどいことをしているのかしら。でも全部に付き合っていたら、わたくしの身はもたないのだ。なんだか悲しくなって睫毛を伏せる。すると彼の唇が瞼に落ちてきた。
「ビアンカ。そんな悲しそうな顔をしないでください」
「マクシミリアン……。その、ぜんぶに応えてあげられなくて、ごめんなさい」
わたくしがそう言うと彼は少し驚いた顔をする。そして嬉しそうにまた口づけをした。この人は何回する気なのかな!
「こちらこそ、いつも無理をさせてしまって申し訳ありません。貴女が側にいるだけで幸せなのに。私は欲張りなんですよね」
旦那様はそう言うと小さくため息をついてわたくしを抱きしめる。
「……愛してるわ、マクシミリアン。ごめんなさい」
貴方が寂しがりだと知っているのに、ぜんぶに応えてあげられなくてごめんなさい。
過去の辛いことを、共有したいと思えない至らない妻でごめんなさい。
でもね、愛してるの。本当よ。
大きな彼の体をぎゅっと抱きしめる。手の中に収まらない部分から彼の何かが零れてしまわないかと不安になって。わたくしは彼の胸に頬をすり寄せた。
「ああ……私の手から食事をとる貴女は小鳥のようですね。籠に閉じ込めて貴女の世話を私の手ですべて行いたい……。貴女の食事をお手伝いし、貴女を抱えて歩き、貴女のお風呂のお世話もし……。いや、しかしそれをやると嫌われてしまう……」
……旦那様になんだかすごいことを言われている気がする。けれどいちいち気にしていては彼の妻なんてやってられないのだ。わたくしは笑顔のマクシミリアンが差し出す細かく切ったローストビーフを口にした。
「……美味しい!」
この劇場のビュッフェは本当にクオリティが高い。しかもこの劇場では殺菌のための光魔法を込められた魔石も配置されているそうだ。食中毒の心配がなく美味しいものを食べられる素晴らしさったら! 魔法社会万歳である。
マクシミリアンはシャンパンを一口、優美な仕草で口に含んだ。
「――ッ!」
そしてわたくしに口移しでそれを流し込む。そしてついでのように舌を入れられ、口内を舐め回されてしまう。この人は……公共の場でなにをしているの!
「……本当に、美味しいですね」
長い口づけの後に、彼は妖艶に笑った。……わたくしは息も絶え絶えである。荒い息を吐きながらマクシミリアンの胸に寄り掛かると、優しく頭を撫でられた。その手の感触はとても気持ちいいけれど……。
「公共の場でこんなことをするなんて!」
真っ赤な顔で抗議すると悪戯っぽく微笑む彼に額に何度か口づけられる。
「先ほどダスティンとお話している貴女を見て、とても妬けました。ビアンカ、溜飲を下げるために可愛い妻に少しだけ構わせてはくれませんか? 口づけまでしか……しませんから」
旦那様はそう言うと可愛らしい甘え顔をした。はい、可愛い! ずるいわ、そのお顔!
……こんなの恥ずかしいけれど、閨でお仕置きって言われるよりも何倍もマシだ。でも公共の場なのよ……。
周囲の様子は怖くて確認できない。ロビーの端の椅子ですもの。たぶん目立ってはいないわよね。困り果てて眉を下げながら彼を見つめると、嬉しそうに抱きしめられた。
「そんなに困った顔をしないでください、ビアンカ。可愛すぎて、ついいじめてしまいたくなるでしょう」
「いじめはよくないと思う……」
「そうですね。いじめるのではなく、たくさん可愛がらないと。ああ、本当はすぐにでも帰って貴女と抱き合いたいのですが。私は我慢ができる犬なので。貴女のお許しが出るまでちゃんと待ちますね」
そう言いながら彼は触れるだけの口づけを何度もする。続けて愛おしげに柔らかな力で抱きしめられ、今度は頬に何度も口づけされた。
マクシミリアンが『待て』をできる瞬間はとても少ない。今日はわたくしを怒らせたから『待て』をしているだけでしょう? そう思いつつもツッコミを入れる気力もなくわたくしは彼のなすがままになっていた。
「……マクシミリアンってほんとに。その……接触が好きね」
処女を奪ったあの日から、マクシミリアンは飽きずにわたくしに触れたがる。わたくしが止めなければ、三百六十五日この人は抱き合おうとするんじゃないだろうか。
愛情ゆえだとはわかっているのだけれど、わたくしの体力は有限なのだ。
「可愛くて愛おしいビアンカにはいつでも触れていたいのです。それに……隙間が埋まるようで安心するんです。愛おしい人に触れてもいいというのは、素晴らしいことですね」
マクシミリアンはしみじみと言うと唇に軽い口づけをした。貴方の心にはどんな隙間があるのかしら。そんなことを思いながら彼をじっと見つめる。
時々就寝中の彼が、苦しそうにうなされているのをわたくしは知っている。
悲しそうな顔をして話してくれないマクシミリアンの『家族』のことが、きっと原因なのだろう。マクシミリアンの心には……ぽっかりと黒い穴が開いている。
……その隙間を埋めるための行為を拒絶するなんて、彼にひどいことをしているのかしら。でも全部に付き合っていたら、わたくしの身はもたないのだ。なんだか悲しくなって睫毛を伏せる。すると彼の唇が瞼に落ちてきた。
「ビアンカ。そんな悲しそうな顔をしないでください」
「マクシミリアン……。その、ぜんぶに応えてあげられなくて、ごめんなさい」
わたくしがそう言うと彼は少し驚いた顔をする。そして嬉しそうにまた口づけをした。この人は何回する気なのかな!
「こちらこそ、いつも無理をさせてしまって申し訳ありません。貴女が側にいるだけで幸せなのに。私は欲張りなんですよね」
旦那様はそう言うと小さくため息をついてわたくしを抱きしめる。
「……愛してるわ、マクシミリアン。ごめんなさい」
貴方が寂しがりだと知っているのに、ぜんぶに応えてあげられなくてごめんなさい。
過去の辛いことを、共有したいと思えない至らない妻でごめんなさい。
でもね、愛してるの。本当よ。
大きな彼の体をぎゅっと抱きしめる。手の中に収まらない部分から彼の何かが零れてしまわないかと不安になって。わたくしは彼の胸に頬をすり寄せた。
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