【R18】悪役令嬢は元執事から逃げられない

夕日(夕日凪)

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番外編

月と獣の蜜月18

 いつも以上に甘いマクシミリアンに甘やかされながら帰途につき、邸の扉をくぐった瞬間。
 体に一気に疲れが押し寄せた。
 ……それもそうだ。寝込みそうになるくらい愛し合った後に、オペラに行ったのだもの。

「大丈夫ですか? ビアンカ」

 ふらつくわたくしの様子にいち早く気づいたマクシミリアンが、青い顔をして腰を抱き支えてくれる。そんな彼に微笑んでみせると、眉根を下げて申し訳なさそうな顔をされた。

「ちょっと疲れただけよ」
「ビアンカ!」

 マクシミリアンは悲壮な顔をすると、私を姫抱きにする。そして額同士をコツリと合わせて、小さくため息をついた。

「私のせいですね」
「……まぁ、そうなのだけれど」

 確実に、マクシミリアンのせいである。だからわたくしは彼の言葉を否定できなかった。

「……私の、せいですね」

 どす黒い靄を背負って落ち込むマクシミリアンを見て、わたくしは焦ってしまう。

「好きよ、旦那様。そんな風に落ち込まないで?」

 囁きながら軽い口づけを何度もすると、マクシミリアンの褐色の肌に淡い朱が走る。滑らかな感触の彼の頬を、何度も優しく撫でて仕上げのように頬ずりをすると、安堵するような吐息が漏れた。

「今日はお風呂に入って、ゆっくり寝ましょうね」

 わたくしの背中を子供にするようにトントンと叩くと、マクシミリアンは部屋へと向かう。こういう時は手を出す必要が一切ないと知っている出来たメイドたちは、頭を下げてただ静かにわたくしたちを見送った。

 色々なものを堪える表情のマクシミリアンに体を洗われ、薄い夜着を着せてもらう。寝台で抱きしめられてマクシミリアンの温かさを感じた瞬間、わたくしの意識はストンとスイッチを切るように一瞬で落ちた。

「おやすみなさい、私の大切なビアンカ」

 額に落ちる、すっかり馴染んでしまったマクシミリアンの唇の感触。
 意識が途切れる瞬間、それを感じたような気がしてわたくしは微笑んだ。

 目が覚めると、マクシミリアンがわたくしの髪を撫でていた。
 周囲はすっかり明るく、もしかしなくても朝を過ぎて昼になっているのかもしれない。

「……おはよう、マクシミリアン」
「おはようございます、ビアンカ」

 優しい、マクシミリアンの声。何度も触れるだけの口づけをされているうちに、ぼやけていた意識は次第にはっきりしていく。

「寝坊をしてしまったわ。ごめんなさい」
「気にしていません。食事を用意いたしますので、横になったままで待っていてください」

 マクシミリアンは優しく額に口づけをして、寝台を去っていく。
 いつもよりも一歩引いた彼の態度からは、昨日の出来事に関しての大きな反省が感じられるけれど。

 ……勝手かもしれないけれど、少し寂しいわね。

 わたくしは寝台にごろりと寝転びながら、そんなことを考えた。
 彼の体温は……すっかりわたくしの人生の一部になってしまった。
 マクシミリアンはいつでもわたくしを、求めて、求めて。どうしてそんなにも渇望しているのかと、心配になるくらいに求めてくる。
 それ自体は、結局嬉しいことなのだ。わたくしも彼が大好きなのだし。
 ……体力が尽きない程度ならもっと嬉しいのだけれど。

「お待たせしました、ビアンカ」

 マクシミリアンが朝食が載ったトレイを手にして戻ってくる。トレイの上ではクロワッサンとスープ、ポーチドエッグが湯気を立てていた。寝台から出ようとするとそっと止められ、口の中にちぎったクロワッサンを押し込まれた。

「ちゃんと長椅子に座るわ」
「疲れているのですから、このままで」

 結局はそのまま寝台の上でマクシミリアンに朝食を手ずから食べさせてもらい、流れるように浴室に連れていかれ。体を軽く湯で清められた後に、柔らかなタオルで丁寧に全身を拭われた。

「貴女の世話を焼いていると、幸せな気分になりますね」

 マクシミリアンはうっとりとした表情で普段遣いのドレスをわたくしに着せている。わたくしの世話を焼く時の彼は、本当に幸せそうだ。そんなマクシミリアンを見ていると『彼が楽しそうだし、いいか』なんて思ってしまうのだけれど。これに流されるとわたくしは、一人でなにもできなくなってしまうだろう。

 ……自分のことは、できるだけ自分で。

 幸せそうなマクシミリアンの顔を見つめながら、わたくしはこっそり心の中で誓った。

「ビアンカ。膝枕でお昼寝がしたいのでしたっけ? 薔薇の手入れを先にしますか?」

 昨日わたくしは言ったことを彼はちゃんと覚えているようで、そう提案をしてくる。

「今起きたばかりだし、お昼寝よりも薔薇の手入れがいいわ」
「おおせのままに、お嬢様」

 マクシミリアンはそう言うと、そっと手を差し出した。その手のひらにちょこんと指を乗せると、丁寧なエスコートで庭まで連れ出される。
 外は快晴で、太陽が眩しい。庭の緑が青空に映えて生き生きとしている。
 植物の世話はとても好きだ。最初は、わたくしが薔薇の世話をすることをマクシミリアンは嫌がっていた。だけどたくさん甘え、たくさんお願いをして、たくさん恥ずかしいこともして。無理やりのように許可をもぎ取ったのだ。
 そして今では子育て以外では唯一と言っていい、わたくしの仕事だ。
 マクシミリアンは本当に過保護だ、昔から。

 それこそ、わたくしが悪役令嬢だった頃から。

 思い返せばわかりやすいくらいに、彼はわたくしを危険から遠ざけ守っていた。あの頃はどうしてそれに気づかなかったのだろう。
 薔薇の棘で少しわたくしの手が傷ついたくらいで、自分が傷ついたかのような苦しそうな顔をするマクシミリアンなのに。

「棘で怪我をしないように気をつけてくださいね」
「大丈夫よ、マクシミリアン」
「虫がいるかもしれません。刺されないように……」
「少しくらい刺されても大丈夫よ」
「ああ、今日は日差しがきついですね。日傘を……」
「もう! 大丈夫よ、これくらい!」
「ビアンカ、水分補給を……」
「もう!!」

 ……大事にされているのはわかるのだけれど。
 旦那様は少し心配しすぎなのだ。
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