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番外編
月と獣と新しい命1
「マクシミリアン、その」
「どうしたんです、ビアンカ?」
就寝の準備をしていた時。
ビアンカが、不安げな様子で私に声をかけてきた。その様子を見て、私は眉を顰める。一体なにがあったのだろう。
抱き上げて額同士を擦り合わせると、ビアンカの薄桃色の唇からはふっと小さく吐息が漏れる。彼女は大きな瞳を揺らしながら私を見つめてから、唇をきゅっと引き結んだ。
そんな妻の様子を見ていると、私にまで不安が伝播する。不安を紛らわせようと何度もビアンカの頬や額に口づけてから、唇にもそっと口づける。ついでにと頬や首筋を舐めていると、妻はくすぐったそうに笑い声を上げた。
「もう! わんこじゃないんだから!」
「昔、私を犬と呼んでいたのは貴女です」
「そうなのだけれど! あはは!」
声を上げて楽しそうに笑うビアンカは、本当に愛らしい。いつまでも美しい私の妻は、まるで天使のようだ。
「それで、なにが不安なんです?」
「あのね、マクシミリアン。……子供ができたの」
ひとしきり二人で笑ってから訊ねると、ビアンカはそう私に告げた。
「ビアンカ、それは素敵ですね!」
子ができるということは、素晴らしいことだ。私とビアンカが愛し合った証なのだから。
……しかしどうして、ビアンカは浮かない顔をしているのだろうか。
「だけど、お医者様がね。お腹に魔力の反応が二つあるって言うの」
子ができたかは、腹の中に魔力があるかを探って診断する。それが、二つあるということは……
「双子ですか」
ビアンカが不安がっている理由が、私にもようやくわかった。ビアンカの二度のお産は難産だった。ローラを産む時には一日半、ユールを産む時には丸一日とかなりの時間がかかっている。苦しむビアンカの周りをうろうろしながら狼狽えてばかりだった私は、産婆に叱られ結局部屋を叩き出されてしまった。……実に、苦い思い出である。
「わたくし、ちゃんと産んであげられるかしら」
そう言って妻は、まだ薄い腹を撫でた。それを聞いて私は思わず言葉に詰まってしまう。
子供ができたのは嬉しい。子供は愛らしいし尊いものだ。
――けれど出産が、ビアンカの命を奪うものになってしまったら?
それを考えてしまい、私は身を震わせた。
「……マクシミリアン?」
「国一番の医者を用意しろと、陛下にお願いしておきます」
「マクシミリアン!? 陛下を気軽に使わないで!」
「いいんです。陛下は私にこき使われるのが好きなので」
妻の安全のためには使えるものはなんでも使わなければ。
……それとも、別の国の医療を頼るか?
医療的に発展しているのは遺憾ながら、私たちが元居たリーベッヘ王国だ。陛下に断られた場合はリーベッヘに行き、シュラット侯爵のお手を借りねば。あの王子に嗅ぎつけられると面倒だが……
「もう、マクシミリアンったら。だめよ、陛下に無理を言っては」
ビアンカはふにゃりと笑うと、私の胸に頬を押し当てた。
「もしもよ。わたくしと子供たちどちらか選ぶようなことになったら……子供たちを選んでね」
「嫌です!」
その言葉を聞いて、私は勢いよく首を左右に振った。それを見て、ビアンカは悲しそうな顔をする。だけど私には、それはできないことなのだ。
ビアンカは私の月で、私の太陽だ。それ無しに生きることなんてできない。
「嫌です、ビアンカは私のすべてなんです。そんなことは言わないでください」
ぎゅうぎゅうと、か細い体を抱き込みながら私は深く後悔をした。
子供ができればいいと思っていた。だけどこのか細い体に二人も授かるなんて、そんなことは想定していなかったのだ。
――子供が欲しいだなんて、思わなければよかった。
避妊の手段なんて、薬でも、性器に被せる薄皮でもあったのに。
「もしもの話よ、マクシミリアン。頑張って二人とも産んで、私も元気な顔を見せるから」
「ビアンカ」
私は今、雨に濡れた犬のような情けない顔をしているのだろう。
ビアンカは慰めるように微笑むと、優しく口づけをしてくれた。
「……研究を、頑張ります」
「え?」
私の言葉を聞いて、ビアンカは首を傾げた。
「女性が安全に出産ができるような。魔法の研究をどうにか……」
「……それができたら、本当にすごいけれど」
「私はやります。可愛い妻のためなら頑張ります」
そうだ、私が努力して妻も子供たちも助ければいいのだ。
この国の魔法機関に回復や治癒を司る光属性を使える者は二名。それだけしかいない。
――ビアンカの出産までの間。不眠不休で、頑張ってもらうしかないな。
いつも私に仕事を押し付けてばかりなのだ。それくらい、やってもらうのは当然だろう。
そんなことを考えながら、私は仄暗い笑みを浮かべた。
「どうしたんです、ビアンカ?」
就寝の準備をしていた時。
ビアンカが、不安げな様子で私に声をかけてきた。その様子を見て、私は眉を顰める。一体なにがあったのだろう。
抱き上げて額同士を擦り合わせると、ビアンカの薄桃色の唇からはふっと小さく吐息が漏れる。彼女は大きな瞳を揺らしながら私を見つめてから、唇をきゅっと引き結んだ。
そんな妻の様子を見ていると、私にまで不安が伝播する。不安を紛らわせようと何度もビアンカの頬や額に口づけてから、唇にもそっと口づける。ついでにと頬や首筋を舐めていると、妻はくすぐったそうに笑い声を上げた。
「もう! わんこじゃないんだから!」
「昔、私を犬と呼んでいたのは貴女です」
「そうなのだけれど! あはは!」
声を上げて楽しそうに笑うビアンカは、本当に愛らしい。いつまでも美しい私の妻は、まるで天使のようだ。
「それで、なにが不安なんです?」
「あのね、マクシミリアン。……子供ができたの」
ひとしきり二人で笑ってから訊ねると、ビアンカはそう私に告げた。
「ビアンカ、それは素敵ですね!」
子ができるということは、素晴らしいことだ。私とビアンカが愛し合った証なのだから。
……しかしどうして、ビアンカは浮かない顔をしているのだろうか。
「だけど、お医者様がね。お腹に魔力の反応が二つあるって言うの」
子ができたかは、腹の中に魔力があるかを探って診断する。それが、二つあるということは……
「双子ですか」
ビアンカが不安がっている理由が、私にもようやくわかった。ビアンカの二度のお産は難産だった。ローラを産む時には一日半、ユールを産む時には丸一日とかなりの時間がかかっている。苦しむビアンカの周りをうろうろしながら狼狽えてばかりだった私は、産婆に叱られ結局部屋を叩き出されてしまった。……実に、苦い思い出である。
「わたくし、ちゃんと産んであげられるかしら」
そう言って妻は、まだ薄い腹を撫でた。それを聞いて私は思わず言葉に詰まってしまう。
子供ができたのは嬉しい。子供は愛らしいし尊いものだ。
――けれど出産が、ビアンカの命を奪うものになってしまったら?
それを考えてしまい、私は身を震わせた。
「……マクシミリアン?」
「国一番の医者を用意しろと、陛下にお願いしておきます」
「マクシミリアン!? 陛下を気軽に使わないで!」
「いいんです。陛下は私にこき使われるのが好きなので」
妻の安全のためには使えるものはなんでも使わなければ。
……それとも、別の国の医療を頼るか?
医療的に発展しているのは遺憾ながら、私たちが元居たリーベッヘ王国だ。陛下に断られた場合はリーベッヘに行き、シュラット侯爵のお手を借りねば。あの王子に嗅ぎつけられると面倒だが……
「もう、マクシミリアンったら。だめよ、陛下に無理を言っては」
ビアンカはふにゃりと笑うと、私の胸に頬を押し当てた。
「もしもよ。わたくしと子供たちどちらか選ぶようなことになったら……子供たちを選んでね」
「嫌です!」
その言葉を聞いて、私は勢いよく首を左右に振った。それを見て、ビアンカは悲しそうな顔をする。だけど私には、それはできないことなのだ。
ビアンカは私の月で、私の太陽だ。それ無しに生きることなんてできない。
「嫌です、ビアンカは私のすべてなんです。そんなことは言わないでください」
ぎゅうぎゅうと、か細い体を抱き込みながら私は深く後悔をした。
子供ができればいいと思っていた。だけどこのか細い体に二人も授かるなんて、そんなことは想定していなかったのだ。
――子供が欲しいだなんて、思わなければよかった。
避妊の手段なんて、薬でも、性器に被せる薄皮でもあったのに。
「もしもの話よ、マクシミリアン。頑張って二人とも産んで、私も元気な顔を見せるから」
「ビアンカ」
私は今、雨に濡れた犬のような情けない顔をしているのだろう。
ビアンカは慰めるように微笑むと、優しく口づけをしてくれた。
「……研究を、頑張ります」
「え?」
私の言葉を聞いて、ビアンカは首を傾げた。
「女性が安全に出産ができるような。魔法の研究をどうにか……」
「……それができたら、本当にすごいけれど」
「私はやります。可愛い妻のためなら頑張ります」
そうだ、私が努力して妻も子供たちも助ければいいのだ。
この国の魔法機関に回復や治癒を司る光属性を使える者は二名。それだけしかいない。
――ビアンカの出産までの間。不眠不休で、頑張ってもらうしかないな。
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そんなことを考えながら、私は仄暗い笑みを浮かべた。
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