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番外編
月と獣と新しい命3
「マクシミリアン。今日も遅かったのね」
帰宅するとビアンカが、寂しさ半分、心配半分という表情で私を見つめてきた。
時刻は深夜をとっくに過ぎている。大事な体なのにこんな時間まで起きているビアンカを叱りたい気持ちにもなったが、わざわざ私を待っていてくれたのだ。それを思うとなにも言えない。
「例の道具の開発がなかなかに難しくて……。これからは帰れない日も増えるかもしれません」
額に口づけながらそう言うと、ビアンカの表情が曇る。
私だってビアンカと一緒にいたい。けれどこれは、彼女とお腹の双子の命を守るために大事なことなのだ。現在の私の最優先事項である。
出産介助用の道具の開発は、難航していた。……というよりも必要なものが多すぎるのだ。
母体の腹の中を正確に視認できるような道具。万が一難産になった際には、母体に負担をかけないようにして切開できる道具。その際に痛みを与えないようにする道具……。ベルナデッタとヨハネス、そして宮廷医も交えて話し合えば話し合うほどに、欲しい道具は増えていく。
ビアンカの出産までにそれらを揃え、臨床実験も行わねばならない。
時間は本当に……限られているのだ。
「マクシミリアン」
ビアンカは私の名を呼ぶと、ぶつかるようにして抱きついてくる。そして胸にぐりぐりと額を押しつけた。
「ビアンカ?」
「貴方がわたくしのために頑張っているってわかっているの。わかっているのに……寂しくて」
……うちの妻は、どうしてこんなに可愛いすぎるのか。
開発で溜まった疲労が、ビアンカの愛らしさで一気に溶かされていく。
力を入れすぎないようにして抱きしめると、すがりついてくる力がさらに強くなった。
今まで私は毎日夕刻には戻り、休日はずっと家にいた。しかし最近は毎日深夜に帰宅するようになり……これからは家に帰れるかもわからない生活になるのだ。ビアンカが寂しがるのも、無理はない。
「申し訳ありません、ビアンカ」
優しく銀色の髪を撫でると、ふるふると首が左右に振られる。
「マクシミリアンは悪くないわ」
そう言ってビアンカはこちらを見上げ、湖面の色の瞳を潤ませた。
……少し、痩せただろうか。ただでもか細い妻の体が心配になってしまう。
つわりがひどいのか? それとも精神的なものか?
「ビアンカ、痩せましたか?」
「……そう言われると、少しだけ痩せたかも」
「貴女は華奢なのですから。しっかり食べないとダメですよ」
「そうね、わかっているのだけれど。貴方がいないと……食欲が」
――心配していいのか、感動したらいいのか。
複雑な感情が胸中で渦巻く。ビアンカがここまで私への依存を深めていたなんて、そんなことは予想外だった。正直なところ、私ばかりが彼女に執着をしていると……そう思っていたから。
しかしこれはどうしたものか。ビアンカを助けるためにやっていることで彼女の健康が損なわれるなんて、それこそ本末転倒の極みである。
私はビアンカを抱きしめたまま、しばし悩み――そして苦渋の決断をした。
「ビアンカ……寂しい時は、私の職場に遊びに来ますか?」
「マクシミリアンの、職場に?」
ビアンカは私を見上げると大きな目をぱちくりとさせた。
「ええ。貴女が来るのでしたら、陛下に頼んで私室を用意してもらいます。仕事はそこでするようにしましょう。ローラとユールもよければ連れて来てください」
「いいの、迷惑じゃない?」
迷惑ではない。しかし、心配ではある。
ビアンカは大事な時期なのだという理由と、ビアンカを衆目に晒したくないという理由と。その二つの大きな理由で、本当ならば王宮にある職場なんかに連れて行きたくはないのだ。
「嬉しい、マクシミリアン!」
けれど、ビアンカがあまりに嬉しそうに笑うから。
不埒な目でビアンカを見る輩がいれば私がお灸を据えればいいのだし、体に関しても……万が一にでもなにかがあれば陛下付きの侍医でも借りればいいと。
私は無理やりに、自分をそう納得させた。
ビアンカが一番大事だ。私に会えないせいで彼女が弱ってしまうのなら、こうするしかない。さすがに屋敷で仕事や開発作業はできないしな……王宮から出してはいけない機密書類は案外多いものなのだ。
――私室は、人目に付きづらいところに用意してもらおう。
うちの妻は一目見れば誰でも虜になってしまうような美貌なのだ。人気のない場所でなければ困る。
私室までの移動の間は分厚いヴェールでも被っていてもらおうか? それは、ビアンカが嫌がるか?
自分の顔を見つめながらうんうんと唸りだした私の様子を見て、妻はこてりと愛らしく首を傾げた。
帰宅するとビアンカが、寂しさ半分、心配半分という表情で私を見つめてきた。
時刻は深夜をとっくに過ぎている。大事な体なのにこんな時間まで起きているビアンカを叱りたい気持ちにもなったが、わざわざ私を待っていてくれたのだ。それを思うとなにも言えない。
「例の道具の開発がなかなかに難しくて……。これからは帰れない日も増えるかもしれません」
額に口づけながらそう言うと、ビアンカの表情が曇る。
私だってビアンカと一緒にいたい。けれどこれは、彼女とお腹の双子の命を守るために大事なことなのだ。現在の私の最優先事項である。
出産介助用の道具の開発は、難航していた。……というよりも必要なものが多すぎるのだ。
母体の腹の中を正確に視認できるような道具。万が一難産になった際には、母体に負担をかけないようにして切開できる道具。その際に痛みを与えないようにする道具……。ベルナデッタとヨハネス、そして宮廷医も交えて話し合えば話し合うほどに、欲しい道具は増えていく。
ビアンカの出産までにそれらを揃え、臨床実験も行わねばならない。
時間は本当に……限られているのだ。
「マクシミリアン」
ビアンカは私の名を呼ぶと、ぶつかるようにして抱きついてくる。そして胸にぐりぐりと額を押しつけた。
「ビアンカ?」
「貴方がわたくしのために頑張っているってわかっているの。わかっているのに……寂しくて」
……うちの妻は、どうしてこんなに可愛いすぎるのか。
開発で溜まった疲労が、ビアンカの愛らしさで一気に溶かされていく。
力を入れすぎないようにして抱きしめると、すがりついてくる力がさらに強くなった。
今まで私は毎日夕刻には戻り、休日はずっと家にいた。しかし最近は毎日深夜に帰宅するようになり……これからは家に帰れるかもわからない生活になるのだ。ビアンカが寂しがるのも、無理はない。
「申し訳ありません、ビアンカ」
優しく銀色の髪を撫でると、ふるふると首が左右に振られる。
「マクシミリアンは悪くないわ」
そう言ってビアンカはこちらを見上げ、湖面の色の瞳を潤ませた。
……少し、痩せただろうか。ただでもか細い妻の体が心配になってしまう。
つわりがひどいのか? それとも精神的なものか?
「ビアンカ、痩せましたか?」
「……そう言われると、少しだけ痩せたかも」
「貴女は華奢なのですから。しっかり食べないとダメですよ」
「そうね、わかっているのだけれど。貴方がいないと……食欲が」
――心配していいのか、感動したらいいのか。
複雑な感情が胸中で渦巻く。ビアンカがここまで私への依存を深めていたなんて、そんなことは予想外だった。正直なところ、私ばかりが彼女に執着をしていると……そう思っていたから。
しかしこれはどうしたものか。ビアンカを助けるためにやっていることで彼女の健康が損なわれるなんて、それこそ本末転倒の極みである。
私はビアンカを抱きしめたまま、しばし悩み――そして苦渋の決断をした。
「ビアンカ……寂しい時は、私の職場に遊びに来ますか?」
「マクシミリアンの、職場に?」
ビアンカは私を見上げると大きな目をぱちくりとさせた。
「ええ。貴女が来るのでしたら、陛下に頼んで私室を用意してもらいます。仕事はそこでするようにしましょう。ローラとユールもよければ連れて来てください」
「いいの、迷惑じゃない?」
迷惑ではない。しかし、心配ではある。
ビアンカは大事な時期なのだという理由と、ビアンカを衆目に晒したくないという理由と。その二つの大きな理由で、本当ならば王宮にある職場なんかに連れて行きたくはないのだ。
「嬉しい、マクシミリアン!」
けれど、ビアンカがあまりに嬉しそうに笑うから。
不埒な目でビアンカを見る輩がいれば私がお灸を据えればいいのだし、体に関しても……万が一にでもなにかがあれば陛下付きの侍医でも借りればいいと。
私は無理やりに、自分をそう納得させた。
ビアンカが一番大事だ。私に会えないせいで彼女が弱ってしまうのなら、こうするしかない。さすがに屋敷で仕事や開発作業はできないしな……王宮から出してはいけない機密書類は案外多いものなのだ。
――私室は、人目に付きづらいところに用意してもらおう。
うちの妻は一目見れば誰でも虜になってしまうような美貌なのだ。人気のない場所でなければ困る。
私室までの移動の間は分厚いヴェールでも被っていてもらおうか? それは、ビアンカが嫌がるか?
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