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番外編
月と獣と新しい命5
「マクシミリアン、その美しい人が奥方か……!」
「待ってくれ! どれだけの善行を積んだらその奥方と結婚できるんだ!」
「……たしかにこの奥方が居れば、家に早く帰りたくもなる」
「これは、ずるいな」
同僚たちが口々に好き勝手なことを言う。ビアンカはそれを聞いて、こてりと華奢な首を傾げる。そんなビアンカを、彼らから見えないよう私は自分の背後に隠した。
「私たちは私室へ行きますので。貴方たちもちゃんと研究室で仕事をしてください」
「後で、私室に差し入れを持っていっても……」
「――いいわけがないでしょう」
バカなことを言い出す同僚を、私はキッと睨みつける。
ビアンカとの時間を作るために私室を用意したのに、それをなぜ邪魔をされねばならないのだ。そもそも妊娠中の人妻を不埒な目で見るんじゃない!
「差し入れで思い出しましたわ! わたくし、皆様に差し入れを持って来ましたの」
ビアンカがぱっと表情を明るくして、鞄から差し入れの菓子を取り出す。
それをダスティンたちが、期待が篭もった表情で見つめた。
菓子を手渡ししようとするビアンカを制して、私が彼らに渡す。すると同僚たちは明らかに不服という顔をした。
……なぜ、ビアンカの手ずからもらえると思ったのだ。
「王都で流行っているお店のものなんです。皆様甘いものは大丈夫かしら」
おっとりとした笑みを向けられ、同僚たちは一様に顔を赤くする。そして何度も首を上下させた。
「ありがとう、セルバンデス夫人。こんなに気を使って頂いて申し訳ないな」
礼を言いつつさり気にビアンカの手を取ろうとするダスティンの手を、私は素早く手刀で叩き落とす。本当に……悪い虫を払うのが面倒にもほどがある。
「皆様のお口に合えばいいんですけど……」
「あら、美味しいわよ! 私とユールでちゃんと味見をしたもの!」
「姉様っ!」
……ローラとユールは内緒でつまみ食いをしたらしい。
それを自白したと気づいておらずに胸を張るローラと、オロオロとしているユールを見て、ビアンカは少し吹き出した。
「……ローラ、ユール。おやつは抜きですからね」
「「えええーっ!」」
私の言葉を聞いて声を揃えて悲鳴のような声を上げる子供たちはとても可愛らしいが、つまみ食いはよろしくない。躾は大事なのである。
「では、私たちはこれで」
ビアンカの手を引いてその場を去ると、背後から同僚たちのブーイングの声が上がった。
「ふふ。楽しい方々ね」
「そうですか? 私はちっとも楽しくありませんが」
くすくすと笑うビアンカに不機嫌そうな顔をして見せると、彼女は「まぁ」と小さな声を上げた。
「ビアンカは笑顔を振り撒きすぎなんですよ。私が嫉妬深いのは知っているでしょう」
「……マクシミリアン、怒ってる?」
「怒っています」
「怒らないで、マクシミリアン」
ビアンカがそっと私の腕に腕を絡める。そして甘えるようにこちらを見つめた。
うちの妻は、本当に可愛いな。だけどここで甘い顔を見せるわけには……
「お父様。お母様をいじめるのは良くないわ」
ローラが頬を膨らませながら、こちらを責める口調で言った。私は娘にちらりと視線をやると口を開く。
「ローラは、アルフォンス様に他の女が寄って来ても怒りませんか?」
「怒るわ! それって浮気だもの」
……うちの娘は『浮気』なんて言葉をどこで覚えたのだろう。まぁ、それはいい。
「それと同じことです」
「それは許せないわね」
「マクシミリアン、ローラ……」
私とローラのやり取りを聞いて、ビアンカが困ったように眉尻を下げた。
「わたくしには、マクシミリアンだけなのに」
そしてぽつりとそんないじらしいことを言うものだから、私の怒りは長続きしないのだ。
「マクシミリアンさーん!」
背後から大きな声で名前を呼ばれた。続けてバタバタと騒がしく廊下を走る音がする。
この騒々しさベルナデッタだな。あの娘はいつも元気……と言えば聞こえがいいが、要は粗忽なのだ。
駆け寄ってきたベルナデッタを見て、ビアンカは驚いた表情になる。そしてベルナデッタも、ビアンカを目にして目を丸くした。
「あ、もしかして奥様ですか! はじめまして、マクシミリアンさんの同僚のベルナデッタです! わ~お子様も可愛い! お二人にそっくりですねぇ」
「……ベルナデッタ、騒々しいですよ。何の用なのです?」
眉間に皺を寄せながら問うと、彼女は「やばっ」と小さく漏らしてから咳払いをした。
「設計図が一応できたんで、確認をお願いしようかなーって。お昼くらいに差し戻しがあると助かるんですけど」
ベルナデッタはそう言うと紙束をこちらに差し出した。
「思ったよりも早いですね」
「ふふん! 私こう見えても、出来る子なんで。褒めてくださってもいいんですよ」
「……調子に乗るんじゃない。では確認後に連絡しますので」
「はぁい! じゃ、また後で!」
彼女は来た時と同じく、バタバタと騒々しく去って行く。私はその背中をため息をつきながら見送った。
その時、腕に軽い痛みが走った。
そちらを見るとビアンカが私の腕をつねりながら、頬を膨らませている。
「……ビアンカ?」
「若くて、可愛い子ね。そしてマクシミリアンと仲が良さそう」
ビアンカがじっとりとした目でこちらを睨む。
……なんてことだ。貴重なビアンカの焼きもちか。
「待ってくれ! どれだけの善行を積んだらその奥方と結婚できるんだ!」
「……たしかにこの奥方が居れば、家に早く帰りたくもなる」
「これは、ずるいな」
同僚たちが口々に好き勝手なことを言う。ビアンカはそれを聞いて、こてりと華奢な首を傾げる。そんなビアンカを、彼らから見えないよう私は自分の背後に隠した。
「私たちは私室へ行きますので。貴方たちもちゃんと研究室で仕事をしてください」
「後で、私室に差し入れを持っていっても……」
「――いいわけがないでしょう」
バカなことを言い出す同僚を、私はキッと睨みつける。
ビアンカとの時間を作るために私室を用意したのに、それをなぜ邪魔をされねばならないのだ。そもそも妊娠中の人妻を不埒な目で見るんじゃない!
「差し入れで思い出しましたわ! わたくし、皆様に差し入れを持って来ましたの」
ビアンカがぱっと表情を明るくして、鞄から差し入れの菓子を取り出す。
それをダスティンたちが、期待が篭もった表情で見つめた。
菓子を手渡ししようとするビアンカを制して、私が彼らに渡す。すると同僚たちは明らかに不服という顔をした。
……なぜ、ビアンカの手ずからもらえると思ったのだ。
「王都で流行っているお店のものなんです。皆様甘いものは大丈夫かしら」
おっとりとした笑みを向けられ、同僚たちは一様に顔を赤くする。そして何度も首を上下させた。
「ありがとう、セルバンデス夫人。こんなに気を使って頂いて申し訳ないな」
礼を言いつつさり気にビアンカの手を取ろうとするダスティンの手を、私は素早く手刀で叩き落とす。本当に……悪い虫を払うのが面倒にもほどがある。
「皆様のお口に合えばいいんですけど……」
「あら、美味しいわよ! 私とユールでちゃんと味見をしたもの!」
「姉様っ!」
……ローラとユールは内緒でつまみ食いをしたらしい。
それを自白したと気づいておらずに胸を張るローラと、オロオロとしているユールを見て、ビアンカは少し吹き出した。
「……ローラ、ユール。おやつは抜きですからね」
「「えええーっ!」」
私の言葉を聞いて声を揃えて悲鳴のような声を上げる子供たちはとても可愛らしいが、つまみ食いはよろしくない。躾は大事なのである。
「では、私たちはこれで」
ビアンカの手を引いてその場を去ると、背後から同僚たちのブーイングの声が上がった。
「ふふ。楽しい方々ね」
「そうですか? 私はちっとも楽しくありませんが」
くすくすと笑うビアンカに不機嫌そうな顔をして見せると、彼女は「まぁ」と小さな声を上げた。
「ビアンカは笑顔を振り撒きすぎなんですよ。私が嫉妬深いのは知っているでしょう」
「……マクシミリアン、怒ってる?」
「怒っています」
「怒らないで、マクシミリアン」
ビアンカがそっと私の腕に腕を絡める。そして甘えるようにこちらを見つめた。
うちの妻は、本当に可愛いな。だけどここで甘い顔を見せるわけには……
「お父様。お母様をいじめるのは良くないわ」
ローラが頬を膨らませながら、こちらを責める口調で言った。私は娘にちらりと視線をやると口を開く。
「ローラは、アルフォンス様に他の女が寄って来ても怒りませんか?」
「怒るわ! それって浮気だもの」
……うちの娘は『浮気』なんて言葉をどこで覚えたのだろう。まぁ、それはいい。
「それと同じことです」
「それは許せないわね」
「マクシミリアン、ローラ……」
私とローラのやり取りを聞いて、ビアンカが困ったように眉尻を下げた。
「わたくしには、マクシミリアンだけなのに」
そしてぽつりとそんないじらしいことを言うものだから、私の怒りは長続きしないのだ。
「マクシミリアンさーん!」
背後から大きな声で名前を呼ばれた。続けてバタバタと騒がしく廊下を走る音がする。
この騒々しさベルナデッタだな。あの娘はいつも元気……と言えば聞こえがいいが、要は粗忽なのだ。
駆け寄ってきたベルナデッタを見て、ビアンカは驚いた表情になる。そしてベルナデッタも、ビアンカを目にして目を丸くした。
「あ、もしかして奥様ですか! はじめまして、マクシミリアンさんの同僚のベルナデッタです! わ~お子様も可愛い! お二人にそっくりですねぇ」
「……ベルナデッタ、騒々しいですよ。何の用なのです?」
眉間に皺を寄せながら問うと、彼女は「やばっ」と小さく漏らしてから咳払いをした。
「設計図が一応できたんで、確認をお願いしようかなーって。お昼くらいに差し戻しがあると助かるんですけど」
ベルナデッタはそう言うと紙束をこちらに差し出した。
「思ったよりも早いですね」
「ふふん! 私こう見えても、出来る子なんで。褒めてくださってもいいんですよ」
「……調子に乗るんじゃない。では確認後に連絡しますので」
「はぁい! じゃ、また後で!」
彼女は来た時と同じく、バタバタと騒々しく去って行く。私はその背中をため息をつきながら見送った。
その時、腕に軽い痛みが走った。
そちらを見るとビアンカが私の腕をつねりながら、頬を膨らませている。
「……ビアンカ?」
「若くて、可愛い子ね。そしてマクシミリアンと仲が良さそう」
ビアンカがじっとりとした目でこちらを睨む。
……なんてことだ。貴重なビアンカの焼きもちか。
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