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正しさの奴隷 大橋久美編 その5
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「なあ、長谷川知恵を殺したのは久美さんだろ?」
久美はあっけにとられた顔をしていた。隣で沙月が目に涙を浮かべていた。そのどれも梓馬には意味がなかった。ブレーキはもう壊れている。
「さっき、知恵さんが他殺である根拠に、訴える準備をしてたからだと言ったな。久美さんは知恵さんの家族に、あなたの娘がレイプされたと言ったんじゃないのか?」
「なにを根拠に……」
久美の喉が、唾を落下させる音が聞こえた。
梓馬はわざと、飛躍した事実を告げている。そうして久美の参考書の内容を、書き換える必要があった。
「知恵さんが久美さんを頼った理由が、法学部志望だったから。それを聞いたとき、なぜ無料の法テラスを頼らなかったんだろうと思った。簡単だ、知恵さんは最初から訴える気なんかなかった。自分がどんな目に合ったのか、家族に言いたくなかったからだ」
「知恵も訴えたいって言ってたわ」
「久美さんが親身を装って、そう言わせたんだ。相談だけだったんだろ。最初は訴えることを拒否していたんじゃないのか?」
被害の内容や、家族ではなく友人に相談していた点が、梓馬にそう推測させた。実際、レイプされたことを、公にしたくないという心理は珍しくない。知恵がどう思っていようと、最初は断る可能性が高い。
梓馬の推測は当たっており、久美に強烈な負荷を与えた。
「確かに最初はそう言ってたけど……」
ここで重要なのは、最終的に訴訟を知恵本人の意志で決めたかどうかだ。実際のところはもう確かめようがない。だが梓馬の指摘が当たっているために、久美のなかには自分の責任という可能性が出てきてしまった。それは罪悪感を生成していく。
梓馬はそれを完成させればいい。なぜなら久美は過去に、罪悪感にアプローチを受けて飲酒している。この手法に弱いということだ。
「知恵さんが他殺だという説、それを俺は否定しない。なぜなら、どちらかが確実に殺したからだ」
「ノーマンズクラブに決まってるでしょう。自分たちの罪が暴かれるのを恐れて、知恵を自殺に見せかけて殺したのよ」
久美は怒りを押し殺しながら、冷静に返答した。
「俺は、犯人が久美さんである可能性が高いと思ってる」
「ふざけないでよっ、私じゃないわ」
本来ならば、知恵を殺した人間は三択のはずだった。ノーマンズクラブか、知恵自身か、久美が知恵を殺した。しかし久美自身がすでに、知恵という選択肢を消してしまっている。さらに梓馬もどちらかが殺したと、二択であることを支持している。もう自殺だと逃げることはできない。
「犯人が久美さんじゃないなら、なんでまだ生きてる? 二人で共謀したんだろ。久美さんを生かす理由が、ノーマンズクラブにあるのか?」
梓馬のこの言い分は、久美を完全に追い詰めた。自殺という説がとれない以上、数手先で詰むことになる。
「私はまだ見つかっていないのかもしれない……」
しぶといな――
梓馬は数分前の自分を忘れつつ、説明を促した。慈悲からではない。退路を完全に断つためだ。
「どういう状況ならそれが成立するんだ?」
「例えば、そうね。私と知恵が相談しているところを、ノーマンズクラブが近くで見ていたか、聞いていた可能性があるわ。そのときに障害物や光の加減で、私の顔だけが見えなかったとか」
人間は嘘をつくとき、頭のなかで詳細な映像を作る。久美のこの発言はそれが顕著で、特にひどいのは、ノーマンズクラブ視点の映像で語っているところだ。
梓馬はこれを、そんな馬鹿なと言って一蹴することもできる。だがあえてそうしない。
「もし久美さんの顔が見えていなかったとしても、共謀相手を特定しないまま片方を殺すわけがない」
久美は咄嗟に、いくつかの絵コンテを頭のなかで描いた。まだいくつかのルートは残っている。だが自身の能力が皮肉にも、瞬時にすべて返されることを推測させる。
「そんな……、嘘よ」
「嘘をついているのは久美さんのほうだ。知恵さんに、自分もレイプされたって言わなかったんだからな」
「…………」
久美はなにも言わなかった。
梓馬はそれを肯定だと捉えた。
もし知恵が先にレイプされていたら、久美がのこのこと逆推薦の話を受けにいくわけがない。つまりそれは、久美が自身も被害者である事実を伏せながら、知恵だけに訴訟を起こさせようとしていたことになる。
もはや久美のなかに、罪悪感は完成した。それを正しさで縛れば、自ら奴隷になる。なぜなら久美は自身がレイプされたことを隠すため、自身が提唱した朱里他殺説さえ歪めている。自身の発言の正しさを守ることを、事実よりも優先させてしまうからだ。
梓馬は仕上げにかかった。
「朱里は妊娠していた。俺はその男を探し出して、殺すつもりだ。十中八九、ノーマンズクラブの関係者だろう。敵は同じなんだ。もし知恵さんの敵を討ちたいなら、事実をすべて話してくれ」
ここで梓馬が目的を明かしたのは、すでに通報の心配がなくなっていたからだ。久美は知恵を使って、影からノーマンズクラブを攻撃しようとしていた。それならば今度は、梓馬が知恵の代わりをやると言えばいい。正しさの鎖が機能して、必ず協力するはずだ。
「敵討ち……」
「実際のところ、知恵さんに直接手を下したのはノーマンズクラブだ。あいつらがいなければ、誰も悲しい目に合うことはなかったし、知恵さんも朱里も生きてたはずだ。許していいのか、そんな奴らを。法学部志望だったなら、なにが正しいかを知っているはずだ」
「なにが正しいか……」
「あいつらは人を殺しておいて、法で裁かれずに生きている。報いを受けさせるべきなんだ」
鎖が久美の肢体を締め上げていく。
「そうね……」
その肯定の報酬は、僅かな正当性だけだ。正しさの前に、久美の自由意志は放棄された。
梓馬は命令する。
「なにが起きたのか、すべて話してくれ。そうすれば俺がやる。もし捕まったとしても、久美さんや沙月の名前は絶対に出さない。そんなことをすれば、二人が狙われるとわかっているからな。久美さんだって復讐できたらって思ってただろ?」
大橋久美の能力は、確かに市原梓馬を上回っていた。だがこの場で起きているのは推理合戦ではない。自分の目的をいかに達成するかという交渉合戦だ。その認識の違いが、実力の差を埋めた。
そして、正しさの奴隷は語り始めた。
「名前は鳩池(はといけ)久吾(きゅうご)、もう大学は卒業してる……。どこに就職したかはわからない。その男が私に、逆推薦の枠をくれると言った。悪い話だから迷った。もし普通に受験して失敗したら、親にどんな目に合わされるかわからなかった。でも私は正しい方法で法学部に入ろうと思った。そしたら朱里ちゃんが言ってくれた。本来なら私の成績で枠は取れてたから、逆推薦は私に限っては正当な方法だって。だから私は麻布のクラブにいったの、誰かに聞かれたらまずい話だからって言われて」
久美はそこから、自身の身に起きた出来事を詳細に語り始めた。
アルコールを飲むように強制されたこと。目の前でリンチを見せつけられたこと、自分も知らない男を殴ったということ。そのときに逆らう心を完全に折れてしまったこと。
そして肝心の逆推薦の話になると、鳩池はこのままでは難しいと言った。内部進学ではない外部生は、このクラブに入る権利がないからだそうだ。それの権利を得るためにはファミリーになるしかないと言われる。その条件は、この場にいる全員とセックスをしろということだった。
当然、久美はそれを拒否したが、それは男たちを興奮させるだけだった。
「ずっと上に男がいた、何人も。この時間が終わらないと本気で思ってた」
「…………」
レイプという単語は珍しくもない。海外ドラマでは頻繁に使われているし、梓馬自身もAVでそういうジャンルを見たことがある。そのどれも、興奮を呼ぶ些細なスパイスとしか思っていなかった。だが現実はまるで違う。もう二度と取り戻せない。
殺人が体を殺すなら、レイプは心を殺す。長谷川知恵は心を先に殺されたから、体がその後を追うしかなかった。
「中に出された。顔にもかけられた。嫌でたまらなかったのに、体が受け入れてたの……」
それを聞いて梓馬は、久美がなぜ自分で復讐しかなかったかがわかった。自分さえも自分の敵だったからだ。
そして朱里が同じ目にあってくれていたら、自分への愛情が保証されると考えていたことが、どれだけ馬鹿げたことかを思い知る。
「朱里はそのときなにをしてたの」
意外に冷静な沙月が、本題に入れと促した。
「けっこう前に酔わされて、鳩池久吾が別の部屋で介抱すると言って担いでいった。男が何人かついていったから、そこでレイプされていたと思う」
それを聞いた沙月は誰に謝ることもなく、地面に額をこすりつけた。何度も朱里の名前を呼んでは小石を握り、かと思えば急に立ち上がって歩き回り始め、やがて嘔吐してまた呻き始めた。
久美が話した場景の数々が、朱里の身の上にあったと想像するのは容易い。力で抑えつけられる恐怖、他人に体を自由にされる屈辱、そして濡れている自分への自責。どれか一つでも、魂を殺すことができる。死んだままでは生きられない。
「鳩池久吾は必ず殺す、約束する」
梓馬は団地に切り取られた夜空に言った。その視線の先に朱里の亡霊はいない。
久美は静かに頷いただけだった。
「もう、話すことはなさそうだな」
梓馬はそう言うと、早く一人になりたいと思った。もしいま頭のなかで組みあがっていく推測が、口から出てしまったら……。自分がどうなってしまうかわからない。
梓馬は久美の話を、嘘でもないが本当でもないと思っていた。
久美はあっけにとられた顔をしていた。隣で沙月が目に涙を浮かべていた。そのどれも梓馬には意味がなかった。ブレーキはもう壊れている。
「さっき、知恵さんが他殺である根拠に、訴える準備をしてたからだと言ったな。久美さんは知恵さんの家族に、あなたの娘がレイプされたと言ったんじゃないのか?」
「なにを根拠に……」
久美の喉が、唾を落下させる音が聞こえた。
梓馬はわざと、飛躍した事実を告げている。そうして久美の参考書の内容を、書き換える必要があった。
「知恵さんが久美さんを頼った理由が、法学部志望だったから。それを聞いたとき、なぜ無料の法テラスを頼らなかったんだろうと思った。簡単だ、知恵さんは最初から訴える気なんかなかった。自分がどんな目に合ったのか、家族に言いたくなかったからだ」
「知恵も訴えたいって言ってたわ」
「久美さんが親身を装って、そう言わせたんだ。相談だけだったんだろ。最初は訴えることを拒否していたんじゃないのか?」
被害の内容や、家族ではなく友人に相談していた点が、梓馬にそう推測させた。実際、レイプされたことを、公にしたくないという心理は珍しくない。知恵がどう思っていようと、最初は断る可能性が高い。
梓馬の推測は当たっており、久美に強烈な負荷を与えた。
「確かに最初はそう言ってたけど……」
ここで重要なのは、最終的に訴訟を知恵本人の意志で決めたかどうかだ。実際のところはもう確かめようがない。だが梓馬の指摘が当たっているために、久美のなかには自分の責任という可能性が出てきてしまった。それは罪悪感を生成していく。
梓馬はそれを完成させればいい。なぜなら久美は過去に、罪悪感にアプローチを受けて飲酒している。この手法に弱いということだ。
「知恵さんが他殺だという説、それを俺は否定しない。なぜなら、どちらかが確実に殺したからだ」
「ノーマンズクラブに決まってるでしょう。自分たちの罪が暴かれるのを恐れて、知恵を自殺に見せかけて殺したのよ」
久美は怒りを押し殺しながら、冷静に返答した。
「俺は、犯人が久美さんである可能性が高いと思ってる」
「ふざけないでよっ、私じゃないわ」
本来ならば、知恵を殺した人間は三択のはずだった。ノーマンズクラブか、知恵自身か、久美が知恵を殺した。しかし久美自身がすでに、知恵という選択肢を消してしまっている。さらに梓馬もどちらかが殺したと、二択であることを支持している。もう自殺だと逃げることはできない。
「犯人が久美さんじゃないなら、なんでまだ生きてる? 二人で共謀したんだろ。久美さんを生かす理由が、ノーマンズクラブにあるのか?」
梓馬のこの言い分は、久美を完全に追い詰めた。自殺という説がとれない以上、数手先で詰むことになる。
「私はまだ見つかっていないのかもしれない……」
しぶといな――
梓馬は数分前の自分を忘れつつ、説明を促した。慈悲からではない。退路を完全に断つためだ。
「どういう状況ならそれが成立するんだ?」
「例えば、そうね。私と知恵が相談しているところを、ノーマンズクラブが近くで見ていたか、聞いていた可能性があるわ。そのときに障害物や光の加減で、私の顔だけが見えなかったとか」
人間は嘘をつくとき、頭のなかで詳細な映像を作る。久美のこの発言はそれが顕著で、特にひどいのは、ノーマンズクラブ視点の映像で語っているところだ。
梓馬はこれを、そんな馬鹿なと言って一蹴することもできる。だがあえてそうしない。
「もし久美さんの顔が見えていなかったとしても、共謀相手を特定しないまま片方を殺すわけがない」
久美は咄嗟に、いくつかの絵コンテを頭のなかで描いた。まだいくつかのルートは残っている。だが自身の能力が皮肉にも、瞬時にすべて返されることを推測させる。
「そんな……、嘘よ」
「嘘をついているのは久美さんのほうだ。知恵さんに、自分もレイプされたって言わなかったんだからな」
「…………」
久美はなにも言わなかった。
梓馬はそれを肯定だと捉えた。
もし知恵が先にレイプされていたら、久美がのこのこと逆推薦の話を受けにいくわけがない。つまりそれは、久美が自身も被害者である事実を伏せながら、知恵だけに訴訟を起こさせようとしていたことになる。
もはや久美のなかに、罪悪感は完成した。それを正しさで縛れば、自ら奴隷になる。なぜなら久美は自身がレイプされたことを隠すため、自身が提唱した朱里他殺説さえ歪めている。自身の発言の正しさを守ることを、事実よりも優先させてしまうからだ。
梓馬は仕上げにかかった。
「朱里は妊娠していた。俺はその男を探し出して、殺すつもりだ。十中八九、ノーマンズクラブの関係者だろう。敵は同じなんだ。もし知恵さんの敵を討ちたいなら、事実をすべて話してくれ」
ここで梓馬が目的を明かしたのは、すでに通報の心配がなくなっていたからだ。久美は知恵を使って、影からノーマンズクラブを攻撃しようとしていた。それならば今度は、梓馬が知恵の代わりをやると言えばいい。正しさの鎖が機能して、必ず協力するはずだ。
「敵討ち……」
「実際のところ、知恵さんに直接手を下したのはノーマンズクラブだ。あいつらがいなければ、誰も悲しい目に合うことはなかったし、知恵さんも朱里も生きてたはずだ。許していいのか、そんな奴らを。法学部志望だったなら、なにが正しいかを知っているはずだ」
「なにが正しいか……」
「あいつらは人を殺しておいて、法で裁かれずに生きている。報いを受けさせるべきなんだ」
鎖が久美の肢体を締め上げていく。
「そうね……」
その肯定の報酬は、僅かな正当性だけだ。正しさの前に、久美の自由意志は放棄された。
梓馬は命令する。
「なにが起きたのか、すべて話してくれ。そうすれば俺がやる。もし捕まったとしても、久美さんや沙月の名前は絶対に出さない。そんなことをすれば、二人が狙われるとわかっているからな。久美さんだって復讐できたらって思ってただろ?」
大橋久美の能力は、確かに市原梓馬を上回っていた。だがこの場で起きているのは推理合戦ではない。自分の目的をいかに達成するかという交渉合戦だ。その認識の違いが、実力の差を埋めた。
そして、正しさの奴隷は語り始めた。
「名前は鳩池(はといけ)久吾(きゅうご)、もう大学は卒業してる……。どこに就職したかはわからない。その男が私に、逆推薦の枠をくれると言った。悪い話だから迷った。もし普通に受験して失敗したら、親にどんな目に合わされるかわからなかった。でも私は正しい方法で法学部に入ろうと思った。そしたら朱里ちゃんが言ってくれた。本来なら私の成績で枠は取れてたから、逆推薦は私に限っては正当な方法だって。だから私は麻布のクラブにいったの、誰かに聞かれたらまずい話だからって言われて」
久美はそこから、自身の身に起きた出来事を詳細に語り始めた。
アルコールを飲むように強制されたこと。目の前でリンチを見せつけられたこと、自分も知らない男を殴ったということ。そのときに逆らう心を完全に折れてしまったこと。
そして肝心の逆推薦の話になると、鳩池はこのままでは難しいと言った。内部進学ではない外部生は、このクラブに入る権利がないからだそうだ。それの権利を得るためにはファミリーになるしかないと言われる。その条件は、この場にいる全員とセックスをしろということだった。
当然、久美はそれを拒否したが、それは男たちを興奮させるだけだった。
「ずっと上に男がいた、何人も。この時間が終わらないと本気で思ってた」
「…………」
レイプという単語は珍しくもない。海外ドラマでは頻繁に使われているし、梓馬自身もAVでそういうジャンルを見たことがある。そのどれも、興奮を呼ぶ些細なスパイスとしか思っていなかった。だが現実はまるで違う。もう二度と取り戻せない。
殺人が体を殺すなら、レイプは心を殺す。長谷川知恵は心を先に殺されたから、体がその後を追うしかなかった。
「中に出された。顔にもかけられた。嫌でたまらなかったのに、体が受け入れてたの……」
それを聞いて梓馬は、久美がなぜ自分で復讐しかなかったかがわかった。自分さえも自分の敵だったからだ。
そして朱里が同じ目にあってくれていたら、自分への愛情が保証されると考えていたことが、どれだけ馬鹿げたことかを思い知る。
「朱里はそのときなにをしてたの」
意外に冷静な沙月が、本題に入れと促した。
「けっこう前に酔わされて、鳩池久吾が別の部屋で介抱すると言って担いでいった。男が何人かついていったから、そこでレイプされていたと思う」
それを聞いた沙月は誰に謝ることもなく、地面に額をこすりつけた。何度も朱里の名前を呼んでは小石を握り、かと思えば急に立ち上がって歩き回り始め、やがて嘔吐してまた呻き始めた。
久美が話した場景の数々が、朱里の身の上にあったと想像するのは容易い。力で抑えつけられる恐怖、他人に体を自由にされる屈辱、そして濡れている自分への自責。どれか一つでも、魂を殺すことができる。死んだままでは生きられない。
「鳩池久吾は必ず殺す、約束する」
梓馬は団地に切り取られた夜空に言った。その視線の先に朱里の亡霊はいない。
久美は静かに頷いただけだった。
「もう、話すことはなさそうだな」
梓馬はそう言うと、早く一人になりたいと思った。もしいま頭のなかで組みあがっていく推測が、口から出てしまったら……。自分がどうなってしまうかわからない。
梓馬は久美の話を、嘘でもないが本当でもないと思っていた。
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