研究者達が異世界に流れ着きました(仮)

ティエン・スカーレ

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津波

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 膠着した戦況。前線での果てし無い睨み合いと、時折思い出したかのように繰り返される小競り合い。 
思い返せば、前線に立つ兵士の殆どが物心つく前から・・・・、否、生まれる前から、 
既に戦争が日常の中に組み込まれているように。 
実際、此処に居る者の中には戦争の無い状態を知らない者も多い。 
「良く・・・・、続く物だな」 
 元々は神殿であったはずの出城の城壁の上から、点々と微かな夜光虫の光を放つ暗い海を眺める。 
良く晴れた夜空には、乳を流したような星の河が流れている。 
 遥か彼方に、敵が船上に灯す明かりが浮かぶ他は、特に異常は見当たらない。 
間断無い海からの夜襲を警戒していたのは、もう随分と昔の事だ。 
 吹き抜ける潮風の中に、城の中庭に沸く『砂油』の独特の臭いが混じっている。 
此処に配属された当初は強烈な臭気に随分と悩まされた物だが、 
今では大分慣れてきた。 
「それにしても、だ・・・・」 
 思考を口にしてしまっている事に気付き、顔を顰める。 
独り言の癖まで、育ての親に似たくは無い。 
例え、選んだ道が寸分の違いも無く同じであったとしても。 

 海洋とそれに浮かぶ群島を棲家とし、漁労と交易で生計を立てていたはずの彼らが、 
何故急に、大陸に対して野心を抱いたのか。それは今もって謎のままである。 
確実に言える事は、我らとて、易々とこの地を明け渡す訳には行かないと言う事、唯一つ。
 戦争が始まった当初は、誰もが直に終わるものと・・・・。 
相手方の勝利で、あっさりと決着が付く物だろうと思われた。 
我が国は、大地母神を信奉し、その教団が国家の中枢まで根深く浸透しているのだから。 
 近隣諸国の殆どが、まさか我が国そのものでもある教団には、 
侵略を食い止めるだけの武力がある筈も無いと考えていた。 
それどころか、国民の殆ど、信者の大半がそう考えていた。 
 そう思われていた事実が、陸上の戦いを不得手とする海洋民族に我が国への侵略を決意させたのだろう。 
海洋に面し港に適した湾を多く持ち、尚且つ陸路の要所でもあるこの国の地理条件も、 
侵略を強く後押ししただろうが。 

「舐められたもんだな、全くよ」 
 だが、未だに戦争は続いている。 
始まった時は、ほんの赤子でしかなかった自分が、こうして一部隊を任されるようになるまで。 

「母が戦うのは、子を守る為だ」 
 そう言ったのは、教主である母だったか。それとも現在軍を掌握している伯母だったか。 
双子として生を受けたこの二人は、呆れるほど良く似ている。 
「獅子は、雌が戦うものです」 
 そう言ったのも国の中核を為すこの二人のどちらだったか。確かに、母神の従えるとされる獣は獅子だ。 
代々の教主は必ず端近に獅子を置いているし、なにより聖印自体がその牙と爪を模っている。 
 ・・・・だが、何も人である教主一族がその性質をなぞる事は無いではないか。 

 冷たい夜の潮風が、最近生え始めた産毛のような髭をそよがせるのを感じる。 
「・・・・今日は、とっとと寝るか・・・・」 
 ・・・・すっかり癖になってしまったらしい独り言を呟きながら、城砦内に戻ろうとする。

 そんな青年の足を止めさせたのは、幼い頃から聞きなれた独特の風切音と、 
わざと羽を打ち鳴らす音だった。 
 海上の方から、篝火を受けて光を弾く何かが近づいてくる。 
ただの鳥ではない。ただの鳥であれば、あれほどの速度は出せまい。 
何らかの魔法的な強化が施されていない限りは。 
 普通の虫や鳥よりも遥かに大きい人間並みの大きさの体と、 
それを宙に浮かせるのに充分なほどの長大な羽を器用に操り、 
レンガ組みの城壁の上に降り立つ。そして開口一番。 
「急いで全員叩き起こせ!」 
 流暢に人間の言葉を操る。白く光を反射する羽は夜でもはっきり視認出来ると言うのに、 
また単独で偵察行に出ていたらしい。何時に無く慌てているようだ。 
いつもの上辺だけバカ丁寧な台詞回しでは無く、下々のような乱暴な言葉遣い。 
「奴ら、とんでもない物呼び出そうとしてやがる!」 
 それだけ言うと、足元のレンガを強く蹴り、再び空に舞い上がる。 
何事かと目を剥く当番兵を押しやり、激しく鐘を打ち鳴らした。 
「また立場も考えず単独行か? 一体何があったん・・・・」 
「のんびりしている暇は無い! 此処は放棄するぞ!」 
 青年の問いかけを途中で強引に遮って、俄かに騒がしくなった中庭に下りる育ての親である伯母。 
「海と空を見ろ!」 
 ただ一言、それだけを告げて。

「何だって言う・・・・」
 呟きながら海原に目を向けると、急速に引いていく潮と、取り残されて足掻く魚が、海底の岩肌に傷付けられて血を流しているのが目に入った。潮の臭いの中に、僅かに生臭い、血の臭いが混じる。
「とっとと逃げろ! 昔みたいに運んで欲しいのか!」
 呆然とあらわになった海底を見つめる青年に、慌しく舞い戻った伯母が叱咤の声をかける。その声に我に返った青年が、再び地上に降りようとする伯母の、胴体にくくり付けられた小さな雑嚢を掴む。
「だから、一体何があったって言うんだ?」
「くけ」
 勢いをつけて飛び立とうとしていた所を後ろから止められ伯母は、息が詰まったらしく奇妙な音を立てる。作りのせいで大して表情の変わらないはずの顔に、ありありと迷惑そうな表情が浮かんでいる。
「殺す気か!」
 頭のてっぺんに生えた感覚器を揺らして詰め寄ってくる伯母に、状況を良く掴み切れていない青年が問いかける。いらいらと地面を掻くかぎ爪の跡は、感情を隠そうともしていない。

「だから、一体どうしたって言うんだよ?! あと、服着ろ、服!」
「見りゃ判るだろ・・・・って。おい、お前いくつだっけ?」
 問い返しながらも、背負ったままの雑嚢から一枚の布と数本の紐を取り出し、器用に衣服の体裁を整える。
 急に話を変えられ、相手の意図がつかめないままに、それでも右の小指の先を同じ手の親指で触れ、示す青年。その動作に、伯母はため息をついて天を仰いだ。
「あーあーあー、そ~れじゃ判んないか。もうこれ位前だからな」
 そう答えながら伯母自身も、羽の下から隠れるように生えた細い二の腕に触れる。ほぼ同時に響き始めた、不気味な唸りに耳を澄ませる。

「のんびり説明する暇は無いな。ちょっと失礼」
 ほんの数瞬の逡巡の後。それだけ言った伯母は、素早く青年の腰を捕まえ、駆け寄る勢いのままに宙へと身を躍らせる。さすがに青年の体重を支えきる事は無理なのか、最後の数メートルで手を離してしまったが。
 放り出された青年が抗議の声を上げるより先に、伯母は中庭に居る兵士の一人から火の付いた松明を奪い取る。そして・・・・。
「おい! 一体何を」
 何事かを唱えながら、中庭の中央・・・・『砂油』の鉱床へ、手にした松明を放り込んだ。中々火が着き難いはずの『砂油』が、一気に大量の黒煙と僅かな炎を上げて燃え始める。
「言ったでしょう? 『此処は放棄する』と」
 周囲の者達の目を気にしてか、常の、癪に障るような厭味ったらしい口調に戻った伯母が、事も無げに答える。術士特有の、額の目が炎の照り返しを受けて怪しげな光を放った。
「烽火代わりにちょうど良いですからね。一応、本殿詰めの術士達には連絡しておきましたが・・・・、いかんせん、術士の言はあまり信用されないですから」
 自身も術士の一員でありながら、伯母はそんな事を口にする。そして、大きく息を吸い込み・・・・。
「全軍、退却! 命惜しくば、港まで走れ!」
 そう叫ぶと、青年を促して自分自身も走り始める。・・・・常日頃から、空を飛ぶ事に慣れた足で。

 当然の事ながら、港までの距離の半分も行かないうちに、我先に逃げ出す兵達に大きく間を開けられる。息一つ乱さずに併走する青年が、呆れたような声をかける。
「あのさ、おばさん」
「そう呼ぶなって! ・・・・何?」
 おばさん呼ばわりされて憮然と返す返答は、此処まで流暢に返せたわけではないが。辛うじて口に出せた音を繋げると、大体こんな感じになる。
「じゃあ、風早。飛べば?」
「お前こそ、先に行けば良い」
 一枚の布を体に巻きつけ、あちこちを紐で留めただけの姿で言い返す風早。みっしりと生え揃った毛のおかげで、それだけの姿でも特に不都合は感じないらしい。
「で、何が来るって?」
 答えをあまり期待しては居ないが、青年はとりあえず聞いてみる。しかし、風早は苦しそうにあえぎながらも返答を口にした。
「津波・・・・、と言っても敵方の術士の名じゃ無いけど」
 術士達は、大抵『真語』と呼ばれる表意文字で自ら名をつける。それは大抵、自然界の事物を示す言葉でもあるのだが・・・・。
「『母の寝返り』も何も無かっただろ?」
 自然現象としての津波は、『母の寝返り』・・・・地震によって引き起こされる。だが、その様な物は無かった。
「そりゃ、人為的に起こされたものだからな」
 冷静に返す風早。息切れさえ起こしていなければ、むしろ泰然とした口調であっただろう。
「説明の方は後でする。・・・・出来たらな」

走りながらしきりに胸元や首周りに手をやる。時折つるつる滑る海底の岩に足を取られながらも、走り続ける。
「自分で、『命惜しくば』なんて言っていて、それかよ・・・・」
 呟いた青年の目の前に、透き通った物が放り投げられる。反射的に青年が手を伸ばすと、星明りを映してきらめくそれが、すとんと手の中に納まった。
 楕円に磨いた『母の涙』に血色の石で象嵌された爪と牙の聖印。風早が常に胸に提げていた物。
「それ、頼むな」
 そう言って、風早は港の手前で足を止める。勢いが付いていた青年は、止まりきれずに数メートル進んだ。
「おい!」
「神殿へ行って、術士を全員叩き起こしておけ!」
 それだけ言うと、風早は背後の方に向き直り、津波との距離を確かめる。

「さて、と」
 風早は、辺りに人影が残っていない事を確認すると、深呼吸を繰り返す。
「止められればそれで良し、止められなかったら・・・・」
 続きはあえて口にしない。額にある『目』に意識を集中させる。迫り来る海水の、圧倒的な質量。
「ま、やるだけやってみましょうかね」
 そう呟きながら、雑嚢から小ぶりのナイフを取り出し、鞘を払う。『母の涙』を自らの手で削り出し、研ぎ上げた逸品だ。
「これ、結構痛いんだよなぁ」
 感覚器を垂らした、ちょっと情けない表情で天を仰ぐ。一回瞑目した後、覚悟を決めたようにナイフを握りなおした。
素早く二度、透き通った刃を閃かせて、腕に通る血脈に沿って切り開く。溢れ出した透明に近い血が、空気に触れて滴った場所を夜目にも鮮やかに染めた。そして、詠唱。
「古き血の盟約に依りて、供物を捧げん。風よ、集いて我に従え」
 詠唱と共に、滴る血の流れが細くなる。決して出血が止まっているわけではないが。請うように差し伸べられた腕に重圧を感じ、ナイフを落としてそれを支えた。
『供物』として捧げられた物が何処へ消えるのか、風早自身も知らない。だが、効果があるのは経験的に判っている。
僅かに血の色を帯びた風が吹き、迫る水の壁が僅かにその勢いを弱めた。だが、その変化は微々たる物。
「くっ・・・・」
 額の『目』に、重圧を感じる。同じ『目』を持つ術士達の助力と共に。すぐ目の前まで迫って来た津波に、さらに風を集めて対抗する。
 集められた風が、更なる『供物』を求め、体のあちこちから血がしぶく。白い羽が、血を吸ってまだらに染まった。
 『目』が熱い。頭が痛い。血が足りない。・・・・それでも、押さえ切れない。風早は内心歯噛みした。貧血から来る眩暈に膝を突きながらも、更に風を捉えて津波を押さえつけようとする。
 風を集めるのと平行して、『目』を通して接触して来た術士達の精神を取り込み支配する。幼すぎる数名は、丁重に弾き出したが。残った者には限界まで、力を搾り出させる。自らも含めて。
 岬の施設の幾つかが、守りきれずに波に飲まれた。それをはっきりと感じ取りながら、如何する事も出来ない。避難が済んでいる事を祈るばかりだ。

 もう、風を集め始めてからどの位時間が経っただろうか。既に東の空が白々と明るみ始めている。殆どへたり込んだ状態で猶、風早は風を操り続ける。他の術士達が、次々に『焼け切れて』行くのを感じながら。
 徐々に、水圧は収まっていく。後しばらく、持ち堪えればそれで良い。しかし、風早にも、他の術士達にも限界が近い。
 何かが切れる感覚と共に、残っていた最後の術士が『焼け切れた』。
「もう、少し・・・・」
 『目』に燃え上がるような痛みを感じながら、辛うじて持ち堪えたのはほんの数秒。疲労の為か失血の為か。風早自身も意識を失う。
 押さえ付けていた物が無くなった海水の塊が、風早の体を飲み込み海岸に押し寄せる。そして数隻の小船を岸壁に叩きつけ、穏やかに引いていった。
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