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報告会
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モニターの向こうには、温かみのある木の壁とその前に並んだお偉方の面々。対して、此方を向いて据え付けられたテレビカメラからは、寒々とした印象のリノリウムの床に立つ高木二尉の姿が送られているはずだ。
「ではこれより、報告を始めさせていただきます」
突貫作業で運び込んだモニターとビデオカメラの前で、現在判明している事柄の説明を行う。直接顔を会わせる事無く、わざわざそんな手間を掛けたのは、ひとえに現在も隔離を解かれていない為。
報告とは言っても、大して判った事は無いが。むしろ、判らない事の方が圧倒的に多い、という事実を報告する他無い。
『巻貝』が、どうやら地球上の生物とは異なる系統樹上に位置する生物であるらしい事。そして、逆に『手』の持ち主が、どうやら人類に近似した生物であるらしい事。
極論を言ってしまえば、判明した事はこの2点に尽きる。前者の事柄は、『巻貝』が核酸をまったく持っていない事から。後者は、収斂進化と言うだけでは片付けられない、奇妙な類似点からそうと窺い知れた。
もう一つ、『人類に対して悪影響を及ぼす細菌・ウィルスは発見されなかった』との、 非常に幸運な発見もあるが。
「まずは、人を捕食すると思われる『巻貝』から・・・・」
淡々と、感情を交えずに説明を続ける。交戦時に見せた動作、解剖所見。胃内容物の分析に、組織・細胞の標本写真。血液と思しき体液の、成分分析結果。
「済まないが、もう一度今の所を説明してもらえるかね?」
鶴のように痩せた、好々爺と言った風情の老人が、高木二尉の説明を途中で遮る。確か、偶々この県を訪れていた、国の研究機関のえらいさんだと、事前に説明を受けた人物だ。ノーベル賞の候補にも挙がった事のある人物、ではある。生物学・・・・特に生理学の世界的な権威だ。
「『巻貝』の体液中には、血色素を持った血球が2種類、アメーバー様の運動をする血球が3種存在し、血漿中には多数の葉緑体が・・・・」
「随分、多いですな」
データを求める声に、高木は手元のパソコンを操作する。プロジェクターを通してスクリーンに映し出した画面が、細々としたデータリストに切り替わる。
「データの方を見ていただければお解りでしょうが、血球の内2種類は、ヒト赤血球及び白血球であると思われます」
端的に言ってしまえば、犠牲者となった警官とまったく同じ糖タンパクを持っている。白血球のDNA鑑定の結果を待つまでも無く、ほぼ確実にこの警官の物であろう。
「では、このヘム銅を含む血球が本来の?」
この『巻貝』が、どのようなメタボリシスを持っているのか、今だに明らかにはなっていない。しかし、捕食した生物の持つ血球をそのまま流用している公算が高い。
「いえ。胃内部より発見された、未知の生物の血球とほぼ同一であるという分析結果が出ております」
未知の生物・・・・『巻貝』の胃から発見された、ヒトの物に酷似したあの『手』の事だ。つまり、『巻貝』は酸素を運搬する為の色素を持った血球を、自前では用意できない事になる。・・・・もしかしたら、血漿がフルオロカーボン様の、酸素を豊富に溶け込ませることが出来る性質を持っているのかも知れないが。
「続けても宜しいでしょうか?」
高木の言葉に、老人が鷹揚に手を振って促す。
プロジェクターの画面が、2枚の染色標本写真に切り替わった。画面の向こうで、言葉にならないどよめきが上がった。
「『巻貝』及び『手』双方の標本を、酢酸オルセインで染色した物です」
そんな事は、スライドのタイトルとして画面に映し出されている。見れば判る。
酢酸オルセインは、核酸とそれを多く含む核を染め上げる染料だ。生物の細胞核を鮮やかな紫に染め、分裂周期を端的に示す。
「『巻貝』はDNA及びRNAを持っておらず、どのような物質を遺伝子として用いているか不明です」
説明を行う高木の声を聞いているのか居ないのか、画面の向こうは音も無く静まり返っている。先ほどまであった、小声で意見を交わす声も聞こえない。
それはそうだろう。地球上には、『核酸を持たない生物』など、机上の空論・思考実験の中にしか存在しないのだから。それが、生きて動き、あまつさえ人を襲い、喰らう。その衝撃はいかほどであろうか。
「次に、『巻貝』の消化管より発見された生物について、報告させていただきます」
上滑りする高木の声も、ただ虚しい。
「染色体数は46本であり、その内44本が対を成し・・・・」
・・・・誰も、聞いていない。
「最後に、『手』の外観を見ていただきます」
高木のその口上と共に、また画像が切り替わる。あの『手』を、解剖前に角度を変えて撮影した写真が数枚。引きちぎられた断面も、鮮明に映し出されている。その、体毛の長さと小指のつき方を除けば人類の物に酷似した形状と、軟体動物にしか有り得ないとされている青い血液とが、この上も無く鮮明に。
「ではこれより、報告を始めさせていただきます」
突貫作業で運び込んだモニターとビデオカメラの前で、現在判明している事柄の説明を行う。直接顔を会わせる事無く、わざわざそんな手間を掛けたのは、ひとえに現在も隔離を解かれていない為。
報告とは言っても、大して判った事は無いが。むしろ、判らない事の方が圧倒的に多い、という事実を報告する他無い。
『巻貝』が、どうやら地球上の生物とは異なる系統樹上に位置する生物であるらしい事。そして、逆に『手』の持ち主が、どうやら人類に近似した生物であるらしい事。
極論を言ってしまえば、判明した事はこの2点に尽きる。前者の事柄は、『巻貝』が核酸をまったく持っていない事から。後者は、収斂進化と言うだけでは片付けられない、奇妙な類似点からそうと窺い知れた。
もう一つ、『人類に対して悪影響を及ぼす細菌・ウィルスは発見されなかった』との、 非常に幸運な発見もあるが。
「まずは、人を捕食すると思われる『巻貝』から・・・・」
淡々と、感情を交えずに説明を続ける。交戦時に見せた動作、解剖所見。胃内容物の分析に、組織・細胞の標本写真。血液と思しき体液の、成分分析結果。
「済まないが、もう一度今の所を説明してもらえるかね?」
鶴のように痩せた、好々爺と言った風情の老人が、高木二尉の説明を途中で遮る。確か、偶々この県を訪れていた、国の研究機関のえらいさんだと、事前に説明を受けた人物だ。ノーベル賞の候補にも挙がった事のある人物、ではある。生物学・・・・特に生理学の世界的な権威だ。
「『巻貝』の体液中には、血色素を持った血球が2種類、アメーバー様の運動をする血球が3種存在し、血漿中には多数の葉緑体が・・・・」
「随分、多いですな」
データを求める声に、高木は手元のパソコンを操作する。プロジェクターを通してスクリーンに映し出した画面が、細々としたデータリストに切り替わる。
「データの方を見ていただければお解りでしょうが、血球の内2種類は、ヒト赤血球及び白血球であると思われます」
端的に言ってしまえば、犠牲者となった警官とまったく同じ糖タンパクを持っている。白血球のDNA鑑定の結果を待つまでも無く、ほぼ確実にこの警官の物であろう。
「では、このヘム銅を含む血球が本来の?」
この『巻貝』が、どのようなメタボリシスを持っているのか、今だに明らかにはなっていない。しかし、捕食した生物の持つ血球をそのまま流用している公算が高い。
「いえ。胃内部より発見された、未知の生物の血球とほぼ同一であるという分析結果が出ております」
未知の生物・・・・『巻貝』の胃から発見された、ヒトの物に酷似したあの『手』の事だ。つまり、『巻貝』は酸素を運搬する為の色素を持った血球を、自前では用意できない事になる。・・・・もしかしたら、血漿がフルオロカーボン様の、酸素を豊富に溶け込ませることが出来る性質を持っているのかも知れないが。
「続けても宜しいでしょうか?」
高木の言葉に、老人が鷹揚に手を振って促す。
プロジェクターの画面が、2枚の染色標本写真に切り替わった。画面の向こうで、言葉にならないどよめきが上がった。
「『巻貝』及び『手』双方の標本を、酢酸オルセインで染色した物です」
そんな事は、スライドのタイトルとして画面に映し出されている。見れば判る。
酢酸オルセインは、核酸とそれを多く含む核を染め上げる染料だ。生物の細胞核を鮮やかな紫に染め、分裂周期を端的に示す。
「『巻貝』はDNA及びRNAを持っておらず、どのような物質を遺伝子として用いているか不明です」
説明を行う高木の声を聞いているのか居ないのか、画面の向こうは音も無く静まり返っている。先ほどまであった、小声で意見を交わす声も聞こえない。
それはそうだろう。地球上には、『核酸を持たない生物』など、机上の空論・思考実験の中にしか存在しないのだから。それが、生きて動き、あまつさえ人を襲い、喰らう。その衝撃はいかほどであろうか。
「次に、『巻貝』の消化管より発見された生物について、報告させていただきます」
上滑りする高木の声も、ただ虚しい。
「染色体数は46本であり、その内44本が対を成し・・・・」
・・・・誰も、聞いていない。
「最後に、『手』の外観を見ていただきます」
高木のその口上と共に、また画像が切り替わる。あの『手』を、解剖前に角度を変えて撮影した写真が数枚。引きちぎられた断面も、鮮明に映し出されている。その、体毛の長さと小指のつき方を除けば人類の物に酷似した形状と、軟体動物にしか有り得ないとされている青い血液とが、この上も無く鮮明に。
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