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01: サブスペース
しおりを挟む五限が終わった大学のキャンパスは、校舎の窓から漏れ出す蛍光灯の光で満たされていた。
きっと秋の学園祭が近いからだろう。放課後、遅くまで残って準備をする学生たちに心の中で「お疲れ様」と言いながら、将暉は大学の門を潜った。
ほんの一ヶ月前の夏休みの間、十九時といえばまだ薄ら明るかったのに、秋学期が始まってからどんどんと日は短くなり、今では十八時を過ぎれば空はすっかり暗くなる。全身セット三万円で買った将暉のペラペラのリクルートスーツでは少々肌寒かった。
腕時計を確認すると時刻は二十時前で、約束の時間には問題なく間に合いそうだ。将暉は足早にキャンパスを進んでいくと、体育館に併設されているダンススタジオの扉を静かに開けた。
一面鏡張りのダンススタジオでは、ダンス部の部員たちが疲れ切った様子で床に寝転がったり、汗を拭いたり、水分補給をしている。ちょうど踊り終わったばかりだったのか、部屋は熱気に満ちていて外とは気温が違った。
入り口に立って目当ての人物を探していると、ダンス部の部員の一人が将暉に気づいて声を上げる。
「あ、将暉さんだ。大翔せんぱーい! 彼氏さんが迎えに来ましたよ」
スタジオ中に響く迎えの知らせに、部屋の角でビクリと肩を跳ねさせる背中があった。艶やかな金髪の隙間から覗く耳まで赤くなっている。練習終わりに迎えに行くと前もって伝えていたのに、本当に来るとは思っていなかったらしい。
振り向いた大翔は恥ずかしさを隠すようにずんずんと勢いよく入り口まで来ると、将暉の到着を高らかに告げた後輩の新汰の頭を背伸びしながら小突いた。
「いたっ。将暉さんが来たって教えてあげただけなのに、殴らなくたって」
「だからって、そんな大声で言う必要はないだろうが」
大翔は自分より身長の高い新汰の首に腕を回し、こめかみにぐりぐりと拳をねじ込んでいる。
ダンス部の一学年後輩の新汰と大翔は普段から仲が良い。大翔のことだから当然手加減はしているのだろうが、「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」と将暉は一応止めに入った。
「はぁ、助かったぁ」
大翔から解放された新汰は両膝に手をついて大袈裟に息を整える。そんな新汰にまた噛みつこうとする大翔を片腕で抱いて宥めながら、将暉はこんな風にしか照れを隠せない大翔を心の底から愛おしいと思った。いわゆるツンデレというやつだ。
「あれ? 大翔、髪伸びた?」
ふと、気になり訊ねる。将暉の知らぬ間に大翔の前髪は目にかかるほど伸び、いつも綺麗に染めている金髪の根本には、最後に会った時よりも黒色が増えていた。
「最近忙しくて、髪切り行く暇なくて……」
そう漏らした大翔は、伸びた前髪の毛先を指先でくるくると弄った。
大翔と同じく将暉も最近は忙しくしており、大翔と会うのも実に一週間ぶりだった。短期の企業インターンに参加するために今日の日中まで県外に滞在しており、それが終わり東京に帰ってきてから一直線で大切なパートナーのもとへ会いに来た。
「その髪も似合ってるよ」
一週間ぶりだからなど関係なく、大翔は本当にどんな髪型も似合う。すっと通った鼻筋に大きなアーモンドアイが映えて、この整った顔立ちとダンスで培った均整の取れたスタイル。似合わないはずがない。
「そ、そう?」
将暉の褒め言葉に大翔はキョトンとしていて、自覚がないようだ。本気だよ、の意味を込めて大翔の頭を撫でると、横にいた新汰があからさまに目を細める。
「あのー、惚気けるのは家でやってもらっていいですか?」
「ごめん、ごめん」
ここが公共の場だということをついうっかり忘れそうになって、将暉は咄嗟に謝った。
その隙に大翔は将暉の腕からするりと抜けると、「支度してくる」と言って新汰のさらなる追及をかわす。
部屋の端で溢れかえる荷物を鞄にかき集め、他のダンス部員に挨拶をしている大翔を遠目に見ていると、隣の新汰がニヤニヤと笑った。
「スーツの将暉さん、何気に初めて見ました。カッコイイっす」
天井から床まであるスタジオの大きな鏡には、連日のインターンで随分くたびれたスーツに身を包む自分が映っている。朝にきちんとセットした髪もところどころ元の癖毛が出始めていたが、幸いにもジムに通って鍛えた筋肉が不格好さを軽減してくれていた。
「ハハ、ありがとう」
将暉が謙遜して笑うとタレ目がさらに細くなる。
お世辞でも将暉を褒めてくれた新汰も、スラリと手足が長く小顔でモデルみたいだ。
「インターン行ってたんでしたっけ? 俺も三年になったら、そういうのやった方がいいんですかね?」
「そうだね。僕の周りも三年からインターン始めるって人が多いかな」
「やっぱ、そうなんですね。インターンって具体的にどんなことするんすか?」
「インターンって一口に言っても、色々あって……」
かわいい後輩の質問にいくつか答えながら、将暉は大翔の支度が終わるのを待った。
程なくして動きやすいダンスウェアの上にオーバーサイズのウインドブレーカーを羽織った大翔が近づいてきて、無言で将暉に合図を送ってくる。
「準備できた? じゃあ、行こうか」
こくりと頷く大翔を連れてダンススタジオを後にすると、周囲に人の目がないことを確認してからさりげなく大翔の手を握った。
「晩ご飯、何か食べたいのある? もう遅いし、どっかで食べて帰ろう」
大翔との久々の食事、少し奮発してもいい。
「肉がいい」と真っ白な歯を見せた大翔は、今度はわざとらしく誤魔化したりせず、将暉に手を握らさせてくれた。
ステーキレストランで食事をしたあとは、将暉が一人暮らしをする1LKのアパートに大翔を連れて帰ってきた。
互いに素早くシャワーを浴び終えると、将暉は薄暗くした部屋のベッドに座って簡単なコマンドを出す。
「おいで」
ちょっと前までツンケンしていた大翔が、素直に従って将暉の腕の中にすっぽりと収まる。
一週間も離れると相当ストレスが溜まっているのではないかと心配していたが、この様子だと思ったよりケアは必要なさそうだ。
「いいこ」
すかさずDOMのトーンを使って褒めると、大翔は額を将暉の胸に押し当てながらその快感に浸っているようだった。幸せという気持ちが、将暉の中まで流れこんでくる。
この世には男女の性の他に“DOM”と“SUB”という第二の性があり、それぞれ“支配したい”、“支配されたい”という強い欲求を持っている。思春期を境に発現するその欲求は、“プレイ”などで定期的に解消しないと欲求不満に陥って体調を崩してしまうこともあり、生涯慎重に付き合っていかなければならない。
DOMの将暉とSUBの大翔は、互いの欲求を満たすためのパートナーとして、そしてかけがえのない恋人として付き合い始めてもう二年近くなる。出会って間もない頃はぎこちなかったものの、今ではこんなに信頼してくれるようになり、無条件に身を預けてくれて、嬉しいことこの上ない。
将暉はそっと大翔の服を脱がすと、じっくり、ゆっくり、まるで二人の体の境界線がなくなるぐらいに、大翔の全身をくまなく愛していった。
世の中にはもっと過激な独占欲や加虐性を持つDOMもいるらしいが、一番大切なものを全身全霊で守り、惜しみなく愛を注いで信頼を得たい。それが将暉の持つ元来からのDOM性だ。
負担をかけないために丁寧に解した大翔の蕾の中に硬くなった将暉の分身がゆるりと挿っていく。良いところを狙って何度か突くと、将暉の下で大翔はパチパチと泡が弾けるように瞬いて、四肢の先を震わせた。
一見、焦点が合わずに朦朧しているようにも見えるが、将暉にはわかる。大翔が将暉に全意識を預け、サブスペースに入っているのがひしひしと伝わってくる。
「イっていいよ」
将暉のコマンドとほとんど同時に大翔はぎゅっと目を瞑り、昂ったモノからビクンビクンと精を吐き出した。続いて将暉も大翔の中で果てると、大翔は疲れていたのかそのまま満足した表情で眠りに落ちた。
かわいらしい寝顔を見つめながら、将暉は汗でへばりついた大翔の髪をそっと梳かす。
いつの間にか伸びていた柔らかい金髪、生え際、魅惑的なうなじ。
「ん?」
視線の先、大翔のうなじに小指の爪の大きさほどの小さな薄茶色の痕を見つけた。痣ではない。至近距離でなければきっと気づけなかっただろう。
将暉は朧げになりつつある記憶を遡った。
こんなところにキスマークなんて残していただろうか——
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