あなたの瞳に映る花火 〜異世界恋愛短編集〜

宝月 蓮

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あの日の言葉

後編

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「いや、ちょっと待ってください! 僕がヴァレンシュタイン嬢の婚約者!?」
 驚きのあまりムーンストーンの目を大きく見開くヴェルナー。
「そうよ」
 ふふっと微笑むフィリーネ。
「その。貴族の結婚は家同士のメリットが必要。僕自身も、グーテンポーフ伯爵家もヴァレンシュタイン公爵家に差し出せるものはありませんが」
 ヴェルナーはこれでもかという程混乱して慌てている。
「ヴェルナー様、貴方の知識には価値があるわ。現段階でそれでは駄目かしら?」
 小首を傾げるフィリーネ。
 
 その表情は十六歳とは思えないほど妖艶で、男なら誰もが魅了されそうな程。
 
(そんな表情で見つめられたら……)
 思わず赤面するヴェルナー。
「ねえ、ヴェルナー様?」
 妖艶で小悪魔のような表情のフィリーネだ。
「……謹んでお受けいたします」
 ヴェルナーはただ頷くことしか出来なかった。
「ならば決まりね。婚約者になるのだから、わたくしのことはフィリーネと呼んでちょうだい」
 フィリーネはふふっと茶目っ気たっぷりの表情だ。
「……フィリーネ嬢」
 ヴェルナーが恐る恐るフィリーネの名前を呼ぶと、彼女は満足そうに口角を上げた。
「ですがヴァレ……フィリーネ嬢、もしも僕が不要になったら直ちに婚約を解消してくださいね」
 ヴェルナーはそう言い、逃げ道を作る。
「解消するなんてことはあるかしら? とにかく、近々グーテンポーフ伯爵家に訪問するわね」
 フィリーネは悪戯っぽく微笑むだけだった。





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 数日後。
「ということで、わたくしはヴェルナー様と婚約者いたしますわ」
 品の良い淑女の笑みのフィリーネ。
 グーテンポーフ伯爵家の者達は驚愕していた。

 この日、フィリーネがヴェルナーとの婚約の為、グーテンポーフ伯爵家の王都の屋敷タウンハウスにやって来たのだ。

「お待ちください、ヴァレンシュタイン嬢。どうしてヴェルナーなのです? グーテンポーフ伯爵家との縁なら次男の俺でも良いはずです。こんな卑しい血が流れる奴じゃなくても」
 まずモーリッツが抗議の声を上げた。
「あら、このわたくしに文句があるのね」
「いえ、その……」
 フィリーネは品の良い笑みを崩さないが、どこか圧があった。
わたくしはヴェルナー様が良いの。この条件を飲まなければ、グーテンポーフ伯爵家とは今後一切取り引きをしないわ」
 フィリーネからそう言われたグーテンポーフ伯爵家の者達は何も言えなくなる。
 ヘルベルト、モーリッツ、ローラレイはただ悔しそうにヴェルナーを睨むことしか出来ない。
(僕を虐げていたグーテンポーフ伯爵家の者達はこんなに小さな存在だったのか……)
 ヴェルナーは今まで自分を押し殺して生活していたことが馬鹿馬鹿しくなっていた。
「さあヴェルナー様、話がまとまったわ。早速今すぐ拠点をヴァレンシュタイン公爵家の王都の屋敷タウンハウスに移しましょう」
 ヴェルナーはフィリーネに連れられ、グーテンポーフ伯爵家から出るのであった。

 ヴェルナーとフィリーネの婚約が知れ渡ると社交界にも激震が走った。
「ヴァレンシュタイン嬢、筆頭公爵家の後継ぎであられる貴女が何故なぜそんな卑しい庶子を……?」
「そのような人間、フィリーネ嬢に相応しくありません」
 社交界では当然ながらヴェルナーとフィリーネの婚約に文句のある者達ばかり。
 しかしフィリーネがそれを黙らせる。
「あら、わたくしの夫になる方に文句を言うのですね。ならば貴方達の家との取り引きは打ち切るわ。その覚悟があるのでしょう? ヴァレンシュタイン公爵家との取り引きがなくても生き残れると思っているのね」
 フィリーネはどこか黒い笑みで有無を言わせぬ様子だ。
 ヴェルナーを蔑んでいた者達はただ悔しそうな表情でヴェルナーを睨むことしか出来なくなる。
(僕はこんなくだらない奴らに認められようと頑張っていたとは)
 ヴェルナーは自身を蔑んでいた貴族達に冷たい目を向けていた。

 フィリーネと婚約したことにより、ヴェルナーの立ち位置は大きく変わったのである。





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 ヴェルナーがヴァレンシュタイン公爵家の王都の屋敷タウンハウスに拠点を移してしばらくした頃。
(いずれ僕は婚約解消される可能性もあるけれど、せめてフィリーネ嬢には恩返しがしたい……)
 ヴェルナーはフィリーネに助けられてばかりいることに申し訳なさを感じ、何か出来ることはないか考え始めた。
 そこで思い付いたのが、小麦栽培により適した肥料の開発。
 ヴェルナーは寝る間も惜しみ、肥料の開発をするのであった。

 しかし無理が祟り、ヴェルナーは熱で寝込んでしまった。





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 ヴェルナーは夢を見た。
 それは幼い頃の出来事の話。
 ヴェルナーが七歳の時のこと。
 街で迷っていた少女を見つけた。
 栗毛色の髪で、上質なドレスを着た、ヴェルナーと同い年くらいの少女。恐らく貴族だろう。
「君、どうしたの?」
 ヴェルナーは恐る恐る少女に声をかける。
「道に迷ってしまったの。街のことを知りたくて一人でお屋敷から出て来たのだけれど……。一人で出て来たから一人で頑張って帰らないといけないのに……」
 少女は涙を零す。
「街のことなら多分僕の方が知っているよ」
 そんな少女にヴェルナーは右手を差し出した。
「一人で頑張ろうとしないで僕を頼って」
 ヴェルナーが優しく微笑むと、少女はゆっくりとヴェルナーの手を取った。






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(夢……。随分と懐かしい夢だったな……)
 ヴェルナーはぼんやりと目を覚ました。
「あら、ようやくお目覚めね。良かったわ」
 すぐ側から、上品で耳心地の良い声が聞こえた。フィリーネである。
「フィリーネ嬢……」
 どうやらフィリーネが看病してくれていたようだ。
「すみません、ありがとうございます」
 ヴェルナーはまだ本調子ではなく、やや掠れた声だ。
「ヴェルナー様、一人で頑張り過ぎですわ」
 フィリーネは困ったように微笑んだ。
「そう……かもしれませんね。ただ、フィリーネ嬢の為に頑張りたかったのですが、色々と難しくて……」
 ヴェルナーは力なく笑う。
わたくしの為に動いてくれるのは嬉しいですが……全く、貴方というお方は」
 やや呆れたようにため息をつくフィリーネ。
(あれ……?)
 
 一瞬、フィリーネが夢に出て来た少女の姿と重なった。
 
「ヴェルナー様は昔のわたくしに『一人で頑張ろうとしないで僕を頼って』と仰っていたのに」
 フィリーネの言葉を聞き、ヴェルナーはムーンストーンの目を大きく見開いた。
「まさかあの時僕が助けたのは……!」
わたくしですわ」
 フィリーネはクスッと笑う。
 先程夢に登場した少女、ヴェルナーがかつて助けた少女はフィリーネだったのだ。
「でも髪色が……」

 ヴェルナーが助けた少女は栗毛色の髪。一方フィリーネは星の光に染まったようなアッシュブロンドの髪。髪色が明らかに違う。

「あの時のわたくしはかつらを着用しておりましたのよ。この髪の色にこの目の色だと、王家と繋がりがあることが分かってしまいますもの」
 フィリーネは王家出身の祖母に似て髪色と目の色が先祖返りであるのだ。
「言われてみれば……」
 ヴェルナーは納得した。
わたくし、あの時からずっとヴェルナー様のことを忘れたことがなかったの。だから、社交界で右手に特徴的な火傷の跡がある貴方を見つけた時、本当に嬉しかったのよ。だって貴方はわたくしの初恋だもの。貴方を好きだという気持ちは、今も変わらないわ」
 フィリーネは頬を赤くし、ヴェルナーの右手をそっと握る。
「フィリーネ嬢……」

 フィリーネの真っ直ぐな想いに心臓が跳ねるヴェルナー。

「今度はわたくしの番ね。ヴェルナー様、今まで貴方は一人で頑張って来たわ。だけど、何でも一人でやろうとするのは駄目よ。大変な時は、わたくしを頼ってちょうだい」
 かつてヴェルナーがフィリーネに贈った言葉である。
 フィリーネのタンザナイトの目は、真っ直ぐヴェルナーを見つめていた。
「フィリーネ嬢には敵いませんね」
 ヴェルナーは困ったように笑う。
「フィリーネ嬢、少しだけ、手を貸してください」
 ムーンストーンの目は真っ直ぐフィリーネを見つめている。
 するとフィリーネは満足そうに表情を綻ばせる。
「ええ、喜んで」
「ありがとうございます、フィリーネ嬢。それと、フィリーネ嬢も僕を頼ってください。僕だって、愛する女性の力になりたいですから」
 ヴェルナーは照れながらもフィリーネに気持ちを伝えた。
「ええ、もちろんよ」
 フィリーネは幸せそうに微笑んでいた。

 その後、ヴェルナーはフィリーネと結婚してヴァレンシュタイン公爵家に婿入りし、二人は支え合いながら幸せに暮らしたそうだ。


『あの日の言葉』完
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