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ヴィルヘルミナ・ノーラ・ファン・エフモント
二人の義兄とヴィルヘルミナ
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(ベンティンク悪徳王家をどうにかしないといけないけれど、どうしたらこの国を変えることが出来るのかしら……?)
ヴィルヘルミナがドレンダレン王国を何とかしようと決意したものの、どうしたらいいかが思いつかず一年が経過していた。
ヴィルヘルミナは今年十五歳になり、成人を迎える。
(結局、何も出来ないまま一年が過ぎてしまったわ。この一年、相変わらず悪徳王家の恐怖政治は続いている……。投獄、拷問の末処刑された人も依然として多い……)
ヴィルヘルミナは長大息をついた。
一介の公爵令嬢に出来ることは少ないのである。
「ミーナ、何しけた顔しているんだよ。もしかして、成人の儀が不安なのか?」
ニッと歯を見せて笑い、ヴィルヘルミナの頭をくしゃっと撫でるラルス。
ドレンダレン王国は近隣諸国に合わせ、十五歳になる令嬢の社交界デビューの場として成人の儀を毎年王家主催で行っている。ナッサウ王家の時もそうだが、ベンティンク王家も同じようにしているようだ。
「もう、ラルスお義兄様、やめてください。髪が崩れてしまいますわ。それに成人の儀が不安なのではありません」
少しムスッとするヴィルヘルミナ。
「悪い悪い」
くしゃっと笑い、ヴィルヘルミナの髪を整えるラルス。
「まあ、成人の儀だったり、社交界に出るなとは言いたいが、そういうわけにはいかないからな。あのベンティンク悪徳王家のことだ。成人の儀や自分たち主催の夜会に参加しない者達を投獄しかねない。去年実際にあった話だが、悪徳王家の奴らが主催の成人の儀に娘を参加させられないと、頑なに娘を社交界デビューさせなかった伯爵が処刑されている。伯爵夫人と彼らの息子と娘も連座で処刑された」
ラルスは一変して苦虫を噛み潰したような表情になった。
「そんな……」
ヴィルヘルミナは悲痛そうな表情になる。
「それに、もし万が一……俺の目が届かない所でお前がナッサウ王家の生き残りだと知られたら……」
ラルスはそこで口を噤む。拳をギュッと強く握り締めていた。
「ラルスお義兄様……」
ヴィルヘルミナが自身の出自を知った時、ラルスは力強く『守る』と言ってくれた。その時のラルスは頼もしく、ヴィルヘルミナは少し嬉しいと感じたことをよく覚えている。
「ミーナ、俺が絶対お前を守るからな」
ラルスのラピスラズリの目は、真っ直ぐヴィルヘルミナを見ていた。彼の大きな手がヴィルヘルミナの手を強く包み込む。
ラルスはヴィルヘルミナを守れるよう、剣術などの鍛錬を毎日怠ることなくやっていた。更に、ヴィルヘルミナがどこにも嫁がずエフモント公爵家にいられるよう、資産やいざとなった時の隠れ家も用意してくれていた。
「……ありがとうございます、ラルスお義兄様」
ヴィルヘルミナはタンザナイトの目を伏せた。
「ま、ミーナは城を抜け出したり剣術を習っている時に大暴れしたり、時々令嬢らしからぬお転婆さもあるから案外バレないかもな」
真面目な表情から一変し、悪戯っぽく笑うラルス。
「もう、ラルスお義兄様ったら。私は暴れたりはしておりませんわ」
ヴィルヘルミナは軽くラルスの胸を叩いた。
「おお、怖い怖い。早速ミーナが暴れてる」
ヴィルヘルミナを揶揄うように笑うラルス。
「ラルスお義兄様、その口を縫い合わせますわよ」
ヴィルヘルミナも負けじと悪戯っぽく微笑んだ。
ラルスは過保護ではあるが、こうして冗談を言ったり、軽口を叩き合うことも出来る。これが二人のいつものやりとりである。
どこか安心しつつも、少しだけ騒つく心。この気持ちが何なのか、いまだにヴィルヘルミナは分かっていなかった。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
エフモント公爵城、ヴィルヘルミナの自室にて。
ヴィルヘルミナが読書をしていた時、扉がノックされる。
「あら、マレインお義兄様、お帰りなさい」
ヴィルヘルミナは微笑む。部屋に入って来たのはマレインであった。彼は今まで王都におり、少し前に帰って来たらしい。
「ただいま、ミーナ」
マレインはヴィルヘルミナに優しく微笑む。
「あら、マレインお義兄様、また筋肉が付きましたわね」
ヴィルヘルミナはふふっと微笑む。
マレインは優しげな顔立ちとは裏腹に、その体にはしっかりと筋肉が付いていた。
「悪徳王家の騎士団でしごかれているからね。まあ僕はベンティンク家への忠誠心は全くないけれど」
苦笑するマレイン。彼は昨年からベンティンク王家の騎士団に入団したのだ。その理由はベンティンク家やその他色々な情報を得る為。マレインはあまり社交界には出ず、騎士団を通じてヴィルヘルミナにとって危険な情報がないかなど、様々な情報を仕入れていた。ヴィルヘルミナを守る為、敢えて敵地へ赴いたのである。
「マレインお義兄様、私の為にわざわざ」
「ミーナが気にすることはないよ。それに、僕が悪徳王家直属の騎士団に入ったのは自分の為でもあるよ。少しでも奴らの弱みを仕入れてドレンダレン王国を変えることが出来たらなと思っているし。まあ気休めかもしれないけれど」
申し訳なさそうな表情をするヴィルヘルミナに対し、マレインは柔らかな笑みを浮かべた。
「マレインお義兄様……ありがとうございます」
ヴィルヘルミナはふわりと品良く微笑んだ。
「それよりミーナ、また兄上に揶揄われていたみたいだね」
先程のヴィルヘルミナとラルスのやり取りを聞いていたらしいマレイン。
「聞いていらしたのですね。ラルスお義兄様ったら酷いのですよ。私が大暴れしていて令嬢らしくないと仰るのですわ」
ほんの少し頬を膨らますヴィルヘルミナ。マレインはクリソベリルの目を優しく細め、ヴィルヘルミナの頭をそっと撫でる。
「確かに、そこまで言う必要はないよね。兄上は酷いよ。ミーナは……いつも真っ直ぐで頑張っている。ミーナのそういうところ、僕は……好きだよ」
マレインは優しくヴィルヘルミナを見つめていた。
「ありがとうございます、マレインお義兄様」
ヴィルヘルミナは嬉しそうにタンザナイトの目を細めた。
(マレインお義兄様は……一緒にいると心安らぐわ)
ヴィルヘルミナが昔からマレインに抱いていた気持ち。しかし、その気持ちが少しずつ変化していることにヴィルヘルミナはまだ気付いていなかった。
「ところでヴィルヘルミナ、成人の儀では兄上にエスコートをしてもらうんだよね?」
「はい。王宮にもラルスお義兄様と一緒に行きますわ」
「そっか……」
マレインは少しクリソベリルの目を伏せる。
「マレインお義兄様、どうかなさいまして?」
不思議そうに首を傾げるヴィルヘルミナ。
「いや、何でもないよ」
マレインは優しく微笑んだ。女性なら誰もが虜になりそうな笑みである。
「それよりミーナ、その本、後少しで読み終わるところだったんだろう? 邪魔して悪かったね」
マレインはヴィルヘルミナの読みかけの方を指す。確かに残り数ページ程であった。
「ああ、お気になさらないでください、マレインお義兄様。この本ならいつでも読めますわ」
ヴィルヘルミナはふふっと口角を上げた。
「そっか。だけど、父上もその本を探していた気がするよ」
「まあ、そうですの? でしたら、早く読まないといけませんわね」
マレインの言葉に目を見開くヴィルヘルミナ。
「うん。じゃあ僕も色々とやることがあるから。色々話せて良かったよ、ミーナ。また後でね」
マレインは優しく微笑み、ヴィルヘルミナの部屋を後にしたのであった。
「成人の儀……僕がミーナをエスコートしたかったな……」
自室にて、マレインはポツリとそう呟いた。
「だけど、ここは兄上に花を持たせてあげようか。それに、確かに兄上は強い。だから僕よりも確実にミーナを守ることが出来る……。だけど……僕も負けてはいられないか」
マレインはフッと笑った。
ヴィルヘルミナがドレンダレン王国を何とかしようと決意したものの、どうしたらいいかが思いつかず一年が経過していた。
ヴィルヘルミナは今年十五歳になり、成人を迎える。
(結局、何も出来ないまま一年が過ぎてしまったわ。この一年、相変わらず悪徳王家の恐怖政治は続いている……。投獄、拷問の末処刑された人も依然として多い……)
ヴィルヘルミナは長大息をついた。
一介の公爵令嬢に出来ることは少ないのである。
「ミーナ、何しけた顔しているんだよ。もしかして、成人の儀が不安なのか?」
ニッと歯を見せて笑い、ヴィルヘルミナの頭をくしゃっと撫でるラルス。
ドレンダレン王国は近隣諸国に合わせ、十五歳になる令嬢の社交界デビューの場として成人の儀を毎年王家主催で行っている。ナッサウ王家の時もそうだが、ベンティンク王家も同じようにしているようだ。
「もう、ラルスお義兄様、やめてください。髪が崩れてしまいますわ。それに成人の儀が不安なのではありません」
少しムスッとするヴィルヘルミナ。
「悪い悪い」
くしゃっと笑い、ヴィルヘルミナの髪を整えるラルス。
「まあ、成人の儀だったり、社交界に出るなとは言いたいが、そういうわけにはいかないからな。あのベンティンク悪徳王家のことだ。成人の儀や自分たち主催の夜会に参加しない者達を投獄しかねない。去年実際にあった話だが、悪徳王家の奴らが主催の成人の儀に娘を参加させられないと、頑なに娘を社交界デビューさせなかった伯爵が処刑されている。伯爵夫人と彼らの息子と娘も連座で処刑された」
ラルスは一変して苦虫を噛み潰したような表情になった。
「そんな……」
ヴィルヘルミナは悲痛そうな表情になる。
「それに、もし万が一……俺の目が届かない所でお前がナッサウ王家の生き残りだと知られたら……」
ラルスはそこで口を噤む。拳をギュッと強く握り締めていた。
「ラルスお義兄様……」
ヴィルヘルミナが自身の出自を知った時、ラルスは力強く『守る』と言ってくれた。その時のラルスは頼もしく、ヴィルヘルミナは少し嬉しいと感じたことをよく覚えている。
「ミーナ、俺が絶対お前を守るからな」
ラルスのラピスラズリの目は、真っ直ぐヴィルヘルミナを見ていた。彼の大きな手がヴィルヘルミナの手を強く包み込む。
ラルスはヴィルヘルミナを守れるよう、剣術などの鍛錬を毎日怠ることなくやっていた。更に、ヴィルヘルミナがどこにも嫁がずエフモント公爵家にいられるよう、資産やいざとなった時の隠れ家も用意してくれていた。
「……ありがとうございます、ラルスお義兄様」
ヴィルヘルミナはタンザナイトの目を伏せた。
「ま、ミーナは城を抜け出したり剣術を習っている時に大暴れしたり、時々令嬢らしからぬお転婆さもあるから案外バレないかもな」
真面目な表情から一変し、悪戯っぽく笑うラルス。
「もう、ラルスお義兄様ったら。私は暴れたりはしておりませんわ」
ヴィルヘルミナは軽くラルスの胸を叩いた。
「おお、怖い怖い。早速ミーナが暴れてる」
ヴィルヘルミナを揶揄うように笑うラルス。
「ラルスお義兄様、その口を縫い合わせますわよ」
ヴィルヘルミナも負けじと悪戯っぽく微笑んだ。
ラルスは過保護ではあるが、こうして冗談を言ったり、軽口を叩き合うことも出来る。これが二人のいつものやりとりである。
どこか安心しつつも、少しだけ騒つく心。この気持ちが何なのか、いまだにヴィルヘルミナは分かっていなかった。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
エフモント公爵城、ヴィルヘルミナの自室にて。
ヴィルヘルミナが読書をしていた時、扉がノックされる。
「あら、マレインお義兄様、お帰りなさい」
ヴィルヘルミナは微笑む。部屋に入って来たのはマレインであった。彼は今まで王都におり、少し前に帰って来たらしい。
「ただいま、ミーナ」
マレインはヴィルヘルミナに優しく微笑む。
「あら、マレインお義兄様、また筋肉が付きましたわね」
ヴィルヘルミナはふふっと微笑む。
マレインは優しげな顔立ちとは裏腹に、その体にはしっかりと筋肉が付いていた。
「悪徳王家の騎士団でしごかれているからね。まあ僕はベンティンク家への忠誠心は全くないけれど」
苦笑するマレイン。彼は昨年からベンティンク王家の騎士団に入団したのだ。その理由はベンティンク家やその他色々な情報を得る為。マレインはあまり社交界には出ず、騎士団を通じてヴィルヘルミナにとって危険な情報がないかなど、様々な情報を仕入れていた。ヴィルヘルミナを守る為、敢えて敵地へ赴いたのである。
「マレインお義兄様、私の為にわざわざ」
「ミーナが気にすることはないよ。それに、僕が悪徳王家直属の騎士団に入ったのは自分の為でもあるよ。少しでも奴らの弱みを仕入れてドレンダレン王国を変えることが出来たらなと思っているし。まあ気休めかもしれないけれど」
申し訳なさそうな表情をするヴィルヘルミナに対し、マレインは柔らかな笑みを浮かべた。
「マレインお義兄様……ありがとうございます」
ヴィルヘルミナはふわりと品良く微笑んだ。
「それよりミーナ、また兄上に揶揄われていたみたいだね」
先程のヴィルヘルミナとラルスのやり取りを聞いていたらしいマレイン。
「聞いていらしたのですね。ラルスお義兄様ったら酷いのですよ。私が大暴れしていて令嬢らしくないと仰るのですわ」
ほんの少し頬を膨らますヴィルヘルミナ。マレインはクリソベリルの目を優しく細め、ヴィルヘルミナの頭をそっと撫でる。
「確かに、そこまで言う必要はないよね。兄上は酷いよ。ミーナは……いつも真っ直ぐで頑張っている。ミーナのそういうところ、僕は……好きだよ」
マレインは優しくヴィルヘルミナを見つめていた。
「ありがとうございます、マレインお義兄様」
ヴィルヘルミナは嬉しそうにタンザナイトの目を細めた。
(マレインお義兄様は……一緒にいると心安らぐわ)
ヴィルヘルミナが昔からマレインに抱いていた気持ち。しかし、その気持ちが少しずつ変化していることにヴィルヘルミナはまだ気付いていなかった。
「ところでヴィルヘルミナ、成人の儀では兄上にエスコートをしてもらうんだよね?」
「はい。王宮にもラルスお義兄様と一緒に行きますわ」
「そっか……」
マレインは少しクリソベリルの目を伏せる。
「マレインお義兄様、どうかなさいまして?」
不思議そうに首を傾げるヴィルヘルミナ。
「いや、何でもないよ」
マレインは優しく微笑んだ。女性なら誰もが虜になりそうな笑みである。
「それよりミーナ、その本、後少しで読み終わるところだったんだろう? 邪魔して悪かったね」
マレインはヴィルヘルミナの読みかけの方を指す。確かに残り数ページ程であった。
「ああ、お気になさらないでください、マレインお義兄様。この本ならいつでも読めますわ」
ヴィルヘルミナはふふっと口角を上げた。
「そっか。だけど、父上もその本を探していた気がするよ」
「まあ、そうですの? でしたら、早く読まないといけませんわね」
マレインの言葉に目を見開くヴィルヘルミナ。
「うん。じゃあ僕も色々とやることがあるから。色々話せて良かったよ、ミーナ。また後でね」
マレインは優しく微笑み、ヴィルヘルミナの部屋を後にしたのであった。
「成人の儀……僕がミーナをエスコートしたかったな……」
自室にて、マレインはポツリとそう呟いた。
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