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プロローグ 乗っ取られたルシヨン伯爵家

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 カノーム公国はナルフェック王国南西部にちょこんと出っ張っている小さな半島国家である。元々はナルフェックの王子が臣籍降下して公爵位と領地を賜り、その後平和的に独立したのがカノーム公国の成り立ちだ。歴史は周辺国と比べて浅く、国防に関してはナルフェック王国の庇護下にある。しかし気候は穏やかで海に囲まれており、観光産業が盛んでそれなりに賑わっている裕福な国だ。周辺国の王族の別荘もある。よって定期的にお忍びでカノーム公国観光にやって来る王族もいるのだ。

 そんなカノーム公国には、ある裕福な伯爵家があった。ルシヨン伯爵家である。ルシヨン伯爵家長女のアリス・ロジーヌ・ド・ルシヨンは艶やかな黒褐色の長い髪にアメジストのような紫の目の、とても美しい少女である。彼女は刺繍や美術や音楽など文化的なことを楽しみながら暮らしていた。母や家庭教師からの淑女教育は厳しかったが、両親や使用人に愛されて育ったアリスはとても幸せだった。

 しかし、そんな幸せな日々も長くは続かなかった。アリスが12歳になる歳、両親が事故で亡くなったのだ。そしてまだ15歳の成人デビュタントを迎えていないアリスには後見人が必要であるということで、父の弟、つまり叔父が自分の家族を引き連れてやって来ると連絡があった。
(叔父様一家がやって来るのね……。わたくしがしっかり準備しておかないと……)
 悲しみに暮れるまもなく、アリスは動き始めた。

 そして数日後。
「アリス、大変だったな」
 アリスにそう言葉をかけるのは、叔父であり義父となるデュドネ。髪色はアリスや彼女の父と同じ黒褐色。そしてジェードのような緑の目。アリスを心配しているように見えるが、何かを企んでいるような笑みである。
「貴女がアリス……なのね」
 デュドネの妻で義母となるジスレーヌ。アッシュブロンドの髪にアクアマリンのような青い目である。面白くなさそうにアリスを見ていた。
「アリスお義姉ねえ様のドレス、絶対に私の方が似合うわ。それ私にちょうだい!」
 会って早々、アリスのドレスを強請ねだるのは従妹いとこであり義妹いもうとになるユゲット。アリスより1つ下の11歳で、アッシュブロンドの髪にクリソベリルのような緑の目だ。
「アリス、貴女は義姉あねになるのだからユゲットに譲ってあげなさい」
 ジスレーヌがアリスを睨みつける。
「承知いたしました。ですが……先程隣の家の農園に寄った際にわたくしは転んでしまって……このドレスには羊の尿がベッタリと付着しておりますが、それでよろしければ差し上げますわ」
 アリスは困ったように微笑む。するとユゲットが思いっきり嫌そうな表情になる。
「そんな汚いドレスならいらないわ! それに、言われてみたらお義姉様臭いわ! 羊の尿の匂いね!」
「その匂いが何とかなるまで私達に近付かないでちょうだい!」
 ユゲットとジスレーヌが怒りをアリスにぶつけた。
「愚鈍な娘だな」
 デュドネは侮蔑するようにアリスを見ていた。
 こうして、ルシヨン伯爵家はデュドネ達に乗っ取られたのだ。
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