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36・神通力

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 会場の椅子に皆が座り、落ち着いた頃合いを見計らって、教祖の母親リョウコが説明を始める。
「私の息子ユウサクは不治の病でした。余命一年と宣告され、絶望の淵にありました。
 私はありとあらゆる手を尽くしましたが、治療することは出来ず、絶望の日々を送っていました。
 しかし奇跡は起きたのです。息子は神通力に開眼し、病を克服したのです。
 そして、その神通力を自分のためだけではなく、病に苦しむ全ての人たちのために使うことを誓いました。
 ここに真の神の力を示します」
 リョウコがユウサクを壇上に迎える。
 教祖ユウサクは誇らしげに壇上に立つと、病人たちやその家族たちは、一斉に拍手し歓声が上がった。
 私は不安になってきた。
 典型的なカルト教団だ。
 ここに来たのは失敗だったのではないだろうか。
 私はメイドを助けようとして、淡い期待を持たせただけではないだろうか。
 メイドはブラインド レディに言う。
「帰りましょう。これはインチキです」
 私はメイドに心から謝罪する。
「すまなかった。こんなつもりではなかった。私はただ、君が助かる可能性に賭けたかっただけなんだ」
「わかっています。貴方は悪くありません」


 その時だった。
 教祖が静粛にと言った。
 会場が静かになり、そして私たちを示す。
「そこの方。盲目の女性の介護をしているのですね」
 メイドは渋々といった感じで答える。
「そうです」
「しかし、今は貴女が助けを必要としている。でも、貴女は僕の力を信じていませんね」
 どうやら、我々の会話が聞こえていたようだ。
 メイドはあっさりと認めた。
「その通りです。信じていません」
 教祖はにっこりと微笑むと、手招きした。
「壇上に上がってきてください」
 メイドは言いにくそうに答える。
「いえ、私は結構ですので、他の方にしてください」
「お告げがありました。貴女を死から救えと」
 ブラインド レディはメイドに小声で告げる。
「これは、行かなければ収まりそうにないわね」
「そうみたいですね。壇上に行って、早く終わらせて、帰りましょう」
 メイドは壇上に上がる。


「落ち着いてください。リラックスして」
「はい」
 教祖は右手の平をメイドの頭に乗せた。
「今、神のエネルギーを注ぎます」
 その瞬間、メイドに異変が生じた。
 その表情が、奇妙に安らぎに満ちた物になったのだ。
「あぁぁ……」
 そして脱力したように地面にへたり込み、そして次には、自分の左胸を確かめ始めた。
「苦しくない……心臓の苦痛が、なくなった」
 私は壇上に駆け上がり、メイドを支える。
「大丈夫か?」
「はい。なんだか、本当に治ったみたいです」


「奇跡だ!」
「神通力よ!」
「本物の力だ!」
 信者たちが皆一様に、奇跡だと教祖ユウサクを賞賛していた。
 彼の力は本物だった。
 だが、治療を受けたメイドの顔は、晴れやかとは言い難い物だった。


 メイドはすぐに診察を受けた。
 フェイスハンドの診察によると、心臓に異常は全くなくなっていたとのこと。
 フェイスハンドは左手を動かしながら、腹話術で説明する。
「まさに奇跡が起きたとしか言いようがないね。
 でも、お嬢さま。これは明らかに、異能力だと考えるべきだと思うよ」
 私は安堵した。
「とにかく、これで心配はなくなった。君は助かったんだ。
 そして、あの教祖は、やはり能力者なのも間違いないだろう。
 しかし善良で、その力を不治の病に苦しむ人々を救うために使っている。
 そんな能力者もいるのだ」
 私は楽観的だった。


 しかし、メイドはその後、一人で教祖の自宅に訪問した。
 教祖ユウサクと、母親のリョウコが出迎える。
「いらっしゃい。神の奇跡を受けた者よ。聞きたいことがあるのね」
「そうです。あの後、診察を受けましたが、心臓に異常はまったく見られないそうです」
「でも、疑問があるのね」
「はい、自分の身になにが起きたのかを知りたくて、尋ねました」
「なんでも息子に聞いて下さい。全ての質問に答えましょう」
 メイドは、まだ高校生の教祖、ユウサクに質問する。
「病気を治す神通力は、いつ発現したのですか?」
「中学二年生の時です。大腸ガンにかかって、一年も保たないと医者に宣告されました。あの時は、本当にダメだと思いました。
 でも ある日、突然 自分の中が不思議な安らぎで満たされました。それが治まったとき思いました。病気が治ったのだと。
 もちろん、病院でちゃんと診察を受けました。でも、結果はわかるでしょう。医者は奇跡だと言っていました。
 そして気付きました。自分の力に。不治の病や難病を治すことの出来る神通力が僕に備わっていることを。
 僕は誓いました。この力を、自分と同じ苦しみを受けている人たちのために使うことを」
 リョウコが息子を称える。
「この子は私の誇りよ」
 メイドは重ねて質問する。
「どうして、わたくしを治したのですか。わたくしは他の人にして下さいと言ったのに」
「神が貴女は生きなければならないとお告げしたからです。
 貴女には使命がある。それは途中で、まだ成し遂げていない。
 成し遂げれば多くの人を救える。貴女もまた、多くの人々を救うのです」
 教祖ユウサクの瞳には、微かな迷いもなかった。
 自分は人々を救うために神に選ばれたのだと。


 メイドは館に戻ってくると、ブラインド レディに告げた。
「お嬢さま。この事件をお調べください。
 なんの対価もなく病から助かるとは思えません。物事は等価交換で成立する。
 自分の治療が行われた時間、近隣でなにか事件は起きていないのか?
 どうか、お願いします」
 ブラインド レディはしばらくの沈黙の後、承諾した。
「わかったわ」
 ブラインド レディは自室にこもり調査を開始した。
 私とメイドも自分なりに調査する。
 二日後、最初に発見したのは、やはりブラインド レディだった。
 調査結果をメイドと私に伝える。


「貴女が治療された時間、スポーツジムでインストラクターをしている男性が、心筋梗塞で死亡しているわ」
 メイドはその死因を聞いて青ざめる。
「わたくしと同じ病名……」
「彼は健康診断を欠かさず受けていて、いつも健康体そのものだと、医者は賞賛していたわ。
 それが突然の心臓麻痺での死亡に、信じられない思いだったそうよ」
 我々はその事実をもとに、他の信者が治療された時間に、近隣で死亡している人間を洗い出した。
 結果、七件ヒットした。
 七件の治療と、その時間、病状などを照らし合わせてみたが、関係のない人物が、同じ時間に同じ病状で死亡している。
 私は愕然とした。
「つまり、一人を助ける代わりに、他の誰かを犠牲にしているということか」
 ブラインド レディが名付ける。
死をなすりつける力ブラム デス


 メイドは落ち込んだ。
「……わたくしのせいで、無関係の人が死んでしまった」
 私はそれを訂正する。
「いや、私の責任だ。自分の浅はかのためにこんなことに……」
 その時、ブラインド レディが白杖で床を鳴らした。
 カツーンと音が残響する。
「死の責任に悩んでいる場合ではないわ。
 治療の正体を知った以上、放置することはできない。なにか対処が必要よ。
 これ以上の犠牲者が出る前に、治療を止めさせる」
「どうやって?」
 私が聞くと、ブラインド レディは答えた。
「二手に分かれましょう」


 メイドはブラインド レディと共に、再び市民会場に訪れた。
 駐車場では、「心霊治療はインチキだ」と、ビラを配っている男がいた。
 彼はメイドにもビラを渡す。
「教団を信じてはいけない。ちゃんとした治療を受けるんだ」
 メイドは答えた。
「その通りです。頑張ってください」
 男は応援されるとは思っていなかったのか、虚を突かれた表情になったが、次には笑顔になる。
「ああ、ありがとう」


 会場に入る際、白血病の少女と再会した。
「お姉ちゃん、信じる気になったんだね」
「それは……」
 父親が非難の眼をメイドに向けていた。
「あんたはもう助かったのに、まだ来るのか。
 娘は一年間通っているのに、まだ治して貰えていない。
 なぜ一度 来ただけのあんたが」
 小学生の少女が父親を引き止めた。
「このお姉ちゃんは、神さまに選ばれたんだよ」
 父親が納得していないのは明らかだったが、しかし、それ以上はなにも言わずに、会場に入っていった。


 会場の椅子は満席となり、ざわめきが落ち着いた頃合いを見計らって、教祖ユウサクの母リョウコが、話し始めた。
 今日の治療で、また誰か一人が犠牲となるのだ。
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