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バッドエンド回避計画

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遠い昔、この国が出来る前のこと。

現在の都から随分と離れた山には、以前魔王の統治する帝国の都が存在していた。魔王は強力な魔法を使い国を統治していたが、やがて魔王の子孫が互いに争い始めてしまう。争いの中で昼夜問わず繰り出される、強力な魔術。やがてその膨大な魔力は混ざり合い、複雑な魔法が絡み合い、何の魔法がかかったのか帝都は一夜にして城ごと魔界に姿を消してしまったという。そしてそのまま帝国は滅びを迎えてしまう。強大な魔法である闇と、光の魔力を魔界に取り込んで。

その地に残った4人の戦士は、帝国が残した魔術跡から風、火、水、土の4種類の魔力を見出し、それを駆使しながら民をまとめ上げ、ひとつの国を建てた。それが現在のシーザニア王国である。そして4人の戦士が魔法の四祖と呼ばれる名家であり、うち風のグラスウィンド家がシーザニアの王家となった。

見晴らしと防壁にうってつけの、帝国の都があったその山に王都と王城を構えることも考えた。だがそこからは魔物がうじゃうじゃと湧いて出るし、中心地へ行こうとすればするほど残された魔術跡が道行くものを阻んでくる。何より魔界に去りし帝国の帝王達が再び城と魔物を連れて現世に戻ってくるかもしれないという懸念があったからだ。

なのでその山は現在も監視付きの立入禁止、通称『滅びの山』と呼ばれており、人々が抱く魔界や帝国へのおそれの象徴でもあった。

そして今、どういういきさつか魔界から来たりし魔帝国の皇子ヴェインは人々の懸念も知らず、リリニーナに会うために飄々と手鏡で身だしなみをチェックしていた。

「まだかな? リリニーナに早く会いたいよ!」



その頃赤髪の少年を見つけられずにいたリリニーナは、学舎を出てアカデミーの敷地の芝生を右往左往するも日が暮れ始めていたので寮に戻ることにした。と、女子寮へ続く道の脇に誰かが立っている。だか髪色に気付き、リリニーナははっとする。夕暮れでも存在が際立っている、その赤い髪色。

(さっきの子だわ……!)

リリニーナは警戒されないようゆっくりと近づく。相変わらず制服がブカブカなのは遠目からでもよく分かった。少年はリリニーナが一歩近づくと、道を外れて植え込んである広葉樹の、一際太い木の影に隠れてしまった。誘い込むような隠れ方に後を追うべきか、リリニーナは迷う。だが女子寮に戻る生徒は近辺にちらほらいるし、この距離なら、何かあれば人を呼べる。

リリニーナが慎重になりながらも木の幹を曲がると、そこには赤毛の少年が待ち構えていた。にっこりとリリニーナに笑みを向けている。その横には見たことのない黒髪の青年がいた。青年がリリニーナに声をかける。

「こんばんわ。まさか君に会えるなんてびっくりだよー!」

(いや、誰)

と聞きたかったがふと見やったその青年の、星空のような神秘的な瞳に吸い込まれそうになる。その美麗としか言えない瞳にリリニーナは思わず動けなくなってしまった。そんな様子をよそに青年は目をキラキラと輝かせ

「会えて嬉しいよ、俺のリリニーナ!」

と興奮気味に両手を広げて駆け寄ってきた。

「だから誰!?」

次の瞬間には我を取り戻したリリニーナが華麗に回避したことにより、青年は木に激突し気を失ってしまった。そんな彼をよそに赤毛の少年は話し続ける。

「僕はニンクス! こっちの人はヴェイン! よろしくねー!!」
「そ、そう。えーと、介抱をお願いしてよろしいかしら?」

思いがけない展開に、リリニーナは立ち去ろうと後退りする。

「だめだめ行かないでー! 僕達怪しい者じゃないんです!」

ニンクスはブカブカの袖でリリニーナの腕をつかみ、懇願する。

「十分怪しいわ! おそらくだけどあなた、アカデミーの生徒じゃないのでしょう? その制服はどうしたの? なぜここにいるの?」

ニンクスはうつむく。

「僕はアカデミーには通えないから……。でも魔法や魔界の本が読みたくて。でもそういった本はここにしかないし、生徒や教師じゃないと開けられない本棚にある。制服を借りて、ああでもしないと読めやしないじゃないか」

魔法の力があっても、家庭の事情でアカデミーに通えない国民もいる。その場合は魔力があることを国に届け出すだけで知識を得ることはない。だが知識への興味は人それぞれで、あどけない少年の知識欲にリリニーナは心が揺らいだ。リリニーナは腰をかがめ、少年の目線に合わせ、優しく尋ねた。

「何の為に本を読みたかったの?」
「違法スレスレ商売のためさっ!」

ニンクスは堂々と応えた。

「駄目じゃない!」
「えーそうかなぁ」
「うーん……、リリニーナちゃん」

そのときヴェインがうなされ、起き上がろうとよろめいていた。

(まずいわ、起きる)

リリニーナは危機を察知し、ニンクスが青年に気を取られている隙に急いでその場を後にした。

「待ってリリニーナ!」

ニンクスの呼ぶ声が聞こえるが、まずは一目散に逃げ去る。

女子寮の門までたどり着くと、部屋からの明かりと人の気配にほっとする。怪しい人物達のことを警備の者に伝えておかなくては。きっともう逃げているかもしれないが。リリニーナが考えながら道を行くと、平民寮と貴族寮、それぞれにつながる二手の道の分岐点にセイラが待っていた。セイラはリリニーナにぺこりとお辞儀し、気まずそうな表情を浮かべた。

「あの、先程のことを謝りたくて。色々押し付けたり、煽るような真似してすみませんでした」
「いえ、私こそ……、その、言い過ぎたわ」

セイラの素直さにあてられると、こちらも素直になれる。表情こそ変わらないが、リリニーナはそんな気がしていた。

「それに私も、選択肢に対していい考えが浮かばなくて。セイラ、貴女は?」
「そのことで、大事な話があるんです。ここではちょっと」

周りには学舎から帰ってくる生徒もちらほらいる。

寮の門限に間に合えば、消灯時間まで食堂や浴場、自習室の使用は許可されているため時間の猶予はまだある。リリニーナは寮の自室にセイラを誘うことにした。



「わぁ、素敵ですね! 貴族の寮、初めてお邪魔します!」

リリニーナは普段着のドレスや髪飾りこそ両親の好みで華やかなものを身につけているがインテリアだけは好きにさせてほしいと、侯爵家お抱え商人の見立ての中から好きなものを選んでいる。

動物は好きだが貴族に人気の剥製は趣味ではないので、代わりに木を彫って作った動物のオブジェを多数部屋に飾って置いている。

大抵の貴族の生徒は屋敷から付き人を一人二人、寮に連れてきているのでリリニーナもそれに倣い、侍女のポネットを寮に連れてきていた。夕暮れ時とはいえ今の時間に夕飯は少し早いと思い、ポネットに茶の用意を彼女に頼む。

リリニーナが友人を寮の私室に連れてくるのはアカデミー入学後初めてのことなので、ポネットはワクワクして茶の準備に取り掛かり出した。

何やら色々考えて疲れていそうな顔をしている二人を見て、ポネットはハチミツ入りのミルクティーを少し熱めの温度で出しておいた。夕飯前とあり、茶菓子は控えめに、チョココーティングされたフルーツを出しておく。

「お茶もお菓子も美味しいです! ありがとうございます!」

ほっと一息つく甘味を口にし笑顔になるセイラを見て、ポネットは満足そうに笑む。リリニーナも無表情だが、目はとても穏やかだ。リリニーナはポネットに下がるよう指示し、部屋の外での人払いも任せておいた。

「それでですね、さっきお茶していたらビアンカ様が……」

セイラはビアンカに話かけられ、告げられたことをリリニーナに話し始めた。
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