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バッドエンド回避計画

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「あまりに私の好感度が高まりすぎると、もしかしたらビアンカ様の言うようにリリニーナ様は魔界に追放されてしまうのかもしれません」

セイラはビアンカの言うことをリリニーナに説明しながらも、半信半疑という前提で話を進める。

「かといって、私にハッピーエンドを迎える芸当が出来るとは思えません。だとしても」

セイラは真剣な眼差しでリリニーナを見つめ、尋ねる。

「私がヒロインでこの世界に転生してきた以上、リリニーナ様の魔界追放のリスクはつきまといます。リリニーナ様、どちらがいいですか? 国の滅亡か、ご自身の魔界追放か。どうしても魔界追放がお嫌なら作戦をやめるという手もあります」

ただ国は滅びますが、とセイラは付け加える。だが心配そうなセイラに対し、

「大丈夫よ、そもそも私は魔界には行けないと思うから」

とリリニーナは軽く答える。

というのもアカデミーでは毎年1回、進級時には各生徒の持つ魔力の量が国指定の方法で測定されるのだが、リリニーナはその数値がけして高い方ではない。ただ魔力が珍しいというだけで、学内でも飛び抜けた魔力を誇るエルクリードやカイルヴァンには魔力の量では到底追い付かない。

魔界にたどり着くには少なくともその測定数値で1000以上の魔力が必要だと聞く。個人の魔法の鍛錬で数値はある程度は上下するものの、幼少から魔法訓練を積んできたリリニーナとてその半分程の量しかない。

「一部の限られた人しか入れない魔界に、私など入れないと思うわ」

確かに追放されても魔界に入れないのら、入り口でもじもじしておくしかないのかもしれない。

「なるほど。そういえば貼り出される魔力量の上位者ランキングにリリニーナ様が載ったことはありませんね。ならばビアンカ様が適当なことを仰った可能性もありますね」
「ビアンカを信じるかどうかは彼女が言ってるように、私に意地悪されたのを理由に王子の前で泣いてみてから判断するといいわよ。そうしたら王子の反応で、好感度が上がったかどうか分かるんじゃない?」

まずは話はそれからだ、とリリニーナは言う。

「そうですね、ここは試しにビアンカ様の答えに従ってみましょう。正しければ私達にとってこれから良い判断元になりますし」

リリニーナとセイラは顔を見合わせて頷く。

そうして意見がまとまり数日後。いよいよ課題テスト、つまりイベントの日がやって来た。

リリニーナが昼過ぎにその授業の教室に入ると、すでにセイラはやって来ていた。何か声をかけようかと思ったが、セイラの周りには平民のクラスメイトが沢山いたので場を乱すかと思い、控えて静かに着席することにした。

ふと気づけば隣の男子生徒が制服を着ておらずベストにズボンという出で立ちで気まずそうに着席している。

続いてビアンカも教室に入ってきた。つい先日重要な話をしたはずのセイラのことは見向きもせずに、猫なで声で貴族の友人に挨拶している。

そうしているうちに魔力中級学の教授が入ってくる。赤縁メガネの似合う、厳しいと評判の女性教諭だ。

「授業を初めますよ! お座りなさい! なぜ私服なのですか、ジャスパード・クイエル!」
「数日前から制服が見当たらなくて……」
「明日までに替えを用意なさい!」

絶対にニンクスの仕業だとリリニーナは思い、不憫な目でジャスパードを横目で見やる。

いよいよ教諭から課題テストの指示を伝えられる。

「では、一人ずつ前に出て『魔力の示し』を作り出しなさい。まずはリリニーナ・フィアレス」
「はい」

リリニーナは静かに立ち上がり、教壇の前に立つ。教諭に向かって淑やかに礼をする。流麗な仕草に教諭は満足そうにうんうんと頷いた。

『魔力の示し』とは、自身の使用する魔力の力を集中させ球状に広げることである。これは魔法というよりも、魔力が魔界から来ていることを確認する儀式のようなものだった。ただ、この示しで出した球の大きさは本人の魔力量と比例するらしかった。

多くの貴族は魔力を有しており、またその才に秀でていることが多い。その理由の一つは家庭における幼少期からの魔法教育が貴族のみ許可されていることにあった。ゆえにリリニーナも幼少の頃から火魔法に特化した教育を施されてきた。

「フィーアオーバール」

リリニーナの詠唱とともに暗がりの教室内に火の球が浮かび上がる。通常は暗めのオレンジ色が火魔法の色であり、他の生徒もその色の火の球を作り上げることが多い。だがリリニーナの場合は特殊な火の魔力とあって綺羅びやかな光のような色だ。

大きさはちょうどスイカくらいの球で、以前エルクリードに見せたときに少し小さいと言われてから色々訓練を頑張ってはいるが、リリニーナはこれ以上は大きい球が作れたことがない。

ただ大きさより、その球の美しさに教授や教室から感嘆とした声が聞こえてくる。

「良いでしょう。フィアレス嬢、満点です」

魔法基礎学の教授が採点表に点数を書き込む。静かな拍手が起こった。

「次、セイラ・トーリア嬢」
「は、はい!」

セイラが教授の前に進み出る。

「ウィンディア、オーバール!」

元気な詠唱とともに、魔力の球が浮かび上がる。

セイラの魔法系統は風だ。彼女いわく、どの魔法系統を身につけるかをゲーム開始時に選択するらしかった。

だが魔法の能力を開花させアカデミーに転入してきたヒロイン。魔法を習い始めてまだ数ヶ月の身だ。通常ならばリリニーナと同じような点数は期待できない筈だ。

だがセイラの唱えた魔法はものの見事に綺麗な球を創り出した。鮮やかなグリーンの魔球である。それもリリニーナよりも大きく、立派な形だ。

「見事です、セイラ嬢。10点!」

セイラはリリニーナと同じく満点を叩き出した。

教室内からはリリニーナ以上の拍手が沸き起こる。拍手を送るその多くの生徒は平民の学生だ。平民学生の間でのセイラの人気ぶりをリリニーナは手に取るように理解した。

リリニーナは内心凄いわねと思いながら、いよいよね、とセイラと目配せする。

授業の後に待ち受けているのはリリニーナ嬢がセイラに嫌味を言い、通りがかった王子が助けを出してくれる重要なシーン。

今回はイベントのチャンスを逃すわけにいかない。

終業のベルが鳴り、教室の生徒が廊下に出て散り散りになっていく。

(セイラ、行くわよ)

目配せをして教室を出ると、廊下の向こうに別の授業を終えたエルクリードが友人とともに談笑し、優雅な笑みを浮かべながらこちらにやって来るのが見えた。銀色の髪によく似合うエメラルドの瞳が、政略結婚の婚約者であるリリニーナを確認し見据えてくる。

そこには、何の感情もない。人気者のヒーローの様な王子から送られる無感情の視線。それはまるで冷たい鉄のようだった。

王国が滅びるのを阻止したいというよりも、もしかすると自分はここから抜け出したいのかもしれない、とリリニーナはちらと思う。

(頑張らなきゃ)

リリニーナはそんな婚約者の前で嫌味な女を演じるべく、できる限り声を張り上げる。そう、魔力の利用価値を欲され王子の婚約者となった侯爵令嬢は演技が出来る器用な性格なら苦労しなかっただろう。

「ふ、ふんっ! やるじゃないのっ。悔しいだなんて、思ってないんだからねっ」

周囲の妬みややっかみに慣れきってしまった侯爵令嬢が繰り出せる意地悪な台詞は、これが精一杯だった。

(リリニーナ様、かわいい)

セイラはきゅんとし、己の役割をしばし忘れそうになっていた。
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