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バッドエンド回避計画

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王子とビアンカが去って誰もいなくなった廊下をリリニーナとセイラはトボトボと歩いていた。
これから昼休みだから他の生徒はランチルームに移動したのだろう。
リリニーナ達も本来ならイベントの成功に舞い上がっていただろうから、目につかない木陰でヒロインと悪役令嬢、二人でピクニックでもしようかと考えていたのだが。

「……今から、玉ねぎでも持ってこようかしら?」

頭から顔にかけびしょ濡れのセイラに向かってリリニーナはぼそりと呟いた。

「泣けるでしょう?」
「なんというか、そのお気持ちで既に泣けてきます」
「……差し上げるわ」

リリニーナはハンカチをセイラに差し出した。美しい刺繍の入った純白のハンカチだ。

「こ、こんな素敵なハンカチ、悪いです」
「こんなものいくらでもあるわ」

(刺繍が好きでハンカチに沢山縫っていたのだけど、家族以外に褒められたのは初めてだわ)

リリニーナは照れ隠しにそっぽを向いた。それに気付かず、セイラは申し訳なさそうに俯く。

「せっかくのイベントだったのに、上手に泣けなかったのは私のせいです……」
「ふん、いいのよ。貴女に玉ねぎを押し付けるくらいのこと考えなかった私もいけないわ」

リリニーナは相変わらずそっぽを向いたまま冷たそうに言い放つ。セイラはその様子を見てため息を吐く。

「その悪役令嬢ぶりをさっき発揮してくださっていれば私だって泣けたんですが」
「! な、なんですって?」
「いいえ何も……」
「……。でも王子のバースデーパーティーに貴女も行けることになったわ。正体のよくわからないビアンカもだけども」
「選択肢はともかくも、どうやら物語は進むようですからね」

セイラとリリニーナは立ち止まり、頷き合う。

「次こそはまともに行動しましょうね! ヒロインはヒロインらしく、悪役令嬢は悪役令嬢らしく」
「また選択肢があるのでしょう?」

リリニーナの言葉にセイラはええ、と答え、思い出したストーリーを記入したノートを開く。

「次の会話相手は、王子でなくてカイルヴァン様なんです」
「カイルヴァン様?」

王子の従兄弟であり、リリニーナの幼馴染かつ小姑的な存在でもある。

「ええ。王宮内でカイルヴァン様に話しかけられ、エルクリード様にプレゼントを渡してはどうかと提案されます。そしてまた、三択の中から答えを選ぶんです」
「なるほど」

セイラはノートをリリニーナに見せる。そこに書かれていたのはお金がかからずにすぐに用意出来るようなプレゼントとのことだった。

1・セイラ自身
2・緑色の花
3・夜空の景色

リリニーナは首を傾げるも

「1はナシね、メリットがないわ」

と即答する。

「ひどっ」

転生する前のプレイではこれを選択していたとは言わないでおこう、とセイラはショックを受けつつ胸にしまう。

「王子は貴女のことを気にかけているそぶりは見せているけれど、そもそもそれは基本の状態なのかもしれないわ。だから無難なものがいいと思うの」
「王子が、私のことを……!」
「貴女というより、ヒロインを、ね」
「そうですよね……」

しょげるセイラをよそにリリニーナは話を戻す。

「では緑色の花か、夜空の景色ね」
「緑色の花って、地味じゃないですか? 葉と同じ緑色だし」
「うーん」

リリニーナは手を顎に添え、思案する。

(確か王宮の庭園には美しい緑の花があったと思うけれど、今の時期咲いているかしら?)

「でも夜空の景色というのも、なんだかハードル高いですね?」

セイラもリリニーナと同じくうーん、と考えるが、すぐに何かを閃いのかパッと顔を上げる。

「そうだ! リリニーナ様ってカイルヴァン様と幼馴染ですよね? アドバイスを貰いに行ってはどうでしょう」
「え!?」

突然の提案にリリニーナは目を見開き、明らかに嫌そうな顔をしてみせる。

「イベント前だし私から聞いたら変ですけど、リリニーナ様からそれとなく聞けばストーリー上も問題なさそうじゃないですか」
「でもこの時間どこにいるのかなんて知らないし」

カイルヴァンに会えばまたネチネチ嫌味を言われるに違いない。そんな気がしてリリニーナはどうにか逃れようとする。

「この国の未来を救うんでしょう? それにカイルヴァン様は昼休み、大体生徒会室にいらっしゃいます」
「な、なんで知ってるの?」
「ゲームでカイルヴァン様ルートも少しだけプレイしたことあるからです! とても紳士的で優しくて……」
「ふーん」
「興味薄ッ!」

カイルヴァンも攻略対象者らしい。なるほど、とリリニーナは思うがふと何か引っかかりを覚える。

(彼のどこがいいのか全く分からない……。じゃなくて何かが気になるんだけど、一体何かしら)

だがリリニーナはセイラに諭され、気乗りしないままに生徒会室へ赴くのだった。



生徒会室は敷地の建物の中で最も中央に位置し、高い塔の中にある。中庭も望めるその場所にそびえ立つ塔の、螺旋階段をリリニーナは昼食も取らずただ懸命に登っていた。

生徒会に入る優秀な学生は大抵移動魔法も身に着けている為、ぐるぐると何周も周るこの螺旋階段を地道に登る必要はない。その能力も含めて選ばれし生徒会メンバーである。残念ながらリリニーナにはそこまでの魔力はない。

(体力にはあまり自信がないのに……)

リリニーナは息を切らしながら、階段を登りきった先にある木製の扉を確認する。

(はー、ようやく着いたわ)

扉をノックをする。中からは返事はない。だが隙間から漏れ出る光に導かれ、そっと扉を開けてみる。

(誰もいない……?)

中央に大きく置かれた会議用のテーブルに、綺麗に整頓された書棚。天井からは大きなランプがぶら下がっている。その横に休憩用なのかソファがあって、そこに目をやると1人の女学生が横たわりすやすやと眠っていた。

艶やかな黒髪のボブに、伏せた目から伸びる長いまつ毛が印象的だ。

(綺麗な子……。見たことない子だけれど、生徒会のメンバーにいたかしら?)

リリニーナははて、としばらく彼女をじっと見ていたがここへ来た用事を思い出し我に帰る。

(てゆーか、カイルヴァン様はいないの!? 使えない男ね)

リリニーナは階段をここまで登ってきた意味の虚しさを感じ、嫌味な小姑であるカイルヴァンに向かって心の中で八つ当たりする。ここにカイルヴァンがいると言ったのはセイラのはずだが、そんなことは関係ない。

(仕方ない。彼に渡してもらうよう、メモを置いておこうかしら)

カイルヴァンは明日のパーティーには参加するだろうから、その前に話す時間を作ってもらえればいい。その旨を生徒会室にあった便箋にしたため、女子生徒の脇にそっと置いておく。

(起こさないように……)

と気をつけていたが、

「うーーん、おさかな?」

ふと女子生徒が寝返りをうち、その髪に触れてしまう。その瞬間、バチッ! とリリニーナの手から火花が散った。

「きゃあっ」
「ふぇ?」

リリニーナは驚き声を上げた。その声で女子生徒も目を擦りながら起き上がる。リリニーナの魔力が突然暴発したのだ。

「……っ! ごめんなさい、怪我はないかしら?」

火の魔法を使ったわけではない、ただリリニーナの持つ火の魔力が外に溢れたのだ。どのような熱さの魔法を、と唱えた訳でもないそれは熱さもなく冷たさもない。なので火傷を負うことはないのだと冷静になると分かったが、見た目的には熱そうである。このような現象は珍しくリリニーナは慌てていた。

「ふぇえ?」

黒髪のボブの少女は金色の目を開き、真っ直ぐリリニーナを見つめ、口を開きかける。ーーーが。

「リリニーナ嬢、今のは一体何かな。まさか魔法で生徒に危害を加えたのか」

先程入ってきた扉から冷めた声が聞こえ、リリニーナは振り返る。

そこにはラベンダー色の髪をさらりと眉に落とした優しげな表情の青年が経っていた。

リリニーナが探していた小姑かつ公爵子息のカイルヴァン。彼は今、鬼の首を取ったようかのような表情でこちらを見据えていた。

先程リリニーナが階段を登るときに下の方で他の足音がしなかったから、きっと生徒会のメンバーらしく風の移動魔法でこちらまで登って来たのだろう。

そのことを思い、リリニーナは胸につっかえていた疑問が何なのかはっと理解した。セイラが以前言っていた、セイラ自身の魔力の系統についてのことばだ。

セイラいわく、ゲームの冒頭場面で風、火、水、土の中からヒロインが身に着ける魔力を選ぶ場面があるという。それはすなわち攻略対象者を決める為に、彼らと同じ魔力を選ぶということらしい。

(カイルヴァンの魔力系統は風のはず。だけど風を選んだら同じく風のエルクリード王子が攻略対象になると言っていたわ。だったらカイルヴァンを選ぶ際の魔力系統は何?)

カイルヴァンは風のはず、とリリニーナは再度頭の中で復唱する。そんなことは知らないカイルヴァンは穏やかなな、だが蔑んだ目でリリニーナを見つめるのだった。
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