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バッドエンド回避計画

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リリニーナとカイルヴァンの間に沈黙が続く。
リリニーナを追求できる機会を得たと確信したカイルヴァンは半ば愉快そうな様子で優しく問いかける。

「なんで彼女に魔法で攻撃したのかな? ねぇ、黙っていちゃわからないよ? いつも君はそうだけど、本当に成長がないね」

リリニーナは眉を潜め疑問に思う。多くの女子生徒は甘いマスクらしい彼のことを優しく穏やかで聡明と言い、熱を上げる。そしてそんな彼とこんなにも近くにいる今、その理由が全く判らないのは果たして自身の感覚が鈍いのだろうかと。

だがお菓子に例えてみても、自分は甘いものが好きだがきっと苦いものが好きな者もいるのだろうし、とリリニーナは1人納得しカイルヴァンに答える。

「攻撃などしていませんわ。見てわかりませんでしたの?」

リリニーナから溢れ出た魔力を目の前で目撃した当の女子生徒は、ソファで呑気に欠伸をしている。リリニーナがそちらと見やるとブレザーの衿元にバッジが付いていないことから、平民の生徒であることが見て取れた。

「でもさっき、君のその手から火の光がバチバチッて鳴って光ったよ? 彼女、すごーく痛そうだったけど」
「あらそうですの」

(音は魔界からの魔力が突然開いた衝撃からだし、魔力そのものだけなら痛くないもの。カイルヴァン様が何を言いたいのか全くわからないわ)

そしてリリニーナはカイルヴァンが優しいのはやはり見せかけなのだと確信し、ため息を吐く。

「……もし痛かったとしてですね? 紳士的であるべき貴方はその女子生徒を前に、ただ口だけ動かし傍観するのみなのですか?」

すごーく痛そうな思いをしていると思うのなら、目の前の女子生徒に駆け寄り心配すべきではないだろうかとリリニーナは指摘し。

「そっ、そんなことは分かっているよ……!」

その言葉に顔の赤くなったカイルヴァンだったが、慌てて駆け寄るにはもう遅い。すでに先にリリニーナが女子生徒の手を取り向き直っていた。

「驚かせてしまい心苦しいですわ。もしどこか不快でしたら、救護室へとお連れいたしますが」

黒髪とのコントラストが見事な金色の瞳がキラキラと綺麗な女子生徒だった。その瞳に吸い込まれそうなくらいに見つめられ、リリニーナが目が逸らせないでいるとそこへカイルヴァンが慌てたように口を挟んでくる。

「……! シディ、手当てしてくれるそうだぞ。だってほら、痛いもんね?」

この誘導するような質問に、リリニーナは視線を戻し再び眉を潜めてカイルヴァンを見上げた。

「……あのですね。ですから私、危害を加えるような詠唱魔法は使っておりません」
「……手当て?」

シディと呼ばれた黒髪の女子生徒は手当ての言葉に反応したかの様に虚ろな目で呟くと、金色の目を潤ませリリニーナを見つめ続ける。

「手当て、してほしい、です」
「え……?」

どういうことなのか、とリリニーナはカイルヴァンを見やる。

「ほら、やっぱり怪我してるんだろう。救護室には俺が連れて行こう」

カイルヴァンはシディの言葉を待っていたかのように急いでソファに寄り、シディの腕を掴んで立ち上がらせる。一見心配そうな様子であるものの、彼はなんだかウキウキしている。何だか様子がおかしい、とリリニーナは首を傾げた。

(何故そんなに怪我したことにしたいのかしら? そんなに私が悪者にしたいのかしらね?)

カイルヴァンはリリニーナが悪者であることを願うような素振りだ。もちろんこの国の未来を救うために悪役令嬢役を全うしたいリリニーナであるが、それはヒロインであるセイラと攻略対象の王子の仲を取り持つ為。カイルヴァンは関係ないのだ。

カイルヴァンはきっとこの国の未来を救うような目的と何ら関係もなく、ただリリニーナを従兄弟の出来の悪い婚約者と見なし嫌味を振りまいているだけなのだろう。そのような小姑の役割でしかない彼をリリニーナはますます哀れみの目で見やる。

「可哀想に、こんなに悲壮な顔をして」

カイルヴァンはシディを心配する言葉を口にする。いえ可哀想なのは貴方よ、とリリニーナは突っ込みたくなる。

それにシディは相変わらず虚ろでただ眠そうにしているし、カイルヴァンは意気揚々として全く心配そうには見えない。

この茶番はいつまで続くのだろうとリリニーナが半ば白けきった顔をしていると、カイルヴァンはついににっこりとしつつ、

「このことは教師陣に報告させてもらうけど、いいね?」

と嫌味の総仕上げらしく楽しげに問うてきた。

呆れを通り越して、リリニーナはさらに冷たい目でカイルヴァンを見やる。いくら風の魔法の使い手とて、他の魔法系統の知識は魔法を使う者ならばある程度は有している。

ましてやカイルヴァンは風の祖家である王家に準ずる立場であるのに。リリニーナから出た光が魔力か詠唱魔法によるものか位、見分けられる筈であるのに。それに何より、このアカデミー内にはこういった場合のためにしかるべき魔術設備がきちんとあるのだ。

だからこんな無駄話をしている場合ではないし、何が楽しいのだろう。セイラの選ぶべき選択肢のことを偵察せねばならないのに。

「私は構いませんわ。学長室のスフィアで検証すれば私が危害を加えていないこと位すぐに判りますので」
「自信満々で結構だ。では裁可を待つんだね」

学長室には王宮直属の魔術師達が作り上げた魔術解析の可能な装置であるスフィアが置かれている。アカデミー内における各々の生徒の魔法の使用履歴が記録される仕組みになっていて、それを学長権限で調べれば誰がいつ何の魔法を唱えたかが判別出来る仕組みになっている。

アカデミーの生徒の誰もがこのことを知っており、スフィアが見張っている以上は危険な魔法は使えない。そのことは当然の様に生徒間でも教師間でも認識されている。リリニーナはそのことを踏まえ、これ以上は不要な会話だと話を切り替えた。

「それよりもカイルヴァン様にお尋ねしたいことがあるのですが」
「なんだい? 俺の機嫌ならすっごく良いよ?」
「聞いていませんわ。それよりエルクリード様の好みというか、お誕生日に渡す物のことなのですが」
「ん? まさか用意していないのかな? 毎年の如く、屋敷の者が勝手に用意して送るのだろう?」

ぎくり。確かにそうだが、リリニーナは適当な理由を思い浮かべる。

「確かに既に用意していますわ。ただ私も、たまには王子のことを知ろうと思いまして」
「王子が他の女子生徒を気にかけたから気にしているのかい? エルクリードは君のこと、気にかけてないから?」

どうでもいい情報が耳に流れてくる。シディと救護室へと向かうべく生徒会室を退出していくカイルヴァンをリリニーナは追いかけた。得るべき会話に集中するべく、尋ねるべき内容をしっかりと思い起こしつつリリニーナは問いかける。

「王宮には珍しい、緑の色の花って咲いていましたわよね? 確か王子の瞳の色と同じ花が。お見せしたら喜ぶかしら」
「ああ……、今の時期は咲いてないよ。無知だね」
「明日のパーティーの夜、素晴らしい星空が見えると王子は喜ぶかしら」
「明日は曇のち雨だよ。君の心の中も同じかな?」
「……。もう私、行きますわ」
「そうしてくれると嬉しい。大人しく教師陣の判断を待つんだね」

カイルヴァンはにっこりと笑うとこちらへどうぞ、と階段を示した。延々と続くように見える、下り道の螺旋階段。カイルヴァンならば風の魔法で人を送り届けるくらい出来るだろうに。だがこんな扱い慣れっこなリリニーナは、ではご機嫌ようと会釈すると階段を徒歩でゆっくり下りて行く。

「ウィンド・フライルート。 風よ穏やかに運べ」

背後の階段上では直ぐ様カイルヴァンによって風の魔法詠唱が唱えられた。浅黄色の光が柔からかな風に包まれ、ふわりと二人の影が移動していくのが見えた。

セイラは沢山のゲームを体験したと言っていたが、どの物語でも悪役令嬢とはこのような扱いなのだろうか。

ヒロインがこの世界でカイルヴァンを攻略対象に選べば、きっとあの嫌味な公爵子息も本心から微笑むのだろうとリリニーナはふと思う。そして自身の惨めな気持ちがじわじわと起き上がってくる。

そしてその気持ちとシンクロするように、リリニーナの手から闇の魔術痕が黒い霧として空中に形作ろうとしていたのだった。
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