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第8話

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(ふむ……もう少しか……)


 遠視で王国の様子をうかがっている。

 800年も生きていれば、これくらいの芸当は誰でも出来るようになる。

 ところが、魔法で同じ光景を見せていた相棒の竜騎士団長が立ち上がった。

 こうなるともう、我輩の言うことは聞かない。

 民衆や同僚だった兵士たちを救おうと、一人でも王国へ向かうつもりだ。

 やれやれ……。

 普段はパン屋の親父のように温厚なくせに、いざというときは平気で死地へ飛びこんでいく。

 短い生命の種族のくせに、どうしてこう無謀なのか。

 ま、そこが面白いのだが……。

 仕方あるまい……。


「そこの竜騎士団長、ちょっとそこまで乗っていかないか?」


 我輩は相棒を背中に乗せると、仲間の騎竜を引き連れて大空を駆けた。


「これはまた大量だな」


 そして、街に入りこんだモンスターに向けて天より竜のブレスを吐きかけた。
 幾筋もの光条が走り、数え切れないほどのモンスターを巻きこむ爆発と、まるで吸いこむような突風を生み出した。
 阿鼻叫喚の地獄絵図。


「人間の漁師が言うところの入れ食いとはこのことだな」


 突如上空に現れたドラゴンの群れに、モンスターは恐れおののき逃げ惑う。
 勇敢にも立ち向かおうとしたモンスターもいたが、奴らの弓矢が届かない上空からブレスを吐いてやれば、ほら、この通り。


 ――ズドンッ!


 爆音と共に死体へ早変わり。
 もう抵抗しようなどという愚か者はどこにもいなかった。
 北の森へ逃げ帰っていく。
 こうして、数え切れないほどいたモンスターの群れが、まるで波が引くように街から姿を消していた。

 そのまま王城まで飛ぶと、中から新国王が飛び出してきた。

 民衆から追い回されながら、中庭で上空に向かってブンブン両腕を振っている。

 仲間を空に残し、我輩と竜騎士団長だけが地上に降り立った。


「よ……よくやってくれた竜騎士団よ! やはり諸君らを解散するという余の判断は間違っていた! これからは余の片腕として、この国を守護して欲しい!」

「そうだ! 竜騎士団が戻ってきてくれればこの国も安泰だ!」

「やっぱりこの国には竜騎士団が必要なんだ!」

「帰ってきてくれてありがとう!」


 民衆も、ドラゴンの活躍を見ていたのか歓喜の声を上げた。

(まったく……)

 我輩は呆れ返った。
 口車に乗ったとはいえ、一度は新国王に賛同し、尻尾を振ったというのに、あっさり手のひらを返すとは……。
 お前たちも同罪であろう。
 とはいえ、老人や子供など、心の底から竜騎士団を敬愛している者がいることも、匂いでわかる。

(……ふむ)

 ならば、選ばせてやろう。
 我輩は民衆に向かって竜の言語を発した。


『選べ! 彼の国王のもとで北の森のモンスターの襲撃に怯え暮らすのか。それとも竜騎士団の統治を己が頭上に戴くのか?』


「なアァァ!?」
「しゃ、しゃべった……?」
「竜が話した……?」

 国王も民衆も目を丸くする。

 ドラゴンが話せるという噂を耳にしたことはあっても、実際に聞いた者はいなかったのだろう。

 しかし、一番驚いて腰を抜かしそうになっていたのは、相棒である背中の竜騎士団長であった。

 なぜなら、竜騎士団が統治するということは、必然的に竜騎士団のリーダーである相棒が、新しい王様になるということだからだ。

(喜べ相棒、今日からお前が新国王だ……)

 竜騎士団長は「聞いていない!」と否定しようとしたが、我輩が黙らせる。


『誰が王になり、誰が統治するのか、決めるのはこの国の国民であるッ!』


 民衆は互いに顔を見合わせると、誰とはなしに名前を口にした。

「竜騎士団を……」

「ドラゴンを……」

「竜騎士団長を……」

「騎竜を……」


「竜騎士王、バンザァァイ!!」


「騎竜王、バンザァァイ!!」


「ま、待て、待つのだお前たち! ここは余の国だぞ! おい将軍! 宰相! 大臣! 誰か、誰か、おらんのかぁぁ!?」


 前国王に応える声はもうなかった。
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