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2 旅立ち
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その日、リナが視た夢はかつてない程に鮮烈なものだった。
――小さな子供。泣き叫ぶ悲鳴。ほとばしる血飛沫。金色の瞳。崩れていく見た事もない大きな街並み。
数日は何度も視た夢を頭の中で繰り返し、そしてそれから何週間も答えを求めて彷徨った。時には城の中の誰も居ない場所を探しては何時間も一人過ごし、時には書物を読み漁り、そして時には城を出てただ風の音を聞いた。
“往生際が悪いね?”
リナの周囲には光の小鳥が一羽フワフワと飛び周っている。空高く飛び、そしてまた戻ってくるとリナの周囲を周っている。そうしてようやく肩に留まった。チチッと鳴く声はまさに小鳥そのもの。それでもこれは鳥ではない。リナはそっと手を伸ばすと、リナにしか触れない小鳥の背をそっと撫でた。小さな嘴の辺りが甘えるように掌に擦り付けられた。
「ノアを疑ってはいないわよ」
“ならなんでまだここにいるわけ?”
こことはエミル王国の事。
ノアはなぜまだエミル王国にいるのかと聞いてきている。それはもう本当に分からないと言わんばかりに。
“視たあれが全てだよ。ここにもう居場所はないよ”
「……魔女達が待ち望み続けた“真の統治者”が、よりにもよってあの国から現れるなんて」
長い期間考え抜き、そうしてようやく口にした言葉。その瞬間足元が崩れ落ち、そして一瞬にして足元が固まった気がした。
「リナ様、今なんて?」
ローザは手に持っていたカップを絨毯の上に落とした。絨毯の上でカップは割れず、音もなく、ただ淹れられた就寝前の水が静かに広がっていく。ローザはとっさにカップを拾いながらも、そのまましゃがみ込んでいた。
「ずっとお元気がなかった理由はそれですか」
「出発は三日後にするわ。その日は丁度新月で身を隠すには丁度いいでしょうから」
「両陛下やアルヴァ様にはお話されないのですか? きっとご心配されます」
「手紙を残していくわよ。元々私の能力は知っているんだもの。女神様のお導きだと言えば納得されるはずよ」
「ですが! ですがそれではリナ様があまりにも……」
「これは私一人の意志ではないもの。私が私である以上仕方のない事よ」
「長旅になります」
震えている肩にそっと手を乗せると、ぐっと強く引かれた。
「私も連れて行って下さいませ。ギルベアト帝国には姉と弟がおります。きっと力になってくれます!」
「アデリータとマイノね、懐かしい。考えようによってはそういう楽しみもあるわね」
「リナ様! 何があってもずっと共におります。何があっても……」
「大袈裟よ。でもローザがいてくれて良かった」
アルヴァの手にはリナの直筆で書かれた手紙が握り締められている。すでに部屋はもぬけの殻で、共のローザも消えていた。
「アルヴァ、もうリナの事は忘れなさい。あれは元々女神様から遣わされた娘だったのだよ」
両陛下は目を真っ赤にしながら声を詰まらせて言ったが、アルヴァは肩に置かれたその手を振り払うと、部屋を飛び出した。
「そんな訳あるか! リナは僕の妹なんだ! 帰してくれ!」
アルヴァは新月の闇に立つ女神像の前で大声を上げた。
「リナ……なぜ一言も言ってくれなかったんだ」
ぐしゃりと握り締めた手紙を持ったまま床に膝を突いていく。その時、石を打つ足音が聞こえてきた。
「誰かと思えばアルヴァ様でしたか。このような夜更けにどうかなさいましたか?」
「リナがギルベアト帝国に向かってしまった。でも僕達は連れ戻す事は出来ない。そうすれば帝国と戦争になってしまうだろうから」
「左様でしたか。ですがこれも全て女神様のお導きなのでしょう。ああそう言えば、実はこういった物を見つけたのです」
ロウの手には鈍く光る小石が握られていた。
「なんだそれは」
アルヴァが手を伸ばし掛けた時、すっと手が引かれる。しかしまたすぐにその手は開かれた。
「これは魔女の力を凝縮した物にございます。今は無き祖国にもございました。決して多くはありませんでしたが極稀に発見され、宝石よりも重宝されておりました。魔女の力の結晶、とても言うべき物ですね」
「魔女の力の結晶……?」
「魔女が死ぬと力がこのように結晶化するのです。この結晶を使えばどれだけ危険な国が襲って来ようとも、このエミル王国が負ける事はございません」
「そんな物ッ! 危険だろう!」
「危険だなんてとんでもない。これは女神様からの贈り物にございます。さあ、使い方を教えて差し上げましょう」
――小さな子供。泣き叫ぶ悲鳴。ほとばしる血飛沫。金色の瞳。崩れていく見た事もない大きな街並み。
数日は何度も視た夢を頭の中で繰り返し、そしてそれから何週間も答えを求めて彷徨った。時には城の中の誰も居ない場所を探しては何時間も一人過ごし、時には書物を読み漁り、そして時には城を出てただ風の音を聞いた。
“往生際が悪いね?”
リナの周囲には光の小鳥が一羽フワフワと飛び周っている。空高く飛び、そしてまた戻ってくるとリナの周囲を周っている。そうしてようやく肩に留まった。チチッと鳴く声はまさに小鳥そのもの。それでもこれは鳥ではない。リナはそっと手を伸ばすと、リナにしか触れない小鳥の背をそっと撫でた。小さな嘴の辺りが甘えるように掌に擦り付けられた。
「ノアを疑ってはいないわよ」
“ならなんでまだここにいるわけ?”
こことはエミル王国の事。
ノアはなぜまだエミル王国にいるのかと聞いてきている。それはもう本当に分からないと言わんばかりに。
“視たあれが全てだよ。ここにもう居場所はないよ”
「……魔女達が待ち望み続けた“真の統治者”が、よりにもよってあの国から現れるなんて」
長い期間考え抜き、そうしてようやく口にした言葉。その瞬間足元が崩れ落ち、そして一瞬にして足元が固まった気がした。
「リナ様、今なんて?」
ローザは手に持っていたカップを絨毯の上に落とした。絨毯の上でカップは割れず、音もなく、ただ淹れられた就寝前の水が静かに広がっていく。ローザはとっさにカップを拾いながらも、そのまましゃがみ込んでいた。
「ずっとお元気がなかった理由はそれですか」
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「両陛下やアルヴァ様にはお話されないのですか? きっとご心配されます」
「手紙を残していくわよ。元々私の能力は知っているんだもの。女神様のお導きだと言えば納得されるはずよ」
「ですが! ですがそれではリナ様があまりにも……」
「これは私一人の意志ではないもの。私が私である以上仕方のない事よ」
「長旅になります」
震えている肩にそっと手を乗せると、ぐっと強く引かれた。
「私も連れて行って下さいませ。ギルベアト帝国には姉と弟がおります。きっと力になってくれます!」
「アデリータとマイノね、懐かしい。考えようによってはそういう楽しみもあるわね」
「リナ様! 何があってもずっと共におります。何があっても……」
「大袈裟よ。でもローザがいてくれて良かった」
アルヴァの手にはリナの直筆で書かれた手紙が握り締められている。すでに部屋はもぬけの殻で、共のローザも消えていた。
「アルヴァ、もうリナの事は忘れなさい。あれは元々女神様から遣わされた娘だったのだよ」
両陛下は目を真っ赤にしながら声を詰まらせて言ったが、アルヴァは肩に置かれたその手を振り払うと、部屋を飛び出した。
「そんな訳あるか! リナは僕の妹なんだ! 帰してくれ!」
アルヴァは新月の闇に立つ女神像の前で大声を上げた。
「リナ……なぜ一言も言ってくれなかったんだ」
ぐしゃりと握り締めた手紙を持ったまま床に膝を突いていく。その時、石を打つ足音が聞こえてきた。
「誰かと思えばアルヴァ様でしたか。このような夜更けにどうかなさいましたか?」
「リナがギルベアト帝国に向かってしまった。でも僕達は連れ戻す事は出来ない。そうすれば帝国と戦争になってしまうだろうから」
「左様でしたか。ですがこれも全て女神様のお導きなのでしょう。ああそう言えば、実はこういった物を見つけたのです」
ロウの手には鈍く光る小石が握られていた。
「なんだそれは」
アルヴァが手を伸ばし掛けた時、すっと手が引かれる。しかしまたすぐにその手は開かれた。
「これは魔女の力を凝縮した物にございます。今は無き祖国にもございました。決して多くはありませんでしたが極稀に発見され、宝石よりも重宝されておりました。魔女の力の結晶、とても言うべき物ですね」
「魔女の力の結晶……?」
「魔女が死ぬと力がこのように結晶化するのです。この結晶を使えばどれだけ危険な国が襲って来ようとも、このエミル王国が負ける事はございません」
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