こっそり侍従に恋してます

山田ランチ

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9 大切にしたいのに

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 とうとうオニキス国の第一王女が短期留学する日がやってきていた。

 王城の前で王女を待つフェリドは王族の正装をし、いつもよりも輝き増々で圧倒的な存在感を放っている。白のジャケットには金色の糸で細やかな刺繍が施されており、これまた同色のスラックスは真ん中の線以外ぴっしりとシワ一つなく、まっすぐに伸びている。その立ち姿をちらちらと横目で見ながら、吐き出したい溜め息をなんとか飲み込んでいた。

――こんなに白の衣装が似合う者がいるの? キラキラと輝いてまるで王子様ね。

 ああ、王子様だったんだと内心自分に突っ込みながら王女の到着を待っていると、横から腕を小突かれた。

「そんなに見られると気になるんだが?」

――はぁ? 別に見てないわよ! というか見ていたけれどそれは王子の隣りに立つのが気が引けるという意味な訳であって、決してあなたに好意があって見ていた訳ではないんだから!

 などとは言えるはずもなく、出迎えに溢れる城門前で一応婚約者のフェリドに当たる訳にもいかず、にこりと微笑み返した。

「正装を初めて見ました」
「やっぱりこの姿も覚えていないんだな。ちらっとも記憶を掠めないか? ほら、よく頭の中を探してみろ。何度となく公式の場で見ているはずだぞ」

 フェリドは指で頭を突いてくる。一度、二度、三度……。決して強くはない力だがそう何度も横から押されてくると、段々と苛々が溜まり出した時だった。

「じゃれていらっしゃるわよ。本当に仲が宜しいのね」

 集まっていた城仕えの者達のひそひそ話が聞こえてくる。そうすると余計に振り払う事が出来なくなってしまい、一定に動く頭をそのままに無心になろうとした時だった。

「殿下、お嬢様、そろそろ王女様が到着なさいます」

 いつの間にか後ろに立っていたヴァートが声を掛けてくるとさすがにフェリドの手は止まった。曲がった坂道に馬車が見える。遠くからでも分かる程に細工が綺麗に施された大きな馬車の御一行はもうまもなく到着するところまで来ていた。

「やっとか。短期とはいえ先が思いやられるな」

 呟いたフェリドは白の手袋をはめた手を前で組みながら馬車を目で追っている。

「お楽しみにされているのではございませんか? 美しいお方だとお聞きした事がございます」

 そう言って後ろを振り返った。ヴァートがこんなにそばにいる。遠目からでもヴァートの格好良さはひと目で分かるのにこんなに近くにいて万が一王女に気に入られでもしたら、いくらなんでも一介の貴族令嬢に過ぎない自分が一国の第一王女からヴァートを守りきれるはずがない。きっとこの国にいる間はずっとヴァートをそばに置きたいと言い出し、自国に連れ帰りたいとだって言い出すに決まっている。

――それに、それに……もしかしたら夜も離さないかもしれないわ。
 
「お嬢様? そろそろ到着されますよ?」
「ヴァート! どうしてこんなところにいるの?」
「どうしてって、私のいる所から馬車が見えたのでご報告に……」

 エミリアはヴァートの腕を押していた。

「早く向こうに行っていなさい!」
「お嬢様?」
「そうだぞヴァート。ここからは俺とエミリアが王女をお迎えするんだからお前は下がっていろ」

 偉そうにいうフェリドの言葉も今は耳に入らない。ヴァートは言われるまま後ろに下がっていく。ちょうど馬車が近くに止まる。そして馬車から勿体ぶるように現れてたのは息が止まるほどの美女だった。

 オニキス王国は元を正せばこのアゲート王国と先祖を同じくする王国だった。建国の王から数代後に二国に分かれたと歴史で学んだ事があった。
 クリスティナ王女は一言で言えば夜露に濡れた花のような美しい女性だった。銀糸の様な真っ直ぐな髪は腰まで長く、一切のうねりなく伸びている。少し下がった大きな目に薄化粧をし、長旅仕様か装飾の少ないドレスを着ていたが、かえってその方が王女の本来持つ美しさをより一層引き立たせているようにも思える。女でも見惚れてしまうのだ、きっとさぞフェリドは心奪われたに違いない。そう思ってフェリドを盗み見ると、あろうことかフェリドはこちらを見ていた。

「殿下? 王女はあちらですよ?」
「分かっている。いや、同じ女なのにこうも違うものかと思ってな」

 恥ずかしさからなのか、余裕からなのか分からないがフェリドの興味は王女にはないようだった。それでも王女が近づいてくると王太子らしい満面の笑みを浮かべて王女に歩み寄った。

「ようこそオ我がアゲート王国へ。私はフェリド・フェルディナント・ルナールと申します」
「始めまして、クリスティナ・ジラールと申します。このように歓迎して頂き嬉しく思います」

 そしてクリスティナは柔らかく微笑むとこちらに視線を向けてきた。

「ご紹介致します。こちらはエミリア・ポミエ。私の婚約者です」

 するとクリスティナは目を見開いて微笑んだ。

「お美しいご婚約者様ですのね。短い間ですが仲良くしてくださいね」
「お優しいお言葉をありがとう存じます。こちらこそ宜しくお願い致します、クリスティナ様」
「それではこれから陛下の元へご案内致しましょう」

 エミリアは内心ほっとしてフェリドを見上げた。

「それでは私はこれで失礼致します。ご滞在がご有意義なものでございますように」

 そう言って下がろうとした時だった。クリスティナはそっとドレスの袖を摘んできた。

「エミリアも一緒に行きましょう。構いませんか?」
「もとよりそのつもりでした。エミリアも一緒に行こう」
「ですが私はお邪魔では?」
「何故? お二人は婚約されているのでしょう? フェリド様を独り占めしてしまうのは申し訳ないわ。さあエミリアも一緒よ。私嬉しいの、オニキス王国では王族が学校に通うという概念がないから今回の留学を凄く楽しみにしていたのよ。もし今回の留学で我が国にも必要だと感じたらお兄様に……陛下に進言してみようかと思っているの。我が国でも王族が学校に通えるかどうかはエミリアにかかっているわね」
「それは責任重大です」

 引き攣る表情を隠せたかは分からない。なぜクリスティナがこの国に来ることになったのか、納得がいった所でエミリアは無意識にヴァートを探していた。その視線に気がついたのかヴァートがこちらに向かってくる。止める事も出来ずにヴァートは結局クリスティナのいる場所まで来てしまった。

「お探しでしたか?」
「いいえ、別に」
「エミリアその方は?」
「ポエミ家の使用人です。クリスティナ様が気になさるような者ではございません。さあヴァート、私は殿下方と陛下に謁見しに行くからもう下がりなさい」

 恐る恐るクリスティナを見ると、案の定真っ直ぐにヴァートを見つめていた。

「そう邪険にしなくてもいいじゃない。ヴァートといったわね、エミリアのお付きならあなたも一緒に来たらいいわ」

 そこからは妙な組み合わせになってしまっていた。

 前を歩くのはフェリドとクリスティナ。エミリアは少し後ろを歩くヴァートの気配を感じながら声を掛けられずにいた。さっき言われたクリスティナの言葉が胸に引っかかっている。

――別に邪険にした訳じゃないのに。

 早くヴァートの誤解を解きたいのに、こんな状況では話しかける訳にいかない。それにクリスティナは後ろ姿も美しかった。長い髪にくびれたウエスト。歩き方も綺麗でどこからどう見ても目を奪われてしまう。そんな姿をヴァートもきっと今見ているのだろう。そう思うと余計に気分が落ち込んでしまう。クリスティナの姿と比べられたくなくてどんどん肩が落ちていくと、後ろからヴァートが小声で話しかけてきた。

「ご気分が優れませんか?」
「何故?」
「どことなく歩き方がいつもと違う様に見えましたので。私の勘違いでしたらいいのです」

――どうしてそんな事まで気がつくのよ。 

 その優しさに胸が熱くなってしまう。じんわりと目頭に涙が溜まった時、クリスティナが振り返ってきた。

「ヴァートはエミリアに仕えて長いのかしら?」
「長いと思います。かれこれ十二年程になりますでしょうか」
「そうなの。そんなに前から」

 そういうクリスティナはどこか寂しげに目を細めてヴァートを見つめていた。

――クリスティナ様?

 しかし視線はすぐに前に向いた。




 王の間での謁見も無事に終わり、ようやくお役目から開放されると思った矢先、クリスティナは手を掴んできた。

「ねえこれからお茶をしましょう?」

 甘えた声でフェリドに問う姿に周囲にいた者達は僅かに顔をこちらに向けた。今の言い方は婚約者のいる男性に言うにしては些か甘さが感じられる。気が付いた者達の視線がこちらに向いているのを感じながら敢えて快く返事をした。

「私は構いませんが、長旅でお疲れではございませんか?」
「ずっと座っていてむしろ動いていたい気分なの。庭園はない? そこでお茶がしたいわ」
「それでは殿下もご一緒に……」
「申し訳ないが公務が立て込んでいるのです。すみませんがエミリアの事をよろしくお願い致します。それでは晩餐の時にお会い致しましょう。エミリア、粗相のないようにね」
「かしこまりました」

 さっさとその場を離れていくフェリドの背中を睨みながら見つめていると、クリスティナはいたずらっぽく笑ってきた。

「殿下は心配症ね。もちろん政略結婚でしょう?」
「もちろんそうです。でも子供の頃から一緒にいるので仲は良いかもしれませんね」
「それは羨ましいわ。私にはそんな婚約者はいないから」
「失礼ながらクリスティナ様はご婚約をされていないのですか?」
「していないわ。私の場合、兄が決めかねているというところかしら」
「国王陛下がですか? 大事なクリスティナ様を手放したくないのですね」
「フフッ。欲張りよね。でも今回ようやく重い腰を上げたみたい」

 クリスティナの表情を見ても王女としての完璧な笑顔にその奥にあるものを推し量る事は出来なかった。
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