大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ

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4 実技授業

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 見ず知らずの男子生徒と二人きりの昼食。目立たない訳がない。無数の視線を感じない程鈍感でもないメリベルは、持っていたフォークをとうとう止めた。

「ねえ、なんだか私達見られていない?」
「そうか? 気にしない気にしない。それよりも本当にそれだけで足りる訳?」

 食堂のメニューは多い。二つの学科の生徒が通う為、それぞれに合わせたメニューもさる事ながら、庶民から貴族まで通っている為金額設定も様々だった。
 とはいっても不躾に料金が書いてある訳ではなく、皿の一部についている色によって金額が違う。しかし食堂を使う生徒達のほとんどは貴族子息子女達で、庶民の生徒達は教室や中庭で持参した物を食べている事が多かった。
 メリベルはマイロの選んだ皿を見ながら、ふーんと小さく言った。

「食いたいのか? なんで選ばなかったんだよ」
「べ、別にそういう意味じゃないわよ! ただ二枚もお肉なんてさすがは剣術科ねと思っただけよ」

 マイロが選んだ皿は三枚の内二枚が白で、一枚が薄緑。白は一番金額のする料理が乗っている為、二枚取るというのは少し驚きだった。

「俺、魔術科だよ」
「そうなの?」

 すると二口目に放り込もうとしていた肉を刺していたフォークを置き、なんとも嬉しそうに笑った。

「しかも同じクラス」
「!? ごめんッ!」

 とっさに謝るとマイロは更に嬉しそうに笑い、肉をばくっと頬張った。
「もしかして怒っている? もしかしなくても怒っているよね?」
「いんや。逆に新鮮っていうか嬉しいっていうか、まあそんな感じ」

 マイロに嘘はないようで、むしろ笑ってさえいるように見える。安心したメリベルはマイロの食欲に圧倒されながらも、白身のソテーとパスタ小サイズをいつもより少し早めに食べきった。

「お詫びにデザートを奢るわ。何がいい?」
「それならこれと同じやつがいいな」
「メインを三皿も食べるの!? 次は実技授業なのよ」
「だから腹一杯にしてた方がいいだろ? ああ、でもやっぱりそれは明日の楽しみって事で」
「まさか明日も一緒に食べる気? 明日は駄目よ、シアがいるんだから」
「じゃあシアちゃんも一緒でいいじゃん。三人で食おうよ」
「もしかしてだけど、マイロってまだ友達が出来ていないの?」
「なんでだよ! いるっつうの!」
「それじゃあどうして私と……」

 食堂を出ようと歩いていると、集まっていた視線をちらりと見渡した。

「なんだかずっと見られているみたいなんだけど、もしかしてマイロって有名人だったりする?」

 声を潜めてマイロに囁くと、マイロはベッと舌を出してきた。

「有名人はそっちだろ? アップルパイちゃん」
「それは言わないでよ! もうッ、教室には別々に戻るわ!」
「そんな事言わないで、俺にはアップルパイちゃんだけが友達なんだって」

 後を付いてくるマイロを振り切りながら、メリベルは教師に怒られない程度の小走りで教室へと戻って行った。




「みなさーん! ペンダントは持って来ていますね? それじゃあ二人から三人の組を作ってくださぁーーい」

 声が訓練場に響き渡る。皆自分のペンダントを手で握りながら若干の緊張が走っていた。
 初めての実技授業。一年生の授業は中庭の訓練場で行われる為、休み時間の間に魔術教師が防護の魔術を掛けたようだった。空はぼんやりと歪み、光を反射している。初めて見る生徒達は不思議そうにずっと空を見上げていた。
 昼食の後、勢いのままマイロを引き離して教室に戻って来てしまったが、ついキョロキョロと探してしまうのは、マイロが組を作れたかが心配になってしまったからだ。全クラス合同の為それなりの数にはなっているが、離れた所でマイロの姿を発見し、何故かホッと安心してしまった。

(なんだ、ちゃんと友達いるんじゃない)

 マイロは四、五人の男子生徒と楽しそうに談笑している。こちらの視線に気がついたのか、マイロが手を振ってきた。とっさに顔を逸らすと、その下からシアが覗き込んできた。

「おやおや? いつの間にそんなに仲良しになったの? その様子だと本当に二人でお昼食べたのね?」
「仲良しになんてなってないわ。シアがいないからたまたまそうなっただけだもの」
「でもマイロ君って人気あるよねぇ」

 ニヤニヤしながらそう言うと、シアはぐいっとメリベルの顔をマイロに向けさせた。

「痛いってばシア!」
「よぉーく見なさいよ。マイロ君はどこからどうみても学園の人気者よッ」

 少なくとも友達がいないというのは訂正しなくてはならない。確かにシアの言う通り、背は高く、体躯もしっかりしている。だからこそ剣術科だと勘違いしたのだが。短く薄い銀髪も似合っているし、はっきりとした黒い瞳も魅力的かもしれない。それに人懐っこい明るい性格はこの短い間に十分という程に実感していた。実際、マイロと組もうとしたのか、そばをウロウロとしている女生徒達が目に入った。

「もうすでにファンクラブがあるみたいなんだから」
「ファンクラブ!?」叫んでしまった口を急いで隠される。
「本当に男子には興味ないのね。まあ、あのお方が婚約者なら頷けるけどさ」

 その時、教師の号令が掛かった。

「組は出来たみたいですね。それじゃあ今日は初歩の初歩、浄化の魔術をしていきます。君達もそれぞれ故郷に帰ったり、就職したらまず求められるのは浄化の力になると思います。それが魔術師にとっても要となる仕事の依頼になるのでじっくりと強化していきましょう!」

 この世界が創生された時から世界を満たしていた魔素。それは今だにこの世界に漂い続けている。魔素がなければ魔獣はいなくなり、魔素に侵される人々もいなくなる。でも魔素があり魔術があるから日々の暮らしは楽になっているし、魔術が使えればこうして身分に関係なく学び、仕事に就く事も出来るのだ。そういう自分も魔素の恩恵を享受している一人に過ぎないのだと知った時には理不尽さを感じていた。

「今から一定量の魔素をこの空間に放ちます。防護魔術は掛かっているので魔素がこの空間を出る事はありませんが、あまり長い時間は気分が悪くなる人も出てくるでしょうから、コツは早めに浄化する事です。組で力を合わせて死角を作らずに浄化してくださいねッ」

 嬉しそうにそう言った教師は地面に向かって小さな円を描くと、続けて出現と魔素、抑制のマークを描いて発動の呪文を詠唱し、スッと防護壁の外に出て行った。
 その瞬間、地面から黒い液体のような物が溢れ出してくる。ドロドロと伸び進み、やがて背丈ほどまで吹き上がった。

「……あれって結構多くない?」

 生徒の一人がぽつりと呟くと、他の生徒も叫び出した。

「あんなのまずいって!」

 漂っていた魔素の先端が狙いを定めるように伸びて生徒に飛び掛かった。

『十字路の住人、見通し繋ぎ歩む者、精霊の炎がセレマの意志を持って元あるべき場所へと戻さん』

 その瞬間、青白い炎が生徒の顔の目前に伸びていた魔素を燃やして消えた。

「あなた達、授業とはいってもあれは魔素よ。浴びればただでは済まないわ」
「クレイシー様……」

 庇われた男子生徒はずるっとその場に座り込んでしまった。その瞬間、魔素は幾つもの先端を同時に伸ばし生徒達に襲い掛かってきた。防護壁の中で激しい魔術と魔素のぶつかり合いが始まる。教師はその光景を見ながら後ろに近づいてきた気配に横向きで頭を下げた。 

「お疲れさまですサーベラス先生。今年の魔術科の生徒達はどうですか?」
「……学園長の仰る通りにしましたがこれはあまりに無謀ですよ。一年生にあの量の魔素など、到底浄化出来る訳がありません。後で親御さん達からクレームが入っても私は知りませんからね」

 勤続三年目の女教師サーベラスもこの学園出身だった。自身も最初の実技でこの授業があった事は記憶にある。しかし今生徒達が祓っている魔素の十分の一という魔素の放出だった。

「大丈夫ですよ。皆無事にここを出てきますからご心配なく」
「まさか! 数人の重傷者は覚悟の上です。すぐに治療出来るように医務室でも待機してもらっているところです」
「さすが準備万端ですね。サーベラス先生は本当に生徒の事を想っていて下さり、私としても嬉しい限りです」

 サーベラスは学園長の横顔を見上げた。若いはずなのに、たまに年寄りのように先を見据えるような落ち着いた顔をする時があった。温厚な表情で見つめる視線の先には、大量の魔素と必死に戦う生徒達の姿。それはとてもそんな優しい表情で見る光景ではない。サーベラスは自らが発動した魔術の経過を感じながら、ぐっと拳を握った時だった。

「我が学園の生徒達を信じて待ちましょう」
「信じるとかそういう問題ではありません。危険だと判断したら即刻中止します」
「ここは王立ソルナ学園ですよ。国中の優秀な生徒達が集まる学園です」
「ですがこれでは学ぶ前に……」

 その時、防護壁が一瞬にして解かれた。水蒸気のような白い靄が消えていき、中の様子が鮮明になっていく。

「……ふ、やはり血は争えませんね」

 学園長はそう言い残すと、その場を去って行ってしまった。

「皆無事ですか!?」

 サーベラスは駆け寄り、足を止めた。地面に描いたはずの魔素召喚の魔術陣が完全に消えている。そこには魔術の残穢すら残っていなかった。そしてそもそも防護壁が解けてしまったという事に気がついた時には、生徒達は皆一点を見つめていた。
 サーベラスの描いた魔術陣に近い場所にいたのは、メリベル・アークトゥラス。

「あれ? 先生、もう終わりですか?」

 皆が必死の形相で息切れする中、メリベルだけは何食わぬ顔で立っていた。




「学園長! あなたは最初から……」

 サーベラスは授業が終わり学園長室に乗り込むと、先客がいたようだった。

「っと、失礼しました」
 
 学園長室にいたのは園芸員のイーライだった。広い学園で教師以外の働き手は数人。特にこのイーライは魔術を使って仕事をしているので少し目立つ存在ではあったが、直接学園長室にいるのは少し妙だった。

「それじゃあ例の件、早くな」

 そう言うとイーライはサーベラスの事をちらりとも見ずに部屋を後にした。
 
「なんですかあれは。学園長にあんな口の聞き方をするなんて!」
「いやいや彼は昔からの知り合いだからね。花壇を大きくするか増やしたいとずっと頼まれていたんだよ」
「すでに立派な花壇が幾つもあるじゃないですか! これ以上大きくしたら訓練場が小さくなってしまいますよ。なんて図々しい……って、そうではなくて今日の授業の事なんですけど!」

 サーベラスは学園長に詰め寄った。しかし近づき過ぎ、香水の香りを感じる程に寄っていた事に気付いて距離を戻すと、学園長は変わりなく優しく微笑んだ。
 短いタイにベストにスラックス、白に近い銀髪が窓から差し込む光にキラキラと輝いている。物腰柔らかなせいでついつい軽口を叩いてしまうが、この国の勢力図を変えてしまう程の者達が多数通う学園の学園長に就いている謎に包まれている男を見つめた。

「サーベラス先生がご心配なさるのも無理はありません。ですがここは王立ソルナ学園なのですから、あれくらいは対処出来る生徒もいるでしょう。いやいや、今年は特に優秀な生徒達が入学してくれて嬉しい限りですね」

 ニコリと笑った顔の奥に有無を言わせぬ得体の知れないものを感じ、サーベラスは口を噤んだままつられてぎこちなく笑うしかなかった。

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