5 / 48
5 抱えているもの
しおりを挟む
真夜中、まだ執務室にいたアークトゥラス侯爵は侍女に呼ばれて薄暗い廊下を足早に進んでいた。
夜の屋敷は数人の使用人と侯爵家の護衛騎士が見回りをしているだけ。昼とは別の顔を見せる屋敷内の、更に静まり返った地下への入り口に到着すると、階段口辺りで呼びに来た侍女とは別の者がソワソワとその前を行き来していた。メリベル専属の侍女メラニーは当主の姿をみとめると、手に持っていたランプを差し出してきた。
階段下からは、扉を開けては閉める音が響いている。アークトゥラス侯爵はその音のする方へ向かいランプを持ち上げると、見つけた姿に小さく安堵の息を漏らした。
メリベルは寝間着姿のまま真っ暗な部屋に入ってはまた閉めるを繰り返していた。そして何かを探してはまた出てくる。そしてまた部屋の中に入ろうとしてドアノブに掛けた手を止めるように握り締めた。
「メリベル、手がこんなに冷えているじゃないか」
しかしぼんやりとしたメリベルはまだ扉を押し開こうとしている。アークトゥラス侯爵は一緒に部屋に入ると、手に持っていたランプで中を照らした。物置部屋は使わない物ばかりの為、そのほとんどに布が掛けられている。特別に貴重な物はなく、メリベルが赤子の時に使っていたベッドや、家具や季節毎の行事にしか使わない道具が置いてあるだけだった。
「母様がいる気がするの」
ぽつりと呟いたメリベルの手を強く握り、一緒に中に入っていく。そして隅々まで誰もいるはずのない部屋の中を確認した。
「ここにはいないみたいだよ。どうしてそう思ったんだい?」
「なんとなく。ここを思い出したからここにいるのかなって。でもほら、この部屋は寒いでしょう? 開けてあげないと出て来れないから見に来たのよ」
「そうだったのか。でも大丈夫、母様はこんな所にはいないよ。母様はどんな所にも自由にいけるんだ。だから万が一ここにいたとしてもちゃんと望む所に行けるんだよ」
「でも鍵が掛かっているから、迎えに来ないと出て来られないでしょ」
アークトゥラス侯爵はメリベルの肩を抱きながら微笑んだ。
「それならこうしよう。私がもう一度部屋を見回ってくるから、お前はもう部屋に戻って休みなさい。お父様に任せてくれるね?」
「……うん、お願いお父様。お母様がいるかもしれないからちゃんと声を掛けてね」
アークトゥラス侯爵は扉の向こうに控えていたメラニーに目配せをすると、メリベルを見送った。そしてしばらくしてから誰もいない物置部屋に鍵を掛けた。階段を上り、待っていた護衛騎士は申し訳なさそうに鍵を受け取りながら言った。
「鍵の保管場所を変えた方が宜しいでしょうか」
「そんな事をして確認したい場所に行けなかったから大変な事になってしまうだろう。鍵はこのままでいいが、危険な事がないように様子は見ておいてくれ」
アークトゥラス侯爵はメリベルの部屋へ足音を抑えて入って行くと、すでに寝息を立てているメリベルの頬に掛かった髪を避けてやった。すると薄く目が開いた。
「お母様はいた?」
「いいや、やっぱりあそこにはいなかったよ」
「良かった。あそこは暗くて寂しいもの。そんな所になんていなくて良かったわ」
「ああそうだね。もうお休み。愛しい子よ」
頭に口づけをするとアークトゥラス侯爵はその足で私室へと向かって行った。
妻と共に使っていたベッドに横になり、胸元のタイを緩めると深い息を吐いた。そして徐ろに立ち上がると本棚を横に移動させ、壁にある隠し扉に自分のペンダントを押し込んだ。扉は難なくしてフッと消える。中は歩き回れる程度には広く、剣やペンダント、ドレスに宝石、そして妻が愛用していたブランケットが展示品のように並んでいた。そっと細身の剣を手に取り抱き締めると、部屋の中に飾られている妻の肖像画を見上げた。
夜の屋敷は数人の使用人と侯爵家の護衛騎士が見回りをしているだけ。昼とは別の顔を見せる屋敷内の、更に静まり返った地下への入り口に到着すると、階段口辺りで呼びに来た侍女とは別の者がソワソワとその前を行き来していた。メリベル専属の侍女メラニーは当主の姿をみとめると、手に持っていたランプを差し出してきた。
階段下からは、扉を開けては閉める音が響いている。アークトゥラス侯爵はその音のする方へ向かいランプを持ち上げると、見つけた姿に小さく安堵の息を漏らした。
メリベルは寝間着姿のまま真っ暗な部屋に入ってはまた閉めるを繰り返していた。そして何かを探してはまた出てくる。そしてまた部屋の中に入ろうとしてドアノブに掛けた手を止めるように握り締めた。
「メリベル、手がこんなに冷えているじゃないか」
しかしぼんやりとしたメリベルはまだ扉を押し開こうとしている。アークトゥラス侯爵は一緒に部屋に入ると、手に持っていたランプで中を照らした。物置部屋は使わない物ばかりの為、そのほとんどに布が掛けられている。特別に貴重な物はなく、メリベルが赤子の時に使っていたベッドや、家具や季節毎の行事にしか使わない道具が置いてあるだけだった。
「母様がいる気がするの」
ぽつりと呟いたメリベルの手を強く握り、一緒に中に入っていく。そして隅々まで誰もいるはずのない部屋の中を確認した。
「ここにはいないみたいだよ。どうしてそう思ったんだい?」
「なんとなく。ここを思い出したからここにいるのかなって。でもほら、この部屋は寒いでしょう? 開けてあげないと出て来れないから見に来たのよ」
「そうだったのか。でも大丈夫、母様はこんな所にはいないよ。母様はどんな所にも自由にいけるんだ。だから万が一ここにいたとしてもちゃんと望む所に行けるんだよ」
「でも鍵が掛かっているから、迎えに来ないと出て来られないでしょ」
アークトゥラス侯爵はメリベルの肩を抱きながら微笑んだ。
「それならこうしよう。私がもう一度部屋を見回ってくるから、お前はもう部屋に戻って休みなさい。お父様に任せてくれるね?」
「……うん、お願いお父様。お母様がいるかもしれないからちゃんと声を掛けてね」
アークトゥラス侯爵は扉の向こうに控えていたメラニーに目配せをすると、メリベルを見送った。そしてしばらくしてから誰もいない物置部屋に鍵を掛けた。階段を上り、待っていた護衛騎士は申し訳なさそうに鍵を受け取りながら言った。
「鍵の保管場所を変えた方が宜しいでしょうか」
「そんな事をして確認したい場所に行けなかったから大変な事になってしまうだろう。鍵はこのままでいいが、危険な事がないように様子は見ておいてくれ」
アークトゥラス侯爵はメリベルの部屋へ足音を抑えて入って行くと、すでに寝息を立てているメリベルの頬に掛かった髪を避けてやった。すると薄く目が開いた。
「お母様はいた?」
「いいや、やっぱりあそこにはいなかったよ」
「良かった。あそこは暗くて寂しいもの。そんな所になんていなくて良かったわ」
「ああそうだね。もうお休み。愛しい子よ」
頭に口づけをするとアークトゥラス侯爵はその足で私室へと向かって行った。
妻と共に使っていたベッドに横になり、胸元のタイを緩めると深い息を吐いた。そして徐ろに立ち上がると本棚を横に移動させ、壁にある隠し扉に自分のペンダントを押し込んだ。扉は難なくしてフッと消える。中は歩き回れる程度には広く、剣やペンダント、ドレスに宝石、そして妻が愛用していたブランケットが展示品のように並んでいた。そっと細身の剣を手に取り抱き締めると、部屋の中に飾られている妻の肖像画を見上げた。
250
あなたにおすすめの小説
誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜
山田空
恋愛
王国有数の名家に生まれたエルナは、
幼い頃から“家の役目”を果たすためだけに生きてきた。
父に褒められたことは一度もなく、
婚約者には「君に愛情などない」と言われ、
社交界では「冷たい令嬢」と噂され続けた。
——ある夜。
唯一の味方だった侍女が「あなたのせいで」と呟いて去っていく。
心が折れかけていたその時、
父の側近であり冷徹で有名な青年・レオンが
淡々と告げた。
「エルナ様、家を出ましょう。
あなたはもう、これ以上傷つく必要がない」
突然の“駆け落ち”に見える提案。
だがその実態は——
『他家からの縁談に対抗するための“偽装夫婦契約”。
期間は一年、互いに干渉しないこと』
はずだった。
しかし共に暮らし始めてすぐ、
レオンの態度は“契約の冷たさ”とは程遠くなる。
「……触れていいですか」
「無理をしないで。泣きたいなら泣きなさい」
「あなたを愛さないなど、できるはずがない」
彼の優しさは偽りか、それとも——。
一年後、契約の終わりが迫る頃、
エルナの前に姿を見せたのは
かつて彼女を切り捨てた婚約者だった。
「戻ってきてくれ。
本当に愛していたのは……君だ」
愛を知らずに生きてきた令嬢が人生で初めて“選ぶ”物語。
【本編完結】笑顔で離縁してください 〜貴方に恋をしてました〜
桜夜
恋愛
「旦那様、私と離縁してください!」
私は今までに見せたことがないような笑顔で旦那様に離縁を申し出た……。
私はアルメニア王国の第三王女でした。私には二人のお姉様がいます。一番目のエリーお姉様は頭脳明晰でお優しく、何をするにも完璧なお姉様でした。二番目のウルルお姉様はとても美しく皆の憧れの的で、ご結婚をされた今では社交界の女性達をまとめております。では三番目の私は……。
王族では国が豊かになると噂される瞳の色を持った平凡な女でした…
そんな私の旦那様は騎士団長をしており女性からも人気のある公爵家の三男の方でした……。
平凡な私が彼の方の隣にいてもいいのでしょうか?
なので離縁させていただけませんか?
旦那様も離縁した方が嬉しいですよね?だって……。
*小説家になろう、カクヨムにも投稿しています
【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。
そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ……
※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。
※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。
※この作品は小説家になろうにも投稿しています。
狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します
ちより
恋愛
侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。
愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。
頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。
公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。
これ以上私の心をかき乱さないで下さい
Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。
そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。
そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが
“君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない”
そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。
そこでユーリを待っていたのは…
2度目の結婚は貴方と
朧霧
恋愛
前世では冷たい夫と結婚してしまい子供を幸せにしたい一心で結婚生活を耐えていた私。気がついたときには異世界で「リオナ」という女性に生まれ変わっていた。6歳で記憶が蘇り悲惨な結婚生活を思い出すと今世では結婚願望すらなくなってしまうが騎士団長のレオナードに出会うことで運命が変わっていく。過去のトラウマを乗り越えて無事にリオナは前世から数えて2度目の結婚をすることになるのか?
魔法、魔術、妖精など全くありません。基本的に日常感溢れるほのぼの系作品になります。
重複投稿作品です。(小説家になろう)
逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?
魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。
彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。
国外追放の系に処された。
そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。
新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。
しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。
夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。
ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。
そして学校を卒業したら大陸中を巡る!
そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、
鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……?
「君を愛している」
一体なにがどうなってるの!?
結婚5年目の仮面夫婦ですが、そろそろ限界のようです!?
宮永レン
恋愛
没落したアルブレヒト伯爵家を援助すると声をかけてきたのは、成り上がり貴族と呼ばれるヴィルジール・シリングス子爵。援助の条件とは一人娘のミネットを妻にすること。
ミネットは形だけの結婚を申し出るが、ヴィルジールからは仕事に支障が出ると困るので外では仲の良い夫婦を演じてほしいと告げられる。
仮面夫婦としての生活を続けるうちに二人の心には変化が生まれるが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる