大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ

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25 城の図書室へ

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「先生……」

 温室の端にある椅子をキコキコと揺らしながらうたた寝をしていた先生の後ろから声を掛けると、転ぶ勢いで大きく体をばたつかせていた。

「うわッ、びっくりしたッ!」
「先生はお母様の事ご存知でしたか? 魔術団にいたみたいなのでご存知ですよね?」

 椅子に座わり直した先生は、さも興味なさそうに言った。

「無愛想でそのくせ能力は高くて、力と知識がちぐはぐな奴が来たなとは思ったな」
「よく話したりしたんですか?」
「話す訳ないだろ。僕はその時すでに大魔術師だったんだぞ」
「え、先生って一体何歳なんです?」
「うるさい」
「……さっき初めてジャスパー様に会った日を視たんです。ジャスパー様の六歳の誕生日会でした。でもその時、お母様らしき人影と誰かが争っていたようで、その相手が倒れたように視えました」
「それだけか? 他に特徴は?」
「分かりません。でも体格からするに男性だったと思います。あと、剣のような物も視えた気がします」

 先生はしばらく考えた後、小さく唸った。

「殿下の六歳の誕生会ねぇ。そう言えばその頃、王城で騎士が一人消えたんだった」
「騎士が消えた? どういう事ですか?」
「行方不明さ。魔術で痕跡を探すように言われたが何も見つからなかった。そもそも魔術で追えるのは魔術の痕跡だけだってのにさ」
「それじゃあお母様が対峙していたのは……」
「もしかするとその騎士かもしれないな。さすがに名前までは覚えてないが、王城の雇用記録は図書室で保管されているからそれを見れば分かるぞ。だが閲覧制限が掛かっていてお前じゃ見られない」

 そうどこか嬉しそうに言った。

「それならお父様にお話してみます」
「なんて言うんだよ。母親が騎士の失踪に関わっているかもしれないって?」

 その時初めて、自分がいかに危険な事を口にしているのかを理解した。一昔前までは、剣術を学んだ王侯貴族の子息縁者達は騎士団、平民は兵団とそう決まっていた。その騎士の行方不明に母親が関わっているかもしれない。いくら過去の事とはいえ、もし危害を加えたという事になれば、問題が起きるのは必然だった。

「だから僕の所に来たんじゃないのか?」
「たまたまですけど」
「もうやだお前。ほら、行くぞ。僕も魔術員の不始末なら放っておけないからな」
「そんな言い方止めて下さい。お母様は潔白です!」
「それを証明しに行くんだろ」

 何故か先生は不機嫌なまま行ってしまった。




 王城の図書室は何度か来た事があるというのに、今進んでいる場所は見た事がない入り口だった。受付の奥にある閉ざされた扉。イーライが話すと司書官が鍵を開けてくれる。ちらりと視線が投げられたが特に引き留められる事はなかった。

「やっぱり先生は凄いんですね」
「今頃分かったか」

 機嫌を直したらしい先生は行き止まりにある扉で止まった。扉は一つだけ。しかし引く取っ手も回すノブもない。装飾の凝った扉は誰かに見られる事はほとんどないというのに、まるで王の間の扉のように美しい細工が施されていた。

「閲覧制限が掛かっている文書は一級から四級までに分けられていて、二級以上の閲覧には貴族階級に加えて役職が必要になってくるんだ」
「雇用記録は何級なんです?」
「そこまで重要な訳ないだろ」そう言うと、扉の中央に手を着いた。
「第四級機密文書の部屋へ、魔術団所属大魔術師イーライが入室申請する。同行者メリベル・アークトゥラス」

 しばらくすると扉の向こうで大きな何かが動き、内側からゴトンと錠が落ちた音がした。

「かなり古い土魔術の一種だ。さぁ開いたぞ。名簿名簿っと。あったあった、こっちだ」

 幾つもある棚の中から雇用登録と明記された背表紙の場所に行くと、一冊一冊には番号と年号が振ってあった。先生は指を滑らせて十二年前の記録を引っ張り出した。この年に雇用された者、または解雇、退職者の詳細が書かれている。そして特別枠に失踪者の名前があった。

ーーロブ・クレリック。

「騎士団歩兵部隊副隊長か。さすがに名前だけじゃ顔は思い出せないな」
「ロブ・クレリック……」
「クレリック侯爵家の三男だとよ。て事はほら、お前に怪我をさせたクレイシーの叔父って事だ」

(またここでクレイシーさんの名前が出てくるのね)

 魔獣の森での一件以来、学園の生徒達とはシア以外ほとんど合わないまま冬休みに突入していた。ジャスパーとアイザックの容態は父親から聞かされ、容態と共に見舞いは不要と言付かったと言われ
た為に、会いに行く事は出来なかった。

「でもおかしいな。三男とはいえ、侯爵家の子息が行方不明だってのに、そういえば早々と調べが切り上げられた気がするんだよな」
「その頃のお母様のご様子はどうだったんです?」
「いちいち部下の細かい様子なんて覚えているかよ。でもまあお前もいたし、あまり任務には出てなかったんじゃないか? そこら辺はさり気なくアークトゥラス侯爵に聞いてみたらどうだ?」
「悪戯にお父様を傷付けたくありません。お母様の事に関しではとても敏感ですし、急に聞いたら心配してしまうと思うんです」

 毎日母親の肖像画を眺めている父親にこれ以上辛い想いはしてほしくなかった。

「親子ってのは難儀だな。まあ、僕の方でその近辺にミーシャが関わった任務を調べてみるか。お前は魔廻をもう少し小さくする事に専念しろ。あと、もしミーシャの過去を見たら必ず教えろよ。それと明日は花壇の見回りをしておけ。冬が来る前に摘んじまおうと思ってるから成長度合いをちゃんと記録に残しておけよ」
「……先生って人使いが荒いですよね」

 二人で部屋を出ると、先生は不思議そうにこちらとまだ扉が開いている部屋の中を交互に見た。

「閉めるけどいいか?」
「どうぞ。もう調べ物はないですよね。どうかしましたか?」
「いいや別に。それじゃあ、もうここには用はないし行くか」

 何故かニヤけている先生の背を小走りで付いて行った。
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