大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ

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番外編1 ノアの卒業パーティー

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 王立ソルナ学園は二年制。二年目の冬休みに、王家の持ち物であるオリアナ宮を貸し切って卒業パーティーが開催されるのが習わしだった。そのせいもあり、二年生の階では夏辺りからパーティーに同伴するお相手探し為の駆け引きが始まっていた。
 誘えるのは二年生のみ。部外者はもちろん教師や一年生を誘ってはならない。もちろん恋人を作る為のパーティーではないから相手は同性でも構わない。一人で参加する者も中にはいたが、圧倒的に人数は少なかった。
 まだ半袖を着ている季節だと言うのに、女生徒達は冬のパーティーに着るドレスを調達する為に、貴族はサロンへ足繁く通い、平民は借り受けたドレスや貰い物に手を加えたり、既製品として売っているドレスを友人同士で揃えたりと、思い思いの変化を加えて卒業パーティーへと動き出していた。

 ノアやリーヴァイの周辺でも、相手はいるのかという探りを入れ始めている者達が、ひっきりなしに現れ始めていた。

「で? お前は誰にするんだ?」

 リーヴァイのその言葉に教室中の声がぴたりと止む。誰もが聞き耳を立ててノアの次なる言葉を待っているようだった。今は学友としてだけ接しているリーヴァイは、生徒会室にいる時の様子とは少し違い、更に砕けているように見える。生徒会員として過ごす時はジャスパー王子がいるからというのも分かるが、だからと言ってこうやって気軽に話すような間柄ではなかった。少なくともノアからにしてみればだが。
 鬱陶しそうなノアの視線がリーヴァイに向き、開かれていた本がパタリと閉じられた。

「僕は参加しない」

 それだけ告げると、スッと立ち上がり教室を出て行く。誰とパーティーに行くかなど余計な詮索は不要だし、それ以前にパーティーに出る気は毛頭なかった。

 そもそもこの学園に入学するきっかけになったのは、ジャスパーの専属騎士になる為の過程の一つに過ぎない。それが騎士団長である父親に出された条件だった。
 最初は不満しかなかったが、いざ入学してみれば、今後、この王立ソルナ学園卒業という肩書が必要なのだと改めて実感していた。
 幼い頃から騎士団と共に鍛錬していたという事もあり、腕っぷしには自身があった。ジャスパーも剣の腕は自分と互角だった為、二人でさえいれば怖いものなどないと、この学園に入学するまでは本気で思っていた。そして思い知った。自分達程度の剣の使い手は決して特別ではないと言う事に。

「またここに来たのか」

 短い時間の休憩だというのに、ジャスパーこそ生徒会室に来ている。この部屋は一年生の階からは遠く、行って戻ってだと実質この部屋に居る時間は短いはず。それでもジャスパーは生徒会長としての仕事をこなしているようだった。

「ジャスパー様こそいらしていたのですね」

 自分の頬が幾分和らいでいるのが分かる。近からず遠からずの距離でソファに座ると、さっき勢いで持ってきてしまった小説を開いた。

「今は何を読んでいるんだ?」

 ジャスパーが小説に興味を持つのが珍しく、ノアは持っていた小説の背表紙を見せた。

「昔の剣士の旅行記です。私という一人称の書き方なので名前はないのですが、その分同じ目線で世界を見ているような気分になりとても興味深いです」
「お前は世界を見て回りたいのか?」

 ジャスパーは手を動かしながらも話を止める気はないらしかった。

「こうして本を読んでいるだけで満足していますし、実際にその景色を見た時、私は主人公のように感動出来なかったらと少し不安になる部分もあります」
「ノアらしいな」
「私らしいでしょうか」
「その著者とお前は違う人間なんだから同じ景色に同じ感情を抱く必要はない。お前にはお前の心動く場面がきっとある」

 ノアはギュッと小説を握り締めた。

「そう言えばリーヴァイが卒業パーティだと騒いでいたな。そろそろ相手を決めたのか?」
「……私はパーティーには参加する気はありません」
「そうか。それは残念だ」
「残念、なんですか?」

 ジャスパーはノアの決めた事を決して否定したりはしない。しかし視線を少しだけ上げて言った。

「来年の予習に色々と教えて欲しかったからな」

 そして何事もなくまた書類に視線を落とすジャスパーを見て、ノアは一つの決心をしたのだった。


 教室に戻ったノアは教室の真ん中で男子生徒達と談笑しているリーヴァイを見つけると、大股で近づいていった。

「お、戻って来たか……」

 こちらの異変に気が付いたリーヴァイが言葉を止めた瞬間、ノアはいつもはあまり張らない声を張って言った。

「一緒に卒業パーティーに行って欲しい」

 言わずもがな、その後の教室中、いや学園中の荒れようと言ったら凄まじいものだった。リーヴァイの返事はと言えば、一瞬固まった後に大笑いしながらいいぞと簡単に言い、それと同時に女生徒達の間からは悲鳴が上がった。女生徒の中ではパーティーに興味のないノアよりは、もしかしたら社交的なリーヴァイなら同伴出来るかもしれないと一縷の望みを賭けていたのかもしれない。それが見事に打ち破られた休み時間の出来事だった。




 オリアナ宮の入り口で正装に身を包んだノアとリーヴァイが立つ姿は圧巻の一言だった。そこは貴族子息達、学園の卒業パーティーではなく、この先は舞踏会会場ではないかと思う程の華やかさがあった。
 ノアは黒く光沢のある上下に身を包み、首元には濃い青色のタイが目を引く。対照的に白の上下に身を包み、長い髪を纏める髪飾りもタイも赤で統一したリーヴァイは信じられない程に目立っている。そんな二人の入場とあって、いつもとは違う環境に興奮気味に騒いていた生徒達参加者も、一瞬息を呑んで二人に釘付けになっていた。

「腕でも組んどくか?」

 悪ふざけでも思い付いたかのようなリーヴァイはニッと笑ったが、ノアはと言えば軽蔑したような視線を向けただけだった。

「少しはあいつらを楽しませてやらないと。今日はパーティーなんだからさ」

 どんどん先に進んで行ってしまうノアの後ろを追い駆けるリーヴァイの姿に追い打ちを掛けられたのか、どこからともなく悲痛そうな女子の悲鳴が上がる。そんな声には一切気を取られないノアは、会場に入ってからぐるりと周囲を見渡した。

「何をしているんだよ。腹でも減ったのか?」
「会場を観察しているんだ」

 ふうん、と相槌した後、思い付いたように肩を組んできた。

「どうせお前の事だからジャスパー様が関係しているんだろ? そうじゃなかったらパーティーなんかに来る訳がないもんな」

 鬱陶しそうに肩を動かして外そうとしてもリーヴァイは一向に離れる気はないようで、ノアの肩に重く伸し掛かったまま続けた。

「なあ、なんでパーティーに参加する気になったんだ? そろそろ教えてくれよ」
「騒がしくするな。周囲に迷惑だろ」

 しかしすでに卒業パーティーの会場と化したオリアナ宮内は音楽が鳴り響き、早速ダンスを始めている者達もいる。そこは平民も混じる無礼講。貴族の舞踏会や夜会のようなしきたりはなく、思い思いに好きなダンスをする事が許されていた。ノアはすでに後悔し始めている気持ちをぐっと抑え、手を繋いで跳ねるように踊る男女を指差した。

「あのダンスは何と言うんだ? 初めて見るな」
「? 名前なんてないだろ。好きに踊ってるのさ」
「好きに? 決まりはないのか!? 来年はジャスパー様にそんな事をさせるのか!?」

 すると閃いたリーヴァイは、ノアを腕をぐいっと自分の方に引き寄せた。

「忘れてた忘れてた。あれは平民の間では伝統的なダンスなんだ。卒業パーティーに参加するなら絶対にあれを踊らなくちゃ駄目なんだよ」

 するとノアは真剣な視線で軽快な音楽に合わせて入り乱れて踊る男女を観察した後、スッと足を出した。

「よし、大体覚えた。さあ行くぞ」

 反対にズルズルと連れて行かれるリーヴァイの堪えた笑い顔など気付く様子もなく、ノアが初めて見るダンスを見様見真似で真剣に踊る姿がその夜中目撃された。


 数日後、王城のとある場所でリーヴァイが剣を抜いたノアに追いかけ回されている姿が目撃されたとかされないとか。
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