大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ

文字の大きさ
43 / 48

41 メリベルの失踪

しおりを挟む
 メリベルは温室の前で開かない扉を前に佇んでいた。
 先生が温室に来ない。いつもならもうとっくに来ているし、もしくは帰らずに温室に泊まっていた事もあった。

「せんせーい! 本当にいないんですかぁ?」

 やはり返事はない。

「全くもう! せっかく何か手伝おうと思ったのに」

 温室の扉だけは先生じゃないと開けられない。園芸部の部室から先生の部屋まで行ってしまおうかと思い踵を返した瞬間、突然頭の中に途切れ途切れの歪な光景が浮かんだ。
 温室にある大樹。
 大樹が真っ二つに割れてその中央から禍々しい何かが吹き出していた。
 メリベルは立っていられなくてその場に倒れてしまった。

「メリベル!? おいッ!」

 誰かの叫ぶ声がする。その声を確かめる事も出来ないまま、メリベルは意識を失ってしまった。


「お! 先生メリベルが起きたぞ!」

 大きな声が頭に響く。先生という声に視線を彷徨わせたが、覗き込んできたのはやけに顔の整った男子生徒。

(マイロ?)

 その瞬間、メリベルは一気に起き上がった。ゴチンッという物凄い音と痛みが頭を直撃する。互いに頭を抱えてしばらく悶絶した後、笑い出した。

「ごめんマイロ」

 しかし当のマイロはケロッとした顔でわざとらしく額を擦ってみせた。

「俺に頭突きする女子なんてアップルパイちゃんくらいだって。しかも全然喜んでないし」

 サラッと発せられたモテる発言を聞き流すと、メリベルは周囲を確認した。
 どうやら医務室らしく、急いで戻ってきた医務員はホッとした様子でメリベルの目の前に指を出してきた。

「これは何本に見える?」
「三本です」
「それじゃあこれは?」
「三本ですけど」
「それじゃあこれは何本に見える?」
「三本です!」

 立ち位置を変えてやたら指の数を数えさせる医務員は、真剣な様子で頷いた。

「意識はちゃんとしているようだね。マイロ君にはお礼を言ったかな? 温室の方から意識のない君を連れて来てくれたんだよ」

 やっぱり温室の近くで意識を失っていたらしい。そして今度はしっかりとその直前に視た物も覚えていた。

「アップルパイちゃん? 本当に大丈夫?」
「もう大丈夫よ。助けてくれてありがとうマイロ」
「訓練中にアップルパイちゃんが見えたから近づいたら急に倒れるもん、驚いたよ。何かあったのか?」
「ただの立ち眩みよ。心配かけてごめん……」

 視線を窓の外に映した瞬間、何故か訓練場のど真ん中に温室の中にあるはずの大樹が聳えていた。

「嘘、待って」

 目の前にある訳がない“それ”にメリベルはマイロの服を掴んでいた。

「おわッ、どうしたんだよ!」
「あれ見える? 見えるわよね!?」

 しかしマイロは何の事か分かっていないように、メリベルが指を差している方向に視線を彷徨わせているだけだった。

「確かめて来るわ! すぐに戻るから!」

 すでに意識ははっきりしている。見間違いな訳がない。それでもそこに大樹がある事が信じられなかった。メリベルはマイロの静止も聞かずに中廊下から訓練場に飛び出した。

 やはり目の前には空に伸びる大樹がある。しかし訓練場に足を踏み入れた瞬間地面はグニャリと歪み、足を前に出しても出しても一行に進まず、まるで夢の中を走っているように重たかった。足に力が入らない。膝から崩れ地面に手を突き、そして這い出るように不安定な足を動かして一歩一歩前に進んで行った。

 マイロが追い駆けた時にはすでにメリベルの姿は訓練場から消えていた。そして何故か訓練場の真ん中には、一本の大樹が描かれた絵画が落ちていた。




 王城の会議室での会議は難航していた。
 国王とノルン大公、宰相のアークトゥラス侯爵、そしてブルーマー伯爵と大魔術師イーライが中心に座り、その横に少し席を置いてジャスパーとリーヴァイが座っていた。
 クレリック侯爵家当主にはすでに使いを出し、登城するようその旨を記載した文章を送っている。しかしクレイシーが修道院から逃げたか、それとも辺境伯の息子と共に逃げたのか、それとも誘拐されたのか真相が分からない上にオーウェン領はまだ雪深い土地。雪に慣れていない王都の兵士達を派遣した所で捜索出来る見込みは薄いように思えた。

「とは言ってもオーウェン領に兵士を派遣しなければならないでしょうね。まずは二人の安否が確認出来ればいいのですが、時期が時期なだけに難しいでしょうな」

 ブルーマー伯爵は外務長官という立場上何度かオーウェン領には足を運んだ事があった。岩山に囲まれ、深い森の中が隣国との国境となっているあの土地は、土地勘の無い者がむやみに歩き回れば遭難しかねない危険な土地で、知らずに隣国に足を踏み入れば捉えられても文句は言えない。お国問題から逃れてきた隣国の貴族を送り返すのに手間取った事もあった。

「重々承知していますが、今回は外交問題に発展した場合に備えて、ブルーマー伯爵家の軍を動かして頂きたいのですが宜しいですかな?」

 アークトゥラス侯爵の言葉にブルーマー伯爵はちらりと息子のリーヴァイを見た。リーヴァイは現在ジャスパー王子の横に座り、じっと大人しくしている。ここにいる“子供達”以外は気が付いているようだった。

「魔術師もいた方がいいぞ。もちろん僕以外でだ」

 呆れたような国王の視線など気にも留めず、イーライは手を頭の後ろに組んでギコギコと椅子を後ろに動かしていた。

「ならば軍の指揮はジャスパーに執らせよう。リーヴァイは外務官としてジャスパーに随行せよ」
「は? ブルーマー伯爵は同行しないのですか?」
「外務長官には仕事が山積みなのでな。お前達でしっかりと現状を把握して対処してくるのだ」
「はッ」

 ジャスパーの声に重なるように会議室の扉が激しく叩かれた。

「今度は何だ?」

 扉を開けた兵士は恐縮しながら中に声を掛けた。

「アークトゥラス侯爵家の侍女が当主に至急面会したいと来ております」

 兵士が扉を開けた瞬間、メラニーは隙間から飛び込んできた。そしてそのまま床に頭を擦り付けた。

「ご無礼は承知で参りました! ご処分はいかようにも甘んじてお受け致します! 旦那さま、お嬢様が、メリベル様が消えましたッ!」

 絶句の後、ジャスパーとアークトゥラス侯爵は一斉に立ち上がった。

「どういう事なのかちゃんと説明してくれ」
「メリベルが消えただと!?」

 メラニーは門の前でメリベルを待っていた所、友人のマイロが焦った様子で馬車に近づき、話された経緯と渡された絵画を差し出した。

「お嬢様が、失踪された場所に……」

 そう途中まで言うと、メラニーはぱたりと倒れてしまった。その瞬間、今までずっと関心がなさそうだったイーライは、メラニーに浄化の魔術を掛けた。落ちた絵画に触れようとしたアークトゥラス侯爵は寸前の所でぴたりと手を止めた。

「気が付いたか。懸命だな」
「まさか、そんな事が本当に出来るのか?」

 アークトゥラス侯爵は絵画から感じるほのかな魔素に自分の魔廻が反応しているのが分かった。

「この絵画には魔素が含まれているので、魔廻がない方々はどうぞお近くに来られませんように」
「メリベルが拐われたのか」

 いつになく低い声が響く。そして再び扉が叩かれた。

「国王陛下にご報告申し上げます! 森で複数の緑色熊を発見したとの報告がありました!」

 国王は会議室に集まっていた者達を逡巡すると立ち上がった。

「すぐに討伐部隊を編成する! 民の安全を優先し、魔獣の現れた場所への立ち入りは禁止せよ!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜

山田空
恋愛
王国有数の名家に生まれたエルナは、 幼い頃から“家の役目”を果たすためだけに生きてきた。 父に褒められたことは一度もなく、 婚約者には「君に愛情などない」と言われ、 社交界では「冷たい令嬢」と噂され続けた。 ——ある夜。 唯一の味方だった侍女が「あなたのせいで」と呟いて去っていく。 心が折れかけていたその時、 父の側近であり冷徹で有名な青年・レオンが 淡々と告げた。 「エルナ様、家を出ましょう。  あなたはもう、これ以上傷つく必要がない」 突然の“駆け落ち”に見える提案。 だがその実態は—— 『他家からの縁談に対抗するための“偽装夫婦契約”。 期間は一年、互いに干渉しないこと』 はずだった。 しかし共に暮らし始めてすぐ、 レオンの態度は“契約の冷たさ”とは程遠くなる。 「……触れていいですか」 「無理をしないで。泣きたいなら泣きなさい」 「あなたを愛さないなど、できるはずがない」 彼の優しさは偽りか、それとも——。 一年後、契約の終わりが迫る頃、 エルナの前に姿を見せたのは かつて彼女を切り捨てた婚約者だった。 「戻ってきてくれ。  本当に愛していたのは……君だ」 愛を知らずに生きてきた令嬢が人生で初めて“選ぶ”物語。

【本編完結】笑顔で離縁してください 〜貴方に恋をしてました〜

桜夜
恋愛
「旦那様、私と離縁してください!」 私は今までに見せたことがないような笑顔で旦那様に離縁を申し出た……。 私はアルメニア王国の第三王女でした。私には二人のお姉様がいます。一番目のエリーお姉様は頭脳明晰でお優しく、何をするにも完璧なお姉様でした。二番目のウルルお姉様はとても美しく皆の憧れの的で、ご結婚をされた今では社交界の女性達をまとめております。では三番目の私は……。 王族では国が豊かになると噂される瞳の色を持った平凡な女でした… そんな私の旦那様は騎士団長をしており女性からも人気のある公爵家の三男の方でした……。 平凡な私が彼の方の隣にいてもいいのでしょうか? なので離縁させていただけませんか? 旦那様も離縁した方が嬉しいですよね?だって……。 *小説家になろう、カクヨムにも投稿しています

せめて、淑女らしく~お飾りの妻だと思っていました

藍田ひびき
恋愛
「最初に言っておく。俺の愛を求めるようなことはしないで欲しい」  リュシエンヌは婚約者のオーバン・ルヴェリエ伯爵からそう告げられる。不本意であっても傷物令嬢であるリュシエンヌには、もう後はない。 「お飾りの妻でも構わないわ。淑女らしく務めてみせましょう」  そうしてオーバンへ嫁いだリュシエンヌは正妻としての務めを精力的にこなし、徐々に夫の態度も軟化していく。しかしそこにオーバンと第三王女が恋仲であるという噂を聞かされて……? ※ なろうにも投稿しています。

【完結済】政略結婚予定の婚約者同士である私たちの間に、愛なんてあるはずがありません!……よね?

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
「どうせ互いに望まぬ政略結婚だ。結婚までは好きな男のことを自由に想い続けていればいい」「……あらそう。分かったわ」婚約が決まって以来初めて会った王立学園の入学式の日、私グレース・エイヴリー侯爵令嬢の婚約者となったレイモンド・ベイツ公爵令息は軽く笑ってあっさりとそう言った。仲良くやっていきたい気持ちはあったけど、なぜだか私は昔からレイモンドには嫌われていた。  そっちがそのつもりならまぁ仕方ない、と割り切る私。だけど学園生活を過ごすうちに少しずつ二人の関係が変わりはじめ…… ※※ファンタジーなご都合主義の世界観でお送りする学園もののお話です。史実に照らし合わせたりすると「??」となりますので、どうぞ広い心でお読みくださいませ。 ※※大したざまぁはない予定です。気持ちがすれ違ってしまっている二人のラブストーリーです。 ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。

これ以上私の心をかき乱さないで下さい

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユーリは、幼馴染のアレックスの事が、子供の頃から大好きだった。アレックスに振り向いてもらえるよう、日々努力を重ねているが、中々うまく行かない。 そんな中、アレックスが伯爵令嬢のセレナと、楽しそうにお茶をしている姿を目撃したユーリ。既に5度も婚約の申し込みを断られているユーリは、もう一度真剣にアレックスに気持ちを伝え、断られたら諦めよう。 そう決意し、アレックスに気持ちを伝えるが、いつも通りはぐらかされてしまった。それでも諦めきれないユーリは、アレックスに詰め寄るが “君を令嬢として受け入れられない、この気持ちは一生変わらない” そうはっきりと言われてしまう。アレックスの本心を聞き、酷く傷ついたユーリは、半期休みを利用し、兄夫婦が暮らす領地に向かう事にしたのだが。 そこでユーリを待っていたのは…

狂おしいほど愛しています、なのでよそへと嫁ぐことに致します

ちより
恋愛
 侯爵令嬢のカレンは分別のあるレディだ。頭の中では初恋のエル様のことでいっぱいになりながらも、一切そんな素振りは見せない徹底ぶりだ。  愛するエル様、神々しくも真面目で思いやりあふれるエル様、その残り香だけで胸いっぱいですわ。  頭の中は常にエル様一筋のカレンだが、家同士が決めた結婚で、公爵家に嫁ぐことになる。愛のない形だけの結婚と思っているのは自分だけで、実は誰よりも公爵様から愛されていることに気づかない。  公爵様からの溺愛に、不器用な恋心が反応したら大変で……両思いに慣れません。

もう何も奪わせない。私が悪役令嬢になったとしても。

パリパリかぷちーの
恋愛
侯爵令嬢エレノアは、長年の婚約者であった第一王子エドワードから、公衆の面前で突然婚約破棄を言い渡される。エドワードが選んだのは、エレノアが妹のように可愛がっていた隣国の王女リリアンだった。 全てを失い絶望したエレノアは、この婚約破棄によって実家であるヴァルガス侯爵家までもが王家から冷遇され、窮地に立たされたことを知る。

あなただけが私を信じてくれたから

樹里
恋愛
王太子殿下の婚約者であるアリシア・トラヴィス侯爵令嬢は、茶会において王女殺害を企てたとして冤罪で投獄される。それは王太子殿下と恋仲であるアリシアの妹が彼女を排除するために計画した犯行だと思われた。 一方、自分を信じてくれるシメオン・バーナード卿の調査の甲斐もなく、アリシアは結局そのまま断罪されてしまう。 しかし彼女が次に目を覚ますと、茶会の日に戻っていた。その日を境に、冤罪をかけられ、断罪されるたびに茶会前に回帰するようになってしまった。 処刑を免れようとそのたびに違った行動を起こしてきたアリシアが、最後に下した決断は。

処理中です...