そのハンカチ返してくださいッ!

山田ランチ

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終章

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 誰もいない聖堂で、結婚式と同じ格好をしたタイストに手を引かれるまま、向かい合っていた。日の光に照らされたタイストの髪が綺麗に輝く。そして繋いだ両手の指先をするりと撫でられた後、そっと握られた。

「良き夫婦となるべく、互いを慈しみ、支え合い、信じ合い、愛し合い、国と子らの為に共に健やかに生きてくれますか?」

愛しい人の顔を見つめながら、イレネは「はい」と答えた。その瞬間、手が引かれ厚い胸にぶつかる。そして思い切り抱き締められた。

「また少し、昔話をしてもいいですか? このままで」

 話を聞こうと顔を上げようとした瞬間、腕に力がこもり、再び胸に頬を押し付けていた。

「アルヴィ・キュトラは本当は長子だそうです」
「え? どういう事ですか?」
「祖父母は長く子に恵まれなかったそうで、他の女性に産ませた子がアルヴィなんです。でもその半年後に祖母も父を身籠り、半年という差を逆にしてしまったそうなんです」
「それじゃあ本当はキュトラ家を継ぐのは叔父様だったという事なんですか?」
「どうでしょうか。そもそも庶子に家督を継がせるのはあまり良しとはされていません。でも父が生まれていなければおそらくアルヴィが当主になっていたでしょう。そして私も生まれてはいなかった。ただそれだけの事です」
「それはもしや先日の尋問で明らかになったんですか?」
「本人は何も話しませんでした。父達と年代の近いトルスティも知らなかったようです」
「ではどうして……」
「父です。アルヴィの邸宅を処分している時に父の手記が見つかったんです。何故アルヴィの手元にいったのかは不明ですが、父は繰り返し祖父にその話をされていたようで、知っているのに明かさない事を罪として背負うと書いてありました。しかしずっと見つからず今こうして発見されたという事に意味があるのでしょう」
「同情、していますか? 旦那様には減刑するお力があります」

 しかしタイストはフルフルと首を振った。その表情はどこまでも優しく見えた。

「私にも守りたい者があるんです」

 イレネは今度こそそっと顔を上げた。タイストと目が合い、どちらともなく唇が重なっていく。次第に深くなる口づけを夢中で受け止めていると、不意に再び強く抱き締められた。

「もしも私が生まれていなかったら、あなたの隣りにいるのが私ではなかったかもしれない。そう思うと最近はとても怖くなってしまいます。……臆病なんですよ、私は」
「この国で最もお強いキュトラ辺境伯様がですか?」

 おどけたようにそう言うと、首元に顔を埋められて深呼吸された。

「くすぐったいです、旦那様」
「私の中のアルヴィはいつも真っ直ぐで正しく、あまり笑わず、でも頼りがいのある大人の男性でした」
「旦那様は叔父様を尊敬していらしたんですね」
「どうしてですか?」

 大きな子を宥めるように背を撫でた。

「だって、アルヴィ・キュトラという人を理解したかったのでしょう?」
「両親を殺し、我が領とあなたの大事な故郷をドラッヘの民へ明け渡そうとした罪人です。理解などしたくありません。あと、ドラッヘの民についてお伝えしておきますが、ほとんどの者が流浪の民となって流れました。元々そういう一族なのです。ですから暫くは戻らないでしょう。行き場のない残った女子供や老人達は国で受け入れる事になりました。陛下のご采配です」
「そうでしたか。それは安心しました。……旦那様、とてもお辛かったですね。微力ながら私はずっとおそばにおりますから、どうぞ泣いていいんですよ」
「泣いてなどいません!」

 とっさに目が合い、どちらともなく笑い合った。

「……あなたに謝らないといけない事があるんです。私は政治的な目的であなたと結婚しました。黙っていてすみませんでした」
「始まりはなんでもいいんです。私は今こうして二人でいられる事が何よりも嬉しいんです」

 タイストの目に涙が溜まっていく。そしてその視線がふと後ろに移った。タイストに手を引かれるまま窓のそばにいくと、そこにはブルージュエルが張り付いていた。

「ブルー、あなた本当に旦那様が好きなのね」

 するとブルーはヒョイッと身軽に地面に飛び降りた。追い掛けて外に出たが、すでに茂みの中に入って行ったようでどこにも姿は見えなくなっていた。


「こんなとこにいたんだね! 陛下達が待っているよ」

 にこやかに駆け寄ってきたハララムの元へ近付いて行くと、廊下からこちらを気に留めていた侍女達が浮き立ったようにソワソワしていた。何かと思いそちらを見ながら歩いて行くと、その視線は間違いなくタイストに向いていた。

「あちゃぁ。今回の一件でタイストの評価がまた上がったからね」
「くだらない事を言うな」
「くだらなくないよ。第二夫人や妾を望む娘もいるみたいだよ?」
 
 話しながら歩いて行き、丁度回廊をこちらに向かってくる侍女と中庭を横切ってきたイレネ達とが蜂合う所で、侍女達は頬を赤らめて頭を下げた。嬉しそうな侍女達の表情にイレネの胸にモヤッとしたものが広がった。

「っと、大丈夫か? 気を付けて」

 一瞬目を逸らした隙に侍女はタイストに支えられている。そんなものは女から見ればあざとい行動だと分かってはいるものの、タイスト自身は全く気にしていない様子だった。

「イレネ? 待って下さい!」
「……」

 しかしイレネは無言のままタイストを置いて先を歩いた。

「イレネ?」
「プッ、グフッ」
「なんだハララム。今お前に構っている暇などないんだ!」
「いやぁ、夫人もようやく気が付いたのかと思ってさ」

 言われた事の意味が分からないタイストは妙な顔をしながらもイレネを追い掛けて行く。その少し先でイレネが少しだけタイストの袖を摘み、何故かタイストはイレネを抱き上げ、その場でくるりと回った。驚いていたイレネはその後タイストの首に抱き付き、二人の笑い声が廊下に響いていた。
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