そのハンカチ返してくださいッ!

山田ランチ

文字の大きさ
19 / 19

終章

 誰もいない聖堂で、結婚式と同じ格好をしたタイストに手を引かれるまま、向かい合っていた。日の光に照らされたタイストの髪が綺麗に輝く。そして繋いだ両手の指先をするりと撫でられた後、そっと握られた。

「良き夫婦となるべく、互いを慈しみ、支え合い、信じ合い、愛し合い、国と子らの為に共に健やかに生きてくれますか?」

愛しい人の顔を見つめながら、イレネは「はい」と答えた。その瞬間、手が引かれ厚い胸にぶつかる。そして思い切り抱き締められた。

「また少し、昔話をしてもいいですか? このままで」

 話を聞こうと顔を上げようとした瞬間、腕に力がこもり、再び胸に頬を押し付けていた。

「アルヴィ・キュトラは本当は長子だそうです」
「え? どういう事ですか?」
「祖父母は長く子に恵まれなかったそうで、他の女性に産ませた子がアルヴィなんです。でもその半年後に祖母も父を身籠り、半年という差を逆にしてしまったそうなんです」
「それじゃあ本当はキュトラ家を継ぐのは叔父様だったという事なんですか?」
「どうでしょうか。そもそも庶子に家督を継がせるのはあまり良しとはされていません。でも父が生まれていなければおそらくアルヴィが当主になっていたでしょう。そして私も生まれてはいなかった。ただそれだけの事です」
「それはもしや先日の尋問で明らかになったんですか?」
「本人は何も話しませんでした。父達と年代の近いトルスティも知らなかったようです」
「ではどうして……」
「父です。アルヴィの邸宅を処分している時に父の手記が見つかったんです。何故アルヴィの手元にいったのかは不明ですが、父は繰り返し祖父にその話をされていたようで、知っているのに明かさない事を罪として背負うと書いてありました。しかしずっと見つからず今こうして発見されたという事に意味があるのでしょう」
「同情、していますか? 旦那様には減刑するお力があります」

 しかしタイストはフルフルと首を振った。その表情はどこまでも優しく見えた。

「私にも守りたい者があるんです」

 イレネは今度こそそっと顔を上げた。タイストと目が合い、どちらともなく唇が重なっていく。次第に深くなる口づけを夢中で受け止めていると、不意に再び強く抱き締められた。

「もしも私が生まれていなかったら、あなたの隣りにいるのが私ではなかったかもしれない。そう思うと最近はとても怖くなってしまいます。……臆病なんですよ、私は」
「この国で最もお強いキュトラ辺境伯様がですか?」

 おどけたようにそう言うと、首元に顔を埋められて深呼吸された。

「くすぐったいです、旦那様」
「私の中のアルヴィはいつも真っ直ぐで正しく、あまり笑わず、でも頼りがいのある大人の男性でした」
「旦那様は叔父様を尊敬していらしたんですね」
「どうしてですか?」

 大きな子を宥めるように背を撫でた。

「だって、アルヴィ・キュトラという人を理解したかったのでしょう?」
「両親を殺し、我が領とあなたの大事な故郷をドラッヘの民へ明け渡そうとした罪人です。理解などしたくありません。あと、ドラッヘの民についてお伝えしておきますが、ほとんどの者が流浪の民となって流れました。元々そういう一族なのです。ですから暫くは戻らないでしょう。行き場のない残った女子供や老人達は国で受け入れる事になりました。陛下のご采配です」
「そうでしたか。それは安心しました。……旦那様、とてもお辛かったですね。微力ながら私はずっとおそばにおりますから、どうぞ泣いていいんですよ」
「泣いてなどいません!」

 とっさに目が合い、どちらともなく笑い合った。

「……あなたに謝らないといけない事があるんです。私は政治的な目的であなたと結婚しました。黙っていてすみませんでした」
「始まりはなんでもいいんです。私は今こうして二人でいられる事が何よりも嬉しいんです」

 タイストの目に涙が溜まっていく。そしてその視線がふと後ろに移った。タイストに手を引かれるまま窓のそばにいくと、そこにはブルージュエルが張り付いていた。

「ブルー、あなた本当に旦那様が好きなのね」

 するとブルーはヒョイッと身軽に地面に飛び降りた。追い掛けて外に出たが、すでに茂みの中に入って行ったようでどこにも姿は見えなくなっていた。


「こんなとこにいたんだね! 陛下達が待っているよ」

 にこやかに駆け寄ってきたハララムの元へ近付いて行くと、廊下からこちらを気に留めていた侍女達が浮き立ったようにソワソワしていた。何かと思いそちらを見ながら歩いて行くと、その視線は間違いなくタイストに向いていた。

「あちゃぁ。今回の一件でタイストの評価がまた上がったからね」
「くだらない事を言うな」
「くだらなくないよ。第二夫人や妾を望む娘もいるみたいだよ?」
 
 話しながら歩いて行き、丁度回廊をこちらに向かってくる侍女と中庭を横切ってきたイレネ達とが蜂合う所で、侍女達は頬を赤らめて頭を下げた。嬉しそうな侍女達の表情にイレネの胸にモヤッとしたものが広がった。

「っと、大丈夫か? 気を付けて」

 一瞬目を逸らした隙に侍女はタイストに支えられている。そんなものは女から見ればあざとい行動だと分かってはいるものの、タイスト自身は全く気にしていない様子だった。

「イレネ? 待って下さい!」
「……」

 しかしイレネは無言のままタイストを置いて先を歩いた。

「イレネ?」
「プッ、グフッ」
「なんだハララム。今お前に構っている暇などないんだ!」
「いやぁ、夫人もようやく気が付いたのかと思ってさ」

 言われた事の意味が分からないタイストは妙な顔をしながらもイレネを追い掛けて行く。その少し先でイレネが少しだけタイストの袖を摘み、何故かタイストはイレネを抱き上げ、その場でくるりと回った。驚いていたイレネはその後タイストの首に抱き付き、二人の笑い声が廊下に響いていた。

この作品は感想を受け付けておりません。

あなたにおすすめの小説

あなたの隣に私は必要ですか?

らんか
恋愛
政略結婚にて、3年前より婚約し、学園卒業と共に嫁ぐ予定であったアリーシア。 しかし、諸事情により結婚式は延期され、次の結婚式の日取りさえなかなか決められない状況であった。 そんなアリーシアの婚約者ルートヴィッヒは、護衛対象である第三王女ミーアの傍を片時も離れようとしない。 月1回の婚約者同士のお茶会もすぐに切り上げてしまい、夜会へのエスコートすらしてもらった事がない。 そんな状況で、アリーシアは思う。 私はあなたの隣に必要でしょうか? あなたが求めているのは別の人ではないのでしょうかと。 * 短編です。4/4に完結します。 ご感想欄は都合により、閉じさせて頂きます。

刺繍妻

拓海のり
恋愛
男爵令嬢メアリーは魔力も無くて、十五歳で寄り親の侯爵家に侍女見習いとして奉公に上がった。二十歳まで務めた後、同じ寄り子の子爵家に嫁に行ったが。九千字ぐらいのお話です。

『お前を愛する事はない』旦那様、それではごきげんよう

あんど もあ
ファンタジー
結婚初夜に「お前を愛する事はない」と言われたアレクシア。成金男爵令嬢が名門旧家の伯爵家の令息との恋を実らせたはずが、彼は贅沢を享受したいだけで、愛する女性は別にいた。それから三年。アレクシアは夫から家を追い出される事になるが……。

嘘が愛を試す時 〜君を信じたい夜に〜

月山 歩
恋愛
サラとマリウス・ハンプトン侯爵夫婦のもとに、衝撃的な告白を携えた男が訪れる。「隠れてサラと愛し合っている。」と。 身に覚えのない不貞の証拠に、いくらサラが誤解だと訴えてもマリウスは次第に疑念を深めてゆく。 男の目的はただ一つ、サラを奪うこと。 *こちらはアルファポリス版です。

【完結】「元カノが忘れられないんでしょう?」と身を引いた瞬間、爽やか彼氏の執着スイッチが入りました

恋せよ恋
恋愛
「元カノが忘れられないなら、私が身を引くわくべきよね」 交際一周年、愛するザックに告げた決別の言葉。 でも、彼は悲しむどころか、見たこともない 暗い瞳で私を追い詰めた。 「僕を捨てる? 逃げられると思っているの、アン」 私の知る爽やかな王子の仮面が剥がれ落ち、 隠されていた狂おしいほどの独占欲が牙を剥く。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました

由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。 ——皇子を産めるかどうか。 けれど私は、産めない。 ならば—— 「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」 そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。 毒を盛られても、捨てられず。 皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。 「お前は、ここにいろ」 これは、子を産めない女が ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。 そして—— その寵愛は、やがて狂気に変わる。

【完結】病弱な妹に魔力を分け続け死ぬ寸前の私を、宮廷魔術師になった旧友が攫ってくれました。家族を捨てて幸せになっていいんですか?

未知香
恋愛
「あなたはもう十分楽しんだでしょう? 今度はミアーラの番よ」 膨大な魔力と知識を持ち、聖女候補とまで言われた、天才魔術師エリアーナ。 彼女は、病弱な妹ミアーラの為、家族に言われるまま自らの膨大な魔力を差し出すことにした。 「そうだ。私は健康で、今まで十分に楽しんできた。だから、あげるのは当然だ」 魔力を与え続けた結果、彼女は魔力を失い、容姿も衰え、社交界から姿を消してしまう事となった。 一方、妹ミアーラは姉から与えられた魔力を使い、聖女候補として称賛されるように。 家族の呪縛に縛られ、「今まで多くを貰いすぎていたのだ」と信じ、利用され続けるエリアーナ。 そんな彼女の前に現れたのは、かつての旧友であり宮廷魔術師となった青年だった。 ハッピーエンドです!