影の私が本物になった日

ノエ丸

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影の私が本物になった日

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 初異世界恋愛物です。
 よくある設定なのでお目汚し程度にご覧下さい。 
 ―――――――――――――――――――――――――
 

 私はある王国で、第三王女アリシア様の影武者をしている。
 声や容姿は瓜二つ。
 並んで立てば、どちらが本物か分からないほどそっくり。
 理由は簡単。

 本当に双子だから。

 それが答え。

 私の国の王家には、昔から奇妙な掟がある。
「双子が生まれたなら、後に生まれた子に名を与えず、影として生かせ」と。
 その言葉を初めて耳にしたとき、幼い私はただ首を傾げるしかなかった。けれど今では、それが争いを避けるための、残酷で理にかなった手段だったのだと理解していた。

 姉であるアリシアと共に教育を受けていたが、そこには明確な差があった。
 一つのミスをするたびに背中を鞭で打たれ、悲鳴を上げるたびにさらにもう一度打たれた。

 アリシアが、痛みに耐える私の姿をどこか楽しげに眺めていたことを、今でも鮮明に覚えている。
 同じ血を分けた姉妹であっても、生まれがわずかに遅かっただけで、私は“影”として扱われた。
 
 月日が経ち、アリシアの癖や所作を完璧に模倣できるようになった。
 元々双子なので、模倣すること自体難しいことではない。
 ただ、アリシアの思考回路を模倣することは難しかった。というか全く同じにはできない。
 アリシアは常に『どうすれば楽ができるか』、私は『どうすれば完璧に役割を果たせるか』しか考えていないため、根本的な考え方が違うせいだと理解した。
 
 それからは、アリシアの気分次第で、影武者として、さまざまな役を担わされた。

 舞踏会や晩餐会といった華やかな催しには、姉であるアリシアが。
 式典や格式ばった儀礼には、“影のアリシア”である私が。
 要は、楽しいことはアリシア、面白くないことは私が。
 その役割が当たり前になっていた。

 影武者としての仕事がある時以外は、中庭の見える部屋で過ごす日々。
 季節によって色とりどりの草花が咲き誇る中庭。
 唯一と言っていい、心休まる時間。
 そんな時間も、ある音とともに台無しにされた。
  
 王城の中庭でガシャンッ!と何かが投げ付けられた音が響いた。
「キャッ――!」
「悲鳴をあげている暇があったらとっとと入れ直しなさい! 私が飲みたいのはこの紅茶じゃないのよっ!!」
「で、ですがアリシア様が御選びに――」
「い、ま、は、別のがいいのよ。それくらい察しなさいよ、このグズ。さっさといつもの持ってきて」
「も、申し訳ありません。只今御用意致します」
 そう言って若いメイドは、足早に去っていった。
 私はその様子を一瞥し、静かに窓を閉めた。
 姉であるアリシアは我儘で自分勝手で、他人は自分に仕えて当然と考えている。
 アリシアが特別酷いわけではなく、私を除いた王家の人間は、大体あんな感じなのである。
 アリシアは無闇に折檻しないだけ“マシ”ですらある。
 

「大きな声を出して、どうされたのですかアリシア様」
「ナイン! 聞いてよ、使えないメイドがいつも飲む紅茶とは別のを持ってきたのよ。酷いと思わない?」
「ははっ、それは酷いね。君にそんなことをするメイドなんて……僕が処理しておこうか?」
「いいえ、貴方はそんな事しなくていいのよ。あのグズの為に貴方の剣を汚す必要は無いわ」
「君は優しいね……アリシア」
「ナイン――」

 またやってる……。
 あの男はナイン。アリシアの護衛を務める騎士で、ああして彼女に媚びを売っている。
 本人がそう言っていたのだから、おそらく本当なのだろう。なんだったか……『出世のためのお遊び』だったかな?  
 いずれアリシアは婚約者と結婚する。そのときまでの“お遊び”だとかなんとか言っていた。

 陛下や王妃様がどうお考えなのかはわからないが、処罰が下らないということは、そういうものなのだろう。

 アリシアは第三王女であり、末の娘として甘やかされ、やがて他の家柄と縁を結ぶために嫁がされる運命にある。
 それまでの間、私はただ、あの女の影として生きるだけ――。


 ――――――
 ――――
 ――

「武の国への訪問……ですか?」
 ある日、私に仕事を割り振る人物から言い渡された。

「ええ、アリシア様があのような国に行きたくないと駄々をこねましてね。貴女に行くようにと仰せつかりました。我が国の今後をより良いものにするための、友好訪問だというのに……はぁ。そういうわけで、貴女にアリシア様の代わりとして出向いてもらいます」
「わかりました。謹んでお受けいたします。それで、期間はどのくらいでしょうか?」
「一ヶ月ほど滞在してもらいます。友好を深めるためですからね。わかっているとは思いますが、決してボロは出さないように。いいですね?」
「承知いたしました。アリシア様として、必ずやり遂げてみせますわ」

 再び部屋に静寂が訪れる。
 武の国への訪問……か。
 形ばかりの同盟を結んでいると、以前から聞いたことがある。
 我が国の隣に位置し、軍事力が群を抜いて高いという。
 そんな国へ一ヶ月も赴くとなると、さすがに不安のほうが勝ってしまう。
 無事にやり遂げられるだろうか……できるだけ愛想よく、心優しい王女として振る舞わなければならない。

 いよいよ出発の日がやってきた。
 アリシアと同じ髪型に整え、同じ服装を身にまとう。
 身に着ける貴重品の数々は、これまでに何度か手にしたことのあるものばかりだった。

「あー、アンタがいて助かった。あんな野蛮な国に行くなんて……考えただけで鳥肌が立っちゃうわ。ほら、そなたの旅に幸あらんことをー。じゃあね~、ばいば~い」
 適当すぎる旅路への祈り……それでも、旅立ちの挨拶をしてくれるだけマシだと思うことにした。
 さっさとどこかへ行ってしまったアリシアとは対照的に、その場に残った家臣へ告げた。
「では、これにて私は武の国へ向かわせていただきます。必ずや、この国の繁栄のため尽力してまいります」
 軽く頭を下げ、馬車に乗り込み、武の国へと向かった。


 ――――――
 ――――
 ――

 「おおっ! よくぞ参った、アリシア嬢。長旅でさぞ疲れたことだろう。お前たち、アリシア嬢を部屋に案内しなさい」
 まさか、出迎えに現れたのが第一王子のヘデラ様とは……。

「殿下。貴方様のお心遣いに感謝申し上げます。ですが、わたくしよりも先に従者を休ませてあげたく存じます。どうか、そちらを先にご案内いただけますでしょうか?」
 私の申し出に、ヘデラ様は顎を撫で、押し黙った。
 赤い瞳がじっと私を見つめる。
 背中に冷たい汗が流れた。
 ……対応を誤った。ここは素直に部屋へ案内されるべきだったのだ。

 ヘデラ様は一つ頷くと、口を開いた。
「うむ。噂に違わぬお方のようだ」
 そう言うと、近くに控えていた従者へ指示を飛ばす。
「おい、付きの者を部屋に案内しておけ。私はアリシア嬢に、この城を案内して差し上げる」

「殿下、お心遣いに感謝いたします」
「気にしなくていい。それと、殿下ではなくヘデラと呼んでくれて構わない。私もアリシア嬢と呼んでいるのだ。こちら側だけ偉そうな呼び方では申し訳ないからね」

 よかった……どうやら悪い印象を持たれずに済んだようだ。
 心の中で胸を撫で下ろし、ヘデラ様の持て成しを受けることにした。

 その後、ヘデラ様の案内のもと、城内を歩きながら談笑を交わした。
「しかし、君は本当に噂通りの女性のようだね。ここは君にとって居心地の良い国とは言えないかもしれないが、どうかゆっくりしていってほしい」
「いえ、ヘデラ様のお心遣いだけで、わたくしは十分に満足いたしておりますわ」

 噂通り――それは、我が国が他国向けに流している虚構の情報。
 王城内では横柄で傲慢な態度で過ごしているが、それは表には出さない裏の顔。
 第三王女アリシアは、淑女然とした心優しい女性。
 それが、他国が抱いている“アリシア”という女性の印象だ。
 あの女も、舞踏会などで猫を被ることはできる。
 けれど長くは続かない。
 一ヶ月という長い滞在期間があれば、必ずボロが出る。
 だからこそ、アリシアの影であるわたくしが演じ切らねばならない。

 淑女然とした、心優しきアリシアを――。


 ――――――
 ――――
 ――

  それから何事もなく顔合わせは終わり、案内された部屋の中で一人、ため息をついた。
「……はぁ、疲れた」
 思わず口にした言葉に気づき、部屋の中を見回した。
 よかった、誰もいなくて……。
 たとえ一人になっても、気を抜いてはいけない。もっとアリシアになりきらなければ。
 もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと――。

 ――――――
 ――――
 ――

 それから日々は過ぎ、私は完璧なアリシアを演じ続けた。
 常に笑顔を振りまき、従者にも優しく接し、誰であろうと、倒れた者には手を差し伸べた。
 たとえそれが平民の子供であろうと。

 その出来事は、ヘデラ様と共にお忍びで街を歩いていた時のこと。
 何かの拍子に、子供が私たちの目の前で転んでしまった。
 護衛はすぐに子供を排除しようとしたが、私はそれよりも早く子供に駆け寄り、助け起こした。
 護衛が何か言うのも無視して、子供に語りかけた。
「大丈夫? 怪我はない?」
「は、はい……!」
 子供の言葉とは裏腹に膝を擦りむいているのが目に入り、ハンカチを取り出しそっと傷口にあてた。
「これで傷口を抑えて、そう、上手よ。――これでもう大丈夫」
 子供の頭を撫でながら、できるだけ優しい声で伝える。
「すぐに水で傷口を洗うのよ? それが終わったら、このハンカチを巻くといいわ」
 そう言いながら、別の綺麗なハンカチを子供に手渡した。

 子供はハンカチと私の顔を何度も見比べ、頭を下げると走り去って行った。

「よいのか?」
「何がでしょうか?」

 ヘデラ様が私に対して何かを問いかける。
「あの子供にハンカチを渡していたが、君はいつもそうするのか? ただの平民の子供に」
「ええ、もちろん。子は国の宝。人なくして国は成り立ちません、とわたくしは考えております」
「……そうか、アリシア嬢はそういう考えの持ち主か」

 ヘデラ様は考える仕草を見せ、何かを悩んでいるようだったが、すぐに笑顔に変わり、こう言った。
「アリシア嬢、君のためにハンカチをプレゼントしたいのだが、生憎と私はそういうのには疎くてね。一緒に選んではくれないだろうか」
「まあ本当ですか? フフフ、ではご一緒させて頂きますね」

 本当に、ちょうどいいタイミングで子供が飛び出して来てくれて助かりましたね。
 あの女が絶対に口にしないような台詞も、私が演じる心優しいアリシアなら必ず口にする。
 そう、心優しいアリシアなら、きっとそうする。

 店で熱心にハンカチを選ぶヘデラ様を眺めながら、私は次の策を練っていた。
 私――アリシアへのプレゼントを、どう受け取るのがいちばん自然だろうか……。
 わざとらしく喜ぶのも違う気がする。かといって、反応が薄ければ相手の印象を悪くしてしまう。

 ……それならば。
 私はヘデラ様に近づき、一枚のハンカチを指さした。
「こちらのハンカチの色……ヘデラ様の瞳の色にそっくりで、とても素敵ですね」

 私の指先にあるのは、真紅の布で縁取られた一枚のハンカチ。
 打算だけで選んだその一枚を、私はさも気に入ったように見せかけた。

「アリシア嬢はこれが気に入ったのか……。よし、これを君に贈ろう」
 私の思惑どおり、ヘデラ様は真紅のハンカチを選んでくれた。

「さあ、受け取ってくれ。……いや、すまない、選んだのは君なのに、私が偉そうでは申し訳ないな」
「かまいませんよ。ヘデラ様からの贈り物なのですから、どんな形であっても……ありがとうございます」
「あはは……まあ、うん。喜んでくれたようで何よりだ」

 アリシアのために贈られたハンカチ。
 影である私が素直に喜ぶのは違う。
 ……いえ、ここは“素直に喜んでいるふり”をするのが正解でしょう。

 微笑を浮かべたまま、ヘデラ様としばし笑い合った。

 ――――――
 ――――
 ――

 そして、ついに期限の一カ月が迫ってきた。
 正直なところ、この一カ月間は心から楽しいと思える日々だった。
 存分にもてなしていただいたというのもあるが、それ以上に――ヘデラ様の人柄に惹かれたというのが大きい。
 もう少しだけ、ここに居たいとさえ思えた。
 もう少しだけこの方と……。
 叶わぬ願いだとわかっていても、願わずにはいられなかった。
 
 影である私が望むには不相応な願い。

 それにヘデラ様が笑顔を向けているのはアリシアであって――。
 
 私ではない。

 ――――――
 ――――
 ――

 ついに国へ帰る日がやってきた。
 表面上は務めて冷静に保っているが、内面は貴方と離れたくないと、そう思っていた。

「ヘデラ様。短い間でしたが、わたくしの様な者の為に、貴方様の貴重な御時間を割いていただき、心より感謝を申し上げます」
 私の言葉にヘデラ様は首を振り答えた。
「私もアリシア嬢と過ごした日々は本当に楽しかったよ。貴女に婚約者がいなければ、私が名乗りをあげていたくらいだ」
「まあお上手……ふふふ」
 お世辞だとわかってはいても、そう言われると悪い気はしなかった。

 いっその事。
 打ち明けてしまおうか。
 そう思いさえした。

 そんな考えを振り切り、馬車へ乗り込む。
「ヘデラ様、それではまたどこかでお会いしましょう」
「ああ、アリシア嬢もお元気で――」
 別れの挨拶を交し、アリシアが待つ王国へ向かった。

 
  王都を出発してから、すでに半日が経っていた。
 整備の行き届いた森の街道を、馬車はゆるやかに進んでいく。
 馬車の揺れに身を任せながら、この一カ月を思い返し、静かに物思いにふけっていた。

 「……『貴女に婚約者がいなければ、私が名乗りをあげていたくらいだ』――か」
 不意に、ヘデラ様の言葉を口の中で繰り返す。
 アリシアには婚約者がいるけれど、私にはいない……いえ、そもそも結婚など許されるはずもない。
 一生を、アリシアの影として過ごす運命。
 あの時――ヘデラ様に、私が偽物だと告げていたら。どんな顔をなさっただろうか……。
 驚かれるだろうか。怒られるだろうか。悲しまれるだろうか。
 それとも――冗談として笑ってくださっただろうか。
 答えのない“もしも”を、今も心のどこかで繰り返してしまう。

 その時――。

 ガシャンッ――!  

 突然、車体が激しく揺さぶられ、思わずバランスを崩して床に手をついた。
「姫様! 山賊です!」
 従者の叫びとともに、複数の雄叫びが響き渡る。
 金属がぶつかり合う音、悲鳴、そして馬車の扉を激しく叩く音――。
「姫様! このまま武の国の王都まで引き返します! 馬に乗り換え、お逃げください!」
「わ、わかりましたっ!」
 扉を開け外に飛び出すと、護衛の騎士たちが必死に時間を稼いでくれていた。
 馬に跨り、数名の護衛とともにその場を離れる。

 どうして――こんな場所に山賊が現れるの?  
 疑問が胸をよぎる間にも、すぐ背後に複数の山賊の気配が迫ってきていた。
 遠くでは、まだかすかに剣戟の音が響いていたが、それも長くは続かないだろう。
 山賊の方が、こちらよりも圧倒的に数が多い。
 逃げる私たちを追跡できる余裕があるのが、その証拠だ。

 ここから王都までは、行きで半日を要した距離だ。
 ああ……なんて、絶望的な状況なのだろう。

 私がここで死ねば、ヘデラ様に迷惑が掛かってしまう。
 友好のために訪れた客人が山賊に殺される――それは外交上の大きな汚点だ。
「客人一人も守れないのか」と、ヘデラ様は周囲の国々から非難を受けるに違いない。

 そして同時に、その“客人”が影武者であったことも露見してしまう。

 ……いや、ここで私たちが全員死んだとしても、王国にとっては何の問題もない。
 本物のアリシアは、王国にいるのだから。

 影が死んだところで――誰も悲しみはしない。
 巻き込まれた従者や騎士の方がよっぽど気の毒だ。

 必死に馬の手綱を握りしめ、街道を駆け抜けた。
 私は……ここで、死ぬのだろうか。
 そんな考えが頭をよぎった瞬間、自然と視線が下を向いた。

 その時――。

 遠くの森の方から、こちらへと近づいてくる蹄の音が響いてきた。
 音のした方へ顔を向けると、甲冑に身を包んだ騎馬の一団がこちらへ向かってくるのが見えた。
 その先頭に立つ人物の姿を認めた瞬間――胸の奥が強く震えた。

「ヘデラ様っ――!!」

 思わず、喉の奥から絞り出すようにその名を叫んだ。

「アリシア――ッ!!」

 応えるように、ヘデラ様もまたアリシアの名を叫んだ。

 絶望が、一瞬で希望へと塗り替えられた。

 山賊たちも騎馬の軍勢に気づくや否や、慌てて方向を変えて逃げ出していった。

 ヘデラ様は近くまで来ると速度を落とし、馬から軽やかに飛び降りて私のもとへ駆け寄った。
 その横を、何騎もの騎馬が風を切って駆け抜け、山賊の後を追っていった。

  安堵で体の力が抜け、馬上から崩れ落ちそうになった私を、ヘデラ様がしっかりと抱き留めてくれた。
 初めて殿方の腕に抱かれた。
 ああ――顔が熱くなるのを感じる。
 「ヘデラ様……」
 何度だって呼びたい。
 愛しい貴方の名を――。

  それと同時に疑問が浮かぶ。
「ヘデラ様は……なぜここに?」
「アリシアたちが出立して間もなく、森に山賊が潜んでいるとの報告を受けてね。もしやと思って駆けつけたんだ」
「そうだったのですね……本当に、本当にありがとうございます」
 深く頭を下げ、流れそうになる涙を必死に堪えた。
 そんな私を、ヘデラ様はそっと抱きしめた。
 ああ――この時間が永遠に続けばいいのに。

 その後、ヘデラ様の配下の騎士たちと共に、馬車が止まった地点へ戻ると、そこは血の海と化していた。
 時間を稼いでくれた騎士たちは皆、すでに息絶え、従者たちもまた全員命を落としていた。
「うっ……」
 その惨状に、思わず胃の奥から込み上げるものを抑えきれなかった。
「アリシア。無理はするな。後のことは私の配下に任せて、君は休むといい」
「……いえ。わたくしを逃がすために、その命を投げ出したのです。顔を背けるわけにはいきません」
 そう――影である私を逃がすために散った命。私が目を背けることなど、許されない。

 全員の遺体を確認していると、視界の端で何かが動いた。
 山賊の生き残りだ。弓を引き絞り、こちらを狙っている。

「ヘデラ様っ!」

 叫ぶのと同時に、放たれた矢がヘデラ様へ向かっていると直感した。
 反射的に、自らの体を盾にしてその矢を受け止めた。

「あぁっ、ぐぅ――!」
 鋭い痛みが左肩を貫いた。致命傷ではないものの、深く突き刺さり、抜くことは容易ではないと悟る。
「アリシア!」
 再びヘデラ様の腕に抱きとめられ、私はそのまま地に横たわった。
 左肩が焼けつくように痛む。
 それでも――痛みよりも、想いを寄せる人を守れたという事実が胸を満たしていた。

 ああ……良かった。ヘデラ様が傷付かずにすんで。……ふふ、貴方もそんな表情をなさるのですね。
 痛みに歪む視界の中で見えたヘデラ様の顔は、驚きと困惑に染まっていた。
 きっと、なぜ他国の姫君が身を挺してまで自分を庇ったのか――そう思っておられるに違いない。

 私と違って、貴方は本物の王子様。偽物の私とは違う。命の価値が違う。
 ヘデラという、代わりのいないただ一人の存在。
 そんな貴方のために、この身を差し出せたのなら――私は、それで……。

 そこで、私の意識は闇に沈んだ。


 ――――――  
 ――――  
 ――  

  気が付くと、馬車の中で眠っていた。
 まさか夢……? そう思ったけれど、左肩の鋭い痛みが、それが現実なのだと告げていた。

 「アリシア嬢! 目を覚ましたか、良かった!」
 声のした方を見ると、ヘデラ様は安堵の表情を浮かべていた。
 身を起こそうとすると、左肩にズキリと鋭い痛みが走った。
「――痛っ!」
 痛みに思わず声が漏れた。
「起きなくていいよ。君が寝ている間に傷は塞いだが、治ったわけではないんだから」
「……わかりました。あの、その後はどうなったのでしょうか」
「そうだね……君には辛い話になるだろうが――」
 ヘデラ様は、私が矢を受けて倒れた後のことを語り始めた。

 やはりと言うべきか、時間を稼いでくれた騎士たちと従者は、全員命を落としていた。
 覚悟はしていたとはいえ、彼らではなく私が生き残ったことに深い申し訳なさが胸に残った。
 そして、山賊は数名を生け捕りにし、残党は逃げた者も含めて全て討伐されたという。
 聞き出した情報によれば、彼らはただの山賊ではなく、他国の手先であった。
 さらに、私の国と武の国を仲違いさせるために仕組まれた、他国による罠であることも判明した。

「そんな事が起きていたのですね……」
 国同士の戦争という、最悪のシナリオは回避できたことに安堵した。
 そんな私の様子を見て、ヘデラ様は仰った。
「アリシア。ここから先は、私の部隊が護衛を務めよう。先立って君の王国へ早馬を走らせてある」
 ヘデラ様はこのまま私についてくる気のようだ。
 その申し出は嬉しい。
 だがこれ以上この方の手を煩わせるわけにはいかない。
「ヘデラ様のご厚意、身に余るほどありがたく存じます。けれど、命をお救いいただいたうえに護衛までお引き受けくださるなど、そのご恩にどう報いればよいのか……わたくしには分かりません――」
「そのようなもの、私は求めていない。君が身を挺して私を守ってくれた――それだけで、この命は君に報われている。だから今は、何も考えず眠るといい」
「――はい」
 ああ、この方はやはり……。
 そこで私の意識は再び途絶えた。
 
 ――――――
 ――――
 ――
 
  その後、無事に王国へと辿り着き、ヘデラ様と共に国王陛下と面会をした。
 襲撃の件は事前に報告されていたが、ヘデラ様本人が護衛として現れたことで、さすがの国王陛下も面食らっていた。
 私は怪我をしているという理由で、事の経緯の説明はヘデラ様に任せることになった。

「何で怪我なんかしているのよ!! アンタの傷が治るまで、肩を出すドレスが着られないじゃない!!」
「申し訳……ございません」
 別室で、私はアリシア様から叱責を受けていた。
「しかも、あんな野蛮な国の王子を連れて来て……ほんと最悪。アレが帰るまでは、アンタが対応しなさいよね」
 そう言い捨てて、アリシア様は部屋を出ていった。

 部屋に一人残され、私は胸を撫で下ろす。
 よかった……ヘデラ様を、あの女に取られなくて。
 少なくとも、ヘデラ様が滞在している間は、アリシアでいられる。

 そして日が傾き始めた頃。
 部屋に変装したアリシア様が現れ、こう告げた。
「これからナインとカジノに行ってくるから、アレの相手しておいてよね」
「え……か、カジノに行かれるのですか?」
「そうよ。アンタがあの国に行っている間に出来たのよ。行くたびに勝ってるんだから楽しいわよ? ああ、“勝つ”ってのはカジノで儲けた時に使う言葉らしいわよ。ナインが教えてくれたの。それじゃ、私はもう行くからバイバ~イ」

 ほ、本当に行ってしまった……。
 あまりの無責任さに、思わず目眩がした。

 またしばらくして、ヘデラ様との夕食の席に呼ばれたので、向かうことにした。


 ――――――
 ――――
 ――
 大きなテーブルには、すでに国王陛下とお后様、そしてヘデラ様が席に着いていた。
「遅くなってしまい申し訳ございません」
「うむ、では始めるとしよう」
 そこからは何の問題もなく、穏やかに食事会が進んでいった。
 ヘデラ様は、武の国で私がどのように過ごしたかを、楽しそうに陛下とお后様へ語っていた。

 やがて食事が終わると、ヘデラ様がふいに口を開いた。
「さて、アリシア様。あなたに伝えておくことがある」
「――? 何でしょうか」
 先ほどまで穏やかに微笑んでいたヘデラ様は、表情を引き締めて私に告げた。

「君を――我が国で受け入れることになった」

 …………? 我が国で受け入れることになった? 我が国というのは、おそらく武の国のことだろう。では「受け入れる」とは、私――アリシアの何を指しているのだろうか。
 疑問が頭の中をぐるぐると駆け巡る。

「ど、どういう……意味でしょうか?」
 絞り出せたのは、それだけの言葉だった。

「君を――私の妻として迎え入れるつもりだ」
「……は、はあ」
 間の抜けた返事をしてしまった。
 私を妻として迎え入れる? いや、私ではなくアリシアを? なぜ、そんなことに?

「娘よ、困惑するのも無理はない。元の婚約者との縁は解消してもらう。あの家よりも、武の国と結ぶ方が、はるかに王家の理にかなうのだ。すまぬが、耐えてくれ」
 耐えるもなにも、私には“理”しかないのだから。
 けれどあの女が何て言うか……。
 あまりの展開に思わず口を噤んでしまった。

「陛下。アリシア様と二人で話をしても宜しいでしょうか?」
「む、うむ。構わん。娘よ、行ってきなさい」
 そのままヘデラ様と共に、中庭へと移動した。


 一カ月ぶりの中庭。
 もう陽が暮れ、明かりが灯る庭に私とヘデラ様の二人だけが佇む。
 ヘデラ様は何処か落ち着きのない感じがした。
 普段よりもそわそわとしたその佇まいに、少しだけ可笑しさが込み上げてくる。
 私は思わず笑い声が漏れたしまった。
「ふふふ……ヘデラ様。何をそんなに緊張なさっているのですか?」
「……うっ。いや、その……私でも緊張する時があるのだよ」
「そうだったんですね。それで――お話と言うのはなんでしょうか?」
 私の問い掛けに、ヘデラ様は咳ばらいを一つし応えた。
「君は私を庇って矢傷を負った。償いという言い方は誤解を生むかもしれない。だが、その償いをさせてほしい」
「それが……私を、妻に迎え入れる、ということですか?」
 先程の食事の際に言われた言葉。
 もしも、その言葉が本当だというのなら……私は。
「初めての気持ちなんだ。その……誰かと一緒に居たいと、私の人生の全てを捧げたいと思ったのは。うまく言葉に出来ないが――アリシア、君が欲しい」
 ヘデラ様は私の手を握り、そう告げた。
 その言葉に、私は心の底から嬉しさが込み上げてきた。
 それと同時に涙が込み上げてくる。

 貴方の望むアリシアは偽物。
 影である名もない私が演じる虚像なのだと。
 たとえ結ばれても、貴方の側に居るのは別のアリシア。
 あの女の本性を目の当たりにした貴方はきっと幻滅するでしょう。
 
 叶うのなら私が貴方の側に……。

 私は、ヘデラ様の手をそっと離し、答えた。
「ヘデラ様。わたくしの心の準備がまだ出来ておりませぬので、お返事は明日必ず行いますので、今日はもう休ませて頂きます」
 そう言って、私はヘデラ様に背を向けた。
 涙で目が滲む姿を見せたくなかったのだ。

「ああ、待っているよ」
 その言葉を背に受け、振り返らずに中庭をあとにした。

 ――――――
 ――――
 ――

  部屋の窓に差し込む陽の光で目を覚ます。
 あの後、部屋に戻ってきてから、涙が止まらず、ろくに眠ることができなかった。

 ああ、いっそ夢だったらよかったのに……。

 最初に頭に浮かぶのはあの人の顔。

 おそらく、アリシアが武の国へ嫁ぐのは間違いないだろう。
 王国内の貴族よりも、隣国の王室に入るほうが、圧倒的に良いだろう。
 それをあの女がどこまで理解しているか……まずは、あの女に事の経緯を説明するところから始めなければ。
 昨日も、なぜ矢の傷を負ったのかを伝える前に、行ってしまった。

 気怠げな体をなんとか起こし、着替えようと立ち上がった、その時――。
 部屋のドアを激しくノックする音が響いた。

 ああ、もう耳に入ってしまったのか。
 おそらくドアの向こうの主はアリシアで、武の国へ嫁ぐという話を聞いたからここへやって来たのだろう。
 寝巻きのままドアを開くと、そこにはアリシアではなく、別の人物が立っていた。

「お目覚めですか? お前達、すぐにこの方の着替えを」
「失礼致します、アリシア様。こちらのお召し物にお着替えください」
「ええっ、な、なんですか、一体?!」

 わけもわからないまま、メイド達の手でドレスを着せられ、そのまま別の部屋へ連れていかれた。

 その道中、どうも城の中が慌しく感じた。
 そういえば昨夜、誰かの怒号が遠くで聞こえた気がする。

 そんな事よりも今はこの状況のほうが気になる。
 普段私に付くメイドは多くて二人。
 しかし今は六人が付き従い、更に鎧に身を包んだ騎士が四人。私を護衛するように同行している。

 そういう式典なんかでは護衛が近くにいることはあったが、城の中でこのような形になるのは珍しい。

 そうして城の中を歩いていると、先導していた騎士がある部屋の前で止まった。

 そこは国王陛下が同格とみなした相手と会うための部屋。
 謁見の間ほどの豪華さはないにしても、この城の中で国王陛下の私室に次ぐ豪華さを誇る部屋。
 なぜそのような部屋の前に?
 そんな疑問が浮かぶも、先導した騎士が告げた。
。お入りください」

 扉が開かれ、中へと誘導される。


 そこには国王陛下とお后様。
 そしてヘデラ様とお付の人がいた。

 ピリピリとした空気が肌に伝わるも、私の姿を見たヘデラ様の一言により、空気が和らいだ。

「アリシア! 君が来るのを待ちわびていたよ」
 そう言って立ち上がると、私に歩み寄り、手を取るとこう告げた。


「陛下。御覧のように、貴方の娘は


 ――生きている? なぜヘデラ様はそのような事を仰られたのか、私には理解できなかった。
 疑問が頭の中を埋め尽くす。
 呆けている私をそのままに、ヘデラ様は続けた。

「ああすまない、アリシア。昨晩私の兵達が、ある人物が暴漢に襲われているところを助けてね。その際、その者が変な事を口走ったと言うのだよ」
 そこでヘデラ様は言葉を止めると、私の返答を待っているように思えた。
「その者は……な、なんと仰ったのでしょうか」
「自分はアリシアの護衛だ。そう言っていたそうだ。ナインという名に心当たりはあるかい?」
 その名前にドキリとし、答えた。
「私の護衛を、務めている者、です」
 若干詰まる言葉にも、ヘデラ様は気にしていない様子で続けた。
「そうか、君の護衛というのは本当か……そうなるとだ、なぜ我が国へ来た時、あの者は同行しなかったのか疑問が残るが、今はどうでもいい事だな」
 ヘデラ様が私の手を引き、陛下とお后様の対面に位置するソファーへと誘導した。
「さて、本物のアリシアが来たんだ。既に陛下と后に聞かせた内容をもう一度話してくれ」
「かしこまりました、殿下」
 ヘデラ様と私が座ると、お付きの人が淡々とした口調で話し始めた。

「では、昨晩起こった出来事について、簡単にお伝え致します。昨晩、我が国の私兵が城下町へと食事に向かわれました」
 そこにヘデラ様が、補足するように付け加えた。
「ここまで護衛してくれた兵たちでね。昨日くらいは羽目を外すことを許したのだ。――とはいえ、酒場に行く程度に留めるよう釘は刺しておいたがね」
「殿下」
「おっとすまない。もう黙るよ」
 お付きの人が咳払いをし続けた。
 
「殿下のお話にございました通り、店を探していた折、男女二人組が賊に襲われている場面に遭遇したとのことです。帯剣こそしておりませんでしたが、我が国の兵は即座に介入し、両名の救助に当たったそうです」
「私の兵ながら誇らし「殿下」――すまない」
「……はぁ。救助の際、男の方が『自分はアリシア様の騎士であり、この女性こそアリシア様だ』と名乗ったようですが……肝心の女性は既に事切れていたとの報告です」
 そう言ってお付きの人は私を見た。
 背中に冷たい汗が流れた。
 頭の中で色々な言葉が渦を巻く。
 疑問が浮かんでは消え、思考がまとまらない。

「ですが――この通りアリシア様がご健在であられる以上、ナインと名乗った騎士が伴っていた女は、殿下とは無関係の別人であったと明らかになりました」
 お付きの人がそう言うと、ヘデラ様が手を叩き告げた。
「――というわけだ。そもそも我が兵らは、その男の供述を信じていなかった。アリシアは昨夜、城で私と共に食事をしていた。それを把握していた以上、取り乱す道理などない」
 ヘデラ様は私を見ながらそう言った。
「そう……だったのですね」
 鼓動が速く脈打つのを感じる。

 ナインの傍にいた女性は死んだ?

 それはつまり――。

 アリシア本人が死んだということ?

 あの子が、死んだ。

 その事実に、私の中で黒い感情が生まれるのを感じた。

 同時に疑問も生まれた。
 本物が死んだのなら、私は一体どうなるのか。
 その答えはすぐに返って来た。

 ヘデラ様が私の手を取り告げた。
「アリシア。昨日の返事を聞かせてはくれないだろうか」
 その言葉に思わず国王陛下に視線を向けた。
 陛下は目を瞑り、静かに頷く。

 それが、この国の王としての答えなのだろう。


「ヘデラ様。わたくしのような――」
 そこで言葉が詰まってしまった。

 私のような影が――と心で呟く。

「……いいえ、ヘデラ様。貴方を愛する、ただ一人の女性として、あなたの妻になります。」
 
 愛する者の手を強く握り返し、微笑む。
 過去の影の自分に別れを告げ、愛する人の隣で、新しい人生を歩み出すと心に誓った。


 ――――――
 ――――
 ――

 それからは驚くほど早く話が進んだ。
 すぐに私が武の国へ嫁ぐための支度が整えられ、同時に元の婚約も正式に破棄となった。
 正直揉めるものだと思っていたが、相手方は意外にもあっさりと身を引き、祝福の言葉まで掛けてくれた。
 

 そして、ナインと共にいたという女性は秘かに回収され、国王陛下とお后様、そして私自身の確認により、確かにアリシア本人であると認められた。
 元より親しい仲ではなかった。
 それでも、泥にまみれ、他の亡骸と共に雑に積み上げられていたというアリシアを目にした時、胸の奥底がきゅうと締め付けられるような同情を覚えた。
 
「何も死ぬ必要なんてないのに……」
 誰もいないアリシアの部屋で、私はそっと呟く。それが、私の偽りのない心の声だ。
 幼い頃にはひどいこともあったけれど、影武者として式典に出るようになってから、少しずつその人柄が柔らかくなっていくのを感じていた。
 だからこそ、どうしても完全に憎むことはできなかったのだろう。
 結局、私たちは血を分けた双子なのだ。
 まるで自分の片方がそっくり失われたかのように、胸の奥にぽっかりと穴が空いてしまった。

 物思いにふけっていると、扉をノックする音が響いてきた。
 準備が整ったらしい。
 重い腰を上げ、物が片付けられたアリシアの部屋を一瞥してから、扉へ向かった。
 ――――――
 ――――
 ――


  馬車に揺られながら、私は武の国を目指していた。

 豪華な内装の馬車に若干の居心地の悪さを抱きつつ、隣に座る愛する人を見つめて心の平静を保った。

「――ん? どうかしたか?」
 赤い瞳が私を捉える。

「いえ、本当にヘデラ様の妻になるのだと思うと、少し緊張してしまって……」
 取り繕うように言葉を口にする。

「そうか……実は私も緊張していてね。まあなんだ、こんなに気持ちが浮つくのは初めてだ」
「ふふ、ヘデラ様でも緊張なさることがあるんですね」
「はっはっは、もちろんあるとも。私も所詮は一人の人間だ。どんな戦よりも、今この瞬間こそが胸を高鳴らせている――君が、アリシアが隣に居てくれるからだ」
「……わたくしもヘデラ様と共にいるこの瞬間こそ、人生の中で最も幸福な時間だと断言できます」
「――そうか」

 ヘデラ様は私の手をそっと握り、私の体を引き寄せた。

 吐息が触れ合うほどに顔を近付け、互いの視線が交差する。

 私はそっと瞼を閉じ、身を任せた。

 ――――――
 ――――
 ――


 あれから無事に武の国へ到着した私は、宛がわれた部屋に一人佇む。

 全身を映せるほどの大きな鏡の前で、顔や体に触れながら、ポツリと零す。

「……うまく出来たかしら」

 記憶の中のアリシアを思い返し、鏡の前で様々な表情を作ってみせる。

 もっと、うまく演じなければ。

 誰が相手であろうとも優しく接し、常に笑顔を振りまく存在――。

 それこそがアリシア。

 ヘデラ様が愛したアリシア。

 その身を挺してヘデラ様を救った、ただ一人のアリシア。

 もう、誰かの為に演じるのではない。
 
「ヘデラ様が愛したアリシア」という完璧な存在になる為に演じなければならない。
  

 もっと。

 もっと、もっと、もっと、もっともっともっともっともっと。

 完璧に演じなければ――。


 
 だってわたしはもう――“本物”のアリシアなのだから。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――
 姉の処理が雑でしたが、まあ読み切り版という事で尺を使わないようにしたと思っていてください。
 ここまで読んで頂きありがとうございます!!

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