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発射!

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 発射1時間前

 窮屈な宇宙船の中にもうすでに4時間ほどいる。キラが文句を言い始めた。

「モウ、ズット同ジ体勢デ疲レタ」
「しょうがないだろ。危険性の高い燃料は打ち出す直前に入れないといけないんだよ」
「ワカッテル。デモ長過ギル」
「たぶんあと1時間ぐらいだな」

 それから何度も確認しているマニュアルに目を通す。

 このマニュアルは宇宙船に必要なすべての手順や記述などがあり、もし忘れてしまってもこれを見れば確認が出来るようになっている。

 管制室からの無線が入る。

「燃料の搭載があと1時間弱で終わる。発射の最終確認をせよ」
「了解」

 俺たちはマニュアルを使って、計器類を確認し始めた。

 しかし与圧服を着ており、さらには上を向いてるため、奥の計器には触れることができない。そのため、棒のような物を使ってスイッチを押さなければならない。
 だがこれが慣れていないと難しい。

「クソ、与圧服のせいで上手くできない。これだったらスペースシャトルの方が良かったんじゃないか?」
「スペースシャトルハ、前ニ退役シテル。"米国製"ノ宇宙船ハ事故バッカリ起コシテ信用欠ケル。宇宙船ハ、ロシア製ガ、イチバン!!」

 キラはワザと"米国製"を強調していた。

「だがここの最新のコンピューターは"米国製"だぞ」

 俺もワザと"米国製"を強調した。

「デモ、ロシア製ガ一番イイ!!」

 相変わらずキラにアメリカのことを話すと機嫌が悪くなる。

「わかった。わかった。"ロシア製"のソユーズが一番だよ」

 するとキラあっさり機嫌が良くなった。相変わらずちょっとチョロいところがある。

 ソユーズとは戦前から使われている古い宇宙船の名前のことだ。だが様々な改良が施されて信用性が高い。そのため今なお、使われている。
 しかし今回は、この作戦の為だけに作られたスペシャルモデルなっている。
 搭載されているコンピュータが最新型に変更されている。またデブリを突き破るために装甲を追加され、地球の軌道から離脱するために燃料が増加されて全長が長くなっている。
 他にも本来3人乗りを2人乗りにし、サバイバル装備をさらに増設することによって帰還の際の生存率を増やしている。

 すべてのチェックリストを確認し終え、発射時刻になった。俺はキラに手で合図を送ると彼女も合図を送ってきた。

 静まり返る船内の中、ゆっくりと発射スイッチを押す。

 ロシアではカウントダウンの秒読みが無いため、イメージしていたのと違うがこれはこれで面白いのかもしれない。

 発射スイッチを押した瞬間、ソユーズが揺れ出し、唸りだす。そして数秒後にゆっくりと発射台から離れ、ロケットを支えていた支柱は花が咲くように離れた。
 そのまま上昇し、5時間かけて給油していた燃料タンクは僅か数分でどんどん切り離していく。その際ロケットが次々に点火され、その度に急加速していく。

 ついにデブリがある軌道上に宇宙船が到達し、先端の装甲がデブリを突き破っていく。船内には次々に激しい衝突の音と振動が響く。

 何度も戦場で修羅場くぐってるが、さすがにこの時は生きた心地がしなかった。

 だが気付いたときには収まっていた。静寂が俺達を包んでいく。モニターを見ると遠くに人工物が見える。

「あれは......」

 徐々に大きくなっていく。

 すぐに何か分かった。それは種の意味を持つ超光速核動力船の"SEED"号だ。

 おそらく誰もがスターウォーズのような宇宙船をイメージすると思うが、上下左右が非対称になっており不恰好だった。

 ソユーズの自動操縦を解除し、ドッキングのためにSEEDの接続部の前に機体を移動させる。モニターを見て船体を微調整しゆっくりと近づける。

 固定される音が響く。ゆっくりハッチを開け、中に入り電気をつけると真っ白い広い空間が広がっていた。

 人がいるはずも無いが船内を確認していく。

「そりゃ誰もいないか」

 何も無い広大な宇宙空間の中に無人の宇宙船があるのはなんとも不自然に感じる。

 キラはいつの間にか与圧服を脱いでとても気持ち良さそうに伸びをしている。

「ウオオオーーーー!!ヤット、解放サレル!!」
「いやー結構長ったなあ~~」
「見テ見テ!全部浮イテル」
「宇宙だから当たり前だろ」

 俺達は初めての宇宙で興奮していた。

 するとSEEDの操縦席から何か音が聞こえてくる。音源の方に行くとそれは無線だった。

「応答せよ。応答せよ」
「こちら新海。ドッキングに成功しました」
「どうやらそのようだな。すぐにSEEDが超光速航行に入る。すべての備品が所定の位置に固定されてると思うが、一応マニュアルを使ってすべて確認してくれ」
「了解」

 SEEDにある、別のマニュアルを使いチョック項目を確認していく。どうやらすべて問題ないようだ。

「管制室、問題はないよう模様」
「了解。あとそれからナオミという人が話したいみたいだから繋げるぞ」

 マイクを受け取る音が聞こえる。

「あー!あー!聞こますかあ?」
「聞こえるから叫ばないでくれ」
「ゴメン、ゴメン」
「これからすぐに通信電波より速くなるから、最後の通信になる」
「知ってるわ。キラがいるから寂しくないと思うけど、大丈夫?」
「あの時も俺達だけ乗り切ったから今回も大丈夫だろう」
「そう。分かった」
「でも、もう一回お前の巨乳に顔を当てたいな」
「ちょ、ちょっと、やめてよ!みんな聞いてるんだよ」

 僅かに管制室からの笑い声が聞こえてくる。だがキラは厳しい顔で見ていた。

「今までありがとうな」

 俺は最後に感謝の意を込めて言った。

「じゃあね。頑張って」

 マイクを渡す音が聞こえる。そしてオペレーターが応答する。

「諸君らに健闘を祈る.......」

 そして、これが俺達のいた時代の人からの最後の声だった。

 俺とキラは操縦席に座り、発射キーを挿し込み点火スイッチを押す。起動音がした後に動き始めた。断続的な加速が続いていく。

 予想はしていたが3回目ぐらいの加速でキラが文句をこぼし始めた。

「サッキカラ、頭ガ何度モ当タッテ、ズゴイ痛い」
「何言ってんだまだ始まったばかりだぞ」

 一時的に加速し速度が一定になると、また一時的に加速をするのを繰り返していく。宇宙では摩擦がないためどんどん速度が速くなっていく。

 何時間かしてようやく加速が止まり、一定の速度になった。どうやら光より速い光速航行になったようだ。だが何もない宇宙では、まったく実感を持てない。まるで止まってるように感じる。

 俺達は操縦席から外れた。いつの間には半日も食事を摂っていない。キラの腹から空腹の悲鳴が聞こえる。

 グーーー!!

「早速、飯食うか」
「モウ、腹ガペコペコ」

 宇宙食を倉庫から取り出し、ホットプレートのようなもので容器を挟んで温めたり、機械に容器を差し込んで水を入れたりして食事の準備を始めた。

 数分して俺達は袋開けた。美味しそうな匂いがする。すると突然、キラが俺に水を飛ばしてきた。

「バカやめろって!死ぬぞ!!機械に水が当たってショートしたらどうするんだ!」
「分カッテル、チョットダカラ大丈夫」
「よせ!俺の国ではそれをフラグと言うんだぞ」
「何ソレ?旗?ドウユ......」

 キラは宙に浮いた状態で流されて天井に頭をぶつけていた。

「それをフラグというんだよ」

 その後、何事なく俺達は宇宙食を食べた。宇宙食も保存食の一種だから米軍のMREのような物をイメージしていたが、予想をはるかに上回る美味しさだった。これなら毎日、食べても問題ないだろう。

 キラが反転しながら食べている。

「不思議。シンカイガ逆サナノニ食ベ物ガ落チテコナイ」
「こっちから見ればお前もそうだよ」
「コレ食ベ終ワッタラ何スル?」

 考えてみれば、確かに本当に何もすることがない。

「何もないね」

 それから俺達は暇で暇でしょうがない宇宙生活が始まる。

 普通、長期の宇宙飛行中に何らかの任務が与えられると思うが、俺達はただ居座るだけだった。

 それからの日々は、起きて食事を取り4時間ほど運動し後に昼食を食べ。

 午後は、キラが出発の前に希望した大量の日本のアニメを見た後、夕食を取り風呂に入り、歯磨きをしたら寝るを毎日繰り返していった。
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