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帰還
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キラが片言の日本語で俺の耳元で囁く。
「ココ、気持チ良イ?」
「うっ、凄く、いいよ。だいぶ手慣れてきたね」
「毎日シテルカラ」
「でも、もうちょっとソフトに触ってほしいな」
キラはそう言いながら俺の背中をやさしく洗ってくれる。そう俺達は今、風呂に入っているのだ。だがもちろん俺はズボンを履いている。
もちろん宇宙には地球の風呂のようなものなんてある訳がない。だから濡らしたタオルを使って体を拭いていく。
ついでに、ほかにも不便なことがある。歯磨き粉は歯を磨いたあと、吐き出すのではなくそのまま飲み込んだりする。
このように宇宙では水に対して様々な制約がある。なぜなら、無重力では水は表面張力で張り付いてしまうのだ。最悪それで溺れてしまうこともある。しかし半年以上もいればどんなに不便でも慣れてしまう。
俺は服を着て、久しぶりにマニュアルを見た。なぜなら明日は折り返し地点のはくちょう座X-1に着くからだ。
「このマニュアルによると、今日中に座席を90度に向けさせて、すべての備品を固定しないといけないな」
「分カッタ。デモ何デ、イスヲ上ニ向ケル?」
「体全体を使うことでGを分散させるためだよ」
俺達はいつものように運動した後、浮遊しているゴミやキラのアニメのグッツを片付けていく。
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出発から178日目
宇宙船の小さな窓を覗くと、綺麗に輝く星達の中に、丸い影とその近くに今にでも吸い込まれそうな星が微かに見える。
キラが俺を押しのけて窓を覗く。
「アレ、ブラックホール?」
「そうだよ。桁外れの質量と密度を持ち、光さえ吸い込むほど強力な重力があそこで発生している」
「スゴイ、キレイ。モット近クデ見タイ」
キラはそう小さく呟いた。
「それは無理だな。でもブラックホールの引力を使って、180度方向転換する間ずっと見られるぞ」
「ウン。分カッタ」
それでもキラは少し残念そうだったが、もしブラックホールに近づきすぎたら一生出てこれなくなる。本人もそんなことは半年前の訓練中に聞かされてるはずだが、こんな素晴らしい景色を見たら無理もないかもしれない。
すると突然、SEEDは自動的に大きい警告音をだしながら曲がり始めた。
「もう時間だ。操縦席に着くんだ!」
俺達は何とか間に合った。だがすぐに今までで強烈なGが体を押し潰してくる。シートベルトをした途端、腕が強烈なGで持ち上がらなかった。
どんどん血がGによって押し込まれ、呼吸するのが辛くなってきた。徐々に視界がモノクロになっていく。気付いた時には目を開けても何も見えず、真っ黒だった。
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出発から180日
俺はどうやら気を失っていたようだ。キラの方を見ると操縦席に彼女の姿がなかった。
「まさか!」
だが直ぐに後ろを見るとキラは宙に浮いていた。とりあえずキラの脈を測ってみる。どうやらキラも気を失っているだけの様子だ。
「起きろキラ。いつまで寝てんだ」
「シンカイ、ゴハン用意食ベタイ」
彼女は寝言を言っている。少し安心した。
折り返し地点を過ぎ、地球に向かって行く。こうしてまた、暇で暇でしょうがない日々が約半年続いた。
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出発から約1年
今日は100万年後の地球に帰還する日だ。俺達は興奮と緊張が混ざり何とも言えない気分になっていた。
太陽系に近づき、エンジンを逆噴射をして徐々に減速していく。
俺達は寄り添って小さい窓を覗いた。そこにはデブリで覆われた地球の姿はなくなり、戦前の美しい地球があった。
キラが俺の腕を強く握って、不安気に言った。
「アソコニハ本当ニ、誰モ、イナイ?」
「ああ、そうだ。だから俺達がアダムとイブになるね」
すると突然キラの顔が赤くなる。
「私達、地球ニ帰ッタラ子供ヲ作クルノ?」
「そっ、そういう風に言うなよな」
そして俺達は着地地点を探すために衛生軌道上を飛んでいく。だが宇宙から見た地形は大きく変わっている。この船にプログラムされている地図とも違う形だ。
「こりゃ、手動で帰還しないといけなそうだな」
手動での帰還は非常に困難である。なぜならスペースシャトルと違い、ソユーズの帰還船は自由落下で降下するため操縦がほとんど効かない。そのため200kmくらいの誤差なんて普通に起こりえる。
もし仮に帰還船が海に落ちた場合。浮輪を膨らませられるので沈みはしないが、誰も回収には来ない。そのため必ず陸地に着地しなければならない。
自分の操縦の腕とカンだけが頼りなんて危険すぎる。だがそれ以外に方法はない。嫌でも賭けるしかないようだ。
目視で理想な着地地点を探し始めた。
SEEDは太陽光の当たってない地球の裏側を飛んでいく。そして、俺達は目を疑うものを見た。本来、暗闇の土地のはずなのに一部の地域だけ輝いている。
俺は目を擦りながら言った。
「そんな馬鹿な」
「人ガ、イル......」
「あそこに降りるぞキラ」
与圧服を着て必要な物を持って、再び窮屈なソユーズに乗り込む。ドッキングを解除をし、SEEDから離れていく。離れる時、様々な思入れがあったためか少し寂しく感じる。
ソユーズのエンジンを点火して、降下コースをとる。それからソユーズの3つあるユニットのうち帰還船だけに残して分離した。
轟音が鳴り始め機体が振動し始める。大気圏突入状態になり、帰還船の窓を覗くと火の海になっていた。
パラシュートが開き減速していく。そして座席が衝撃のために浮かび上がる。地上に降りる直前にロケットが点火され、土煙が帰還船を覆う。
どうやら無事に陸地に着地したようだ。
俺は緊張がほぐれ、ため息をした。
「ふー」
「オ疲レ様。体ガ重ク感ジル」
「1年ぶりの重力だから、無理もないさ」
キラは空気検査器を作動させた。そのうちに、俺達は狭い宇宙船で上手に服を迷彩の野戦服に着替えた。
キラが嬉しいそうに言う。
「ヤッパリ私達ハ、コノ服ガ1番似合ウ」
「昔を思い出すよ」
検査機から音が鳴り、キラはそれを確認する。
「空気ノ中ハ、ホトンド変ワッテナイ」
「じゃあハッチを開けようか」
俺はレバーを回し重いハッチを開けた。暖かい空気が船内に入ってくる。焦げくさい臭いと僅かに地球の匂いが入ってくる。そして四つん這いになりながら外に出て、辺りを見回した。
宇宙から見た位置からすると、もうすぐ日の出のはずだ。
キラも宇宙船から出てきた。だが彼女は横になったまま、俺を不思議そうに見て言った。
「ドウシテ普通ニ立ッテルノ?」
「お前が真面目に運動しないで、アニメばっかり見ていたからだろ」
「ヤッパリ、シンカイハ、スゴイ!」
キラはそう言って俺の足を軽く叩いた。
「いや、でも普通に立っているのがやっとだけどな。ちょっと歩き続けるのはキツイかも」
キラは背筋を伸ばし、辺りをキョロキョロしながら言った。
「シンカイ、人イタ?」
「いない。どうやら着地地点がズレたみたいだ」
「ナラ、探シニ行コ」
無理やり立とうとするキラを俺は慌ててキラを座らせる。
「アホかよ。俺達はまだ体が慣れてない。まだサバイバル装備を持って行動できる訳がないだろう」
するとキラは腹を押さえながら言った。
「デモ、食べ物ヲ探サナイト......」
「食べ物は帰還船の中に1週間分の食料があるはずだよ」
「腹ガ、スイタ。朝食ノ準備ヲシテ、シンカイ」
いつの間にか辺りは少し明るくなり、日の出が出ていた。
「はいはい」
1年ぶりの重力に負けないように帰還船の中に戻ってサバイバル装備をすべて外に出した。
それから俺達の新しい生活が始まった。
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