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第3話 探索者の街
しおりを挟む探索者向けの装備店は、渋谷と新宿にそれぞれ大型の専門店がある。遼太が足を運んだのは渋谷の「クロスエッジ」──駅から徒歩五分、センター街の裏通りに面した三階建ての店舗だ。
一階が武器、二階が防具とアーマー、三階が消耗品と小物。震起から五年で急速に発展したダンジョン関連産業の中でも、探索者向け装備は特に競争が激しい分野だった。ダンジョン産の素材を加工した武器や防具は、従来の鋼材とは比較にならない性能を持つ。その代わり、値段も従来とは比較にならない。
一階の武器フロアに入ると、壁一面にショートソード、ロングソード、槍、斧、メイスが並んでいた。ガラスケースの中には魔素を帯びた刃が淡く発光するものもある。値札を見ると、下は一万円台から上は三桁万円まで。探索者の財布事情を反映した、見事なまでの価格帯の幅だ。
遼太は一万円台のコーナーに直行した。
「いらっしゃい。何をお探しで」
声をかけてきたのは、五十代くらいの恰幅のいい男性店員だった。革のエプロンをつけている。名札には「店主・岸本」とあった。
「ショートソードを探してます。予算は二万円くらいで」
「二万か。Eランク帯だな。こっちにおいで」
岸本に案内されたのは、量産型のショートソードが並ぶ棚だった。Eランクの素材を混ぜた特殊鋼製。一般の刃物よりは頑丈だが、Dランク以上のモンスターには力不足だ。
遼太は数本を手に取り、重さとバランスを確かめた。振動操作との相性を考えると、刃が振動を伝えやすい素材がいい。前のソードは安物すぎて、振動をかけると柄の接合部がガタついた。
「あの、振動の伝導率が高い素材のものってありますか」
「振動の伝導率? 変わったことを聞くな。打撃系のスキルか?」
「いえ、振動操作っていう……物を震わせるスキルなんですけど、剣に振動を乗せて使うことがあって」
岸本が興味深そうに眉を上げた。
「振動操作。Fランクの、あれか」
「ご存じですか」
「覚醒者のスキル一覧くらいは頭に入ってる。商売だからな。だが振動操作で武器の素材を気にする客は初めてだ。普通あのスキルで剣は使わんだろう」
「普通はそうなんですけど、共振っていう現象を使って外殻に亀裂を入れるんです。そのとき、剣を通して振動を伝えられると効率がよくて」
遼太が簡単に説明すると、岸本は腕を組んで唸った。
「ふうん……。面白い使い方をする。だったら本当は魔素伝導合金の刃がいいんだが、あれはDランク素材を使うから最低でも十万はする。二万の予算じゃ無理だ」
「ですよね」
「ただ、この中なら──」
岸本が棚から一本を選び出した。柄が黒い革巻きで、刃渡りは三十五センチほど。
「こいつは刃に微量だがダンジョン産の鉄鉱石が混ぜてある。魔素伝導合金ほどじゃないが、普通の特殊鋼より振動の減衰が少ないはずだ。一万八千円」
遼太は受け取り、軽く振動操作をかけてみた。指先から刃に振動が伝わる感触が、以前のソードとは明らかに違う。振動のロスが少ない。
「いいですね、これ。もらいます」
「毎度。しかしあんた、Fランクのスキルでずいぶん工夫してるんだな。大抵のFランク持ちは探索者を辞めるか、パーティの荷物持ちに甘んじるかだ」
「辞める気はないんで。工夫するしかないんですよ」
岸本が、ふ、と笑った。
「そういう奴は嫌いじゃない。また来な。金が貯まったら魔素伝導合金の刃も見繕ってやる」
遼太は新しいソードのほかに、振動を仕込む用の鉄製ボルトナットを十セット(ホームセンターの三倍の値段だが、ダンジョン産の鉄を使っているぶん振動の伝導率が段違いだった)、予備の手袋、小型の救急キットを購入した。
合計二万六千円。品川の稼ぎのほぼ半分が装備に消えた。だが必要な投資だ。命を守る道具をケチるのは、長い目で見れば最も高くつく。
店を出て、遼太はふと通りの向こうに目をやった。
ビルの壁面に、巨大なデジタル広告が流れている。
『日本最強パーティ「天蓋」──東京大深洞25層突破記念特番、今夜放送!』
リーダーの久我山修司の精悍な顔が画面いっぱいに映っている。その横にはAランク探索者たちの姿。装備の一つ一つが遼太の年収より高そうだ。
東京大深洞。Sランク。二十五層。
遼太が今いるのは、Eランクのダンジョンで三千円を稼ぐ世界だ。あの場所までの距離は途方もなく遠い。
だが──昨日までは、Dランクダンジョンすら別世界だった。品川中層洞に足を踏み入れるまでは。
一歩ずつでいい。
遼太は新しいソードの重みを腰に感じながら、渋谷の人混みの中を歩き始めた。
渋谷浅層洞の入場規制は、異常波の発生から六日目に解除された。
解除初日。遼太は朝一番でダンジョンに入った。ゲートの脇に立つ庁の職員に「お帰りなさい」と言われ、苦笑しながらカードをかざす。ホームグラウンドに戻ってきた感覚だ。
地下一階から順に降りていく。久しぶりの渋谷浅層洞は、空気の匂いまで懐かしかった。湿った岩盤の匂い、微かな魔素の気配、青白い魔素灯の光。
地下三階。ストーンビートルが二体、通路の先にいた。
遼太は壁に右手を触れ、振動探知を起動した。
──あ、と思った。
前回より、少しだけ感覚が鮮明だった。壁の向こうの空間構造が、以前より輪郭を持って感じ取れる。通路の先の広さ、壁面の凹凸、ビートルの位置。品川中層洞で一日中使い続けた経験と、Lv.6への微増した魔素量。その二つが組み合わさって、探知の解像度がわずかに上がっている。
劇的な変化ではない。だが確かに違う。
ポーチから新しいボルトナットを取り出し、振動を仕込んで投げる。ダンジョン産鉄のナットは、従来のものより振動の載りが良く、着弾時の破裂音も鋭い。ビートル二体が音に反応して分かれた瞬間、遼太は一体に接近し、新しいソードの刃を外殻に当てた。
共振をかける。刃を通じた振動の伝達が、以前の安物とは格段に違う。外殻の固有振動数に合わせるまでの時間が短い。三秒──いや、二秒で亀裂が走った。
前は五秒かかっていた。
ソードを突き刺し、一体目を仕留める。残りの一体も同様に処理した。
広間に静寂が戻る。遼太は額の汗を拭い、手の中のソードを見た。
「……いい買い物だった」
道具一つで、これだけ変わる。レベルアップの恩恵に加えて、装備の質が戦闘効率に直結することを実感した。岸本の見立ては正確だった。
その日は地下四階まで降りて、ストーンビートル八体とスモールスコーピオン三体を討伐した。以前なら地下三階で引き返していたペースを考えると、明確な進歩だ。
特に大きかったのは、魔素の消費ペースが改善されたことだった。Lv.6で魔素の総量が増えた分、一回あたりの共振にかかるコストの比率が下がっている。感覚的にはバケツの大きさが一回り大きくなった程度だが、その差が地下三階と地下四階の分かれ目になった。
素材の換金額は六千八百円。渋谷としては上出来だった。
帰宅してシャワーを浴び、もやし入りの焼きそばを作って食べていると、スマートフォンが震えた。
探索者専用のメッセージアプリ──探索者カードに紐づいた連絡先同士でやり取りできるアプリだ。品川中層洞の受付で臨時パーティを登録した際に、凛と連絡先が自動共有されていた。
送信者:氷室凛。
遼太は箸を置いて画面を開いた。
『品川中層洞の鉱石フロア、リポップが確認された。もう一度行くつもりだけど、一緒に来る気はある?』
短い。事務的。句読点がきっちりしていて、絵文字はゼロ。凛らしいメッセージだった。
遼太は一瞬、画面を見つめた。
嬉しかった。正直に言えば、かなり嬉しかった。「考えておく」と言っていた凛が、自分から連絡をくれた。それは「一回だけ」という条件が更新されたことを意味している。
だが浮かれすぎるな、と自分に言い聞かせた。凛にとってこれは合理的な判断だ。効率のいい探知役がいれば、攻略の成功率が上がる。ビジネスパートナーとしての提案。それ以上の意味を読み取るのは早計だ。
『ぜひ。いつがいいですか?』
返信は十秒で打った。短く、余計なことは書かない。凛のテンポに合わせるのがいいだろう。
三分後に返信が来た。
『明後日の朝9時、品川のゲート前で』
『了解です。よろしくお願いします』
既読がついて、それきり返信はなかった。
遼太はスマートフォンを置き、焼きそばの続きを食べた。冷めかけた麺をすすりながら、口元が緩むのを自覚していた。
凛は自室のデスクに座り、送信済みのメッセージを見つめていた。
渋谷区内のマンション。凛の住まいは遼太のアパートとは比較にならないほど広い。Bランク探索者の収入は、低ランクとは桁が違うのだ。だが広さに見合った生活をしているかと言えば、家具は最低限で、キッチンはほぼ使われた形跡がない。
──自分から連絡した。
合理的な判断だ、と凛は思った。前回の品川攻略で、遼太の振動探知がルート選定に与えた影響は大きかった。西側ルートを三十分で抜けた実績がある。リポップ後の鉱石を効率よく回収するなら、あの探知能力は不可欠だ。
それだけの話だ。あの男の振動操作が合理的に有用だから、声をかけた。それ以上でもそれ以下でもない。
凛はスマートフォンを伏せてデスクに置き、窓の外に目をやった。
──それだけの話のはずなのに、メッセージを打つ指が少しだけ迷ったのは、なぜだろう。
二度目の品川中層洞は、一度目より遥かにスムーズだった。
遼太の振動探知は、同じダンジョンを二回歩くことで精度が上がっていた。前回の岩盤の「手触り」を身体が記憶している。通路の分岐点で壁に手を触れると、前回感じた振動のパターンとの差分が浮かび上がる。
「右の通路、前回より振動の返りが弱いです。壁の向こうに新しい空洞ができてるかもしれません」
「リポップで構造が変わった可能性があるわね。迂回しましょう」
凛の判断は迷いなく、遼太の報告を信頼して即座にルートを変更する。前回は遼太の探知に半信半疑だった凛が、今回は最初から探知結果を前提に動いている。信頼が一段階上がったのだと、遼太は感じた。
地下四階の鉱石フロアまで、所要時間は二十五分。前回より五分短い。
フロアの状況は前回とほぼ同じだった。クリスタルリザードが六体。鉱石は壁面に新たな結晶が育っている。リポップの恩恵だ。
作戦も前回の踏襲だった。遼太が振動で陽動し、凛が鉱石を回収。回収後にモンスターを殲滅。
ただし一つだけ違ったのは、遼太の陽動がより正確になっていたことだ。
前回はとにかく派手に振動を出してリザードの注意を引いたが、今回は意識的に振動のパターンを変えた。不規則なリズムの中に、一定間隔のパルスを混ぜる。リザードは不規則な振動には警戒するが、一定パルスには「獲物の足音」と認識して追跡モードに入る。品川一回目の観察から得た仮説を、今回実地で試していた。
結果、リザード四体が遼太の誘導に従って広間の左奥に集中した。前回の三体より一体多い。
凛の回収は前回より速く、遼太の魔素消費は前回より少なかった。
「──終わった。離れて」
凛の声。遼太が退避し、凛が残りを氷結で仕留める。無駄のない連携だった。
フロアが静まり返った後、凛が遼太のところに歩いてきた。
「さっきの陽動、前回と変えたでしょう」
「分かりました?」
「リザードの動きが前回と違った。より深く誘導できていた」
「リザードが一定リズムの振動を追尾する習性があるんじゃないかと思って、試してみたんです。不規則なノイズの中にパルスを混ぜると、ノイズで位置を撹乱しつつ、パルスで移動方向を誘導できる」
凛が遼太を見つめた。
「……毎回、何かしら改良してくるのね」
「性分なんです。同じやり方を二度続けるのが、どうにも落ち着かなくて」
「探索者向きの性格ね」
それは凛にしては珍しい、明確な賞賛だった。
品川のダンジョン庁査定所で素材を換金した。今回は魔素透晶を七個確保できた。査定額は前回と同等で、折半後の遼太の取り分は七万三千五百円。
二回の品川攻略で合計十三万五千円。Eランク探索者としては夢のような数字だ。
査定所を出ると、午後三時を回っていた。春の日差しが品川のビル街を明るく照らしている。
「氷室さん、この後予定ありますか?」
遼太は何気なく聞いた。
「特には」
「よかったら飯でも行きませんか。お疲れ様ということで」
凛が足を止めた。遼太を見る目に、微かな警戒の色がある。
「……奢りとかではなく、割り勘で。単純にダンジョン出た後に腹が減ったので」
「……いいわ」
了承までの間が前回の「考えておく」より短かった。微々たる進歩だが、遼太はそれを心の中でそっと記録した。
品川駅の港南口を出て少し歩いたところに、小さな定食屋があった。「めし処 やまだ」。店構えは古いが、昼時には近隣のサラリーマンで行列ができる人気店だ。午後三時の中途半端な時間帯なら空いている。
カウンターに並んで座る。凛は生姜焼き定食、遼太はチキン南蛮定食を注文した。
「こういう店、よく来るの?」
凛が店内を見回しながら言った。定食屋のカウンターに座る凛の姿は、正直なところ少し浮いている。探索者用の軽装アーマーの上にジャケットを羽織った女性が、雑多な定食屋で生姜焼きを待っている図はなかなかシュールだった。
「ダンジョン帰りの飯はこういう店がいいんですよ。腹が減ってるから、量が多くて安いのがありがたい」
「合理的ね」
「氷室さんは普段何食べてるんですか?」
「……コンビニが多い」
「自炊は?」
凛が箸置きに視線を落とした。
「……しない」
「しない、っていうのは、しないのかできないのか」
沈黙。
遼太は凛の表情から察した。
「あー……できない派ですか」
「……別に、探索者に料理スキルは不要でしょう」
「まあそうですけど。俺はわりと自炊するんですよ。もやし炒めのバリエーションだけなら百通りくらいいけます」
「百通りは嘘でしょう」
「多少盛りました。でも三十通りは本当です。味噌、塩、醤油、オイスターソース、カレー粉、豆板醤──味付けを変えるだけで全部別料理ですから」
「……それは料理のバリエーションとは言わないと思うけど」
「手厳しいな。じゃあ今度もやし以外のレパートリーも開発しておきます。リクエストあります?」
「別にない」
「つれないな。まあ、もし機会があったら何か作りますよ」
凛は何も答えなかったが、わずかに眉が動いた。困惑とも、興味ともつかない微妙な表情だった。
凛の口元が、かすかに動いた。笑ったのかどうか判然としないが、少なくとも不快ではなさそうだった。
定食が運ばれてきた。湯気の立つ生姜焼きと、こんがり揚がったチキン南蛮。遼太は手を合わせて「いただきます」と言い、凛も小さく同じ言葉を口にした。
しばらく黙々と食べてから、遼太が口を開いた。
「氷室さんはさ──あ、敬語崩していいですか?」
「好きにして」
「氷室さんは、どうして探索者になったんだ?」
凛の箸が一瞬止まった。だがすぐに動きを再開する。
「覚醒したのが震起の直後だったの。五年前」
「初期覚醒者か。あの頃って、まだダンジョン庁もなかった時期だよな」
「ええ。ダンジョンが何なのかも、覚醒が何なのかも、誰にも分からなかった。ただ、ダンジョンからモンスターが溢れ出して、覚醒者以外には対処できないことだけは明らかだった。だから──半ば義務みたいなものだった。覚醒した以上、潜るしかなかった」
淡々とした語り口だったが、その「義務」という言葉の重みは想像を超えるものがある。五年前、制度も装備も情報もない中で、覚醒したばかりの若者がダンジョンに潜った。今の遼太がEランクダンジョンで苦戦しているのとは次元の違う危険だっただろう。
「……すごいな。俺が覚醒したのはたった一年前だから、その頃のことは想像するしかないけど」
「あなたは?」
「俺? 俺は平凡ですよ。大学出てIT企業に入って、一年半働いて、ある日突然覚醒した。スキルを鑑定してもらったらFランクの振動操作。会社の同僚には『そんな微妙なスキルで探索者? やめとけ』って言われました」
「辞めなかったのね」
「辞めなかった。なんか、面白そうだったんですよ。振動操作って、使い方を考えるのが楽しくて。会社の仕事より、よっぽど頭を使ってる気がして」
「IT企業の仕事は頭を使わなかった?」
「使ってはいたけど、なんていうか……決まった枠の中で効率を上げるタイプの頭の使い方で。振動操作は逆なんです。枠がない。何に使えるか、どう使えるかを全部自分で考えなきゃいけない。そこが面白い」
遼太は自分でも意外なほど自然にそう話していた。凛の前では見栄を張る気にならない。Bランクの実力を目の当たりにしているから、自分を大きく見せても意味がない。等身大の自分で十分だ。
「……変わった人ね」
「よく言われます」
「褒めてないわよ」
「分かってます」
凛がまた、かすかに口元を動かした。今度は確かに──笑っていた。本当に微かな、意識しなければ見逃すほどの変化だったが、遼太にはそれが見えた。
食事を終え、会計は約束通り割り勘。遼太が千円札を出し、凛がちょうどを出した。
「ごちそうさまでした」
「ええ」
店を出ると、春の風がビルの隙間を吹き抜けてきた。午後四時の品川は退勤の波が始まりかけていて、駅に向かうスーツ姿の人々が足早に歩いている。
遼太が「じゃあ、今日はこのへん──」と言いかけたとき、隣を歩く凛の足が止まった。
一瞬のことだった。
凛の視線が、通りの向こう側に固定された。遼太がその方向を追うと、品川駅の方から歩いてくる三人組の探索者が目に入った。全員が同じデザインのジャケットを着ている。左胸に青い翼のエンブレム。
遼太はそのエンブレムに見覚えがなかった。だが凛の反応から、あれが何らかの意味を持つことは分かった。
凛は次の瞬間にはもう平静を取り戻していた。視線を前方に戻し、何事もなかったかのように歩き出す。
「……次の品川、来週の水曜はどう」
唐突だった。だが声は落ち着いていて、凛のペースは崩れていなかった。少なくとも、表面上は。
「水曜、大丈夫です」
遼太は追及しなかった。凛が触れてほしくないことには触れない。それが今の二人の距離感だ。
「じゃあまた、ゲート前で」
「うん。了解」
凛が品川駅の改札に向かって歩いていく。その背中を見送りながら、遼太は先ほどの瞬間を反芻していた。
凛の足が止まった、あの一瞬。表情が強張ったのは見間違いではない。あのエンブレムのジャケットを見て、凛は何かを感じた。恐れか、怒りか、あるいはもっと複雑な何か。
遼太にはまだ分からない。だが、分からないなりに覚えておくことはできる。
品川駅の改札を通り、帰りの電車に乗る。山手線の窓から見える夕暮れの東京は、五年前と変わらないようで、確実に変わっている。ビルの合間にダンジョン庁の管理施設が見え、駅のデジタルサイネージには探索者向けの装備広告が流れ、車内吊りにはダンジョン素材を使った新商品のポスターが揺れている。
探索者として生きる街。遼太がいるのは、そういう場所だ。
いつか凛が話してくれるなら、聞こう。話してくれないなら、それでもいい。
今はまだ、一緒にダンジョンに潜る相手。それだけの関係だ。
それだけで十分だと、遼太は思った。
凛はマンションに帰り着き、靴を脱いで暗い部屋に入った。
電気をつけず、ソファに座ってスマートフォンを取り出す。画面が暗闇の中で白く光った。
不在着信が三件。すべて同じ番号。
連絡先に登録されている名前は「朝霧」。
凛は画面を五秒ほど見つめてから、スマートフォンを伏せてテーブルに置いた。
暗い部屋の中で、しばらくの間、凛は動かなかった。
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