来世で会おうと君は言った

詩条夏葵

文字の大きさ
16 / 31

16 花火大会

しおりを挟む

 花火大会当日。
 綾子が調達してくれたワンピースを、結局凛音は着ていかなかった。
 普通に、いつも着ている、ゲームのキャラクターの絵柄がプリントされたTシャツとシンプルな半ズボンを履いていった。

 家まで迎えにきてくれた愁も同じく普段着そのものといったラフな格好で、玄関から凛音が出てきたのを見て、嬉しそうに目元を緩める。

「行くか」
「うん」
 当たり前みたいに手を繋がれる。

 花火大会の会場までは少し距離がある。
 以前は自転車で近くまで行っていたけど、今日は電車に乗っていくことにした。

 家の最寄り駅のホームで電車を待っていると、女の子がじっとこちらを見てくる気配があったのでそちらを見たら、知っている顔だった。
「凛音くん」
 軽く手を振られる。
 幼稚園で一緒だった女の子だった。
 小学校は別なので会うのは数ヶ月ぶりだが、ずいぶんと久しぶりな気がする。

「花火行くの?」
「うん」
 妙に緊張しながら、凛音は答えた。

 女の子は次に、凛音と手を繋いでいる男の方を見上げる。
「お父さん……?」
「なに言ってんの。お兄さんでしょ」
 女の子の隣にいたお母さんが、慌ててたしなめるように言ってくる。

「お父さんでもお兄さんでもない。友達だよ」
 苦笑しながら、愁は女の子に向かって答えた。
「友達? 大人なのに?」
「まだ大学生だよ」
「ふーん。大学生の友達がいるなんて、かっこいいね、凛音くん!」
 ちょうどそこに、乗る予定の電車がやってきたので、その子とはそこで別れる。
 その子はお母さんに連れられて、先頭車両の方まで歩いて行った。

 凛音と愁は目の前で開いたドアに乗り込み、ちょうど二人分あいていた席に並んで座った。

「……オレ、そんなに老けてるように見えるか?」
 乗客をひととおり乗せた電車が発車してから、愁がためらいがちに聞いてきた。

「ふけてる、ってどういう意味?」
「おっさんに見えるか、ってことだ」
 どうやら、お父さんに間違われそうになったことを気にしているらしい。
 凛音は思わず吹き出した。

「シュウちゃんは、どこからどう見てもカッコいいお兄さんだよ」
「……っ、どこからどう見ても、は言い過ぎだろう」
 凛音の方ではなく真正面を向きながら、愁は照れくさそうに目元を掻いている。
 あたたかな空気が二人の間に流れた。

「この間のお土産のみかんゼリー、美味しかったよ」
 電車に揺られながら、凛音はゆっくりと話し始めた。
「そうか、よかった」
「お母さんも、わさびせんべい? 喜んでたよ。辛くて、僕はちょっとしか食べられなかったけど」
「凛音は、えびせんべいの方を食べたらいい」
 笑いながら、愁は答えた。

 先日、水泳合宿のお土産だといって、愁は黒崎家にわさびせんべいとえびせんべいを、そして凛音個人へのお土産としてみかんゼリーを買ってきたのだ。
 せいべいが二種類になったのは、どちらがいいか迷った末に二つとも買ってきてしまったためらしい。
 おかげで、お土産をたくさんもらって恐縮した母は『今度お礼に、夕飯をご馳走するから』と愁に声をかけていた。

 いつになるかはわからないけど、愁が家にごはんを食べに来てくれるなら楽しみだ。
 ウキウキしてきた凛音は、いつの間にか脚をぶらぶらさせていた。
 それを咎めるでもなく、愁は微笑ましそうにこちらを見下ろしてくる。

 いつまでものんびり話していたかったけど、目的地の駅には十分もたたないうちに着いてしまった。

 駅のまわりにはコンビニと何軒かの飲み屋はあるが、繁華街といったほどのものはなく、普段は通勤通学の人しか使わない落ち着いた駅は、今日は華やかな衣装を纏った老若男女で賑わっていた。

 浴衣を着た人たちもたくさんいた。
 その中でごくありきたりな服で歩くのは、いつもとは逆に落ち着かないものだ。

(ワンピースはナシにしても、せめてもっとおしゃれな格好でくるべきだったかな……!?)
 今さら不安になってくる。
 といっても、家におしゃれな服なんてほとんどない。
 七五三と入学式の時に着たスーツ風の服ぐらいだろう。
 あれを花火大会に着ていったら、相当浮く。

「……おう」
 知り合いを見つけたらしい。
 愁がぎこちなく手を挙げる。
 駅前のコンビニの駐車場の角のところに、浴衣を着た、愁と同世代ぐらいの男の人が立っていた。

「小学生……? 弟なんていたか?」
 いぶかしげな視線が凛音に向けられる。
 低い声。それは全然知らない声だったけど、近くで目を見たら、知っている人物だということがわかった。

(タカキ……!?)
 来栖リンネの友達の一人。須藤貴希すどうたかき
 思わず声を上げそうになった凛音の口元を、愁の大きな掌がやんわりと覆った。

「そんなようなものだ」
 さっきは兄であることを否定したのに、今回は否定しない。
愁はどうやら、凛音の正体を貴希に教えるつもりはないらしい。
「小学生のお守りとは大変だな。彼女とは来なくてもよかったのか?」
 バカにしたような口調。
 貴希は、こんな嫌味な言い方をする人だっただろうか。凛音は戸惑う。

「彼女はいないから、問題ない」
 愁は不快をあらわにするでもなく、淡々と答える。
「そうか、いないのか。やっぱり、おまえを好きになるような物好きは、佐城ぐらいだったというわけか。それをわざわざ振るなんて、もったいないことをしたな」
「何年前の話をしている? 礼香のことがそんなに気になるなら、取り次いでやるぞ」
「……結構。相手には困ってないんでね」
 見下したような視線を、愁は微動だにせず受け止める。

「タカくーん! おまたせーっ」
 そこに、華やかな浴衣姿の女の子がやってきた。
 白地にピンクの百合の柄が入った浴衣。ウェーブがかった茶色の長い髪を後ろで綺麗に結った女の子はバサバサの睫毛に、キラキラの目元をしていた。

「友達?」
 女の子がこちらを振り返る。
「ううん。昔の同級生」
 貴希はさっきまでの嫌味な態度とは打って変わったにこやかな態度で答えると、彼女と手を繋いでいってしまった。

 綾子は、遺品の件で貴希には連絡したけど、『忙しいから』と取り合ってもらえなかったと言っていた。
 彼女と遊ぶのに忙しいという意味だったのだろうか。
 それにしても……なんというか、近寄りがたい感じがした。

「オレたちも行くか」
「……うん」

 少し距離を置いてから、愁と凛音も歩き出した。
 人が多いから、貴希の後ろ姿はすぐに見えなくなった。

「……タカキとは、今は、友達、じゃないの?」
 たくさんの人の話し声が響く道路。掻き消されそうな声で、凛音はぽつりと尋ねる。
 返答がくるまで、数秒の間が開いた。

「…………友達だと、オレは今も思ってるよ」
 実直な物言いは、それが嘘ではないことを伝えてくる。

「あんなふうに嫌なこと言われたのに?」
「あいつは昔からずっとああだ。嫌いなんだよ、オレのことが」
「嫌いだと思われてるのに、ずっと友達なの?」
「仲良くお喋りするだけが友達じゃないだろ」
「……わかんない」

 貴希はいつもリンネに対して厳しかったけど、愁に対しては尊敬しているように見えた。
 でも、リンネがいないところで、愁に対してどんな態度を取っていたのかまではわからない。
 ほんとはずっと愁のことが嫌いだったのなら、嫌だな、と思う。

「……礼香も鳴沢も、仁八もそうだ。一度友達になったやつは、ずっと友達なんだよ」
 懐かしい名前。昔とは違う呼び方。
 それでも、愁の胸にはずっと、六人で遊んだ思い出が大切なものとしてしまわれているのだろう、と察した。
 そういう愁が好きだと、改めて思った。

「……またみんなで遊べる時がくる?」
「凛音がいれば、きっとな」
 ぽん、と軽く頭を叩いてくる手は優しかった。

 愁はいつだって嘘をつかない。
 未来のことはわからないけど、そう信じられるから、凛音はふふっと笑った。

「またみんなでアイスが食べたいなーっ」
「とりあえずそこでかき氷買っていくか?」
 河原のそばに出ると、お祭りの屋台がいくつか並んでいた。

「お客さん、けっこう並んでるみたいだけど?」
「時間はまだあるし、大丈夫だろ。疲れそうならそこらへんに座ってろ。オレが並んでくる」

(覚えてる? シュウちゃん、そう言って、いつかの花火大会の時もかき氷のお店の列に並んでくれたことがあったね)
 あの時、リンネは暑さと人の多さで気持ち悪くなってしまって、申し訳ないと思いながらも階段のところに座って愁が戻ってくるのを待っていたのだ。
 確か、三十分ぐらいかかった。
 遅くなって悪い、と愁が申し訳なさそうな顔をしていたが、謝るべきはリンネの方だった。

「今日は一緒に並ぶよ!」
 凛音は元気よく答えた。
「大丈夫か?」
「うん。ブルーハワイ食べたい!」
「オレは……メロンにするかな」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

離婚を望む悪女は、冷酷夫の執愛から逃げられない

柴田はつみ
恋愛
目が覚めた瞬間、そこは自分が読み終えたばかりの恋愛小説の世界だった——しかも転生したのは、後に夫カルロスに殺される悪女・アイリス。 バッドエンドを避けるため、アイリスは結婚早々に離婚を申し出る。だが、冷たく突き放すカルロスの真意は読めず、街では彼と寄り添う美貌の令嬢カミラの姿が頻繁に目撃され、噂は瞬く間に広まる。 カミラは男心を弄ぶ意地悪な女。わざと二人の関係を深い仲であるかのように吹聴し、アイリスの心をかき乱す。 そんな中、幼馴染クリスが現れ、アイリスを庇い続ける。だがその優しさは、カルロスの嫉妬と誤解を一層深めていき……。 愛しているのに素直になれない夫と、彼を信じられない妻。三角関係が燃え上がる中、アイリスは自分の運命を書き換えるため、最後の選択を迫られる。

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない

ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。 既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。 未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。 後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。 欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。 * 作り話です * そんなに長くしない予定です

【完結】よめかわ

ariya
恋愛
遊び人として名高い貴族・夏基は、不祥事の罰として「醜聞の姫」白川殿と政略結婚することに。 初夜、暗い印象しかなかった姫の顔を初めて見た瞬間――大きな黒目がちな瞳、薄桜色の頬、恥ずかしげに俯く仕草に、夏基は衝撃を受ける。 (可愛すぎる……こんな姫が俺の妻!?) 亡き恋人への想いを捨てきれず、夫を拒む白川殿。 それでも夏基は過去の女たちに別れを告げ、花を贈り、文を重ね、誠心誠意尽くして彼女の心を溶かしていく。 儚くて純粋で、泣き顔さえ愛らしい姫を、夏基はもう手放せない―― 平安貴族の切なく甘い、極上よめかわ恋物語。 ※縦読み推奨です。 ※過去に投稿した小説を加筆修正しました。 ※小説家になろう、カクヨム、NOVELDAYにも投稿しています。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

【完結】孤高の皇帝は冷酷なはずなのに、王妃には甘過ぎです。

朝日みらい
恋愛
異国からやってきた第3王女のアリシアは、帝国の冷徹な皇帝カイゼルの元に王妃として迎えられた。しかし、冷酷な皇帝と呼ばれるカイゼルは周囲に心を許さず、心を閉ざしていた。しかし、アリシアのひたむきさと笑顔が、次第にカイゼルの心を溶かしていき――。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

マチ恋 ―君に捧げるLove song― 一夜の相手はスーパースター。誰にも言えない秘密の恋。【完結】

remo
恋愛
あなたにとっては遊びでも、私にとっては、…奇跡の夜だった。 地味で平凡で取り柄のない私に起きた一夜のキセキ。 水村ゆい、23歳、シングルマザー。 誰にも言えないけど、愛息子の父親は、 今人気絶頂バンドのボーカルなんです。 初めての恋。奇跡の恋。離れ離れの恋。不倫の恋。一途な恋。最後の恋。 待っている… 人生で、一度だけの恋。 【完結】ありがとうございました‼︎

処理中です...