来世で会おうと君は言った

詩条夏葵

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17 かき氷

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 結果的に、かき氷を買えるまでに二十分ほどかかって、その間に赤みがかっていた夕焼け空は薄青色の夜空へとすっかり姿を変えていた。

「凛音、そういえばこの前、誕生日だったらしいな。遅くなったが、おめでとう」
 河原に並んで座りかき氷を食べている最中、愁はおもむろにボディバッグの中から、包装紙に包まれた箱を取り出して凛音に渡してきた。
「うそ!? プレゼント? ありがとう!」
「鳴沢に聞いた。……俺にも教えてくれてよかったのに」
 愁はどことなく拗ねたような表情をしている。

「えー、だってそういうの自分から言うの、恥ずかしいじゃん」
 誕生日の日はちゃんと愁と会っていた。少しの時間だけだったけど、一緒にクレープを食べた。
 凛音はそれだけでもじゅうぶんに楽しくて幸せだったから、それ以上なにか求めようとは思わなかったのだ。

「なにをプレゼントしてくれたの?」
「それは秘密だ」
「えー、ここで開けていい?」
「恥ずかしいから、家に帰ったらにしろ」
「……ま、今開けても汚しちゃいそうだしね。ふふ、じゃあ、帰るまで楽しみにしてるよ。ありがとう、シュウちゃん」
 にっこり笑って改めてお礼を言うと、愁は照れくさそうに視線をそらす。

「凛音は……今年で七歳になったのか?」
「うん。七歳の誕生日をシュウちゃんに二回も祝ってもらえるなんて、なんだか不思議な感じだね」
「生まれ変わる前に俺がおまえにあげたプレゼント、なんだったか覚えてるか?」
「えー……ちょっと待ってね」
 一番鮮明なのは、リンネが死ぬ直前までの一年間ぐらいの記憶で、それよりも古い記憶になるほどぼやけていっている。

(七歳……七歳。あの頃の私って、どんな感じだったっけ?)
 リンネの誕生日は一月。
 雪が何度か降って、とても寒い年だった。

「そうだ、マフラー、くれたよね? 髪が短くなって、首が寒そうだから、って。しかもそれ、シュウちゃんがサンタさんにもらったマフラーじゃなかったっけ?」
「よく考えたら、サンタさんにもリンネにも失礼なことをしたよな」
 笑いながら愁は頷く。
「でも、すっごくあったかかったし、嬉しかったよ」
「あの頃はガキだったなぁ」
 遠い昔を懐かしむ愁は、やっぱりもう、大人みたいだった。
 すぐ隣にいるのに、遠い存在に思えてくる。

「……シュウちゃん、夏休みの宿題はもう終わった?」
 思いきって、凛音は話題を変えてみることにした。
「宿題……そういえば、大学は夏休みの宿題というのは特にないな」
 宿題の話ならちょっとは対等になれるかなと思っていたのに、返ってきたのは、残酷な答えだ。

「うそ!? 大学生って、すごいたくさん勉強してるイメージあるのに!」
「それは個人差があるから一概には言えないな」
「いちがい、ってなに?」
「たくさん勉強がしたくて大学に入ったやつもいれば、『大卒』の経歴がほしくて入っただけで、遊んでばっかりいるやつもいるってことだ」
「シュウちゃんはどっちなの?」
「オレは、水泳をするために大学に入ったから、勉強にも遊びにもさほど興味はないな」
「ふーん……」

 口の中で、シャリ、と氷が音を立てて崩れて溶けてゆく。
 水泳に夢中な愁を、リンネだった頃は知らなかった。
 あの頃の愁の将来の夢はなんだったっけ?
 なにかの機会に聞いたことはある気がするけど、そのあたりの記憶は曖昧で、ハッキリと思い出せない。

「愁ちゃん、ジュニアオリンピック? に出てたすごい人なんだってね。ジュニアじゃないオリンピックに出たりする予定もあるの?」
「それは……今のオレじゃ無理だな、きっと」
 星が見え始めた遠い空を見つめてから、愁は氷を一気に口の中にかき込んでいる。

「……ごめん、聞き方、悪かったかな?」
 水泳の世界のことも、スポーツ選手の事情も、凛音にはさっぱりわからない。愁がどのぐらいのレベルなのかも。
 失礼なことを言ってしまったかもしれない、と不安になってくる。
「ああ……すまん。別に、気を悪くしたわけじゃないんだ。そうだな……」

 言葉を探すようにいったん間を置いてから、愁は改めて話し出す。
「オレよりも上手いやつも速いやつも強いやつもたくさんいて、オレには学生レベル以上の世界で戦うのは無理そうなのは事実だ。それを悔しいとは思う。でも……オレは誰かに勝ちたくて水泳を始めたわけじゃない。それを思い出したから……別に一流の選手になれなくてもかまわない、とも思っている」
「シュウちゃんが、水泳をはじめた理由?」
「助けたいやつを助けるため、だ」
 
 氷が溶け始めたカップの底をなんとなく眺めていた視線を愁の方に向けたら、愁もいつの間にかこちらを見ていた。
「だからな、オレは水泳選手よりも、人命救助の仕事の方が向いてるんじゃないかな、と思い始めた」
 真剣な眼差しにドキリとさせられる。
 同時に、かすかに胸の軋むような痛みの感覚を覚えた。

「それは……立派な夢かもしれないけど、違うよ。シュウちゃんは、誰かのためじゃなくて自分のために好きなことをやっていいんだよ。リンネが死んじゃったのはシュウちゃんのせいじゃない。誰かを救えなくたって、誰もシュウちゃんを責めないよ……」
 泣きそうな声で、凛音は必死に語りかける。

 大切な人の夢を変えてしまった。その罪悪感に、胸が潰されそうになる。
 愁は困ったように視線を泳がせて、カップの中に残っていた氷の名残と、水分とまざって薄くなったシロップを一気に飲んだ。

「ありがとう。凛音は……リンネは、やっぱり優しいな」
 愁はふわっと笑って、凛音の小さい頭を撫でてくる。
「……いつだって優しいのはシュウちゃんの方だよ」
 そんなふうに微笑まれてしまったら、今度は凛音の方が困ってしまう。

「おまえにまた会えたから、水泳をやっててよかった、と心から思えたよ。オレが続けてきたことは間違いじゃなかった、って思えた。だって、水泳やってなかったらプールの監視員のバイトなんてしてなかっただろうし、仮にたまたま同じ場所に居合わせたとしても、溺れかけたおまえを救うことはできなかったかもしれないだろ?」
「あ……」
 よく考えたら、それもそうだ。
 愁がいなかったら、今世の自分も、小学生のまま死んでいたかもしれないのだ。

「……そうだよ、シュウちゃんはいつだって正しい。いつだって、僕を救ってくれたでしょ? だから、リンネが死んだ時のこと、もう悔やまないで……」
 祈るような声で告げた凛音に、愁は切なげに目を細めた。

「それは無理だ」
 口を開くまではためらうような仕草を見せたものの、愁はキッパリと告げる。

「どうして?」
「それも、オレにとっては大切な思い出だからだ」
「思い出……?」
「うまく言えないんだが……」
 うーん、と愁は首をひねる。

「……リンネを死なせてしまったのは、絶対にあってはならないことだった。今でも、生きていてほしかったと思う。でも……最期の瞬間に、一番近くにいたのがオレだった。その罪を背負い続けるのは、決して楽なことではないが、その罪を含めてオレの人生の一部で、切っては切れないものなんだ。……この言葉で、伝わるか?」
「わかんないよ」
 揺れる声で、凛音は答える。
 わからない。どうしてそんな、愛おしそうな顔で罪を背負い続けることを良しとするのか。

 そうだよな、と呟いて愁は少し笑う。
「わからなくてもいいさ。ただ……リンネが生まれ変わってくれたことで、オレもずいぶんと救われた。『さよなら』の次に『またね』を言えるのはいいことだな」
「うん……」
「だから……また会えた、それだけでもオレはじゅうぶんだから、凛音は、リンネの人生の続きじゃなくて、凛音としての新しい人生を歩いてもいいんだぞ」
「どういうこと?」
「花火大会。来年は、オレとじゃなくて、今の学校の友達と来てもいいんだ」
 静かに告げられた言葉に、凛音は絶句する。

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