朝がくるまで待ってて

詩条夏葵

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 施術が終わったあと、待ち合わせ場所に指定していたのは、一階のエントランススペースだった。

 クリスマスが近いから、真ん中には大きなツリーが飾られていて、その周囲を、ミニチュアの機関車がぐるぐると回っていた。機関車に繋がれた後ろの荷台には、プレゼントがたくさん積んである。どこか懐かしさを感じさせる光景だった。
 絶え間なく走り回る機関車を、幼い兄妹が必死に追いかけながら眺めている。

 私は昔、大きなツリーを見るのが好きだった。
 街で大きなツリーを見かけるたびに歓声をあげて駆け寄る私を、兄はいつも、一歩引いたところから見守っていてくれていた。

『あのてっぺんのおほしさまがほしい!』
『うーん、あれはなぁ。お父さんにも届きそうにないなぁ』
『それに、あのお星様はみんなのものだから、勝手にとっちゃ駄目よ』
 子供じみた馬鹿なわがままを言う私を、両親は苦笑しながらなだめようとしていた。

『でも、うちのツリーのおほしさまもあれぐらいおっきいほうが、きっとサンタさんもうちのいえをすぐにみつけてくれるもん』
『小夜子、だったら、おうちに帰って、あれよりもおっきい星を作ろう』

 なかなかその場を動こうとしない私の手を優しく握ってきたのは兄だった。
『あれよりもおっきいの? つくれるの?』
『できるさ。材料ならうちにあるはずだしね。サンタさんがびっくりするぐらい、とびっきりキラキラの星を作ろう』

 七歳年上の兄の穏やかな笑顔は、誰よりも頼もしく見えた。
 戻れない日のあたたかな光景が、今もなお目蓋の裏に残像としてこびりついている。


「……玲司」
 声がして、振り返る。
 大きな紙袋を腕にぶら下げた志岐が、数メートル離れた場所に立っていた。

 整った顔立ちに張りついているのは、緊張と動揺。
 途端に、現実に引き戻されたような心地になった。

「……そんなに似てないと思うけど?」
 切ったばかりの毛先が頬をわずかにくすぐる。
 襟足の方を軽く刈り上げた私の髪型はベリーショットと呼ばれるもので、男の子のように短かった。

「ご、ごめん」
 なにやら志岐は、私が髪を切る前よりも落ち着きをなくしている。
「その紙袋は?」
 なんだかんだ言いつつ買い物を楽しんできたのならけっこうなことだが、袋の大きさが気になったので、一応聞いてみる。

「……これ、着てみてくれないか?」
 覗き込んでみると、黒やグレー、白といった、落ち着いた色合いの上着や服が一式入っている。
 ちなみに、紙袋にプリントされた店の名前は、男性向けのそこそこ有名なブランドだ。

「着替えてくるわね」
 言いたいことはあるにはあるが、口に出すのも面倒で、私はただ当たり前のようにその紙袋を受け取って、女子トイレへと向かった。

 トイレの中の着替えスペースは少々狭かったが、シンプルな襟付きのシャツとズボンだったため、そこまで時間はかからずに着替えは終わった。

 手洗いスペースに他の客はいなかったため、姿見の前を陣取って、自らの格好をいろんな角度から眺めてみる。
 思っていたよりも悪くない。


「いいセンスね、志岐。兄さんにとっても似合いそうな服よ」
 私が着替えたのは、男性モノの服だ。
 髪型といい服装といい、これで私は遠目からは、男に見えることだろう。
 ただし、髪を切ったことで首の細さがハッキリと見えるようになったのと、顔立ちは男臭さとはかけ離れているため、近くで見ればおそらく、女か男かどちらかわからない、中性的な印象を見る者に与えるはずだ。

「小夜子にも似合うよ」
 まじまじと私の姿を眺めていた志岐が、上擦り気味の声で言った。
「これで満足?」
「うん……ありがとう」

「兄さんのコスプレをした私となら付き合えるってこと?」
「そうじゃないけど、ええと……小夜子を玲司の身代わりにしたいとかじゃなくて……玲司の存在抜きで、他の誰かと関係を築きたくなかったんだ」

 私が兄によく似た姿をしていることで、決して兄の存在を忘れることができず、また、私たちの新しい関係が、兄とは無縁ではないという証明になるということだろうか。
 難儀な性格だとは思うが、まぁ、理解できないわけではない。

「じゃあ、兄さんみたいな喋り方はしなくても大丈夫かしら?」
「それは……うん。喋り方とか、性格まで真似してほしいって言ってるんじゃないんだ。玲司の代わりなんて、誰にも務まるわけないんだし」

「……手でも繋いでみる?」
「えっ?」
 戸惑う志岐の手を、私は自ら掴んで引っ張った。

「志岐、星を作りたいから、材料を買いに行きましょう」
「星?」
「そう。ツリーのてっぺんに飾るの」
「ツリーなんて、小夜子の家にあったか?」
「確か、物置に入っていたはずよ」

 仲良く買い物をする私たちの姿は、傍目からはどう見えたことだろう。
 男友達だろうか、恋人だろうか、それとも兄弟だろうか。

 おそらく、私たち以外の誰にも理解できない奇妙なかたちで、私たちの交際は始まった。


          *


「奥村さん……だよね?」
 翌日、学校に行くと、クラスメイトの女子がためらいがちに話しかけてきた。

「ええ」
「す、すごいね! 最初、誰かと思った!」
「イメチェンってやつ?」
「イケメンじゃん」
 最初に話しかけてきた女子と一緒にいた女の子たちが、口々に話しかけてくる。

 別に仲がよくもなければ悪いわけでもない、当たり障りのない仲だったクラスメイトたちの食いつきっぷりに私は少々面食らったが、そんなに悪い気分ではなかった。

 伸ばしすぎていた髪がなくなったからだろうか。頭が軽いし、視界もクリアになった。
「小夜子?」
 そこに、朝練を終えた朋美もやってきた。

「……おはよう」
「おはよ。どした? 失恋でもした?」
 もちろん冗談なのだろうが、事実とは真逆のからかいの言葉に、私は微笑んだ。
「違うわ。……似合わない?」

「いや、すごい似合ってるって! ていうか私と同じぐらいの短さになったね。お揃いじゃん!」
 嬉しそうに無邪気に笑う友人の様子に、私は張りつめていた緊張感がほどけていくのを感じた。

「今度から、スラックスでも履いてみようかしら」
「いいね! 絶対似合うと思う!」
 この学校では、女子もスラックスの制服を選んでもいいことになっている。
 今日の帰りにでも、制服の販売店に寄ってみようかと思った。



 男から告白されたり、色目で見られることがなくなった。
 校門前で私に告白してきたあの村田とは、毎朝バスで会うが、最初は私だと気づいていないみたいだった。
 人の大半は、見た目で他人を『理解しているような気』になっているものだ。
 私だと気づいたあとも、寄ってくることはなくなった。

 かわりに、女の子から告白されるようになった。
 自分は女だと告げても引き下がらない子が多く、私は困惑した。

 兄さんが死んだあとはなにも変わらないと思っていた私の世界は、髪を切っただけで、こんなにも変わってしまった。
 だったらもういっそ、どこまで変わるのか試してみようか。

 私は、女のような言葉遣いをやめて、自分のことを『僕』と呼ぶようになった。


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